【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

文字の大きさ
上 下
64 / 112

64 言葉の代わりに口付けを

しおりを挟む
 ――もう、悩む必要はどこにもない。

 子供のとき別れ際に抱き締めた腕の中の小さなラズと、離れたくないと強く思った。もう一度会いたいと、また二人で釣りをしたりして一緒にいたいとずっと願っていた。

 その願いが今、形を変えてもっと深く強いものになった。こうしてラズラウドとまた気持ちを通わせることができて、愛していると言ってもらえたことがなによりも嬉しい。

「お、俺も、ずっとお前と一緒にいたい……。俺も、ラズのことっ……」

 ――愛している。

 そう言いたいのに、照れ過ぎて口が強張ってしまい言葉が出てこない。それでも気持ちを返したくて、ぎゅっと目を閉じてラズラウドの朱い唇に自分のそれを押し付けた。

「んんっ……!」

 愛しているという言葉の代わりに返した口付けは、何倍にもなって返されることになった。

「んっ、……シタン……!」
「はあっ……あふ、んぅ―っ!」

 しっかりと腰を抱かれて、耳を塞ぎたくなるような淫らで恥ずかしい水音を立てて唇を、舌を吸われ、口内を愛撫される。ひと月ぶりの口付けは、離れていた分を取り戻そうとしているかにように濃厚だった。息が上がり、頭の芯が痺れてぼうっとなってしまう。

「あっ、はあっ、はあ………」

 腰砕けになったシタンを、ラズラウドは軽々と横抱きにして部屋を出た。

「お前がまさか、ハイレリウスと知り合っていたとは思わなかった」
「はあっ……、ううっ。俺だって、貴族と友達になれるなんて思わなかったよ……」
「あの男は悪ふざけが過ぎるところがあるが、信頼は置ける。幸いだったな」

 やつれてはいても衰えのない足取りで、寝室のある二階へと進んでいく。

「私から逃げて、どこへ行っていた」
「王都だよ。ハル様が連れて行ってくれたんだ。しばらく匿ってもらったよ」

 それを聞いた途端、ラズラウドは不味いものでも食べたような苦い表情で「道理で行方が掴めない訳だ。奴め……、よくもやってくれたものだ」と、低く呻くように言った。

 仕打ちをしてやろうと、ハイレリウスが笑いながら言っていたのは黙っていた方が良さそうだ。ラズラウドの機嫌を損ねて、不味いことになりそうな予感しかしない。

「でっ、でも、お陰で俺も少し気持ちが整理できたし、こうしてラズと話がちゃんとできたし……」
「分かっている。ただ、気に食わないだけだ」

 階段を登りきると、いつの間に来ていたのか老人が寝室の扉を開けて待っている。

「身支度などなさいますか」
「要らぬ。……下がって良い。私が呼ぶまで、ここへ近付くことを禁じる」
「承知致しました」

 ラズラウドに恭しく頭を垂れた老人は、「では後ほど……」と、言いながら静かに部屋を出て行った。

 どこか懐かしいとさえ思える、広く贅沢な寝室。体が変わるほどに何度も交わった場所に運ばれてきて、この後どうなるかなど気付けないほど鈍くはない。

「ま、まさか今から、す、するの?」
「ここに連れてきて何もしないと思うか。私は今、お前に飢えている」
「……う、飢えてるって……」

 赤い口付けの痕が、肌から消える間もないくらいに抱かれていたのを思い出した。背筋を淫らな疼きが走り抜けていって、ふるりと小さく身を震わせてしまう。

「嫌か」
「そんなことないけど……」
「ならば、構わないな」

 どちらかというと構う。

 否応なく抱かれていたときは、どこかで諦めと惰性があった。対価として抱かれている以上は何もかもが受け身で、自分でどうこうできることではなかったし、そこには恥じらいもなにもなかったところがあった。

 だが、今は違う。相手はあのラズだ。女の子みたいに可愛くて、それでいて恰好良くて強くて大好きだった親友のラズに抱かれると思うと、居た堪れないまでの恥ずかしさを感じてしまう。

「お前をじっくりと感じたい」
 
 大きな寝台へと横たえられて、そんなことを囁かれてしまうと恥ずかしさに拍車が掛かってしまった。隠れるところがあったのなら、直ぐに隠れてしまいたいぐらいだ。

「うっ……」

 顔を火照らせながら敷布に埋めて悶えていると、背中をそっと撫でられた。優しい手つきだ。今までにない労わりを感じる。

「俺っ、なんかすごく恥ずかしいよ。は、初めてみたいだ……」
「可愛いことを言うな。抱き潰してしまいたくなる」

 体を仰向けにされると、頬を微かに上気させたラズラウドと目が合う。

「気が進まないのなら、今は我慢するが」
「が、我慢なんて、しなくていいよぉ……。恥ずかしいだけだから……」

 慌てて首を振ってそう返すと、すぐさま唇を重ねられた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...