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64 言葉の代わりに口付けを
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――もう、悩む必要はどこにもない。
子供のとき別れ際に抱き締めた腕の中の小さなラズと、離れたくないと強く思った。もう一度会いたいと、また二人で釣りをしたりして一緒にいたいとずっと願っていた。
その願いが今、形を変えてもっと深く強いものになった。こうしてラズラウドとまた気持ちを通わせることができて、愛していると言ってもらえたことがなによりも嬉しい。
「お、俺も、ずっとお前と一緒にいたい……。俺も、ラズのことっ……」
――愛している。
そう言いたいのに、照れ過ぎて口が強張ってしまい言葉が出てこない。それでも気持ちを返したくて、ぎゅっと目を閉じてラズラウドの朱い唇に自分のそれを押し付けた。
「んんっ……!」
愛しているという言葉の代わりに返した口付けは、何倍にもなって返されることになった。
「んっ、……シタン……!」
「はあっ……あふ、んぅ―っ!」
しっかりと腰を抱かれて、耳を塞ぎたくなるような淫らで恥ずかしい水音を立てて唇を、舌を吸われ、口内を愛撫される。ひと月ぶりの口付けは、離れていた分を取り戻そうとしているかにように濃厚だった。息が上がり、頭の芯が痺れてぼうっとなってしまう。
「あっ、はあっ、はあ………」
腰砕けになったシタンを、ラズラウドは軽々と横抱きにして部屋を出た。
「お前がまさか、ハイレリウスと知り合っていたとは思わなかった」
「はあっ……、ううっ。俺だって、貴族と友達になれるなんて思わなかったよ……」
「あの男は悪ふざけが過ぎるところがあるが、信頼は置ける。幸いだったな」
やつれてはいても衰えのない足取りで、寝室のある二階へと進んでいく。
「私から逃げて、どこへ行っていた」
「王都だよ。ハル様が連れて行ってくれたんだ。しばらく匿ってもらったよ」
それを聞いた途端、ラズラウドは不味いものでも食べたような苦い表情で「道理で行方が掴めない訳だ。奴め……、よくもやってくれたものだ」と、低く呻くように言った。
仕打ちをしてやろうと、ハイレリウスが笑いながら言っていたのは黙っていた方が良さそうだ。ラズラウドの機嫌を損ねて、不味いことになりそうな予感しかしない。
「でっ、でも、お陰で俺も少し気持ちが整理できたし、こうしてラズと話がちゃんとできたし……」
「分かっている。ただ、気に食わないだけだ」
階段を登りきると、いつの間に来ていたのか老人が寝室の扉を開けて待っている。
「身支度などなさいますか」
「要らぬ。……下がって良い。私が呼ぶまで、ここへ近付くことを禁じる」
「承知致しました」
ラズラウドに恭しく頭を垂れた老人は、「では後ほど……」と、言いながら静かに部屋を出て行った。
どこか懐かしいとさえ思える、広く贅沢な寝室。体が変わるほどに何度も交わった場所に運ばれてきて、この後どうなるかなど気付けないほど鈍くはない。
「ま、まさか今から、す、するの?」
「ここに連れてきて何もしないと思うか。私は今、お前に飢えている」
「……う、飢えてるって……」
赤い口付けの痕が、肌から消える間もないくらいに抱かれていたのを思い出した。背筋を淫らな疼きが走り抜けていって、ふるりと小さく身を震わせてしまう。
「嫌か」
「そんなことないけど……」
「ならば、構わないな」
どちらかというと構う。
否応なく抱かれていたときは、どこかで諦めと惰性があった。対価として抱かれている以上は何もかもが受け身で、自分でどうこうできることではなかったし、そこには恥じらいもなにもなかったところがあった。
だが、今は違う。相手はあのラズだ。女の子みたいに可愛くて、それでいて恰好良くて強くて大好きだった親友のラズに抱かれると思うと、居た堪れないまでの恥ずかしさを感じてしまう。
「お前をじっくりと感じたい」
大きな寝台へと横たえられて、そんなことを囁かれてしまうと恥ずかしさに拍車が掛かってしまった。隠れるところがあったのなら、直ぐに隠れてしまいたいぐらいだ。
「うっ……」
顔を火照らせながら敷布に埋めて悶えていると、背中をそっと撫でられた。優しい手つきだ。今までにない労わりを感じる。
「俺っ、なんかすごく恥ずかしいよ。は、初めてみたいだ……」
「可愛いことを言うな。抱き潰してしまいたくなる」
体を仰向けにされると、頬を微かに上気させたラズラウドと目が合う。
「気が進まないのなら、今は我慢するが」
「が、我慢なんて、しなくていいよぉ……。恥ずかしいだけだから……」
慌てて首を振ってそう返すと、すぐさま唇を重ねられた。
子供のとき別れ際に抱き締めた腕の中の小さなラズと、離れたくないと強く思った。もう一度会いたいと、また二人で釣りをしたりして一緒にいたいとずっと願っていた。
その願いが今、形を変えてもっと深く強いものになった。こうしてラズラウドとまた気持ちを通わせることができて、愛していると言ってもらえたことがなによりも嬉しい。
「お、俺も、ずっとお前と一緒にいたい……。俺も、ラズのことっ……」
――愛している。
そう言いたいのに、照れ過ぎて口が強張ってしまい言葉が出てこない。それでも気持ちを返したくて、ぎゅっと目を閉じてラズラウドの朱い唇に自分のそれを押し付けた。
「んんっ……!」
愛しているという言葉の代わりに返した口付けは、何倍にもなって返されることになった。
「んっ、……シタン……!」
「はあっ……あふ、んぅ―っ!」
しっかりと腰を抱かれて、耳を塞ぎたくなるような淫らで恥ずかしい水音を立てて唇を、舌を吸われ、口内を愛撫される。ひと月ぶりの口付けは、離れていた分を取り戻そうとしているかにように濃厚だった。息が上がり、頭の芯が痺れてぼうっとなってしまう。
「あっ、はあっ、はあ………」
腰砕けになったシタンを、ラズラウドは軽々と横抱きにして部屋を出た。
「お前がまさか、ハイレリウスと知り合っていたとは思わなかった」
「はあっ……、ううっ。俺だって、貴族と友達になれるなんて思わなかったよ……」
「あの男は悪ふざけが過ぎるところがあるが、信頼は置ける。幸いだったな」
やつれてはいても衰えのない足取りで、寝室のある二階へと進んでいく。
「私から逃げて、どこへ行っていた」
「王都だよ。ハル様が連れて行ってくれたんだ。しばらく匿ってもらったよ」
それを聞いた途端、ラズラウドは不味いものでも食べたような苦い表情で「道理で行方が掴めない訳だ。奴め……、よくもやってくれたものだ」と、低く呻くように言った。
仕打ちをしてやろうと、ハイレリウスが笑いながら言っていたのは黙っていた方が良さそうだ。ラズラウドの機嫌を損ねて、不味いことになりそうな予感しかしない。
「でっ、でも、お陰で俺も少し気持ちが整理できたし、こうしてラズと話がちゃんとできたし……」
「分かっている。ただ、気に食わないだけだ」
階段を登りきると、いつの間に来ていたのか老人が寝室の扉を開けて待っている。
「身支度などなさいますか」
「要らぬ。……下がって良い。私が呼ぶまで、ここへ近付くことを禁じる」
「承知致しました」
ラズラウドに恭しく頭を垂れた老人は、「では後ほど……」と、言いながら静かに部屋を出て行った。
どこか懐かしいとさえ思える、広く贅沢な寝室。体が変わるほどに何度も交わった場所に運ばれてきて、この後どうなるかなど気付けないほど鈍くはない。
「ま、まさか今から、す、するの?」
「ここに連れてきて何もしないと思うか。私は今、お前に飢えている」
「……う、飢えてるって……」
赤い口付けの痕が、肌から消える間もないくらいに抱かれていたのを思い出した。背筋を淫らな疼きが走り抜けていって、ふるりと小さく身を震わせてしまう。
「嫌か」
「そんなことないけど……」
「ならば、構わないな」
どちらかというと構う。
否応なく抱かれていたときは、どこかで諦めと惰性があった。対価として抱かれている以上は何もかもが受け身で、自分でどうこうできることではなかったし、そこには恥じらいもなにもなかったところがあった。
だが、今は違う。相手はあのラズだ。女の子みたいに可愛くて、それでいて恰好良くて強くて大好きだった親友のラズに抱かれると思うと、居た堪れないまでの恥ずかしさを感じてしまう。
「お前をじっくりと感じたい」
大きな寝台へと横たえられて、そんなことを囁かれてしまうと恥ずかしさに拍車が掛かってしまった。隠れるところがあったのなら、直ぐに隠れてしまいたいぐらいだ。
「うっ……」
顔を火照らせながら敷布に埋めて悶えていると、背中をそっと撫でられた。優しい手つきだ。今までにない労わりを感じる。
「俺っ、なんかすごく恥ずかしいよ。は、初めてみたいだ……」
「可愛いことを言うな。抱き潰してしまいたくなる」
体を仰向けにされると、頬を微かに上気させたラズラウドと目が合う。
「気が進まないのなら、今は我慢するが」
「が、我慢なんて、しなくていいよぉ……。恥ずかしいだけだから……」
慌てて首を振ってそう返すと、すぐさま唇を重ねられた。
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