60 / 112
60 いきなり抱き付かれた
しおりを挟む
――翌朝。
シタンはハイレリウスに付き添われて馬車で城へと向かった。
見慣れた大門をくぐり、中庭へと進む。殺風景な庭と、その向こうに建っている厳つい城の大扉を目にすると、またここへ来てしまったのだという実感がまざまざと湧いてきて、胸が不安と緊張に苛まれて高鳴ってくる。
「降りたくない……」
「なにを言うんだい。さあ、覚悟を決めて」
背中を軽く叩かれて、馬車の外へと追い出された。渋々ながらハイレリウスの後に続いて城の方へと向かうと、侍従長を務めている老人が大扉を開けて姿を現した。
恭しい態度でハイレリウスへ頭を垂れて挨拶をした老人は、シタンへ視線を向けると心底安堵した顔で嬉しそうに微笑んだ。どうやら心配されていたらしい。申し訳ない気分になって、ぺこりと小さく頭を下げておいた。
「ご案内いたします」
相変わらずしゃっきりと背筋の伸びた姿勢で歩く老人の後に続いて、二人は城の中へと入った。
案内されたのは、一階の奥まった位置にある部屋だった。老人がコツコツと扉を叩くと「入れ」という声が中から響く。領主の声だ。思わずびくりと肩を跳ねさせてしまったが、ここまで来たら逃げる訳にもいかない。ぐっと拳を握り締めて部屋へと入った。
「シタン!」
「う、うわぁっ!」
一瞬、なにが起こったか分からなかった。
「どこに行っていた。迎えに行くと言ったのに」
耳元で低く甘い声が響き、自分が領主に抱き締められていることにようやく気付く。こんな出迎え方をされるとは思っていなくて驚いたが、愛想を尽かされていなかったことにほっとしてしまった。
「え、あ。ご、ごめん……」
思わず謝ると抱き締める力が強くなる。
……まさか本当に、この男に愛されているのだろうか。
すぐさまそんなはずはないと否定しながらも、胸の奥が熱くなってしまうのを止められない。嬉しくなって抱き締め返そうとしたが「話が先だよ。離れて」と、ハイレリウスの手によって引き離されてしまった。
「ハイレリウス、何故お前がシタンを連れている」
領主が鋭い目つきでハイレリウスを睨んだ。
久しぶりに見た領主の顔は、心なしかやつれていた。目の下に薄く隈があって、あまり眠っていないようだ。王都にいる間になにがあったのか……凄味が増していて以前よりも怖い。
「シタンは私の命の恩人であり、友だ。君が彼を悩ませていると聞いてね、一肌脱ぐことにしたんだ」
「恩人だと? どういうことだ」
「魔獣に追われていた私を助けてくれた。彼の弓の腕前は素晴らしいね。私はシタンのことをとても気に入ったよ。召し抱えたいくらいだ」
そう言いながらシタンの肩を抱き寄せるハイレリウスに対して、領主はあからさまに怒り狂った顔つきになり殺気みなぎる鋭い視線を突き刺してきた。
「ひいっ!」
自分が睨まれてはいないが、あまりの殺気に肝が縮み上がる思いがした。今までに何度か領主の鋭い目つきを怖いと感じたことはあったが、こんなに恐ろしい目つきは見たことがない。何が気に入らないのか分からないが、相当に怒っているのは間違いない。
「みだりに触れるな。シタンは私のものだ」
「いつから君のものになったんだ」
盾になると言っただけあって、レリウスは領主相手でも怯まずに相手をしている。奪い返そうとしてか伸ばされた領主の手を退けて、シタンを背に庇い距離を取った。
「辺境伯ともあろう者が、恥を知れ。ありもしない罪を着せ、それを免れる対価として慰みにしていたのだろう? まさか君がそんな卑劣な人間だとはね。シタンは、心の底から君のことを受け入れてなどいない」
ハイレリウスの容赦のない言葉に、領主は朱い唇を引き結んで押し黙る。横暴で自分勝手な男でも、他人から声高に自分のしでかしたことを言われると何か思うところがあるのだろうか。
元々白い肌をしたその顔は、血の気が引いてさらに白くなっていた。
シタンはハイレリウスに付き添われて馬車で城へと向かった。
見慣れた大門をくぐり、中庭へと進む。殺風景な庭と、その向こうに建っている厳つい城の大扉を目にすると、またここへ来てしまったのだという実感がまざまざと湧いてきて、胸が不安と緊張に苛まれて高鳴ってくる。
「降りたくない……」
「なにを言うんだい。さあ、覚悟を決めて」
背中を軽く叩かれて、馬車の外へと追い出された。渋々ながらハイレリウスの後に続いて城の方へと向かうと、侍従長を務めている老人が大扉を開けて姿を現した。
恭しい態度でハイレリウスへ頭を垂れて挨拶をした老人は、シタンへ視線を向けると心底安堵した顔で嬉しそうに微笑んだ。どうやら心配されていたらしい。申し訳ない気分になって、ぺこりと小さく頭を下げておいた。
「ご案内いたします」
相変わらずしゃっきりと背筋の伸びた姿勢で歩く老人の後に続いて、二人は城の中へと入った。
案内されたのは、一階の奥まった位置にある部屋だった。老人がコツコツと扉を叩くと「入れ」という声が中から響く。領主の声だ。思わずびくりと肩を跳ねさせてしまったが、ここまで来たら逃げる訳にもいかない。ぐっと拳を握り締めて部屋へと入った。
「シタン!」
「う、うわぁっ!」
一瞬、なにが起こったか分からなかった。
「どこに行っていた。迎えに行くと言ったのに」
耳元で低く甘い声が響き、自分が領主に抱き締められていることにようやく気付く。こんな出迎え方をされるとは思っていなくて驚いたが、愛想を尽かされていなかったことにほっとしてしまった。
「え、あ。ご、ごめん……」
思わず謝ると抱き締める力が強くなる。
……まさか本当に、この男に愛されているのだろうか。
すぐさまそんなはずはないと否定しながらも、胸の奥が熱くなってしまうのを止められない。嬉しくなって抱き締め返そうとしたが「話が先だよ。離れて」と、ハイレリウスの手によって引き離されてしまった。
「ハイレリウス、何故お前がシタンを連れている」
領主が鋭い目つきでハイレリウスを睨んだ。
久しぶりに見た領主の顔は、心なしかやつれていた。目の下に薄く隈があって、あまり眠っていないようだ。王都にいる間になにがあったのか……凄味が増していて以前よりも怖い。
「シタンは私の命の恩人であり、友だ。君が彼を悩ませていると聞いてね、一肌脱ぐことにしたんだ」
「恩人だと? どういうことだ」
「魔獣に追われていた私を助けてくれた。彼の弓の腕前は素晴らしいね。私はシタンのことをとても気に入ったよ。召し抱えたいくらいだ」
そう言いながらシタンの肩を抱き寄せるハイレリウスに対して、領主はあからさまに怒り狂った顔つきになり殺気みなぎる鋭い視線を突き刺してきた。
「ひいっ!」
自分が睨まれてはいないが、あまりの殺気に肝が縮み上がる思いがした。今までに何度か領主の鋭い目つきを怖いと感じたことはあったが、こんなに恐ろしい目つきは見たことがない。何が気に入らないのか分からないが、相当に怒っているのは間違いない。
「みだりに触れるな。シタンは私のものだ」
「いつから君のものになったんだ」
盾になると言っただけあって、レリウスは領主相手でも怯まずに相手をしている。奪い返そうとしてか伸ばされた領主の手を退けて、シタンを背に庇い距離を取った。
「辺境伯ともあろう者が、恥を知れ。ありもしない罪を着せ、それを免れる対価として慰みにしていたのだろう? まさか君がそんな卑劣な人間だとはね。シタンは、心の底から君のことを受け入れてなどいない」
ハイレリウスの容赦のない言葉に、領主は朱い唇を引き結んで押し黙る。横暴で自分勝手な男でも、他人から声高に自分のしでかしたことを言われると何か思うところがあるのだろうか。
元々白い肌をしたその顔は、血の気が引いてさらに白くなっていた。
10
お気に入りに追加
271
あなたにおすすめの小説
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます
はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。
睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。
驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった!
そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・
フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる