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56 もみくちゃにされた
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――寝台に横になってから少しして、誰かが部屋に入ってくる音がした。
「シタン……もう、眠ったかな」と、小さくハイレリウスの声がしたのを聞いて身を起こす。
「まだだよ」
「ああ、よかった。今日の内にしっかり謝りたくてね」
部屋着姿のハイレリウスが寝床の前までやって来た。心なしか気落ちした顔で「本当に、すまなかった」と、謝ってくるハイレリウスに、シタンは「もう謝ってくれたし、別に良いのに」と、小さく首を振った。
「……いいや。君は気が進まない様子だったのに、私が我儘を言って押し通してしまっただろう。まさかあんな事になるとは思わなかったけれど、とても怖い思いをさせてしまったから」
「……そりゃ、怖かったけど……」
……確かに怖かったし、もうこりごりだと思ったのは事実だ。
だが、あそこまで勇気を奮ったことは今までにないことで、自分に少しだけ自信が持てそうな気分でもある。それに、あの貴族の若者を勢い酷い目に遭わせてしまったことは悪かったとは思うが、こうして後になって考えてみると、ああするのが一番後悔がなかったのだ。
シタンが弓を引いたのは、ハイレリウスを守りたかったからだ。
「俺が意気地なしなのは、自分でわかってるし、別に言われてもよかったけど……、ハル様が嘘つきみたいに言われるのは我慢できなかったから……」
ハイレリウスの淡い青の瞳をじっと見つめながら、思いのままに言葉を向ける。すると、彼のその瞳が大きく見開かれ、曇っていた表情が瞬く間に輝くような笑顔に塗り替えられていく。
「シタン……!」
「うわぁっ!」
いきなり飛びつかれて、強く抱き締められた。柔らかい寝床は長身の男二人の体重を支え切れずに、揃って横倒しになってしまう。
「んぁ、ちょ、ハル様……!」
「シタン……! 君ってどうしてそう、私を喜ばせるのが上手いんだ!」
「えっ、なにそれ。ハ、ハル様、急にどうしたの」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、何度も頬ずりされる。ハイレリウスの奇行に軽く混乱してろくな抵抗もできずに、シタンはもみくちゃにされた。寝る前に侍女の手によって軽く櫛を通された銀髪は、見るも無残に乱れてしまった。こんな様子をウェイド辺りが見たら「なにをなさっておいでですか」と、ハイレリウスの頭を引っ叩くだろう。
「もう、ここにずっと住むといい。辺境に帰らせたくない……」
辺境領主のようなことを言い出したので、びくっと身を震わせる。
「む、無茶言わないでください。俺は、狩りをして暮らすのが性にあってるんだから」
「わかっているよ。わかっているけれど……。ああもう! たまらない。もう少しこうさせていて」
「なんだかよくわかんないけど、すきにしてください……」
……一体、なにがそんなに嬉しいのか。
さすがにウェイドがしているように、引っ叩くわけにもいかない。
大きな寝台の上で、貴族の美丈夫に抱き付かれて頬ずりされている田舎の狩人。……はたから見ればとても珍妙な姿だろう。思わず遠い目になりながら、ハイレリウスが落ち着くまで無抵抗で寝転がっていた。
「はぁ……。すまなかった。取り乱してしまって」
しばらくして落ち着いたらしいハイレリウスは、シタンの上から身を起こして寝台から下りた。
「謝りに来たのに、逆に慰められた感じだね。……はは。私もまだまだ青いのかな」
「そんなことはないと思うけれど。たまにはちょっと気を抜いてもいいんじゃぁないかなぁ……」
……その相手が自分なのはちょっと困るが。
「ふふ。そうかもしれないけど、少し恥ずかしいな。それじゃ、そろそろ出ていくよ。寝ているところを邪魔してすまなかったね」
「あ、はい」
「おやすみ……」
ハイレリウスは、いつもながら綺麗で眩しい顔に甘い笑みを浮かべながら、するりとシタンの頬を撫でたあと軽い足取りで寝室から出て行った。
「嵐みたいだったなぁ……」
……昼間の騒動でもともと疲れていたが、それにまた違う類の疲れが上乗せされた。
「ふう……」
ぼさぼさに乱れた銀髪もそのままに、上掛けを被って丸くなり目を閉じる。
ーー眠気が訪れた覚えもないほど瞬時に眠りに落ちて、次に目を開けたらもう朝だった。
「シタン……もう、眠ったかな」と、小さくハイレリウスの声がしたのを聞いて身を起こす。
「まだだよ」
「ああ、よかった。今日の内にしっかり謝りたくてね」
部屋着姿のハイレリウスが寝床の前までやって来た。心なしか気落ちした顔で「本当に、すまなかった」と、謝ってくるハイレリウスに、シタンは「もう謝ってくれたし、別に良いのに」と、小さく首を振った。
「……いいや。君は気が進まない様子だったのに、私が我儘を言って押し通してしまっただろう。まさかあんな事になるとは思わなかったけれど、とても怖い思いをさせてしまったから」
「……そりゃ、怖かったけど……」
……確かに怖かったし、もうこりごりだと思ったのは事実だ。
だが、あそこまで勇気を奮ったことは今までにないことで、自分に少しだけ自信が持てそうな気分でもある。それに、あの貴族の若者を勢い酷い目に遭わせてしまったことは悪かったとは思うが、こうして後になって考えてみると、ああするのが一番後悔がなかったのだ。
シタンが弓を引いたのは、ハイレリウスを守りたかったからだ。
「俺が意気地なしなのは、自分でわかってるし、別に言われてもよかったけど……、ハル様が嘘つきみたいに言われるのは我慢できなかったから……」
ハイレリウスの淡い青の瞳をじっと見つめながら、思いのままに言葉を向ける。すると、彼のその瞳が大きく見開かれ、曇っていた表情が瞬く間に輝くような笑顔に塗り替えられていく。
「シタン……!」
「うわぁっ!」
いきなり飛びつかれて、強く抱き締められた。柔らかい寝床は長身の男二人の体重を支え切れずに、揃って横倒しになってしまう。
「んぁ、ちょ、ハル様……!」
「シタン……! 君ってどうしてそう、私を喜ばせるのが上手いんだ!」
「えっ、なにそれ。ハ、ハル様、急にどうしたの」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、何度も頬ずりされる。ハイレリウスの奇行に軽く混乱してろくな抵抗もできずに、シタンはもみくちゃにされた。寝る前に侍女の手によって軽く櫛を通された銀髪は、見るも無残に乱れてしまった。こんな様子をウェイド辺りが見たら「なにをなさっておいでですか」と、ハイレリウスの頭を引っ叩くだろう。
「もう、ここにずっと住むといい。辺境に帰らせたくない……」
辺境領主のようなことを言い出したので、びくっと身を震わせる。
「む、無茶言わないでください。俺は、狩りをして暮らすのが性にあってるんだから」
「わかっているよ。わかっているけれど……。ああもう! たまらない。もう少しこうさせていて」
「なんだかよくわかんないけど、すきにしてください……」
……一体、なにがそんなに嬉しいのか。
さすがにウェイドがしているように、引っ叩くわけにもいかない。
大きな寝台の上で、貴族の美丈夫に抱き付かれて頬ずりされている田舎の狩人。……はたから見ればとても珍妙な姿だろう。思わず遠い目になりながら、ハイレリウスが落ち着くまで無抵抗で寝転がっていた。
「はぁ……。すまなかった。取り乱してしまって」
しばらくして落ち着いたらしいハイレリウスは、シタンの上から身を起こして寝台から下りた。
「謝りに来たのに、逆に慰められた感じだね。……はは。私もまだまだ青いのかな」
「そんなことはないと思うけれど。たまにはちょっと気を抜いてもいいんじゃぁないかなぁ……」
……その相手が自分なのはちょっと困るが。
「ふふ。そうかもしれないけど、少し恥ずかしいな。それじゃ、そろそろ出ていくよ。寝ているところを邪魔してすまなかったね」
「あ、はい」
「おやすみ……」
ハイレリウスは、いつもながら綺麗で眩しい顔に甘い笑みを浮かべながら、するりとシタンの頬を撫でたあと軽い足取りで寝室から出て行った。
「嵐みたいだったなぁ……」
……昼間の騒動でもともと疲れていたが、それにまた違う類の疲れが上乗せされた。
「ふう……」
ぼさぼさに乱れた銀髪もそのままに、上掛けを被って丸くなり目を閉じる。
ーー眠気が訪れた覚えもないほど瞬時に眠りに落ちて、次に目を開けたらもう朝だった。
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