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51 これって仕事なのか

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 ――ハイレリウスから与えられた仕事は、シタンが想像していたのとはまったく違うものだった。


 彼の実家だという大きな屋敷に連れて来られた、その翌日の朝。

「ハル様、起きてくださいよ」

 辺境にいた頃からの習慣で早朝に起きたシタンは、部屋に迎えに来たウェイドに連れられてハイレリウスの寝室にいた。部屋の中央に据えられた寝台に横になっているのは当然、この部屋の主だ。

「ん……」という色気のある声とともに薄く開いた淡い青の瞳が、シタンを捉えて微笑む。朝日を浴びて青みを帯びた黒髪と、きめ細やかな肌が輝いていて、絶妙な美しさを作り出している。

「……ああ、おはよう。シタン」
「おはようございます」

 寝起きの顔まで綺麗だとか、どういうことだ。思わず見惚れてしまいそうになるが、辛うじて正気を保って丁寧に挨拶を返す。

「ふふ……。かしこまった口調だね。崩してくれて構わないのに」
「一応仕事だから、それなりにちゃんとします。ほら、起きてください」

 開いた瞼が閉じたのを見て、屈みこみながら「寝ないでくださいよ。お湯とか持って来てるんですよ。起きないと、冷めてしまうんで」と、肩の辺りを揺すると、クスクスとおかし気な笑い声が上がった。

「ありがとう。起きるよ。……君の瞳、朝陽に透けるととても綺麗だね。砂金が入っているみたいだ」
「えっ? 砂金?」

 意味の分からない誉め言葉とともに、頬を撫でられた。続いてつうっと顎の線をなぞられて背筋に寒気のような感覚が走って「ひえっ!」と、声を上げてしまった。

「朝からなにをしているのですか。だらしない顔をしないでください」

 ウェイドが目にもとまらぬ速さで頬に触れ続けているハイレリウスの手をはたき落とし、容赦ない言葉を浴びせた。だらしない顔と聞いて、ハイレリウスの顔をまじまじと見てみるが、ひたすら綺麗にしか見えない顔だ。彼の目には緩んでいるように見えるらしい。きっと二人の屋敷での付き合いは長いのだろう。

「何をするんだウェイド……。せっかく、シタンに起こして貰えて良い気分だったのに」

 主人に対してあんまりな態度に怒ることはないが、なんとも渋い顔をしてハイレリウスは寝台から下りた。室内履きを引っ掻けて、ウェイドの介添えのもと、朝の身支度を手早く済ませていく。仕上げに顔を湯で洗い、シタンが手渡した布で顔を拭く。

「俺、いる? ウェイドさん一人で十分な気がするけど」
「いるとも。いてくれないと連れてきた意味がない」

 真顔でハイレリウスが言うが、どうにも腑に落ちない。

「これはきちんとした仕事だ。私の癒しになるのだから」
「い、癒し……?」

 本当に癒しになるのだろうか。しかし、当人が真顔でそう言っているのならそうなのだろう。どちらにしても、ここまで来たら仕事は仕事……と、割り切った方がいいのかもしれない。他の出稼ぎ先に、ハイレリウスはシタンを行かせる気がなさそうなのだから。

「さあ、朝餉を一緒に食べよう」

 食事を一緒に食べるのも仕事に含まれるらしい。そんな仕事なんて聞いたことがないが。

「ウェイドさん、こういうことも仕事になるのかな」
「本来は違いますが、シタン様はハイレリウス様にとって特別なお方の様ですので、こういったこともまた立派なお仕事だとおもわれます。わたくしめにはそれ以外に言い様がございません」

 ウェイドに聞いても、妙な答えしか返ってこなかった。しかもこちらも真顔だ。

 「ううん?」と、首を傾げるシタンの肩を「深く考える必要はないよ」と、ハイレリウスが笑いながら軽く叩いて寝室から連れ出した。
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