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41 本当は、辛かった

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 ――領主が抱く度に肌へ強く口付けるから、いつまでも朱い痕が消えてくれない。

 酔っていい気分になり、すっかりそのことを忘れていた。慌てて手拭いを巻き直したが、青年はしっかりと肌を見てしまったあとだ。手遅れというやつだ。

「あっ、ああっ、あの、これは……、ちっ、違っ……」
「恋人ではないのかい? そんなに痕を付けるなんて独占欲が強そうだけど」

 恋人なんかじゃない!

「う、ううっ。それは、その……」

 それでどういう関係だと説明すればいいのか。なにも頭に浮かんでこない。そもそもが、人に言えるような関係ではないのだ。恋人だと言った方が無難なのか。でもそれは違う。あんなに気持ち良くて、溶け合うように交わり、触れ合っていても。

 ……不意に、息が止まりそうになるほどに胸がずきりと強く痛んだ。

 恋人だと言えるような関係だったら、こんなに慌てなかっただろうか。体だけ求められるのではなく、心も欲しいと言われていれば、もっと違っていたのかもしれない。そう思うと、さらに深く胸が痛んだ。

 そんなことは、有り得ない。強姦魔の気持ちなんて欲しくはない。そのはずだった。

「もしかして、無理強いされているのかな」
「……えっ!」

 いきなり核心を突かれ、身を震わせてしまう。

「君の体から、妙に強い魔力の気配がしているのが気になっていたのだけど、それはそういう意味だったのだね。交わりの際に施された魔術と、相手の魔力そのものの気配か……」
「……あ」

 こちらを見詰めてくる淡い青の瞳は笑っていない。少し鋭くなっていて真剣そのもので、腹の底まで見通されそうだった。

 ……どうしたらいいんだ!

 慰みにされていると知られてしまった。青年からどういう態度を取られるのか予想できずに、ただ恐怖が込み上げてくる。嫌な汗がこめかみを伝い、耳の奥に心臓があるみたいにどくどくと脈が激しくなる。

「ひっ、く……」

 喉が引き連れて、無様な嗚咽が漏れた。さっきまでの幸せな気分は欠片もなくなってしまった。ぎゅっと上着の胸元を掴み、身をかがめて目を閉じる。情けないことに涙が零れそうだ。

「……ああ、いや、すまない。そんな顔をしないでくれ」

 どこか慌てた、宥めるような声色で言われて顔を上げると「私は君に危害を加えるつもりも、咎めるつもりもないよ。大丈夫……、本当に、神に誓って大丈夫だから……」と、眉根を寄せて微笑む青年と視線がかち合う。

「へっ、変なもん見せてしまって、も、申し訳ない、ですっ……」
「こちらこそ申し訳ないよ。辛い思いをさせてしまったね」

 青年の酷く優しい声が耳を打つ。横暴で怖い領主とは大違いだ。柔らかい物言いが胸に染みる。目頭が熱くなって、微笑む顔が少し歪んで見えた。

「怯えないで。君にそんな態度を取られたら、逆に私が傷付いてしまうよ」
「ひぐっ、う……」

 とうとう涙がこぼれてしまった。

 しゃくりあげながらごしごしと涙をぬぐい、ぐっと口を引き結んで嗚咽を飲み込む。他人に知られて初めて、どれだけ領主とのことに悩んでいたかを思い知った。

「我慢しなくていい。泣きたいのなら、泣いていい」
「そ、そんな、こと、言わないで、くださ……っ、うっ、うぁ……!」

 優しい言葉をかけられると、余計に泣きたくなってしまう。引き結んでいた口が解けて、みっともない嗚咽が次から次へと漏れ始めた。拭っても拭っても熱い涙は止まらないし、体の震えも止まらない。

「うっ……、ああぁっ!」

 ……ただの対価として、あのラズに似た綺麗な男に抱かれることが、本当は……、とても辛かったのだと、今になってシタンは気付いたのだった。
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