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38 人懐っこいというか、しつこい

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 青年は淡い青の瞳と黒に近い藍色の髪をしていて、酷く整った容姿をしている。どこかしら領主の雰囲気と近いものを感じた。

 ……関わり合いになりたくない。礼などいいからどこかへ行って欲しい。

「凄いな! ありがとう! 君は命の恩人だよ」

 シタンの願いも空しく、ずり落ちるようにしながらも、どうにか鞍から下りて律儀に礼を言ってきた。きつい印象が強く横暴さの目立つ領主とは違って、溌剌としていて人好きのする空気をまとった青年だ。

「いや、そんな大層なもんじゃないですよ。運が良かった。それに多分、あのまま馬で走っていれば、逃げ切れたでしょうし」
「そうだとしても、こんなに早くは解放されなかったよ。いやぁ、狩人は凄いんだな」

 満面の笑顔で、青年はシタンを褒めそやかした。

「あはは。それより、噛まれたりはしてませんか」
「ああ、それは何とか。もう少しで馬が引っかかれるところだったが、この子も無事だ」
「ならよかった。穢れをもらうと厄介だから」

 獣に噛まれると熱を出したり、傷口が腐ってしまうことがあるのだ。シタン達の間では、それの素になるものを総じて『穢れ』と呼んでいる。顔が少し青ざめていて衣服も髪も多少乱れてはいるが、怪我もなく五体満足な様子に安堵した。

「済まないけれど、水を分けてくれないかい? 喉が干からびそうだ」
「えっと、あの、飲み差しになってしまいますが……」
「構わない。なんなら金を払ってでも貰いたいくらいだ」

 真顔で言う青年に、たった今自分が口にしていた水筒を手渡す。余程に乾いていたらしく、気にする素振りを一切見せずに喉を鳴らし飲み干してしまった。

「はぁ、これは美味しい! 何か煎じているのかな」
「ええ、そのままだと生水は腹壊しますんでね。毒消しと香り付けの実を入れて鍋で煮立てたやつですよ」
「ほう。そういうのもあるんだね。うちで飲んでいる茶とはまた違った味だ。ああ、全部飲んでしまったよ。すまないね。君が飲むために持ってきたものだろう?」
「今日はもう森には入らずに、戻りますよ。さすがに肝が冷えましたんで」

「はは。それもそうだね」と、苦笑とともに返された水筒を腰に結わえて、まだ垂れてくる額の汗を再び拭う。真っ向から魔獣に矢を連続で射掛けたのは、さすがに危なかった。

「君に礼をしたいんだが……、色気のないところなら金かな」
「あ、いや、そんな」
「そもそも、巻き込んでしまったのは私なのだから、礼を受け取って貰いたい」

 恐縮しながらちらと魔獣の方に目をくれる。こんなに大きな魔獣を仕留められるとは思ってもみなかった。肉は堅そうだが、巨躯なだけに毛皮が立派だ。臓物の方も、部位によってはかなりの値がつく。これなら礼など貰わなくても、十分な稼ぎになるだろう。

「この獲物を貰えるんなら、それで十分ですんで」
「それは勿論だよ。君の手柄だからね。随分と欲がないことを言うものだ」
「いや、だって、あなたが逃げて来なかったらこいつ、ここに来なかったでしょうし」
「はは。良いオトリになれたってことかな」
「オトリっていうのも、どうかと思いますが、お互い様っていうか……」

 存外に軽い。死にかけたといのにカラッとし過ぎだ。こっちだって危なかったのに反省しているか怪しい。また同じことをしそうで怖い。こういう奴とは、やっぱり関わりたくないという気持ちを強くした。

 その場で獣を解体するので、見ない方が良いと言って立ち去ることを勧めたが、気前の良い貴族の青年は「解体なら何度か見ているし、したこともあるから大丈夫だよ」と、立ち去る気配を見せずに笑っていた。なかなかの豪胆っぷりだ。

「そうですか。でしたら、どうぞ見ててください」

 血の匂いに怯え始めた栗毛馬を離れた場所へと繋いで戻って来た青年の眼前で獣を手早く捌いてから、鳥達を呼び寄せて後始末を頼んだ。

「手際が良いね。さすが狩人だ」
「はは。どうも」
「ところで、この後は何か用事があるのかな。私の取った宿で一緒に酒でも飲まないかい」
「え、えっと。これから町へ行って獲物を売りにいったりするんで、ちょっと、それは」
「私もそれに付き合おう。どうせ今日は暇なのでね」

 ……なんとも人懐っこい。というか……、しつこい。

 領主の相手だけで手いっぱい、腹いっぱいなのに、さらに関りが増えてしまいそうで気が気でない。それとなく断りたかったのだが、どうにも青年の誘いを振り切れない。

「良い酒をご馳走するよ。楽しみにしていてくれ」
「は、はぁ。わかりました。じゃあ、行きましょうか」

 結局、栗毛馬に乗った青年を伴って町へと向かうことになった。
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