【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

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32 釣竿の行方は

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 ……大広間で一度領主と別れて老人に伴なわれて寝室に入り、身仕度を整えて夜着に着替えさせられた後。

 部屋から老人が出て行った隙に、シタンは釣竿を探し始めた。

 ぱっと見たところ、その辺にはない。脇机や卓以外には余計な物が置いていないだだっ広い部屋だ。探すところは多くない。
 
「ここかなぁ」

 きれいに掃除された床にはいつくばって、蝋燭の灯りが届きにくい下側を覗き込む。暗がりに目が慣れてくると、奥の方に細長い物が転がっているのが見えてきた。

「あった!」

 ひとりで大喜びしながら、半身を寝台の下へ入れ込みながら腕を伸ばしてそれを掴んだ瞬間。

「なにをしている」
「ひぃぃっ!」

 低い声とともに、がっつりと腰を掴まれて後ろに引きずられた。驚き焦って四つん這いで逃げようとするも、素早く胴に腕を回して抱き起される。

「騒がしいな」
「ぎゃあぁっ!」

 首筋を舐められて、握りしめていた釣竿を落としてしまった。

「ほう。それを探していたのか。また凝りもせずに釣りをする気か?」

 背後から馬鹿にしたような言葉を投げられ腹が立って、じたばたと手脚を暴れさせてみたがびくともしない。

「あ、あんたには関係ないだろっ!」
「まともに釣れるのか。桶すら持っていなかった様だが」
「つ、釣れるかどうかなんて、どうでも良いだろ……!」

 暫く前になるのにむかつくほど物覚えがいい男だ。ただ釣りをしていただけなのに、理不尽な罰を与えた張本人に言われたくはない。つい反抗するが、「私の問いに答えろ。二度とここから出られないように連日で抱き潰すぞ」と、言いながら軽く耳を食まれ、胴に回っていた手で前を弄られてしまうと、ひとたまりもない。

「ひいっ! あっ、や、やめろよぉ! つ、釣れねぇよっ! 魚なんて釣れなくても、俺は釣りが好きなんだよぉっ! あっ、んっ……!」

 監禁なんてされたくない。破れかぶれで白状すると、密着した背後から小刻みな震えが伝わってくる。

「ふっ、くくっ……」と微かに笑う声がした。

 ……釣り下手なのは気にしていないつもりだったが、こんな奴に笑われたくなどない。羽交い絞めにされて逃げ出せないのも、好き勝手に体を弄られるのも悔しい。非力なつもりなどないというのにこの違いはなんだろうか。悔し過ぎて泣きたい。

「わっ、笑うなよぉ!」
「ふ……。そう怒るな」

 宥める声にさえ腹が立つ。この男相手になると、どうにもむきになってしまう。

「ア、アンタはどうなんだよっ!」

 悔し紛れにそんな言葉をぶつけてやると、意外な返事が返ってきた。

「少なくとも、貴様より釣れる」
「嘘だ。アンタが釣りするなんて、信じられない……」
「ならば、釣って見せるか」
「へっ?」

 冗談かと思いきや、領主は本気だった。

「三日後に、小川へ来い。釣竿などは貴様が用意しろ。そうすれば、私が魚を釣るところを見せてやろう」と、言った。

 ……開いた口が塞がらなかった。

 どうして俺がと思わないでもなかったが、領主が魚を釣れるのか否かを見てみたいという好奇心の方が勝った。

「はぁ。わかったよ……。三日後だな」

 釣竿は見つけられたが、散々な目に遭った。仕方なしに領主の要求を飲んだところで、やっと馬鹿みたいに力の強い腕から解放される。床に落とした釣竿をさっと拾い上げてから、振り返って夜着姿の領主をできるだけ顔を怒らせて睨んでやった。

「釣れなかったら、笑ってやるから」
「好きなだけ笑うが良い。最も、そんな事にはならないが」

 シタンの睨みなど虫に刺されたほどにも感じていないのだろう。涼しい顔で受け流される。

 ……それにしても大層な自信だ。本当に釣れるのかもしれないと思わされてしまう。どこまでも偉そうな領主の口振りに苛つきながらも、シタンは三日後が少し待ち遠しい気分になっていた。
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