31 / 112
31 胃袋を掴まれている気が
しおりを挟む
居もしない嫁との仲を冷やかされた、その翌日。
シタンは干し肉作りに精を出していた。
前の晩に薄切りにして日保ちの効果がある葉と塩を入れた水へ漬けておいた肉を、竈の上に張った細い縄へせっせと干していく。すべて干し終えた頃には、昼になっていた。
干した物とは別に取り分けておいた肉を焼き、それに使った鍋を洗わずに屑肉と野菜を放り込んで炒めてから汁物を作る。木の器に盛り付けて黒麺麭の薄切りを何枚か添えれば、いつもより少しだけ贅沢な昼餉のできあがりだ。
「良い感じに煮えたな」
脂身のついた屑肉入りの汁物は、少し臭みはあるがこってりとしていて美味い。今まではそういう獣臭い肉の味で満足していたが、城で美味い料理を振る舞われるせいで物足りなさを感じてしまっている。
……たまには魚でも食べたい。ラズと二人で食べた川魚は、いつも美味かった。
「――あ……。最近釣りしてないなぁ」
小川で領主に出くわしてしまった日が、最後だ。
狩りや採取ができなくなる禁猟期までには、まだ日数がある。それとなく知人に聞いてみたが、釣りをしてはいけないというお触れなど出ていない。
またあの男に難癖をつけられるのは嫌だが、対価として慰み者にされているのだから今更だ。どうせ釣れないだろうが、駄目でもともとだ。餌を付けて釣りをしてみよう。
昼餉のあと、寝床の下にある物入れの箱を引っ張り出す。この入れ物には、ラズと再び会えたら贈ろうと手間暇をかけて作った釣竿も入っている。
「ん?」
そして自分用の釣竿も一緒に入っていたはずだが、見当たらない。
「あれ……? 」
最後に釣りをしたのは城に連れて行かれて、強姦された日なのは間違いない。寝室に行く時までは、釣竿を持っていた記憶がある。
「……どこで落としたんだ?」
強引に寝台へ転がされたそのどさくさに、落としてしまったのかもしれない。あんな場所に自分の釣竿が転がっているのを想像すると、なんだか嫌というか、気まずい。
釣りをするたびに、夜のことを思い出してしまいそうだ。もう手遅れな気もするが、少なくとも城にあるのだとすれば探さずにおくわけにはいかない。次に城へ連れて行かれたら、そのときに寝室の中を探せるだろう。
「次……かぁ……」
次があると、当たり前のように思っている自分にげんなりした。
抱かれるのを待ち望んではいない。美味い料理や蜜酒だって、別に楽しみにしてなんかいない。
……絶対にない。……ないと、思うが。
煮込みの柔らかい肉や白麺麭がまた食べられるな……と、一瞬だが思ってしまって、ぶるぶると頭を振る。胃袋を掴まれてどうするのか。どうせなら、嫁に掴まれた方がいい。釣竿を見つけるまでは、釣りはお預けだ。忘れずに探そう。
そう思いながら、引っ張り出した物入れを寝床の下にぐいっと勢いよく押し込んだ。
――それから数日後の、夕暮れ前。
いつものように馬で迎えに来た領主に、城へと連れて行かれた。
シタンは干し肉作りに精を出していた。
前の晩に薄切りにして日保ちの効果がある葉と塩を入れた水へ漬けておいた肉を、竈の上に張った細い縄へせっせと干していく。すべて干し終えた頃には、昼になっていた。
干した物とは別に取り分けておいた肉を焼き、それに使った鍋を洗わずに屑肉と野菜を放り込んで炒めてから汁物を作る。木の器に盛り付けて黒麺麭の薄切りを何枚か添えれば、いつもより少しだけ贅沢な昼餉のできあがりだ。
「良い感じに煮えたな」
脂身のついた屑肉入りの汁物は、少し臭みはあるがこってりとしていて美味い。今まではそういう獣臭い肉の味で満足していたが、城で美味い料理を振る舞われるせいで物足りなさを感じてしまっている。
……たまには魚でも食べたい。ラズと二人で食べた川魚は、いつも美味かった。
「――あ……。最近釣りしてないなぁ」
小川で領主に出くわしてしまった日が、最後だ。
狩りや採取ができなくなる禁猟期までには、まだ日数がある。それとなく知人に聞いてみたが、釣りをしてはいけないというお触れなど出ていない。
またあの男に難癖をつけられるのは嫌だが、対価として慰み者にされているのだから今更だ。どうせ釣れないだろうが、駄目でもともとだ。餌を付けて釣りをしてみよう。
昼餉のあと、寝床の下にある物入れの箱を引っ張り出す。この入れ物には、ラズと再び会えたら贈ろうと手間暇をかけて作った釣竿も入っている。
「ん?」
そして自分用の釣竿も一緒に入っていたはずだが、見当たらない。
「あれ……? 」
最後に釣りをしたのは城に連れて行かれて、強姦された日なのは間違いない。寝室に行く時までは、釣竿を持っていた記憶がある。
「……どこで落としたんだ?」
強引に寝台へ転がされたそのどさくさに、落としてしまったのかもしれない。あんな場所に自分の釣竿が転がっているのを想像すると、なんだか嫌というか、気まずい。
釣りをするたびに、夜のことを思い出してしまいそうだ。もう手遅れな気もするが、少なくとも城にあるのだとすれば探さずにおくわけにはいかない。次に城へ連れて行かれたら、そのときに寝室の中を探せるだろう。
「次……かぁ……」
次があると、当たり前のように思っている自分にげんなりした。
抱かれるのを待ち望んではいない。美味い料理や蜜酒だって、別に楽しみにしてなんかいない。
……絶対にない。……ないと、思うが。
煮込みの柔らかい肉や白麺麭がまた食べられるな……と、一瞬だが思ってしまって、ぶるぶると頭を振る。胃袋を掴まれてどうするのか。どうせなら、嫁に掴まれた方がいい。釣竿を見つけるまでは、釣りはお預けだ。忘れずに探そう。
そう思いながら、引っ張り出した物入れを寝床の下にぐいっと勢いよく押し込んだ。
――それから数日後の、夕暮れ前。
いつものように馬で迎えに来た領主に、城へと連れて行かれた。
0
お気に入りに追加
271
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる