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29 溺れていく
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一度目は、無理矢理だった。
二度目は、気持ち良さに負けて、最後はもう合意だった。
三度目は、求められた嬉しさに絆されて自分からも欲しがり、さらには酷く焦らされて続きを強請る真似までした。隅々まで貪るように抱かれて、ぐすぐすに溶けるように気持ちよくて長い夜だった。
それからは、ずるずると深みにはまるようにして領主との交わりに溺れていった。
片手で足りる回数を超えても、放り出される気配がない。城では相変わらず老人にかいがいしく世話を焼かれるし、美味い飯と蜜酒にありつけて、我を忘れるような快楽を与えらえる。
こんなのは変だ。愛人かなにかじゃないのか。
今、小屋の棚には城で出された特上の蜜酒が置いてある。いらないと啖呵を切ったのに、結局は土産として持たされた。優しい笑顔を浮かべながら手渡してくる老人に対して突き返す気になれず、加えて老人の背後で恐ろしい目つきで睨む領主に逆らえなかった。
城では飲まないと睨まれるし美味いのでつい飲んでしまっているが、小屋にいるときは自分で買った酒を飲んでいる。そんなことをしたとろこで慰みに抱かれる現実が変わるわけではないが、せめてもの戒めにしている。
……そんなこんなで、なんとも言えない非日常に体が少し馴染み始めてしまったある日。怠さが抜けない体に鞭打って、シタンは森の奥深くまで狩りに出かけていた。
「はぁ。上手く仕留められて良かった」
首に巻いた手拭いで、額の汗を拭う。ついでに襟に指を引っ掛けて胸板を覗き込むと、そこには赤く歪なうっ血がいくつも付いている。
「消えないなぁ……」
領主に吸い付かれた痕だ。
ここ最近、抱かれる度に執拗に痕を付けられて、うかつに首筋などを晒せなくなっていた。これでは嫁になりそうな娘と付き合おうにもためらわれる。もっとも、ここ数年は枯れたみたいに付き合いを求めなくなっていたが、それとこれとは別というやつだ。
「嫌がらせかな」と、ため息をつきながら念入りに手拭いを巻き直したシタンの足元には、鮮やかな紫の毛並みをした獣が横たわっている。今しがた仕留めたばかりの獲物だ。ねじ曲がった角が生えた獣のこめかみや脚に深々矢が刺さっている。
……城に連れて行かれてしまうと二日は潰れてしまう。狩りの回数が減って腕が鈍るかと思ったがそんなことはなく、今までと変わりなく獲物を仕留められているのが救いなような気がした。
腰に吊るした水筒を手に取り、勢いよく飲み干す。
「ぷは」
休憩時間もそこそこに、獣を手近な樹に吊るして血抜きを始める。粗方の血が抜け切った頃合いを見計らって縄を外して草地に下ろし、小刀で素早く皮を剥いだ。角は石鎚で叩き折り、肉や臓物を切り取って大きな葉っぱに包んで草紐で結わえ、それを布袋に丁寧に詰めて肩に下げる。毛皮と角は別の袋に入れて、背嚢に仕舞った。
「久しぶりに肉がいっぱいだなぁ。干し肉、また作っておくか」
子供の頃は、やることなすこと大抵が覚束なかった。それでも唯一得意な弓を頼みにして父親とともに森へ入って狩人としての経験を積み、家を出る年頃には十分な技を身に付けていた。
慣れた手つきで諸々の始末を終え、首に下げた笛を強く吹き鳴らす。
「ギィッ! ギャ!」と、けたたましい鳥の鳴き声がして、生い茂る木々の枝が大きく揺れた。派手な羽ばたきの音と共に亡骸の上に降り立ったのは、赤子ほどの大きさの鳥の群れだった。
「片付けは頼んだよ」
軽い調子で声をかけると、群れの中でも一際大きな体をした鳥が頭を上げて一声鳴いた。騒がしく食事を始めた彼等に背を向けて、足早に森を抜けて町へと向かった。
二度目は、気持ち良さに負けて、最後はもう合意だった。
三度目は、求められた嬉しさに絆されて自分からも欲しがり、さらには酷く焦らされて続きを強請る真似までした。隅々まで貪るように抱かれて、ぐすぐすに溶けるように気持ちよくて長い夜だった。
それからは、ずるずると深みにはまるようにして領主との交わりに溺れていった。
片手で足りる回数を超えても、放り出される気配がない。城では相変わらず老人にかいがいしく世話を焼かれるし、美味い飯と蜜酒にありつけて、我を忘れるような快楽を与えらえる。
こんなのは変だ。愛人かなにかじゃないのか。
今、小屋の棚には城で出された特上の蜜酒が置いてある。いらないと啖呵を切ったのに、結局は土産として持たされた。優しい笑顔を浮かべながら手渡してくる老人に対して突き返す気になれず、加えて老人の背後で恐ろしい目つきで睨む領主に逆らえなかった。
城では飲まないと睨まれるし美味いのでつい飲んでしまっているが、小屋にいるときは自分で買った酒を飲んでいる。そんなことをしたとろこで慰みに抱かれる現実が変わるわけではないが、せめてもの戒めにしている。
……そんなこんなで、なんとも言えない非日常に体が少し馴染み始めてしまったある日。怠さが抜けない体に鞭打って、シタンは森の奥深くまで狩りに出かけていた。
「はぁ。上手く仕留められて良かった」
首に巻いた手拭いで、額の汗を拭う。ついでに襟に指を引っ掛けて胸板を覗き込むと、そこには赤く歪なうっ血がいくつも付いている。
「消えないなぁ……」
領主に吸い付かれた痕だ。
ここ最近、抱かれる度に執拗に痕を付けられて、うかつに首筋などを晒せなくなっていた。これでは嫁になりそうな娘と付き合おうにもためらわれる。もっとも、ここ数年は枯れたみたいに付き合いを求めなくなっていたが、それとこれとは別というやつだ。
「嫌がらせかな」と、ため息をつきながら念入りに手拭いを巻き直したシタンの足元には、鮮やかな紫の毛並みをした獣が横たわっている。今しがた仕留めたばかりの獲物だ。ねじ曲がった角が生えた獣のこめかみや脚に深々矢が刺さっている。
……城に連れて行かれてしまうと二日は潰れてしまう。狩りの回数が減って腕が鈍るかと思ったがそんなことはなく、今までと変わりなく獲物を仕留められているのが救いなような気がした。
腰に吊るした水筒を手に取り、勢いよく飲み干す。
「ぷは」
休憩時間もそこそこに、獣を手近な樹に吊るして血抜きを始める。粗方の血が抜け切った頃合いを見計らって縄を外して草地に下ろし、小刀で素早く皮を剥いだ。角は石鎚で叩き折り、肉や臓物を切り取って大きな葉っぱに包んで草紐で結わえ、それを布袋に丁寧に詰めて肩に下げる。毛皮と角は別の袋に入れて、背嚢に仕舞った。
「久しぶりに肉がいっぱいだなぁ。干し肉、また作っておくか」
子供の頃は、やることなすこと大抵が覚束なかった。それでも唯一得意な弓を頼みにして父親とともに森へ入って狩人としての経験を積み、家を出る年頃には十分な技を身に付けていた。
慣れた手つきで諸々の始末を終え、首に下げた笛を強く吹き鳴らす。
「ギィッ! ギャ!」と、けたたましい鳥の鳴き声がして、生い茂る木々の枝が大きく揺れた。派手な羽ばたきの音と共に亡骸の上に降り立ったのは、赤子ほどの大きさの鳥の群れだった。
「片付けは頼んだよ」
軽い調子で声をかけると、群れの中でも一際大きな体をした鳥が頭を上げて一声鳴いた。騒がしく食事を始めた彼等に背を向けて、足早に森を抜けて町へと向かった。
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