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10 ラズラウド①
しおりを挟む――あれは、シタンが父親から狩人としての教えを受け始めたばかりの頃だ。
今日のように良く晴れた日。弓の練習をしようと広場へ行くと、大樹の前に小柄な人影があった。シタンの着ている麻の上下と似たり寄ったりの地味な色をした衣の袖や裾の下から見える肌は透き通る様に真っ白で、艶のあるふんわりとした黒髪をしている。近所の子供達とは明らかに違う雰囲気の、見慣れない後ろ姿だ。
「なにしてるの?」
大樹を見上げている背中に近づいて行って声を掛けると、子供がぱっと振り返った。黒髪に縁どられた卵型の白い顔に、吊り目がちの凛々しい目鼻立ちをした綺麗な少年だった。
「……大きな樹だと思って、見ていただけだ」
声変わり前の高く澄んだ声は、彼の姿に良く似合っている。
「お前は、何しに来たんだ」
見た目の年齢にそぐわない硬く大人びた口調だが、大きな紫紺の瞳で真っすぐこちらを見て小さく首をかしげる仕草は、あどけなくて随分と可愛らしい。
「弓の練習に来たんだよ」
そう言いながら、少年の傍らまで来て印を結んで大樹に祈りを捧げる。
「変わった祈り方だな」
「俺のとこで伝わってるお祈りだよ。他はどうかしらないけど」
「なるほど。この土地の特別な祈りなんだな」
「面白いな」と、言って笑った顔も可愛い。胸の辺りがぽかぽかと温かくなり、もっと話したくなった。
「良い獲物が捕れますようにとか、無事に帰れますようにとか、そういう事を祈るんだよ」
「そうか。それなら僕もそうしておこう」
シタンの説明を聞いて深く頷いた少年は大樹の方へと向き直り、驚いたことに一度見ただけの印を正確に結んで軽く祈りを捧げた。そうして、短い祈りの後に振り返ってシタンを見上げて、こう尋ねた。
「……お前は、今からここで弓の練習をするのか」
「あ、うん。そうだよ」
「もう少し話たかったが、邪魔をしてはいけないな……」
「えっ、じゃ、邪魔とかそういうのはないよ。お、俺も、もっと話したい!」
自分が思っていたのと同じ事を言われて、嬉しさに舞い上がってしまった。急に叫んだシタンを見て、少年は瞳を丸くして驚き、次いで嬉しそうに笑った。最初は硬かった表情が、次第に和らいで明るく綻んでいく様にシタンはたちまち心を奪われた。
「――可愛い……」
嬉しさのあまり感情が抑えきれなくなって、思ったことをそのまま口に出してしまった。すると、途端に少年の笑顔が引っ込んで、きつく眉根を寄せた鋭い目つきになった。
「……僕は男だぞ」
「うん。わかってるよ。でも、可愛いし」
もじもじと背負いの矢筒を結わえた紐を弄りながら素直に言うと、「失礼な奴だなっ!」と、怒りながら小さな手でシタンの胸板や肩を引っ叩いてきた。
「痛っ! ご、ごめん、うわ、い、痛いっ……!」
小さな手とはいっても容赦なく叩かれると、さすがに痛い。「やめてよ!」と、振り上げられた腕を掴んだが、折れそうな細さに怖くなって直ぐに放してしまう。
「お、俺が悪かったよぉ……」
気弱に謝りながらきつく目をつぶって身構えたが、もう叩かれはしなかった。ゆっくりと目蓋を開いて様子を伺うと、少年は腕を組んでこちらを睨んでいる。
「ふん、悪かったと思ったのなら良い。……僕はラズラウドだ。お前は?」
見た目は細くてか弱くても驚くほど腕力があるし、気が強くてさっぱりとした性格をしているようだ。怒っているのか恥ずかしかったのか、少し頬が赤くなっていた。そんな頬をしてツンと澄ました表情も可愛くて、叩かれた肩や胸板をさすりながら緩く笑いが漏れてしまう。
「俺は、シタンだよ。……えっと、ラズ……ラウド?」
「ラズで良い。よろしく、シタン」
「うん。よろしくね、ラズ。ねぇ、せっかくだから遊ぼうよ。釣りとかどうかな」
弓の練習よりも何よりも、ラズと一緒に遊びたくてたまらなくなっていた。そわそわとしながら好きな釣りに誘ってみると、「つり?」と、不思議そうに眼を瞬いて少し考え込む仕草をした後、彼はこう答えてくれた。
「……やってみたい」
「よし、それじゃあ家に釣竿持ちに行くから、ついてきて」
「わかった」
こうしてラズとシタンは出会い、その日のうちに親しい友人になった。
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