上 下
7 / 112

7  美味い粥

しおりを挟む
 ――暫くして誰かが入ってくる気配がした。

 頭を傾けて扉の方を見ると、老人を背後に従えた領主の姿があった。

「……なっ、なんで」

 飾り気のない白い上着と紺のズボンという出で立ちで、外套とつば広帽の時よりは威圧が薄れている気もするが、鋭い目つきがやはり怖い。少し癖のある黒髪を後ろに向けて撫で付けていて、ひと房はらりと落ちた態の前髪が嫌味なほどさまになっている。

「私の城だ。何処に来ようと構うまい」

 堂々と言い放つ態度でさえも、容姿の良さを引き立たせる材料でしかない。美形というのはなにをしても得にしかならないのかと、面白くない気分でシタンは領主を睨みつけた。

 そんな彼を表情もなく見下ろす領主の後ろで、老人が料理を乗せた手押し台を室内へと運び入れる。寝室に設えられていた長方形の卓にクロスが敷かれ、中央には燭台が置かれた。

「領主様、整いました」
「ああ」
 
 老人の言葉を合図に、領主はシタンから上掛けを素早く剥ぎ取った。「うわあっ!」と、上がった声に構わず、膝裏と背中に腕を差し込み寝台から抱き上げる。

「な、なに、すんだよっ!」
「黙れ。椅子に座らせるだけだ」
「じ、自分で歩ける! お、おろせって! なんなんだよアンタ!」

 降りようと足をばたつかせたが、即座に強く抱き込まれて動きを封じられてしまった。そうして、耳元でこう囁かれた。

「……腕よりも舌を斬られたいか」
「ひいいっ!」 

 身を硬くして静かになったシタンを、領主は軽々と運んで椅子の傍へと下ろした。へなりと崩れ落ちるようにして椅子に座ったのを見届けてから、ゆったりとした歩みで反対側の席へと向かっていく。老人が水代わりの麦酒を二人の前に置かれた杯へと注ぎ、シタンの前にだけ白い深皿が置かれた。

「どうぞ、熱いうちにお召し上がりください」

 ふわりと立ち上る香りが鼻孔をくすぐり、微かに腹が鳴った。皿の中身は小さく切られた鳥肉と野菜が入ったかゆだった。

「うまそ……」

 元々腹が減っていたのだ。腹が抉れそうなほどに空いてくる。恵みの神へ捧げる祈りもそこそこに、木匙を掴んでかゆすくう。

「はふ、んっ、うまっ!」

 火傷する熱さではないが温くもない、ほど良い熱さだ。野菜と肉は舌に乗せただけでほぐれ、するすると喉を通っていく。食べ始めると匙を動かす手が止まらなくなった。胃の腑の奥から温まり、腹が満たされるのに従って、弱っていた体が活力を取り戻していく。最後に皿を持ち上げて掻き込んで、具の欠片も残さず綺麗に平らげた。

「はぁ……、うまかった」

 一息に麦酒を飲み干し息をついたところで、領主と目が合った。どうやら、ずっとシタンが粥を食べている姿を見ていたようだ。

「な、なんだよ……」
「あれほど手酷く抱いたというのに、随分と逞しい思ってな」
「腹、減ってたんだからしょうがないだろ……。そ、そりゃ、がっついてたけど……」

 その手酷く抱いた張本人に、とやかく言われたくはない。ぶちぶちと文句を垂れながら顔を逸らし、恨みがましい気分で横目でじろりと領主を睨んでやった。

「ふっ……、はは! 馬鹿になどしていない」

 突然、領主が朱い唇を綻ばせて笑った。鋭い目つきが緩んで、華やかで美しい笑みが広がる。突然の変貌に、シタンは心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を受けた。

「う、あ、笑うなよぉ……。なんだよほんとにもう……!」

 わざとらしく語気を荒げて噛みつこうとしてみるが、そこいらの女など霞む様な美しさに加えて、どこか愛嬌のある笑顔に気勢を削がれてしまう。

「う、うぅ……」

 あんなに恐ろしかった男が、とてつもなく綺麗に見える。どうしてか、見られているのが恥ずかしくなり両手で顔を覆って俯く。目を閉じても、領主の美しい笑顔が脳裏に焼き付いていて、激しい動悸が治まらない。

「シタン」
「なっ、なんだよ!」

 名を呼ばれて怒りながら顔を振り上げると、すぐ傍らに領主が立っていた。白く長い指先がシタンの顎をとらえて、優しい力加減で上向かせられる。

「ひゃっ!」

 柔らかい口付けがシタンの唇へ落とされた。ざわり、と背筋を甘い疼きが走り抜けて、裏返った声の悲鳴を上げてしまう。粥で温まったのとは違う熱で、体が一気に熱くなる思いがした。

「また明日の夜に来る」

 予想しなかった領主の笑顔に混乱しているうちに再び抱え上げられてしまい寝台へと運ばれて、そっと下ろされる。そこへ素早く近寄ってきた老人が、命じられもしないうちに剥ぎ取られた上掛けを丁寧に整えてくれた。

「も、もう来るなよっ! へ、変態っ……」

 手押し台に食器を乗せた老人を引き連れて部屋を出ていく広い背中に向けて、精一杯声を張り上げて怒鳴りつけてみたが、いまいち迫力がなく力の抜けた声しか出なかった。
    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】生贄赤ずきんは森の中で狼に溺愛される

おのまとぺ
BL
生まれつき身体が弱く二十歳までは生きられないと宣告されていたヒューイ。そんなヒューイを村人たちは邪魔者とみなして、森に棲まう獰猛な狼の生贄「赤ずきん」として送り込むことにした。 しかし、暗い森の中で道に迷ったヒューイを助けた狼は端正な見た目をした男で、なぜかヒューイに「ここで一緒に生活してほしい」と言ってきて…… ◆溺愛獣人攻め×メソメソ貧弱受け ◆R18は※ ◆地雷要素:受けの女装/陵辱あり(少し)

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

薄幸な子爵は捻くれて傲慢な公爵に溺愛されて逃げられない

くまだった
BL
アーノルド公爵公子に気に入られようと常に周囲に人がいたが、没落しかけているレイモンドは興味がないようだった。アーノルドはそのことが、面白くなかった。ついにレイモンドが学校を辞めてしまって・・・ 捻くれ傲慢公爵→→→→→貧困薄幸没落子爵 最後のほうに主人公では、ないですが人が亡くなるシーンがあります。 地雷の方はお気をつけください。 ムーンライトさんで、先行投稿しています。 感想いただけたら嬉しいです。

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

【完結】金の王と美貌の旅人

ゆらり
BL
――あるところに、黄金色の髪を持つ優れた王が治める国があった。  その国の片隅にある酒場で、異国の旅人が出会ったのは商家の長男坊だという青年だった。互いに酒に強い二人は直ぐに意気投合し、飲み比べをし始めたのだが……。  残酷な描写には※R15、18禁には※R18がつきます。青年側の女性関係についてや主人公以外との婚礼等の話があります。そういった展開が苦手な方はご注意ください。ハッピーエンド保障。  ムーンライトノベルズにて完結した小説「金の王と不変の佳人(タイトル変更)」を加筆修正して連載。完結しました。アルファポリス版は番外編追加予定。※「王弟殿下と赤痣の闘士」と時間軸が繋がっています。よろしければそちらもお楽しみ頂ければ幸いです。

騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される

Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?! ※にはR-18の内容が含まれています。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

黒い春 本編完結 (BL)

Oj
BL
幼馴染BLです。 ハッピーエンドですがそこまでがとても暗いです。受けが不憫です。 DVやネグレクトなど出てきますので、苦手な方はご注意下さい。 幼い頃からずっと一緒の二人が社会人になるまでをそれぞれの視点で追っていきます。 ※暴力表現がありますが攻めから受けへの暴力はないです。攻めから他者への暴力や、ややグロテスクなシーンがあります。 執着攻め✕臆病受け 藤野佳奈多…フジノカナタ。 受け。 怖がりで臆病な性格。大人しくて自己主張が少ない。 学校でいじめられないよう、幼い頃から仲の良い大翔を頼り、そのせいで大翔からの好意を強く拒否できないでいる。 母が父からDV受けている。 松本(佐藤)大翔…マツモト(サトウ)ヒロト。 攻め。 母子家庭だったが幼い頃に母を亡くす。身寄りがなくなり銀行頭取の父に引き取られる。しかし母は愛人であったため、住居と金銭を与えられて愛情を受けずに育つ。 母を失った恐怖から、大切な人を失いたくないと佳奈多に執着している。 追記 誕生日と身長はこんなイメージです。 高校生時点で 佳奈多 誕生日4/12  身長158センチ  大翔  誕生日9/22 身長185センチ  佳奈多は小学生の頃から平均−10センチ、大翔は平均+5〜10センチくらいの身長で推移しています。 社会人になったら+2〜3センチです。 幼稚園児時代は佳奈多のほうが少し身長が高いです。

処理中です...