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7 美味い粥
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――暫くして誰かが入ってくる気配がした。
頭を傾けて扉の方を見ると、老人を背後に従えた領主の姿があった。
「……なっ、なんで」
飾り気のない白い上着と紺のズボンという出で立ちで、外套とつば広帽の時よりは威圧が薄れている気もするが、鋭い目つきがやはり怖い。少し癖のある黒髪を後ろに向けて撫で付けていて、ひと房はらりと落ちた態の前髪が嫌味なほどさまになっている。
「私の城だ。何処に来ようと構うまい」
堂々と言い放つ態度でさえも、容姿の良さを引き立たせる材料でしかない。美形というのはなにをしても得にしかならないのかと、面白くない気分でシタンは領主を睨みつけた。
そんな彼を表情もなく見下ろす領主の後ろで、老人が料理を乗せた手押し台を室内へと運び入れる。寝室に設えられていた長方形の卓にクロスが敷かれ、中央には燭台が置かれた。
「領主様、整いました」
「ああ」
老人の言葉を合図に、領主はシタンから上掛けを素早く剥ぎ取った。「うわあっ!」と、上がった声に構わず、膝裏と背中に腕を差し込み寝台から抱き上げる。
「な、なに、すんだよっ!」
「黙れ。椅子に座らせるだけだ」
「じ、自分で歩ける! お、おろせって! なんなんだよアンタ!」
降りようと足をばたつかせたが、即座に強く抱き込まれて動きを封じられてしまった。そうして、耳元でこう囁かれた。
「……腕よりも舌を斬られたいか」
「ひいいっ!」
身を硬くして静かになったシタンを、領主は軽々と運んで椅子の傍へと下ろした。へなりと崩れ落ちるようにして椅子に座ったのを見届けてから、ゆったりとした歩みで反対側の席へと向かっていく。老人が水代わりの麦酒を二人の前に置かれた杯へと注ぎ、シタンの前にだけ白い深皿が置かれた。
「どうぞ、熱いうちにお召し上がりください」
ふわりと立ち上る香りが鼻孔をくすぐり、微かに腹が鳴った。皿の中身は小さく切られた鳥肉と野菜が入った粥だった。
「うまそ……」
元々腹が減っていたのだ。腹が抉れそうなほどに空いてくる。恵みの神へ捧げる祈りもそこそこに、木匙を掴んで粥を掬う。
「はふ、んっ、うまっ!」
火傷する熱さではないが温くもない、ほど良い熱さだ。野菜と肉は舌に乗せただけでほぐれ、するすると喉を通っていく。食べ始めると匙を動かす手が止まらなくなった。胃の腑の奥から温まり、腹が満たされるのに従って、弱っていた体が活力を取り戻していく。最後に皿を持ち上げて掻き込んで、具の欠片も残さず綺麗に平らげた。
「はぁ……、うまかった」
一息に麦酒を飲み干し息をついたところで、領主と目が合った。どうやら、ずっとシタンが粥を食べている姿を見ていたようだ。
「な、なんだよ……」
「あれほど手酷く抱いたというのに、随分と逞しい思ってな」
「腹、減ってたんだからしょうがないだろ……。そ、そりゃ、がっついてたけど……」
その手酷く抱いた張本人に、とやかく言われたくはない。ぶちぶちと文句を垂れながら顔を逸らし、恨みがましい気分で横目でじろりと領主を睨んでやった。
「ふっ……、はは! 馬鹿になどしていない」
突然、領主が朱い唇を綻ばせて笑った。鋭い目つきが緩んで、華やかで美しい笑みが広がる。突然の変貌に、シタンは心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を受けた。
「う、あ、笑うなよぉ……。なんだよほんとにもう……!」
わざとらしく語気を荒げて噛みつこうとしてみるが、そこいらの女など霞む様な美しさに加えて、どこか愛嬌のある笑顔に気勢を削がれてしまう。
「う、うぅ……」
あんなに恐ろしかった男が、とてつもなく綺麗に見える。どうしてか、見られているのが恥ずかしくなり両手で顔を覆って俯く。目を閉じても、領主の美しい笑顔が脳裏に焼き付いていて、激しい動悸が治まらない。
「シタン」
「なっ、なんだよ!」
名を呼ばれて怒りながら顔を振り上げると、すぐ傍らに領主が立っていた。白く長い指先がシタンの顎をとらえて、優しい力加減で上向かせられる。
「ひゃっ!」
柔らかい口付けがシタンの唇へ落とされた。ざわり、と背筋を甘い疼きが走り抜けて、裏返った声の悲鳴を上げてしまう。粥で温まったのとは違う熱で、体が一気に熱くなる思いがした。
「また明日の夜に来る」
予想しなかった領主の笑顔に混乱しているうちに再び抱え上げられてしまい寝台へと運ばれて、そっと下ろされる。そこへ素早く近寄ってきた老人が、命じられもしないうちに剥ぎ取られた上掛けを丁寧に整えてくれた。
「も、もう来るなよっ! へ、変態っ……」
手押し台に食器を乗せた老人を引き連れて部屋を出ていく広い背中に向けて、精一杯声を張り上げて怒鳴りつけてみたが、いまいち迫力がなく力の抜けた声しか出なかった。
頭を傾けて扉の方を見ると、老人を背後に従えた領主の姿があった。
「……なっ、なんで」
飾り気のない白い上着と紺のズボンという出で立ちで、外套とつば広帽の時よりは威圧が薄れている気もするが、鋭い目つきがやはり怖い。少し癖のある黒髪を後ろに向けて撫で付けていて、ひと房はらりと落ちた態の前髪が嫌味なほどさまになっている。
「私の城だ。何処に来ようと構うまい」
堂々と言い放つ態度でさえも、容姿の良さを引き立たせる材料でしかない。美形というのはなにをしても得にしかならないのかと、面白くない気分でシタンは領主を睨みつけた。
そんな彼を表情もなく見下ろす領主の後ろで、老人が料理を乗せた手押し台を室内へと運び入れる。寝室に設えられていた長方形の卓にクロスが敷かれ、中央には燭台が置かれた。
「領主様、整いました」
「ああ」
老人の言葉を合図に、領主はシタンから上掛けを素早く剥ぎ取った。「うわあっ!」と、上がった声に構わず、膝裏と背中に腕を差し込み寝台から抱き上げる。
「な、なに、すんだよっ!」
「黙れ。椅子に座らせるだけだ」
「じ、自分で歩ける! お、おろせって! なんなんだよアンタ!」
降りようと足をばたつかせたが、即座に強く抱き込まれて動きを封じられてしまった。そうして、耳元でこう囁かれた。
「……腕よりも舌を斬られたいか」
「ひいいっ!」
身を硬くして静かになったシタンを、領主は軽々と運んで椅子の傍へと下ろした。へなりと崩れ落ちるようにして椅子に座ったのを見届けてから、ゆったりとした歩みで反対側の席へと向かっていく。老人が水代わりの麦酒を二人の前に置かれた杯へと注ぎ、シタンの前にだけ白い深皿が置かれた。
「どうぞ、熱いうちにお召し上がりください」
ふわりと立ち上る香りが鼻孔をくすぐり、微かに腹が鳴った。皿の中身は小さく切られた鳥肉と野菜が入った粥だった。
「うまそ……」
元々腹が減っていたのだ。腹が抉れそうなほどに空いてくる。恵みの神へ捧げる祈りもそこそこに、木匙を掴んで粥を掬う。
「はふ、んっ、うまっ!」
火傷する熱さではないが温くもない、ほど良い熱さだ。野菜と肉は舌に乗せただけでほぐれ、するすると喉を通っていく。食べ始めると匙を動かす手が止まらなくなった。胃の腑の奥から温まり、腹が満たされるのに従って、弱っていた体が活力を取り戻していく。最後に皿を持ち上げて掻き込んで、具の欠片も残さず綺麗に平らげた。
「はぁ……、うまかった」
一息に麦酒を飲み干し息をついたところで、領主と目が合った。どうやら、ずっとシタンが粥を食べている姿を見ていたようだ。
「な、なんだよ……」
「あれほど手酷く抱いたというのに、随分と逞しい思ってな」
「腹、減ってたんだからしょうがないだろ……。そ、そりゃ、がっついてたけど……」
その手酷く抱いた張本人に、とやかく言われたくはない。ぶちぶちと文句を垂れながら顔を逸らし、恨みがましい気分で横目でじろりと領主を睨んでやった。
「ふっ……、はは! 馬鹿になどしていない」
突然、領主が朱い唇を綻ばせて笑った。鋭い目つきが緩んで、華やかで美しい笑みが広がる。突然の変貌に、シタンは心臓が飛び跳ねるほどの衝撃を受けた。
「う、あ、笑うなよぉ……。なんだよほんとにもう……!」
わざとらしく語気を荒げて噛みつこうとしてみるが、そこいらの女など霞む様な美しさに加えて、どこか愛嬌のある笑顔に気勢を削がれてしまう。
「う、うぅ……」
あんなに恐ろしかった男が、とてつもなく綺麗に見える。どうしてか、見られているのが恥ずかしくなり両手で顔を覆って俯く。目を閉じても、領主の美しい笑顔が脳裏に焼き付いていて、激しい動悸が治まらない。
「シタン」
「なっ、なんだよ!」
名を呼ばれて怒りながら顔を振り上げると、すぐ傍らに領主が立っていた。白く長い指先がシタンの顎をとらえて、優しい力加減で上向かせられる。
「ひゃっ!」
柔らかい口付けがシタンの唇へ落とされた。ざわり、と背筋を甘い疼きが走り抜けて、裏返った声の悲鳴を上げてしまう。粥で温まったのとは違う熱で、体が一気に熱くなる思いがした。
「また明日の夜に来る」
予想しなかった領主の笑顔に混乱しているうちに再び抱え上げられてしまい寝台へと運ばれて、そっと下ろされる。そこへ素早く近寄ってきた老人が、命じられもしないうちに剥ぎ取られた上掛けを丁寧に整えてくれた。
「も、もう来るなよっ! へ、変態っ……」
手押し台に食器を乗せた老人を引き連れて部屋を出ていく広い背中に向けて、精一杯声を張り上げて怒鳴りつけてみたが、いまいち迫力がなく力の抜けた声しか出なかった。
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