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4  甘い口付けと責め苦

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  ――かさついた唇を柔らかい物が塞ぎ、口内に温い水が流れ込んでくる。乾いた喉に心地が良い。蜂蜜の甘みと、香草のさわやかな味が広がった。


「ん……っ」

 唇への刺激に、意識が浮上していく。

 甘い。美味しい……。もっと欲しい。喉に染み渡っていく甘味に釣られて舌を動かし、唇を塞いでいる柔らかい物を舐めて水を強請る。一旦それは逃げていったが、直ぐにまた唇を塞がれた。

「はぁ……っ、んんっ……、ふっ、……んっ……」

 何度が注がれて、ようやくにして喉の乾きが幾らか癒えた。薄っすらと目蓋を開けると、紫紺の瞳がシタンを見つめていた。窓からの光に透けて、蒼みを帯びた深い紫に輝くそれに呆然と見入る。この世の物とは思えないほど綺麗だった。

「ようやく起きたか」

 しっとりと濡れた艶やかで朱い唇が、低い男の声を発した。


 領主の声だ。


「ひっ!」

 細く悲鳴を上げて身じろぎした途端に、全身に激痛が走る。

「ぐ、あっ! い、痛い……っ、あぅ……。も、嫌だぁ……っ」

 体内の奥深くまで刻み付けられた苦痛と紙一重だった快楽と、無理矢理に体を拓かれ犯されたことへの強い恐怖の記憶が蘇る。意識がそこへ向くと同時に尻の孔に力が入って、熱く太い物を咥え込まされていた内壁が卑しくうねるのを感じた。

「う、ううっ……」

 寝台に身を沈め、半泣きで怯え震えるシタンの頬を領主の手がゆるりと撫でた。この男に気絶するまで犯されて、身も心も屈服させられたのだ。触れる手つきは優しいが、鋭い眼差しに晒されてのそれは逆に恐ろしいばかりだ。

「さ、触るなよぉ……! ん、うっ……!」

 顔を背けようとしたが、顎を掴まれ強引に唇を重ねられた。柔らかい唇の感触に、眠っている隙に口移しで水を飲まされたのだと思い至ると、羞恥と苛立ちの入り混じった感情が込み上げて顔が熱くなった。

「なっ、なにするんだよ……っ! 対価は、もう払っただろ。や、やめてくれよぉ……」

 痛みを堪えて相手の両肩を押しやり涙声で訴えると、いつの間にか着替えさせられていた白絹の夜着の上から腕を撫でられた。たったそれだけの動作が、激しい行為の後だからか酷く卑猥に見える。

「腕の対価にはまだ、足りない」
「そ、そんなっ……」
「私が満足するまで、払って貰うぞ」
「やめっ……! ん……っ」

 今度は深く唇を奪われた。挿し込まれた舌が口内を隈なく愛撫し、音を立てて強く舌を吸われる。

「んぅ、ぐっ……!」

 下腹と股間のきわどい部分をまさぐられ、ぬるい熱がじわじわと広がる。口と腹への刺激によって直ぐに息が上がり、尻の奥が切なく疼いて体から力が抜けていく。どうにか引き剥がそうと領主の背中の辺りを掴むが、弱々しい抵抗では男の長躯を引き剥がすことなどできなかった。

 このまま、また犯されてしまうのか。快楽の甘さとは裏腹に、焦りが募っていく。

「ふぅ……、んぁ、あっ、……ふ……」

 舌を吸われる度に脳髄が痺れる。ぬるい熱と愛撫によって徐々に体は火照り、快楽を貪欲に拾い始める。引き剥がそうと背中に回したはずの腕は、気付けば男に縋り付いているだけに過ぎなくなっていた。

「淫らな体だ。他の者になど、尻尾を振らぬよう躾けてやろう」
「あ、あんたみたいなのが、他に、いて、あぅ、たまるかぁ……っ」

 夜着の前をはだけられて、鎖骨や胸元にも点々と唇で触れられた。鈍い痛みを感じるほどきつく肌を吸われながら、下腹部を強かに掴まれて体が跳ねた。
 
「いっ! やめっ、あっ、はぁっ……!」

 夜着で辛うじて目立たないが、一物が僅かに兆して硬さを帯び始めている。絶頂するほどでもないが、かといって堪えられるほどの弱さでもないその刺激に、滑らかな敷布の上でひざを擦り合わせ、身をくねらせながら息も絶え絶えに喘ぐ。

「はぁっ、あっ……。……も、もう勘弁してくれよぉ……っ、はぁ、あぁ……っ」

 頭がおかしくなりそうだ。涙を流しながら、情けなく懇願することしかできなかった。

「今日のところは、これまでだ」

 腹をまさぐっていた手が、離れていく。

「あっ……」
「暫く眠っていろ」

 荒く息をしながら見上げるシタンの両目を、領主が片手で覆う。

 追い打ちを掛けられて更に疲弊した体は、眠れと言われずとも休息を必要としていた。呼吸が整うのに従って、中途半端に高められた熱は緩やかに引いて眠気が濃くなっていく。そうして、視界を覆う手の温もりが目蓋に移る頃に、深い眠りへと引き込まれていった。
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