【完結】騎士団をクビになった俺、美形魔術師に雇われました。運が良いのか? 悪いのか?

ゆらり

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本編

7  ちっちゃい子どもかっ! この人、意外と大人げないな!

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 ――雇い主の甘やかしに若干引き気味になりながらの家政夫生活、2ヵ月目突入。

 だいぶ髪が伸びてきたから、切りに行きたい。休みをもらおうかなぁ……なんて、考えながら昼飯中のハス・ブレッデです。こんにちは。

「このミートパイ、生地の歯触りがいいですね。具との相性も最高です」

 お褒めの言葉もそこそこに、はぐはぐと夢中でパイを頬張ってるのにカムロさんの美形っぷりが崩れないのはなんでだろう。……深く考えるだけ無駄だな。

 肉は例の魔物肉だ! ぱりぱりのパイ生地としっとりジューシーな魔物肉の相性が最高! ザクっとした歯触りもたまんないけど、解れた生地と具が口の中で合わさって完成する味がもうね! すんごく美味いんだよこれが! 次から次へとパイを頬張りたくなる。まさに魔物級のミートパイだ。

 さすがにそれだけじゃ偏りがあるから、スパイス入りスープと生野菜のサラダもセットだ。一緒に食べてくださいよカムロさん。パイだけ食べてないで下さい。それ、何切れ目ですか。

 あと、たっぷり卵を使った硬めプティングもあるけど、甘党魔術師様は飯より先に食べちゃうんで、隠してある。先に食べると体に良くないって言うからな。健康面にも気を付けないとだ!

「――ありがとうございます。今日のは今までで一番、焼き上がりが上出来でした。保冷庫で生地を冷やしたのがよかったみたいで」

 すごく綺麗に層が分かれた、さっくりパイが焼けて驚いた!

 お屋敷の保冷庫は、カムロさんが特別に作った試作品だったりする。市販の、魔術で凍らせたり天然の氷を入れておくタイプとは、ひと味もふた味も違うぞ。いつも一定の冷たさで、氷を入れる必要もないんだよ! 凄いな!

「私の作った魔道具、ハス君の役に立っているんですね」

 ふっと、甘く笑う顔がもう凄い。顔面が美しすぎて凶器だからやめてくれ。

「そりゃもう。肉も腐らせずに済んでますし、役に立ちまくってますって」
「自分では保冷庫をほとんど使っていなかったので、有難みが実感できていなかったんですが……、褒めてもらえると実感できますね」

 甘々すぎる笑顔で目が焼かれそう! すごく嬉しそうだ。魔道具を褒めてるのに、俺の方がくすぐったい気分になる。なんだか恥ずかしいぞ。

「――あっそうだ! 俺、週末に出掛けてきますんで、休みください」

 ちょっと気分を変えたくなって、さらっと休暇を申請。早めに言っておいた方がいいしな!

「えっ?」

 声と同時に『ひゅっ』って音がするくらいの勢いで、カムロさんの甘々な笑顔が真顔に変わった。こわっ! なんで? そんな顔されること言ってないぞ。

「どこに行くんですか?」

 鬼気迫る勢いの真顔だ。美形の真顔は迫力がすげぇ! 尋問されてるみたいだ。悪いことはしてないのに、何を吐かされるんだろうってガクガク震えがくるからやめて欲しいですお願いします。

「えっ、いや、ちょっと用事が」
「どんな?」

 ひえっ! 声がいつもより低い!

「ああ、ええっと、髪を切りに行きたくて……、ですね」

 や、やましいことなんて何もないぞ。俺は無実だ! 

「というか、ここ1ヵ月休みらしい休みもらってませんよ俺」

 やっとの思いででそこまで言うと、しなくれた残念野菜みたいな顔をされた。

「考えが至らず、すみません。ハス君が屋敷に来てくれてから毎日楽しくて、いつもここに居てくれるのが当たり前になっていました」

 しなくれた残念野菜と表現したけど、この人の場合は思わず駆け寄って、どうしたんだと手を取りたくなるくらい儚げだ。高い顔面偏差値が仕事をしすぎる。いつか、ブサ顔のカムロさんを見れる日がくるのか。

 ……こないだろうな! 

 それはさておき、この1ヵ月のあいだ本当に、1歩も、屋敷の門から外へ出ていなかった。

 通いの商人が食材から細々とした日用品まで持ってきてくれるし、住み込みだから仕事が終わっても屋敷から自宅へ帰ることもない。飯作って洗濯して干して、トレーニングをしたり菓子を焼いたりなんてしているうちに、1日が終わる。

 敷地が広いから、庭やテラスに出ていくだけでちょっとした気分転換が出来たっていうのもあるか。ここの庭、20人くらい集めても余裕で隠れんぼ大会が開催できるくらい広いぞ。開催予定はないけどな。

 ――外へ出なかったというか、出る必要がなかったんだなこれ……。

 騎士団のことをまだ引きずってるから、知り合いに会いたくないってのも、あったかもだけど。実は何度か、あのクビになった日のことを夢に見て、夜中に飛び起きてた。

 このまま泣き寝入りでいいのかよ! っていう気持ちはあったよ。けど、濡れ衣を着せられて追い出されたときは、ショックで何も考える気力なんてなかった。

 クビの件がどうなってるのか、騎士団の仲が良かった面子に聞いて確かめたい。何か情報が掴めたら、行動のし様もあるかもしれないしな! 

 聞くのがなんとなく怖い。うう、もしも会ったらってことでいいよな。

 目標は散髪! よし!

「理容師をこちらに呼びましょう。そうすれば外出しなくてもよくな」
「いやいやいやいやいや、呼ばなくていいです」

 もやもやと1ヵ月前のこととか、これからのことを考えてたら、カムロさんが何か口走り始めてたのでぶった切って差し上げた。理容師は呼びつけるもんじゃないぞ! どんだけなんだよ!

「おやつとか昼飯はちゃんと作って出掛けますから、心配しないで下さい」
「ハス君がいないと味気ないです」

 えー、そんな。

 なんかカムロさんがめんどくさい人になってるぞ。困ったな。懐かれたのかなー。むしろ俺が懐く方じゃないのか。クビにされたのを、拾ってもらったんだし。胃袋掴み過ぎたのか。うーん、喜んでいいのかこれ。

「ちゃんと夕飯前には帰りますし、夜は一緒に食べられますよ」
「そうですけど」

 役者顔負けに切なげな顔をしても駄目です。俺は行かねばならないのだっ!

「俺、休み取れなくなっちゃいますよそれだと。妥協してください」

 ということでマジで妥協もとい我慢してくださいお願いします。住み込みなんだから毎日お屋敷に居るんだし、ちょっと外出するくらいで駄々こねないで欲しい。

「……そうですね。我慢します。これ以上言うと、ハス君に嫌われそうですし」

 口ではそう言ってるけど、顔がちっとも納得してない。拗ねた顔してる。

 つい、「ぷっ、そんな顔しなくても……」なんて笑ってしまったら、ツーンとした顔になって「笑うとこじゃありません。もういいです。ハス君なんて……」って、思いっきり拗ねられた。

 ええぇ……。

 笑ってごめんなさいすみませんって、謝ろうか? いや、俺は悪くないぞ!

 その後、カムロさんは無口になった。そして昼飯が終わってから部屋に引っ込んだまま、午後の3時になっても出てこなかった。拗ねすぎ。勘弁してください。

 今日のおやつは今日食べてもらいたいなぁ。

 仕方ないんで「おやつ、持ってきましたから食べてくださいね」って部屋の扉前で言って、カートにおやつと紅茶を乗せたまま放置した。夕飯前に回収にいったら、きっちり食べてくれてたよ!

 はぁ。世話の焼ける人だなぁー。またちょっと笑ってしまった。おっと、こんなとこ見られたらまた拗ねられそうだな。晩飯はちゃんと出て来て下さいよカムロさーん!




 ――ちっちゃい子どもかっ! この人、意外と大人げないな!
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