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本編
2 普通に登場してくださいお願いします
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――騎士団をクビになって、魔術師に雇われることになった俺。
次の日の朝早くに、安宿を引き払った。二日酔いで頭が痛いけど、まあ気分は悪くない。なにせお先真っ暗だったのが、急に明るくなったからな。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、あちこち歩き回って色々と食材を買った。
「あっ、はい!」って返事をした後にざっくり仕事について話したけど、一番の肝は住み込みで料理を作って欲しいってことらしいからな。向こうのキッチンに使いたい食材がないと困るし、買っておいて無駄になることはないだろ。
「――さてと、こんなもんかな」
そこそこの料理が作れるだけの量を買うと、さすがに紙袋はパンパンだ。それを片手に抱えながら上着のポケットから住所の書かれた小さな紙を取り出す。
判押しみたいな綺麗で完璧な文字が並んでいて、不思議な雰囲気を醸し出している。……昨日の夜に、「絶対に来てくださいよ。待ってますから、いいですね?」なんて、圧のある笑顔で魔術師が渡してくれたカードだ。
うっすら光ってる気がするけど、き、気のせいだよな。怪しい呪いでも掛かってたら怖い。行かないとトンデモ魔法が発動するとかじゃないよな……?
酔ってるときは気付かなかったけど、かなり質のいい紙を使っていて、見たことない紋章の透かしが入っている。もしかして、お貴族様なのか? 妙に腰が低くて、親しみやすかったけど魔術師って貴族に多いしな。
……なんであんな平民向け酒場にいたんだよ。いや、貴族がいちゃおかしいってこともないけど。それにしたって、酔っ払い捕まえて「雇います」とかおかしくないか?
怪しい!
思い出すだけでも眩し過ぎる笑顔が、少しうさん臭く思えてきた。騙されてるのかな。ひょっとして、実験台にされるとか。
……いやいや、考え過ぎだ。
俺、かなり人間不信になってるよな。クソ団長め! 無関係の人まで疑ってどうする。
「はぁ……」
ため息しか出ねぇ……。やめやめ! あの人は、良い人! 酒も奢ってもらったし! こんな俺を雇ってくれるんだから、多分……いや、きっと! 信じるんだ俺!
「――ん? ここかな」
うだうだ考えながら歩いていたら、いつの間にかカードに書かれていた場所にいた。屋敷がでけぇ! 何者なんだよあの人! ……あれ? そういえば、名前聞いてなかったなー。自己紹介してないよな。まずはそこからか。
住所をもう一度確認してポケットにカードを戻そうとしたら、ふわっと光った!
「よく来てくれましたね」
魔術師が門の前に現れた。
ひぃいいいいい! うわああああああ!
誰もいなかったはずだぞ! どっから湧いて出たんだよおおおおお!
声にならない脳内絶叫を続ける俺を見て、魔術師が「えへっ!」みたいな笑顔をして見せた。笑ってごまかすなあああ! 心臓止める気か! ちくしょう!
「驚かせてしまってすみません。来てくださって嬉しいです。歓迎しますよ」
「あ、はい。こちらこそ、雇ってくださってありがとうございます。これからお世話になります。しっかり働きますので、どうぞよろしくお願いします」
差し出された手を握ってしっかり挨拶。
それにしても、食材落とさなくて良かった……。瓶物もあるから割れたらがっかりだしな。ふー。
「では、中へどうぞ」
人の心臓を止めかけた魔術師は、にこやかな顔で敷地内に俺を招き入れてくれた。
「あの、食材買ってきました。朝飯か昼飯、まだなら作ります」
「それなら、朝がまだなので軽めに食べられるものを作って欲しいです」
「了解です。にしても、広い屋敷ですね。迷子になりそうだな……」
「生活に必要な部屋はまとまった位置にあります。すぐに慣れると思いますよ」
「そうですかぁ……。とりあえず、食材仕舞いたいんでキッチンの場所から教えてください。そしたら、朝飯もすぐに作れますから」
「わかりました。では一番先にキッチンへ行きましょう。貴方用の個室の案内は後からということで」
「はい。それでお願いします」
「急にお腹が空いてきました! 楽しみです」
踊り出しそうな足取りで、魔術師が前を歩いていく。その背中を追っかけて門から屋敷へ続く長い道を歩きながら、俺はこう思った。
……次から普通に登場してくださいお願いします……と。
次の日の朝早くに、安宿を引き払った。二日酔いで頭が痛いけど、まあ気分は悪くない。なにせお先真っ暗だったのが、急に明るくなったからな。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、あちこち歩き回って色々と食材を買った。
「あっ、はい!」って返事をした後にざっくり仕事について話したけど、一番の肝は住み込みで料理を作って欲しいってことらしいからな。向こうのキッチンに使いたい食材がないと困るし、買っておいて無駄になることはないだろ。
「――さてと、こんなもんかな」
そこそこの料理が作れるだけの量を買うと、さすがに紙袋はパンパンだ。それを片手に抱えながら上着のポケットから住所の書かれた小さな紙を取り出す。
判押しみたいな綺麗で完璧な文字が並んでいて、不思議な雰囲気を醸し出している。……昨日の夜に、「絶対に来てくださいよ。待ってますから、いいですね?」なんて、圧のある笑顔で魔術師が渡してくれたカードだ。
うっすら光ってる気がするけど、き、気のせいだよな。怪しい呪いでも掛かってたら怖い。行かないとトンデモ魔法が発動するとかじゃないよな……?
酔ってるときは気付かなかったけど、かなり質のいい紙を使っていて、見たことない紋章の透かしが入っている。もしかして、お貴族様なのか? 妙に腰が低くて、親しみやすかったけど魔術師って貴族に多いしな。
……なんであんな平民向け酒場にいたんだよ。いや、貴族がいちゃおかしいってこともないけど。それにしたって、酔っ払い捕まえて「雇います」とかおかしくないか?
怪しい!
思い出すだけでも眩し過ぎる笑顔が、少しうさん臭く思えてきた。騙されてるのかな。ひょっとして、実験台にされるとか。
……いやいや、考え過ぎだ。
俺、かなり人間不信になってるよな。クソ団長め! 無関係の人まで疑ってどうする。
「はぁ……」
ため息しか出ねぇ……。やめやめ! あの人は、良い人! 酒も奢ってもらったし! こんな俺を雇ってくれるんだから、多分……いや、きっと! 信じるんだ俺!
「――ん? ここかな」
うだうだ考えながら歩いていたら、いつの間にかカードに書かれていた場所にいた。屋敷がでけぇ! 何者なんだよあの人! ……あれ? そういえば、名前聞いてなかったなー。自己紹介してないよな。まずはそこからか。
住所をもう一度確認してポケットにカードを戻そうとしたら、ふわっと光った!
「よく来てくれましたね」
魔術師が門の前に現れた。
ひぃいいいいい! うわああああああ!
誰もいなかったはずだぞ! どっから湧いて出たんだよおおおおお!
声にならない脳内絶叫を続ける俺を見て、魔術師が「えへっ!」みたいな笑顔をして見せた。笑ってごまかすなあああ! 心臓止める気か! ちくしょう!
「驚かせてしまってすみません。来てくださって嬉しいです。歓迎しますよ」
「あ、はい。こちらこそ、雇ってくださってありがとうございます。これからお世話になります。しっかり働きますので、どうぞよろしくお願いします」
差し出された手を握ってしっかり挨拶。
それにしても、食材落とさなくて良かった……。瓶物もあるから割れたらがっかりだしな。ふー。
「では、中へどうぞ」
人の心臓を止めかけた魔術師は、にこやかな顔で敷地内に俺を招き入れてくれた。
「あの、食材買ってきました。朝飯か昼飯、まだなら作ります」
「それなら、朝がまだなので軽めに食べられるものを作って欲しいです」
「了解です。にしても、広い屋敷ですね。迷子になりそうだな……」
「生活に必要な部屋はまとまった位置にあります。すぐに慣れると思いますよ」
「そうですかぁ……。とりあえず、食材仕舞いたいんでキッチンの場所から教えてください。そしたら、朝飯もすぐに作れますから」
「わかりました。では一番先にキッチンへ行きましょう。貴方用の個室の案内は後からということで」
「はい。それでお願いします」
「急にお腹が空いてきました! 楽しみです」
踊り出しそうな足取りで、魔術師が前を歩いていく。その背中を追っかけて門から屋敷へ続く長い道を歩きながら、俺はこう思った。
……次から普通に登場してくださいお願いします……と。
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