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本編
1 騎士団をクビになった俺、酒場で飲んだくれる
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「――はぁぁ。俺って運が悪いなぁ……」
なんでこう運が悪いんだろう。
田舎から王都に出てきてどうにか騎士になって、まだ1年も経たないうちにクビなんて。こんなアホらしいことがあってたまるか。剣の腕を鍛えて脳筋じゃダメだろうとしっかり勉強もして、そのうち手柄を立てて10年以内に騎士団長になるんだって張り切ってたんだ。
「ハスはいつも目標が極端よね。それで失敗するんだからもう少しお手頃な目標から始めなさいよ」って、幼馴染のメルシャにはよく言われたけど、「目標はでっかい方がいいんだよ。すぐ達成できる目標なんて、気合が入らないだろ」とか言って返してた。
……王都に来てからも気合入れて頑張ってたのに、報われなかったなぁ。
まさかやってもないことで責任取らされるなんて。騎士団、腐っていやがる! いや、腐ってるのは団長と副団長か。平民上がりの先輩達は良い人ばっかりだった。貴族の先輩でも良い人はいたし。どうにか腐ったところを切り落とそうと陰ながら計画している先輩もいたけど、なかなか上手くいかないみたいだった。
……こんなことなら、実家の料理屋を継いでた方がマシだったかな。
俺が騎士になるから店は継がないって蹴ったから弟が継ぐ話になってるし、メルシャがアイツの嫁になった。いつの間にか仲良くなってやがって……。メルシャのことは俺だって少し気になってたんだぞ! ちくしょう!
この先どうしたらいいんだ。
田舎に帰っても居場所がない。父さんと母さんはきっと笑って「お帰り」なんて言ってくれるだろうけど……。さすがに新婚ホヤホヤの弟達がいる実家には、転がり込みたくないしなぁ。
このまま王都にいるにしても、騎士団の備品を横領していたなんていう濡れ衣を着せられたから、たぶんもう騎士とかそういう関係の仕事には就けない。傭兵とか個人の護衛とかなら働けるかもしれないけど、どうなんだろうなぁ。
牢屋にぶち込まれたりとか、そういうのはなくてうやむやの状態で追い出されたのが不幸中の幸いだったけど、退職金みたいなものもないし、安月給だから安心できるほどの蓄えなんてない。騎士団の宿舎ならタダだったけど、普通の宿で暮らすとしたら今月いっぱいくらいで金が尽きる!
「なんだろ、泣きたい……」
――「田舎者は田舎者らしく、田舎で暮らせ」
ニヤニヤと嫌らしい笑い顔をした団長が、俺に投げた言葉を思い出した。
「田舎田舎うるせぇ! 田舎バカにすんな!」
面と向かって言えなかった気持ちを叫ぶ。クソだけど実力と身分はある団長だったから、下手なことを言うとボコボコにされる。クビになった上にボコられるなんて嫌だ。悔しかったけど、黙っているしかなかった。
「うるせぇぞ!」って、後ろの方でどっかのおっさんが怒鳴ったけど、知ったこっちゃない! 叫びたい気分なんだからほっといてくれ!
俺はこのとき、物凄く悪酔いしていた。
「はぁぁ……。運が悪すぎて笑えるなぁもう!」
グビグビとエールを胃袋に流し込む。もう温いし不味い。新しいのを注文しようか。エールをキンキンに冷やす魔道具が、酒場には置いてある。安いエールでも冷えていれば最高に美味い。
有名な魔術師「カムロ・ディザート」の発明品だぞ。ちょっぴりの魔力でも、簡単に動かせる。そこそこの値段がするし、出回り始めた直後から予約殺到して品薄で、実家の店にはまだ置いてなかった。俺が出ていく前の話だ。もうとっくに置かれてるだろうな……。
やばい、家に帰りたくなってきた!
しんみりした気分を散らしたくて、「もう一杯くださ……」って、言いかけた俺の席に「相席、させてください」という声と同時に誰かが座った。
上等なローブを羽織った、魔術師っぽい男。俺と同じくらいか? いや、なんか貫禄があるから年上かも……。なんてぼんやり考えていると、男がにっこりと微笑んだ。
……うわぁ!
凄い。笑顔が眩しいっ! 太陽見てるみたいに目がちかちかするぅ……。女の子が「キャー!」って言いそうな、いや絶対に言うだろうな! なんか腹立つ! っていうくらの超美形だ。すげぇ。こんなヤツ初めて見た!
「随分と荒れていますね。どうしてそんなに荒れているのか、教えてくれませんか」
柔らかくてすんごく綺麗な美声だ。イライラして熱くなってた頭が少し冷えた。優しい言葉遣いが、胸に染みて泣きそうになる。俺、なんか弱ってるな。あはは……。
「すみませんけれどエール、ふたつ下さい。あと、これとこれも――」
「あっ、はい!」
男が笑顔で注文をすると、給仕娘が顔を赤くして調理場の方へと走っていく。顔か! やっぱり顔なのかっ! 俺のときと反応が違い過ぎる!
「奢りますよ。……だから、貴方のこと、教えてくださいね」
「あ、ああ、うん? 良いけど……、アンタ、いや、貴方は誰なんですか」
「私? ちょっと名の知れた魔術師ですよ」
やっぱり魔術師かぁ。それにしても、なんでこんな優しいんだよこの人。初対面だろ? どっかで会ったかなぁ? こんなすんごい美形、一度見たら忘れない。うーん? ……なんて不思議に思いながら、魔術師の男に田舎から王都に出てくるまでの出来事や愚痴を、全部ぶちまけてしまった。
「そうですか。大変でしたね」
粗方のことを話し終えたときには、エールだけじゃなくて高い酒も料理も奢ってもらっていた。楽しくないだろうに笑顔で愚痴を聞いてくれる魔術師に、俺はすっかり気分がよくなってた。現金だな!
「そうなんだよ。だから俺、これからどうしたらいいか悩んでて……」
「新しい勤め先があれば、いいのですか」
「えっ、ああ、うん。剣術と料理は得意だから、傭兵とか、護衛とか、料理屋の住み込みとか……」
「ふふ。それなら、私が雇いますよ。貴方が気に入りました」
「へっ?」
いきなりぶっ飛んだこと言ってるぞこの人。雇う? 気に入った? 飲んだくれた野郎捕まえてなに言っているんだ?
「給料、しっかり払いますよ。できれば住み込みでお願いしますね」
ぱああっと発光してるみたいに笑顔が眩しいっ!
きゅっと手を握られて、真っ向から笑顔を浴びせられると心臓に悪い。酔った頭で混乱しながら真顔で「あっ、はい! よろしくお願いしますぅ!」って、裏返った声で叫んでいた。
……あっ。これ、注文を受けた給仕娘と同じ反応じゃないか? 魔術師に思いっきり笑われた。周りの客にも笑われた。ちくしょう! 恥ずかしいっ!
――酒場でヤケ酒を飲んでいたら、勤め先が決まった。
意味が分からないな!
騎士団をクビになった俺は、美形魔術師に雇われることになった。
運がいいのか? 悪いのか?
まあ、なるようにしかならないな。この人、良い人そうだし。駄目なら駄目で、また仕事を探せばいいだろ。なんて、このときの俺はフワフワと酔っ払った脳みそで、そんなふうに軽く考えてた。
――雇い主がどんな凄い人かも知らないで。
なんでこう運が悪いんだろう。
田舎から王都に出てきてどうにか騎士になって、まだ1年も経たないうちにクビなんて。こんなアホらしいことがあってたまるか。剣の腕を鍛えて脳筋じゃダメだろうとしっかり勉強もして、そのうち手柄を立てて10年以内に騎士団長になるんだって張り切ってたんだ。
「ハスはいつも目標が極端よね。それで失敗するんだからもう少しお手頃な目標から始めなさいよ」って、幼馴染のメルシャにはよく言われたけど、「目標はでっかい方がいいんだよ。すぐ達成できる目標なんて、気合が入らないだろ」とか言って返してた。
……王都に来てからも気合入れて頑張ってたのに、報われなかったなぁ。
まさかやってもないことで責任取らされるなんて。騎士団、腐っていやがる! いや、腐ってるのは団長と副団長か。平民上がりの先輩達は良い人ばっかりだった。貴族の先輩でも良い人はいたし。どうにか腐ったところを切り落とそうと陰ながら計画している先輩もいたけど、なかなか上手くいかないみたいだった。
……こんなことなら、実家の料理屋を継いでた方がマシだったかな。
俺が騎士になるから店は継がないって蹴ったから弟が継ぐ話になってるし、メルシャがアイツの嫁になった。いつの間にか仲良くなってやがって……。メルシャのことは俺だって少し気になってたんだぞ! ちくしょう!
この先どうしたらいいんだ。
田舎に帰っても居場所がない。父さんと母さんはきっと笑って「お帰り」なんて言ってくれるだろうけど……。さすがに新婚ホヤホヤの弟達がいる実家には、転がり込みたくないしなぁ。
このまま王都にいるにしても、騎士団の備品を横領していたなんていう濡れ衣を着せられたから、たぶんもう騎士とかそういう関係の仕事には就けない。傭兵とか個人の護衛とかなら働けるかもしれないけど、どうなんだろうなぁ。
牢屋にぶち込まれたりとか、そういうのはなくてうやむやの状態で追い出されたのが不幸中の幸いだったけど、退職金みたいなものもないし、安月給だから安心できるほどの蓄えなんてない。騎士団の宿舎ならタダだったけど、普通の宿で暮らすとしたら今月いっぱいくらいで金が尽きる!
「なんだろ、泣きたい……」
――「田舎者は田舎者らしく、田舎で暮らせ」
ニヤニヤと嫌らしい笑い顔をした団長が、俺に投げた言葉を思い出した。
「田舎田舎うるせぇ! 田舎バカにすんな!」
面と向かって言えなかった気持ちを叫ぶ。クソだけど実力と身分はある団長だったから、下手なことを言うとボコボコにされる。クビになった上にボコられるなんて嫌だ。悔しかったけど、黙っているしかなかった。
「うるせぇぞ!」って、後ろの方でどっかのおっさんが怒鳴ったけど、知ったこっちゃない! 叫びたい気分なんだからほっといてくれ!
俺はこのとき、物凄く悪酔いしていた。
「はぁぁ……。運が悪すぎて笑えるなぁもう!」
グビグビとエールを胃袋に流し込む。もう温いし不味い。新しいのを注文しようか。エールをキンキンに冷やす魔道具が、酒場には置いてある。安いエールでも冷えていれば最高に美味い。
有名な魔術師「カムロ・ディザート」の発明品だぞ。ちょっぴりの魔力でも、簡単に動かせる。そこそこの値段がするし、出回り始めた直後から予約殺到して品薄で、実家の店にはまだ置いてなかった。俺が出ていく前の話だ。もうとっくに置かれてるだろうな……。
やばい、家に帰りたくなってきた!
しんみりした気分を散らしたくて、「もう一杯くださ……」って、言いかけた俺の席に「相席、させてください」という声と同時に誰かが座った。
上等なローブを羽織った、魔術師っぽい男。俺と同じくらいか? いや、なんか貫禄があるから年上かも……。なんてぼんやり考えていると、男がにっこりと微笑んだ。
……うわぁ!
凄い。笑顔が眩しいっ! 太陽見てるみたいに目がちかちかするぅ……。女の子が「キャー!」って言いそうな、いや絶対に言うだろうな! なんか腹立つ! っていうくらの超美形だ。すげぇ。こんなヤツ初めて見た!
「随分と荒れていますね。どうしてそんなに荒れているのか、教えてくれませんか」
柔らかくてすんごく綺麗な美声だ。イライラして熱くなってた頭が少し冷えた。優しい言葉遣いが、胸に染みて泣きそうになる。俺、なんか弱ってるな。あはは……。
「すみませんけれどエール、ふたつ下さい。あと、これとこれも――」
「あっ、はい!」
男が笑顔で注文をすると、給仕娘が顔を赤くして調理場の方へと走っていく。顔か! やっぱり顔なのかっ! 俺のときと反応が違い過ぎる!
「奢りますよ。……だから、貴方のこと、教えてくださいね」
「あ、ああ、うん? 良いけど……、アンタ、いや、貴方は誰なんですか」
「私? ちょっと名の知れた魔術師ですよ」
やっぱり魔術師かぁ。それにしても、なんでこんな優しいんだよこの人。初対面だろ? どっかで会ったかなぁ? こんなすんごい美形、一度見たら忘れない。うーん? ……なんて不思議に思いながら、魔術師の男に田舎から王都に出てくるまでの出来事や愚痴を、全部ぶちまけてしまった。
「そうですか。大変でしたね」
粗方のことを話し終えたときには、エールだけじゃなくて高い酒も料理も奢ってもらっていた。楽しくないだろうに笑顔で愚痴を聞いてくれる魔術師に、俺はすっかり気分がよくなってた。現金だな!
「そうなんだよ。だから俺、これからどうしたらいいか悩んでて……」
「新しい勤め先があれば、いいのですか」
「えっ、ああ、うん。剣術と料理は得意だから、傭兵とか、護衛とか、料理屋の住み込みとか……」
「ふふ。それなら、私が雇いますよ。貴方が気に入りました」
「へっ?」
いきなりぶっ飛んだこと言ってるぞこの人。雇う? 気に入った? 飲んだくれた野郎捕まえてなに言っているんだ?
「給料、しっかり払いますよ。できれば住み込みでお願いしますね」
ぱああっと発光してるみたいに笑顔が眩しいっ!
きゅっと手を握られて、真っ向から笑顔を浴びせられると心臓に悪い。酔った頭で混乱しながら真顔で「あっ、はい! よろしくお願いしますぅ!」って、裏返った声で叫んでいた。
……あっ。これ、注文を受けた給仕娘と同じ反応じゃないか? 魔術師に思いっきり笑われた。周りの客にも笑われた。ちくしょう! 恥ずかしいっ!
――酒場でヤケ酒を飲んでいたら、勤め先が決まった。
意味が分からないな!
騎士団をクビになった俺は、美形魔術師に雇われることになった。
運がいいのか? 悪いのか?
まあ、なるようにしかならないな。この人、良い人そうだし。駄目なら駄目で、また仕事を探せばいいだろ。なんて、このときの俺はフワフワと酔っ払った脳みそで、そんなふうに軽く考えてた。
――雇い主がどんな凄い人かも知らないで。
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