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番外編 「旅人にまつわる小さな物語」
ご先祖様は嫉妬深い②
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――その日から図書館に行く度に、不思議な空気をまとう青年の姿を見ることになった。
最初の内こそ非凡な容姿をした青年の存在が気になって仕方なかったカルネだったが、次第に彼が図書館にいることに慣れていった。
そうして幾日かが過ぎて、すっかり慣れ切って気にすることなく趣味に没頭できるようになった頃。
歴史関連の本を探しているとき、人の気配を感じて横を向くとあの青年がいた。
比喩でなくドキリと心臓が鳴った。そして、自分よりは少しだけ背が低い彼の、手と同じように白い色をした横顔を初めて目にしたカルネは息を飲む。
初めて見かけたときと同じようにフードを深く被ってはいたが、目元や鼻筋、淡い色をした唇や顎のラインは見えている。
そして、その見える部分だけであっても、彼の顔が恐ろしく整っているのが分かった。
手と同じように白い肌には黒子のひとつもなく、思わず触れたくなるようなきめの細かさだ。
骨ばった高さのないなだらかな鼻筋からして、東方の国出身だろうと察した。こちらの動揺など知る由もないだろう彼は、カルネと同じ棚をじっと眺めている。
この国の歴史に興味があるのだろうか。だとしたら嬉しい。そんな気持ちがわき上がった瞬間に、「あっ、あの……、歴史に興味、あるんですか?」と、無意識に声を掛けてしまっていた。
ぱっと、青年がこちらを向くと肩上程度の長さの艶のある見事な黒髪が、フードの中から零れた。
「す、すみません。いきなり話し掛けて」
いきなり話し掛ける気なんてなかったのにと、内心で慌てながら体を強張らせて青年の返答を待つ。
「いや、構わないが。……そうだね。興味があるよ。私の場合は歴史だけではなくて、雑多だけれども」
低からず、高からず。耳に心地良い声だった。いきなり話し掛けたカルネに対して、気分を害したようではなかった。ほっとして、強張っていた体から力が抜けていく。
「本が好きなんですね。あっ、俺はここの学生でカルネといいます。俺も……地元の歴史とかに興味があるんで、仲間を見つけた気がして、嬉しくて」
「はは。仲間というのはいい響きだね。私はキュリオだ。……君は、自分の生まれた国の歴史が好きなんだね」
「ええ。好きです。この国の神話とか、王族の伝記とか、子どもの時からたくさん読んでますし。今でも色々調べたり読んだりするのが趣味ですよ」
「ほう。それは随分とまた、熱心なことだね。良い趣味だ」そう言いながらにこりと口元を綻ばせる青年に、カルネはすっかり魅了されていた。
若い見た目よりもずっと落ち着いていて老成した口調と、穏やかで包み込むような優しい言葉選びがとてもいい。
このキュリオという名の青年となら、どんな話をしてもきっと楽しいだろう。
「キュリオさんも学生ですか」
「いや、学生ではないよ。あちこちを旅しながらライターをしていてね。今は市街のホテルに滞在して執筆している最中だ」
「そうなんですか。すごく図書館に馴染んでいたから、学生かと思いましたよ。いつまで滞在予定なんですか?」
「はっきりとは決めていないけれど、あと1ヵ月くらいは間違いなくいるだろうかな」
「よかったら、史跡巡りとかどうです? 俺、そういうの詳しいんですよ」
「ふむ。地元民の視点から見た史跡というのは興味深いね。ぜひお願いしたい」
次から次へと話を切り出しながら、カルネはキュリオの興味を引こうと必死なっている自分に気付く。初対面の相手に対して、しかも会話を始めて数分で、こんなに食い気味な話し方をするのは生まれて初めてだ。
「いつにしますか。俺、週末なら全然空いてます。丸一日、キュリオさんの専属ガイドになりますよ」
やや前のめりになりながら喋り続けるカルネに対して「専属とはまた贅沢なことだ。私は運がいいね」
と、キュリオは楽し気に笑った。
「では週末に、大学前で待ち合わせということでいいだろうか」
「はい。それでいいです。連絡先交換しておきましょう」
「ああ、そうだね。それがいいか……」
――こうして、カルネはキュリオと週末に史跡巡りに行く約束をすることができたのだった。
最初の内こそ非凡な容姿をした青年の存在が気になって仕方なかったカルネだったが、次第に彼が図書館にいることに慣れていった。
そうして幾日かが過ぎて、すっかり慣れ切って気にすることなく趣味に没頭できるようになった頃。
歴史関連の本を探しているとき、人の気配を感じて横を向くとあの青年がいた。
比喩でなくドキリと心臓が鳴った。そして、自分よりは少しだけ背が低い彼の、手と同じように白い色をした横顔を初めて目にしたカルネは息を飲む。
初めて見かけたときと同じようにフードを深く被ってはいたが、目元や鼻筋、淡い色をした唇や顎のラインは見えている。
そして、その見える部分だけであっても、彼の顔が恐ろしく整っているのが分かった。
手と同じように白い肌には黒子のひとつもなく、思わず触れたくなるようなきめの細かさだ。
骨ばった高さのないなだらかな鼻筋からして、東方の国出身だろうと察した。こちらの動揺など知る由もないだろう彼は、カルネと同じ棚をじっと眺めている。
この国の歴史に興味があるのだろうか。だとしたら嬉しい。そんな気持ちがわき上がった瞬間に、「あっ、あの……、歴史に興味、あるんですか?」と、無意識に声を掛けてしまっていた。
ぱっと、青年がこちらを向くと肩上程度の長さの艶のある見事な黒髪が、フードの中から零れた。
「す、すみません。いきなり話し掛けて」
いきなり話し掛ける気なんてなかったのにと、内心で慌てながら体を強張らせて青年の返答を待つ。
「いや、構わないが。……そうだね。興味があるよ。私の場合は歴史だけではなくて、雑多だけれども」
低からず、高からず。耳に心地良い声だった。いきなり話し掛けたカルネに対して、気分を害したようではなかった。ほっとして、強張っていた体から力が抜けていく。
「本が好きなんですね。あっ、俺はここの学生でカルネといいます。俺も……地元の歴史とかに興味があるんで、仲間を見つけた気がして、嬉しくて」
「はは。仲間というのはいい響きだね。私はキュリオだ。……君は、自分の生まれた国の歴史が好きなんだね」
「ええ。好きです。この国の神話とか、王族の伝記とか、子どもの時からたくさん読んでますし。今でも色々調べたり読んだりするのが趣味ですよ」
「ほう。それは随分とまた、熱心なことだね。良い趣味だ」そう言いながらにこりと口元を綻ばせる青年に、カルネはすっかり魅了されていた。
若い見た目よりもずっと落ち着いていて老成した口調と、穏やかで包み込むような優しい言葉選びがとてもいい。
このキュリオという名の青年となら、どんな話をしてもきっと楽しいだろう。
「キュリオさんも学生ですか」
「いや、学生ではないよ。あちこちを旅しながらライターをしていてね。今は市街のホテルに滞在して執筆している最中だ」
「そうなんですか。すごく図書館に馴染んでいたから、学生かと思いましたよ。いつまで滞在予定なんですか?」
「はっきりとは決めていないけれど、あと1ヵ月くらいは間違いなくいるだろうかな」
「よかったら、史跡巡りとかどうです? 俺、そういうの詳しいんですよ」
「ふむ。地元民の視点から見た史跡というのは興味深いね。ぜひお願いしたい」
次から次へと話を切り出しながら、カルネはキュリオの興味を引こうと必死なっている自分に気付く。初対面の相手に対して、しかも会話を始めて数分で、こんなに食い気味な話し方をするのは生まれて初めてだ。
「いつにしますか。俺、週末なら全然空いてます。丸一日、キュリオさんの専属ガイドになりますよ」
やや前のめりになりながら喋り続けるカルネに対して「専属とはまた贅沢なことだ。私は運がいいね」
と、キュリオは楽し気に笑った。
「では週末に、大学前で待ち合わせということでいいだろうか」
「はい。それでいいです。連絡先交換しておきましょう」
「ああ、そうだね。それがいいか……」
――こうして、カルネはキュリオと週末に史跡巡りに行く約束をすることができたのだった。
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