【完結】金の王と美貌の旅人

ゆらり

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本編第四部「黄金色の夢の結末」

4 始祖王の物語

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 ――翌日。

 朝餉をゆっくりと済ませて宿を出た二人は、都の南側にある大広場へと足を向けた。

 巨大な天幕や、大きな板壁の囲いを設えることで造られた舞台が幾つかあり、それぞれ個性的な装束と化粧で身を飾った役者達が客引きをしていた。

 その中のひとつに『金の始祖王物語』という題名の横断幕が掲げられた大きな天幕があり、キュリオは題名をじっと見てからリヤスーダを振り返って、こう問いかけた。

「これは、君の先祖を題材にした芝居ではないかな?」
「そうだ。しかし、大衆向けにかなり弄られている。市井に潜っている者に調べさせたことがあったが、荒唐無稽な芝居ばかりだったな」
「ふむ。それはそれで面白そうではあるね」

 舞台の入り口で「間もなく開演致します! 観覧をご希望のお客様はお早くお越しくださいませ!」と、声高に告げる役者の良く通る声が、広場に響き渡る。

「実際に祭で芝居を観た事はなかったな。観てみるとするか」
「ああ。私もぜひ観て見たい」

 二人は肩を並べて役者の誘いに従い、天幕の中へと入っていった。
 




 ――時は、天と地がはっきりと分かれていないほど大昔の、神話の時代。

 旅人の青年が道端で行き倒れ、偶然にも馬車で通りかかった赤毛の姫君と出逢う。旅に疲れ果てた哀れな青年を介抱するうちに、姫は彼と強く惹かれ合う。

 身分違いの恋だ。当然のように姫の父親である王により二人の仲は引き裂かれそうになるのだが、期せずして攻め込んで来た敵国の将軍に姫が攫われてしまう。愛しい姫を救わんと剣を手に取った青年が、不思議な力と機転を利かせた見事な戦ぶりで大活躍して姫を救い、敵国を見事に打ち破る。
 
 素性の知れない旅人だと思われていた彼の正体は、黄金の如く眩いばかりに輝く金髪の神族だった。

 国を救った英雄となった青年神は、姫と結ばれやがて王となった。彼は敵国と自国を統合し、新たな国を造り栄えさせ、妃となった姫や子供達と共に末永く幸せに暮らしたという。

 ――遠い昔の、この国の始まりの物語である。




「……ふむ。いささか乱暴な展開だったが、芝居として観る分には小気味よくて面白かったよ」

 満足気に口元を綻ばせるキュリオに対し、リヤスーダはニヤリと笑った。

「始祖の王が、黄金色の髪をした神族だったとされているのは王家に伝わっている神話と同じだが、これは別物だ。こうまで違うと笑うしかない」
「王家の口伝は聞いた事がないけれど、そんなに違うのかね」 
「今観た芝居の様な派手さはない。伝承を教えてやろう」



 ――リヤスーダがつらつらと語り出したのは、次の様な話だった。

 黄金色の髪をした神族が最初に恋をしたのは、美しい同性の若者だったとされている。その者と死に別れた哀しみで神の力を失い、神族の青年は地上を彷徨う事になったのだ。

 遥か昔、この辺りには広大な草原があった。そこで行き倒れた神族を助けたのは姫君ではなく、遊牧民を率いていた族長の娘だったとされている。

 心優しい娘の愛情を受け入れ、後に伴侶となったかつての神族である青年は、族長の後を継いで草原に小さな村を造り、自らの持つ知恵を生かして民と共に村を栄えさせてゆく。小さな村はやがて、町になり……都市となり、長い年月を経て国の形を成した。

 彼のまばゆいばかりの黄金色の髪は、子孫にも受け継がれ、いつしかそれは王族の象徴となった。



「――というのが俺の知る口伝だ」
「確かに、なんというか、派手さはないね」
「どちらにしても、本当であるかは定かでない言い伝えだ。俺の髪色は確かに珍しいが、それだからといって始祖王の生まれ変わりだと言われても、響くものなどないな」
 
 目立たないように色を変えている髪を弄りながら、今世に生きる黄金色の王が苦笑いをする。

「始祖王が神であったかどうかは別としても、君達王族の髪色は不思議だね。前にイグルシアスに聞いた事があるけれど、王族は必ず金の色味が強い髪で生まれてくるのだとか」
「ああ。それは確かだな。どういう訳かそうなる」
「ラフィンの髪もそうだね。お妃の髪色があれだけ濃い赤なのに」

 通常、生まれてくる子供は明度の低い色に強く影響された色になる。それは、この国でも一般的に知られている知識なのだが、王族の髪色は、明らかにそれと異なる性質を持つ。

「もしかしなくても、神族であったというのは本当かもしれないよ」とキュリオが言えば、リヤスーダが「そんな訳がある筈はない」と、再び苦笑いをした。

「髪色が珍しいだけの、ただの人間だ。さて、この話はこれまでにしておこう。日暮れ前には帰らねばならんのだからな。もっとあちこを回って楽しもうか」

 興味津々な様子のキュリオの背中を押して急かしながら、リヤスーダは楽し気な人々の波を縫うようにして進んで広場を後にしたのだった。

 その後も日が暮れるまでひとしきり祭を楽しみ、離れ家に戻って来たキュリオの手には、酒場で飲んだ花酒の瓶がしっかりと握られていた。ラフィンへの土産だ。

 勤めに勤しんでいたラフィンは、キュリオのねぎらいの言葉と土産に痛く喜んだのだが……、口当たりの良い花酒のを飲み過ぎて二日酔いになったとか、ならなかったとか。





 ――この年の祭での外泊を境にリヤスーダは毎年、祭の日にはキュリオを必ず連れ出すようになり、気ままな旅の気分を宿で楽しむようになった。
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