【完結】金の王と美貌の旅人

ゆらり

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本編第三部「暁の王子と食客」

2 可愛い王子が望むならば

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 ――早朝。

 庭先で鍛錬を始めようとしていたキュリオの元に、リヤスーダが訪れた。

「キュリオ!」

 離れ家の硝子扉を開け放って朝陽の中を駆け足で近づいてくる、その只ならぬ焦りのある様子に、旅装束姿のキュリオは驚きながらも笑みを浮かべて出迎える。

 「珍しいね。この時間に君が来るとは」
 
 駆け寄った勢いのまま抱きすくめられ、深く唇を奪われたキュリオの身体が震える。
 
 「ん……っ! こら、……んんっ……」

 我が物顔で腰のあたりを這い回る褐色の大きな手を、優美な手が掴む。巧みに捻り上げて不埒な男の手を腰から引きはがし、続いて膝で硬い腹を強く押して長躯を退けた。

「はぁっ、……こんな朝早くに、いきなり何を、するか……」

 息を弾ませながら言うその目は、笑ってはいない。身を投げ出してまで、君になら何をされても構わないと言うほどにリヤスーダを受け入れてはいるが、それはそれだ。時と場合というものがある。冷めた眼差しと、声を荒げないながらもチクリと棘ある物言いに怯んだリヤスーダは、申し訳なさ気に眉根を下げて半歩後ずさる。

「……ラフィンに会ったのだな」

 覇気のないおずおずとした声音での問いに、キュリオが目を瞬かせた。

「ああ、会ったよ。可愛いお客様だった」

 冷え切っていた態度が嘘のように和らぎ、微笑みすら浮かべたキュリオを、リヤスーダは眉間に皺を寄せながらそっと抱き締める。

「お前の事を気に入ったようだ」

 短時間で随分と懐かれたものだなと、言いながら彼は黒髪に頬を摺り寄せた。

「まさか己が子に嫉妬するとは思わなかった」
「大人げないね、君……」

 今度は拒む事をせずに抱擁を受け入れ、首筋に顔をうずめて丸くなっている大きな彼の背中をぽんぽんと叩いてキュリオは可笑し気に笑った。

「あれの身体からお前の移り香がした」
「ああ、帰るように促したら、離れ家の庭でもっと探検をしたいと言い出して、私にしがみついて来たのだよ。とても可愛かったよ。そのまま彼を抱いて運んだから、手入れに使われている香油の匂いが移ったのだろうね」
「……抱いて運んだのか……」
 
 キュリオの我が子への甘やかした扱いを知って、あからさまに不満気な声を出す父親。
 
「なんだね? まさか彼にしただっこにすらも嫉妬するのかね?」
「悪いか! お前は俺のだからなっ」
  
 身を離して再び口づけをし、無遠慮な事を言うキュリオの口を塞ぐリヤスーダ。

「んんっ……ぅ、止せっ……」

 そのまま水音を立てて施された深いそれに、キュリオは必死になって抗い、肩を押しやる。

「はぁ、大概にしたまえよ。王ともあろう者が、我が子に嫉妬など」
「王の立場など持ち出すなっ」

 怒り顔で言いながら腰に腕を回してぐっと強く体を密着させてくるのに呆れながらも、キュリオが彼の広い背中をやさしく撫で上げて抱き締める。
  
「私の言い方が悪かったよ。機嫌を直してくれまいかね」

 やんわりと優しく髪を撫でながら伸びをして耳元に囁くと、ゆっくりと大きな体が細身から離されて、情けない顔がキュリオの眼前に現れる。

「それにしても、君にとてもよく似ているよ彼。きっと大きくなったら生き写しになるのだろうね。楽しみな事だ」
「だとして、あれがお前に惚れても渡しはしないからな」

 大人げのない物言いをする父親を前にして、思わずといったふうな溜息がキュリオの唇から漏れる。

「何年後かに、会ったばかりの頃の君をもう一度見られると思うと、なにやらとても楽しみなのだよ。何も、彼と恋仲になどはならないよ」
  
 白い手がおもむろにリヤスーダの心臓の上へと押し当てられた。

「……姿ばかりが似ていても、私は惹かれない」

 真摯に告げながら愛しい男を見上げるキュリオ。

「命の熱も、心も、やはり他人とは違うのだから。君の子である彼からですら、私が愛しいと思う熱は感じられなかったのだよ。君の、ここからしか生じない……」

 君以外からは絶対に与えてはもらえない温もりだよと、微笑みながらも何処か切なげな声で言うそれは、目の前にいるただ一人にしか見せない、心の深い部分にある本音なのだろう。 

「それなら良いがな」

 キュリオの手に己の手を重ねながら、安堵した顔でリヤスーダが微笑む。 

「……ふふ、あの子も可愛かったけれど、君も可愛いよ」

 頬を撫でながらキュリオが微笑み返して言うと、彼の顔がわずかに紅潮した。

「男に可愛い等と言うものではないっ」
「……親子そろって似たような事を言うね。ふふ、面白い。本当に可愛いくて、愛しい」

 羞恥に唸るリヤスーダの頬を両手でもって慰撫して包み込み、クスリと笑った美しい顔は慈愛に満ち満ちていて、陽光のせいだけでなく神々しいまでに白々と輝いている。剥き出しと言っても過言ではない惜しみない愛情をたっぷりと含んだその様は、揶揄っている訳ではないのが痛い程に判るのだが……。

「ぐっ、お前は……っ! そういう事をそんな顔で言うなっ!」

 その輝きに当てられたリヤスーダは瞬く間に顔を赤くし、眉間に皺を寄せて怒鳴った。

「……何年経っても、こういう処は変わらないのだな。リヤは……」
 
 王でも父親でもない彼の見せる顔に、キュリオは益々笑みを深くし、「ああ、まったく可愛いね」と、甘やかな声を零しながら、輝く黄金の髪に細長い指を差し入れて頭を引き寄せ、火照る頬に触れるだけの口付けを与える。
 
「すっかり父親の顔になったというのに、……時折とても、初々しい顔をする……」

 密やかに低く耳元で囁いてから、リヤスーダの顔を見つめながら目を細めて笑んだ。その顔たるや、生半可な艶やかさを超越した、背中に寒気にも似た何かが走る迫力さえあった。
  
 我知らず身震いをして思わず叫んだリヤスーダは、その眼差しから逃れるためにか「う、うるさいっ!」と叫んでキュリオを強く抱き締めた。
 
「それで、結局のところ、君は此処へ一体何をしに来たのだね? 忙しい身で、わざわざ朝早くから甘えに来たのではあるまい」
「……違うっ! ラフィンが、ここに遊びに来たいと望んだから、そのことについて話をしに来たのだ。甘えに来たのでは断じていないっ! ……あれの相手を、教育係という形で勤めてもらいたい。内容はお前に任せるが、ほぼ遊びで構わん。日は毎日ではなく月に幾度かに絞るからな。……頼めるかキュリオ」
 
 腕からキュリオを解放して距離を取り、眉根を下げた顔で見下ろすリヤスーダ。 

「可愛い王子がそれを望んでいるならば、否やはない。私としても願っても無い話だ」

 穏やかに微笑みながら、「……御意」と、完璧な所作で優雅に頭を垂れたキュリオに、リヤスーダはは苦笑とも安堵ともつかない複雑な顔をしたのだった。 
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