31 / 61
本編第一部「金の王と美貌の旅人」
30 兄と弟
しおりを挟む
「――ああ、罪悪感が凄い……!」
あからさまに動揺した声が上がって、場の空気が変わる。
「ごめん、本当にごめん。こんなに傷付くなんて、あああどうしようごめんね! キュリオ!」
ゆるゆると顔を上げたキュリオが悲哀の抜けきらない表情でそちらを見やると、肩から手を離して、慌てた様子で平謝りするイグルシアスの姿があった。先程までの真剣な、ともすれば酷薄な目つきは嘘だったのか。
「どういう……、ことなのかね……」
心なしか青ざめて白さの増した顔で、眉根を寄せてキュリオが問う。
「うう、そんな顔しないで! ごめんね。王が許したなんて嘘だからね! ちょっとからかったつもりだったんだよ。悪ふざけした僕が悪かったよ! もう少しだけ待って。すぐに来るはずだから!」
「一体、誰が来るというのだね。こんな場所に来る人間など」
侍女のベルセニア以外は誰もいないと、キュリオが言葉を続けようとしたその時。
「なにをしている!」
――横殴りの殺気。
空気を震わせる怒号がそれと錯覚させたのか。
「うわあっ! 来た! やっと来た!」
イグルシアが弾かれたように飛び上がり、四阿の隅へと隠れた。
「貴様! ここで何をしていると聞いている!」
遠目にも怒り狂っているのが分かる凄まじい形相で、金髪をなびかせて大股でのし歩いて来るのは、リヤスーダだった。
「ああっ! あれ、凄く滅茶苦茶に怒ってるね!」
焦りながらもどこか楽し気な感情すら滲ませたイグルシアスが、突然の出来事に呆然とした顔になっているキュリオに向け、悪戯がばれた子供のように邪気のない顔で笑う。
「隠れるなイグルシアス!」
リヤスーダは怒号を林一帯に轟かせながら、四阿の陰に隠れる不埒な侵入者を引っ張り出した。
「何をしていたか答えろ」
「僕の食客になって欲しいって口説いた」
緩い顔でへらへらと笑ったイグルシアスの両耳を、リヤスーダが鬼の形相でむんずと掴む。
「痛い! 耳、耳が千切れるから離して!」
「全く貴様ときたら、懲りない奴だなっ! 俺の気に入ったものを欲しがる癖を止めろ」
「ほんとうに千切れるっ! いたあああ!」
情けない悲鳴が庭に響き渡る。
大騒ぎをする二人の肩越しに、両手で口元を覆って笑いをこらえているベルセニアの姿が見えた。キュリオは気疲れしたような深い溜息をついてから、目の前の二人へと視線を戻す。
「安心しろ。御殿医が縫い付けてくれるだろうからなっ」
「何言ってるの! 意味が分からないよ! やめて! 洒落にならないよ!」
ひとしきり耳を引っ張り痛めつけた後、ようやくリヤスーダはイグルシアスを解放した。
「いたたた、酷い、酷過ぎるよ。ちょっとした戯れだよ。嫌がったらやめてあげるつもりだったし」
「黙れ! 子供じみた真似はやめろ。昔はある程度は譲ってやったが、キュリオは譲らん!」
「わかったよ兄さん。ほんとにもう、そんなに怒らなくても……。彼、凄く雰囲気が良いよね。連れて歩きたいからたまに護衛として貸してもらえたら嬉しいのだけれど」
「誰が貸すか! 何なら耳を両方とも千切るか? 不出来な弟よ」
――なるほど、似ているはずである。イグルシアスはリヤスーダの弟だったのだ。そして、彼らの騒々しいやり取りは単なる兄弟喧嘩だった。
「ぷっ、く……っ、ふふ、あははは! 仲がいいのだね君らは」
不意に上がった無邪気な笑い声に、兄弟は目を見張る。
「あ、何か可愛いね……」
「見るな」
食い入るようにキュリオの笑う顔を見るイグルシアスの顔面を鷲掴みにして遮りながら、リヤスーダはあ然とした表情で腹を抱えてまで笑う彼を凝視した。
「ああ、よく笑った……。こんなに愉快な気分なのはいつ振りか。リヤは、リヤのままだったのだね。久しぶりに私の良く知る君を見られて、嬉しいよ」
涙さえ滲ませて、幸せそうな笑みを浮かべるキュリオ。
「リヤ、君にはもう会えないと思っていた」
そうして切なさと愛おしさの籠ったまなざしと共に告げられた言葉に、リヤは思わず弟の顔を掴んでいた手を離してキュリオへと歩み寄ろうとした。
「キュリオ、僕の食客にならなくても構わないから、兄さんの所が嫌になったら僕の所に遊びにおいで。君ならいつでも大歓迎するからね」
自由になった途端に、愛想よく笑いながらイグルシアスがキュリオに向けて声をかける。
「誘うんじゃない! 早く帰れこの莫迦者が!」
「あはは。それじゃ、邪魔者は帰るとするよ。またね、キュリオ」
独占欲むき出しで怒るリヤスーダの態度を見てニンマリと笑い、愛想良くヒラヒラと手を振りながらイグルシアスは来た時と変わらず軽快な足取りで四阿を出ていった。
あからさまに動揺した声が上がって、場の空気が変わる。
「ごめん、本当にごめん。こんなに傷付くなんて、あああどうしようごめんね! キュリオ!」
ゆるゆると顔を上げたキュリオが悲哀の抜けきらない表情でそちらを見やると、肩から手を離して、慌てた様子で平謝りするイグルシアスの姿があった。先程までの真剣な、ともすれば酷薄な目つきは嘘だったのか。
「どういう……、ことなのかね……」
心なしか青ざめて白さの増した顔で、眉根を寄せてキュリオが問う。
「うう、そんな顔しないで! ごめんね。王が許したなんて嘘だからね! ちょっとからかったつもりだったんだよ。悪ふざけした僕が悪かったよ! もう少しだけ待って。すぐに来るはずだから!」
「一体、誰が来るというのだね。こんな場所に来る人間など」
侍女のベルセニア以外は誰もいないと、キュリオが言葉を続けようとしたその時。
「なにをしている!」
――横殴りの殺気。
空気を震わせる怒号がそれと錯覚させたのか。
「うわあっ! 来た! やっと来た!」
イグルシアが弾かれたように飛び上がり、四阿の隅へと隠れた。
「貴様! ここで何をしていると聞いている!」
遠目にも怒り狂っているのが分かる凄まじい形相で、金髪をなびかせて大股でのし歩いて来るのは、リヤスーダだった。
「ああっ! あれ、凄く滅茶苦茶に怒ってるね!」
焦りながらもどこか楽し気な感情すら滲ませたイグルシアスが、突然の出来事に呆然とした顔になっているキュリオに向け、悪戯がばれた子供のように邪気のない顔で笑う。
「隠れるなイグルシアス!」
リヤスーダは怒号を林一帯に轟かせながら、四阿の陰に隠れる不埒な侵入者を引っ張り出した。
「何をしていたか答えろ」
「僕の食客になって欲しいって口説いた」
緩い顔でへらへらと笑ったイグルシアスの両耳を、リヤスーダが鬼の形相でむんずと掴む。
「痛い! 耳、耳が千切れるから離して!」
「全く貴様ときたら、懲りない奴だなっ! 俺の気に入ったものを欲しがる癖を止めろ」
「ほんとうに千切れるっ! いたあああ!」
情けない悲鳴が庭に響き渡る。
大騒ぎをする二人の肩越しに、両手で口元を覆って笑いをこらえているベルセニアの姿が見えた。キュリオは気疲れしたような深い溜息をついてから、目の前の二人へと視線を戻す。
「安心しろ。御殿医が縫い付けてくれるだろうからなっ」
「何言ってるの! 意味が分からないよ! やめて! 洒落にならないよ!」
ひとしきり耳を引っ張り痛めつけた後、ようやくリヤスーダはイグルシアスを解放した。
「いたたた、酷い、酷過ぎるよ。ちょっとした戯れだよ。嫌がったらやめてあげるつもりだったし」
「黙れ! 子供じみた真似はやめろ。昔はある程度は譲ってやったが、キュリオは譲らん!」
「わかったよ兄さん。ほんとにもう、そんなに怒らなくても……。彼、凄く雰囲気が良いよね。連れて歩きたいからたまに護衛として貸してもらえたら嬉しいのだけれど」
「誰が貸すか! 何なら耳を両方とも千切るか? 不出来な弟よ」
――なるほど、似ているはずである。イグルシアスはリヤスーダの弟だったのだ。そして、彼らの騒々しいやり取りは単なる兄弟喧嘩だった。
「ぷっ、く……っ、ふふ、あははは! 仲がいいのだね君らは」
不意に上がった無邪気な笑い声に、兄弟は目を見張る。
「あ、何か可愛いね……」
「見るな」
食い入るようにキュリオの笑う顔を見るイグルシアスの顔面を鷲掴みにして遮りながら、リヤスーダはあ然とした表情で腹を抱えてまで笑う彼を凝視した。
「ああ、よく笑った……。こんなに愉快な気分なのはいつ振りか。リヤは、リヤのままだったのだね。久しぶりに私の良く知る君を見られて、嬉しいよ」
涙さえ滲ませて、幸せそうな笑みを浮かべるキュリオ。
「リヤ、君にはもう会えないと思っていた」
そうして切なさと愛おしさの籠ったまなざしと共に告げられた言葉に、リヤは思わず弟の顔を掴んでいた手を離してキュリオへと歩み寄ろうとした。
「キュリオ、僕の食客にならなくても構わないから、兄さんの所が嫌になったら僕の所に遊びにおいで。君ならいつでも大歓迎するからね」
自由になった途端に、愛想よく笑いながらイグルシアスがキュリオに向けて声をかける。
「誘うんじゃない! 早く帰れこの莫迦者が!」
「あはは。それじゃ、邪魔者は帰るとするよ。またね、キュリオ」
独占欲むき出しで怒るリヤスーダの態度を見てニンマリと笑い、愛想良くヒラヒラと手を振りながらイグルシアスは来た時と変わらず軽快な足取りで四阿を出ていった。
1
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
当て馬系ヤンデレキャラになったら、思ったよりもツラかった件。
マツヲ。
BL
ふと気がつけば自分が知るBLゲームのなかの、当て馬系ヤンデレキャラになっていた。
いつでもポーカーフェイスのそのキャラクターを俺は嫌っていたはずなのに、その無表情の下にはこんなにも苦しい思いが隠されていたなんて……。
こういうはじまりの、ゲームのその後の世界で、手探り状態のまま徐々に受けとしての才能を開花させていく主人公のお話が読みたいな、という気持ちで書いたものです。
続編、ゆっくりとですが連載開始します。
「当て馬系ヤンデレキャラからの脱却を図ったら、スピンオフに突入していた件。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/239008972/578503599)
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい
市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。
魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。
そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。
不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。
旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。
第3話から急展開していきます。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる