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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
30 兄と弟
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「――ああ、罪悪感が凄い……!」
あからさまに動揺した声が上がって、場の空気が変わる。
「ごめん、本当にごめん。こんなに傷付くなんて、あああどうしようごめんね! キュリオ!」
ゆるゆると顔を上げたキュリオが悲哀の抜けきらない表情でそちらを見やると、肩から手を離して、慌てた様子で平謝りするイグルシアスの姿があった。先程までの真剣な、ともすれば酷薄な目つきは嘘だったのか。
「どういう……、ことなのかね……」
心なしか青ざめて白さの増した顔で、眉根を寄せてキュリオが問う。
「うう、そんな顔しないで! ごめんね。王が許したなんて嘘だからね! ちょっとからかったつもりだったんだよ。悪ふざけした僕が悪かったよ! もう少しだけ待って。すぐに来るはずだから!」
「一体、誰が来るというのだね。こんな場所に来る人間など」
侍女のベルセニア以外は誰もいないと、キュリオが言葉を続けようとしたその時。
「なにをしている!」
――横殴りの殺気。
空気を震わせる怒号がそれと錯覚させたのか。
「うわあっ! 来た! やっと来た!」
イグルシアが弾かれたように飛び上がり、四阿の隅へと隠れた。
「貴様! ここで何をしていると聞いている!」
遠目にも怒り狂っているのが分かる凄まじい形相で、金髪をなびかせて大股でのし歩いて来るのは、リヤスーダだった。
「ああっ! あれ、凄く滅茶苦茶に怒ってるね!」
焦りながらもどこか楽し気な感情すら滲ませたイグルシアスが、突然の出来事に呆然とした顔になっているキュリオに向け、悪戯がばれた子供のように邪気のない顔で笑う。
「隠れるなイグルシアス!」
リヤスーダは怒号を林一帯に轟かせながら、四阿の陰に隠れる不埒な侵入者を引っ張り出した。
「何をしていたか答えろ」
「僕の食客になって欲しいって口説いた」
緩い顔でへらへらと笑ったイグルシアスの両耳を、リヤスーダが鬼の形相でむんずと掴む。
「痛い! 耳、耳が千切れるから離して!」
「全く貴様ときたら、懲りない奴だなっ! 俺の気に入ったものを欲しがる癖を止めろ」
「ほんとうに千切れるっ! いたあああ!」
情けない悲鳴が庭に響き渡る。
大騒ぎをする二人の肩越しに、両手で口元を覆って笑いをこらえているベルセニアの姿が見えた。キュリオは気疲れしたような深い溜息をついてから、目の前の二人へと視線を戻す。
「安心しろ。御殿医が縫い付けてくれるだろうからなっ」
「何言ってるの! 意味が分からないよ! やめて! 洒落にならないよ!」
ひとしきり耳を引っ張り痛めつけた後、ようやくリヤスーダはイグルシアスを解放した。
「いたたた、酷い、酷過ぎるよ。ちょっとした戯れだよ。嫌がったらやめてあげるつもりだったし」
「黙れ! 子供じみた真似はやめろ。昔はある程度は譲ってやったが、キュリオは譲らん!」
「わかったよ兄さん。ほんとにもう、そんなに怒らなくても……。彼、凄く雰囲気が良いよね。連れて歩きたいからたまに護衛として貸してもらえたら嬉しいのだけれど」
「誰が貸すか! 何なら耳を両方とも千切るか? 不出来な弟よ」
――なるほど、似ているはずである。イグルシアスはリヤスーダの弟だったのだ。そして、彼らの騒々しいやり取りは単なる兄弟喧嘩だった。
「ぷっ、く……っ、ふふ、あははは! 仲がいいのだね君らは」
不意に上がった無邪気な笑い声に、兄弟は目を見張る。
「あ、何か可愛いね……」
「見るな」
食い入るようにキュリオの笑う顔を見るイグルシアスの顔面を鷲掴みにして遮りながら、リヤスーダはあ然とした表情で腹を抱えてまで笑う彼を凝視した。
「ああ、よく笑った……。こんなに愉快な気分なのはいつ振りか。リヤは、リヤのままだったのだね。久しぶりに私の良く知る君を見られて、嬉しいよ」
涙さえ滲ませて、幸せそうな笑みを浮かべるキュリオ。
「リヤ、君にはもう会えないと思っていた」
そうして切なさと愛おしさの籠ったまなざしと共に告げられた言葉に、リヤは思わず弟の顔を掴んでいた手を離してキュリオへと歩み寄ろうとした。
「キュリオ、僕の食客にならなくても構わないから、兄さんの所が嫌になったら僕の所に遊びにおいで。君ならいつでも大歓迎するからね」
自由になった途端に、愛想よく笑いながらイグルシアスがキュリオに向けて声をかける。
「誘うんじゃない! 早く帰れこの莫迦者が!」
「あはは。それじゃ、邪魔者は帰るとするよ。またね、キュリオ」
独占欲むき出しで怒るリヤスーダの態度を見てニンマリと笑い、愛想良くヒラヒラと手を振りながらイグルシアスは来た時と変わらず軽快な足取りで四阿を出ていった。
あからさまに動揺した声が上がって、場の空気が変わる。
「ごめん、本当にごめん。こんなに傷付くなんて、あああどうしようごめんね! キュリオ!」
ゆるゆると顔を上げたキュリオが悲哀の抜けきらない表情でそちらを見やると、肩から手を離して、慌てた様子で平謝りするイグルシアスの姿があった。先程までの真剣な、ともすれば酷薄な目つきは嘘だったのか。
「どういう……、ことなのかね……」
心なしか青ざめて白さの増した顔で、眉根を寄せてキュリオが問う。
「うう、そんな顔しないで! ごめんね。王が許したなんて嘘だからね! ちょっとからかったつもりだったんだよ。悪ふざけした僕が悪かったよ! もう少しだけ待って。すぐに来るはずだから!」
「一体、誰が来るというのだね。こんな場所に来る人間など」
侍女のベルセニア以外は誰もいないと、キュリオが言葉を続けようとしたその時。
「なにをしている!」
――横殴りの殺気。
空気を震わせる怒号がそれと錯覚させたのか。
「うわあっ! 来た! やっと来た!」
イグルシアが弾かれたように飛び上がり、四阿の隅へと隠れた。
「貴様! ここで何をしていると聞いている!」
遠目にも怒り狂っているのが分かる凄まじい形相で、金髪をなびかせて大股でのし歩いて来るのは、リヤスーダだった。
「ああっ! あれ、凄く滅茶苦茶に怒ってるね!」
焦りながらもどこか楽し気な感情すら滲ませたイグルシアスが、突然の出来事に呆然とした顔になっているキュリオに向け、悪戯がばれた子供のように邪気のない顔で笑う。
「隠れるなイグルシアス!」
リヤスーダは怒号を林一帯に轟かせながら、四阿の陰に隠れる不埒な侵入者を引っ張り出した。
「何をしていたか答えろ」
「僕の食客になって欲しいって口説いた」
緩い顔でへらへらと笑ったイグルシアスの両耳を、リヤスーダが鬼の形相でむんずと掴む。
「痛い! 耳、耳が千切れるから離して!」
「全く貴様ときたら、懲りない奴だなっ! 俺の気に入ったものを欲しがる癖を止めろ」
「ほんとうに千切れるっ! いたあああ!」
情けない悲鳴が庭に響き渡る。
大騒ぎをする二人の肩越しに、両手で口元を覆って笑いをこらえているベルセニアの姿が見えた。キュリオは気疲れしたような深い溜息をついてから、目の前の二人へと視線を戻す。
「安心しろ。御殿医が縫い付けてくれるだろうからなっ」
「何言ってるの! 意味が分からないよ! やめて! 洒落にならないよ!」
ひとしきり耳を引っ張り痛めつけた後、ようやくリヤスーダはイグルシアスを解放した。
「いたたた、酷い、酷過ぎるよ。ちょっとした戯れだよ。嫌がったらやめてあげるつもりだったし」
「黙れ! 子供じみた真似はやめろ。昔はある程度は譲ってやったが、キュリオは譲らん!」
「わかったよ兄さん。ほんとにもう、そんなに怒らなくても……。彼、凄く雰囲気が良いよね。連れて歩きたいからたまに護衛として貸してもらえたら嬉しいのだけれど」
「誰が貸すか! 何なら耳を両方とも千切るか? 不出来な弟よ」
――なるほど、似ているはずである。イグルシアスはリヤスーダの弟だったのだ。そして、彼らの騒々しいやり取りは単なる兄弟喧嘩だった。
「ぷっ、く……っ、ふふ、あははは! 仲がいいのだね君らは」
不意に上がった無邪気な笑い声に、兄弟は目を見張る。
「あ、何か可愛いね……」
「見るな」
食い入るようにキュリオの笑う顔を見るイグルシアスの顔面を鷲掴みにして遮りながら、リヤスーダはあ然とした表情で腹を抱えてまで笑う彼を凝視した。
「ああ、よく笑った……。こんなに愉快な気分なのはいつ振りか。リヤは、リヤのままだったのだね。久しぶりに私の良く知る君を見られて、嬉しいよ」
涙さえ滲ませて、幸せそうな笑みを浮かべるキュリオ。
「リヤ、君にはもう会えないと思っていた」
そうして切なさと愛おしさの籠ったまなざしと共に告げられた言葉に、リヤは思わず弟の顔を掴んでいた手を離してキュリオへと歩み寄ろうとした。
「キュリオ、僕の食客にならなくても構わないから、兄さんの所が嫌になったら僕の所に遊びにおいで。君ならいつでも大歓迎するからね」
自由になった途端に、愛想よく笑いながらイグルシアスがキュリオに向けて声をかける。
「誘うんじゃない! 早く帰れこの莫迦者が!」
「あはは。それじゃ、邪魔者は帰るとするよ。またね、キュリオ」
独占欲むき出しで怒るリヤスーダの態度を見てニンマリと笑い、愛想良くヒラヒラと手を振りながらイグルシアスは来た時と変わらず軽快な足取りで四阿を出ていった。
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