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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
5 突然の決闘
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リヤという青年が出逢った旅人――キュリオは――ひたすら美しいだけの人物ではなかった。
「俺とそう年も変わらないはずだが、お前は随分と年季の入った話をするな」
「そうかね? 単に考えが古臭いのかもしれないよ」
「いや、そういう類の域ではないぞ。俺もそれなりに見識を広めてはいるが、お前のそれには恐れ入る」
長年に渡って様々な地を巡り旅を続けてきたという、キュリオとの語らいは話題が尽きることがない。出逢った酒場で、幾度か酒を酌み交わすうち、二人は友と呼び合える程に親しくなっていた。
「君の話にも学ぶことがとても多いよ。まだまだ、私も若輩者だ」
磨かれてはおらずとも極めて美しく若々しい見目に反して、老練した思慮深さと浮ついたところのない言動。そのはざまに見え隠れする、軽妙で無頼な漢らしさ。全てが合わさり、不思議と清々しい好感を人に抱かせる。
リヤは彼の人となりに魅了され、すっかりと懐深くに受け入れるまでになっていた。
――そんな日々の中の、とある夜。
たっぷりと酒を飲んだ後とは思えない足取りで、賑わいを見せる夜の表通りを行く二人の前に、突然街角から走り出て来た大柄な男が立ち塞がる。
「なんだ貴様は……」
鋭い目つきで睨み付けてくる大男の殺気をものともせず、前に出たのはリヤだった。キュリオに向けていた上機嫌の笑顔は刹那に消えて、修羅のごとき面構えで無粋な男を睨み返す。
「お前に用はねぇぞ。後ろの闘士に用がある」
「は? 闘士だと? どこに……っ」
予想外の言葉に首を傾げたリヤの腕をくっと引っ張り、代わって前に出たのはキュリオだ。
「リヤ、下がっていてくれ」
「おい、どういうことだキュリオ」
「後で言う」
リヤの問いを制して、キュリオは仁王立ちで男と向かい合う。
「何用か」
「決まってんだろうがよ! 決闘だ!」
「ふむ、そうかね」
目の前で繰り広げられる会話に、間抜けにもあんぐりとリヤの口が開いた。
「おい! 決闘だって! みんな来いよ!」
大男の言葉を耳にした人々が騒ぎ出し、瞬く間に周囲には人の輪が出来上がる。キュリオが外套の下から細身の長刀を取り出し、鞘から抜かないまま両手でゆるりと構えた。
――すると、辺りは先ほどまでの喧騒が嘘のように、しんと静まり返った。
遠くから聞こえる笑い声や、演奏の音が微かに響く中で。澄んだ穏やかな声が「来るといい」と、告げれば、歯をむき出しにして怒りもあらわに大男が「澄ましやがって! くそが!」と、怒鳴り声をあげ腰の直刀を抜き放った。
わっ! と大きな歓声が並みとなって湧き上がる。
獣の如き猛進で斬り掛かって来る男。対するキュリオはその場を動こうとせず、鞘に収まった剣先を男にゆらりと向けるのに留まった。
「剣を抜けぇ! 舐めやがってぇ!」
「流血沙汰はさけたいのでね。遠慮する」
振り下ろされた刀身が、するりと横へ逸らされた。勢いを殺せずたたらを踏む男。キュリオは一歩たりとも動いてはいない。
「んなっ!」
刹那の間に、振り下ろされた剣の横合いに自らの剣鞘をかつりと当てて、横へと払ったのだ。鮮やかな手並みに、歓声はどっと大きくなった。はやし立てる人々の声で、耳が痺れるようだ。
「くっ、くそっ! このっ!」
――その後。
幾度も払われ、転がされ、避けられ続けても、男はしぶとくキュリオに斬り掛かったが、髪のひと筋たりとも彼の体に傷を負わせることなど出来なかった。汗だくになり息も荒く、惨めな姿を晒す男に、周囲からは罵声めいたものが浴びせられ始めた。
「ち、ちくしょおおおお!」
「もう仕舞いだ」
唾を飛ばして吠え、やぶれかぶれに剣を大きく振りかぶった男。その丸太のように逞しい腕を、剣鞘の石突で強かに突いて軌道を変える。「ぐうっ!」と、痛みによろめいた隙を突いて背後に回り込み、狙いすました振り下ろしの一撃でを食らわせた。
「ぐぁ……っ!」
どう、と倒れた大きな体はそれきり、起き上がってはこない。平坦な口調で謝るキュリオの手に、既に長刀は握られておらず、外套の影に仕舞われている。
「すまないね。無駄な血はながしたくないものだから」
そんな、決闘の場にふさわしからぬほど穏やかなキュリオの声を合図に、興奮が爆ぜたような凄まじい歓声が周囲から上がった。
倒れ伏した男にはそれ以上何も手を下さず、彼は闘いを呆然と見ていたリヤの元へと歩み寄る。
「キュリオ、お前……」
「後で言う」
「その言葉は二回目じゃないか。どういう事なんだよこれは」
「取り敢えずは、ここを抜けよう」
問い詰めようとする友の肩を、キュリオが軽く叩く。周囲は驚くほどの人だかりだ。「この輪から抜け出すのは、少しばかり難儀だがね……」と、小さく笑いながら進んでいく彼の背を、リヤは不満を隠そうともせずにしかめっ面で追う。
「さすが顔隠し! 最高だった!」
「相変わらず強いな!」
「今度試合観にいくから!
などと人々から幾度も褒め称えられ少しばかりの時間を掛けて、二人はどうにか人込みを抜け出すことができたのだった。
「俺とそう年も変わらないはずだが、お前は随分と年季の入った話をするな」
「そうかね? 単に考えが古臭いのかもしれないよ」
「いや、そういう類の域ではないぞ。俺もそれなりに見識を広めてはいるが、お前のそれには恐れ入る」
長年に渡って様々な地を巡り旅を続けてきたという、キュリオとの語らいは話題が尽きることがない。出逢った酒場で、幾度か酒を酌み交わすうち、二人は友と呼び合える程に親しくなっていた。
「君の話にも学ぶことがとても多いよ。まだまだ、私も若輩者だ」
磨かれてはおらずとも極めて美しく若々しい見目に反して、老練した思慮深さと浮ついたところのない言動。そのはざまに見え隠れする、軽妙で無頼な漢らしさ。全てが合わさり、不思議と清々しい好感を人に抱かせる。
リヤは彼の人となりに魅了され、すっかりと懐深くに受け入れるまでになっていた。
――そんな日々の中の、とある夜。
たっぷりと酒を飲んだ後とは思えない足取りで、賑わいを見せる夜の表通りを行く二人の前に、突然街角から走り出て来た大柄な男が立ち塞がる。
「なんだ貴様は……」
鋭い目つきで睨み付けてくる大男の殺気をものともせず、前に出たのはリヤだった。キュリオに向けていた上機嫌の笑顔は刹那に消えて、修羅のごとき面構えで無粋な男を睨み返す。
「お前に用はねぇぞ。後ろの闘士に用がある」
「は? 闘士だと? どこに……っ」
予想外の言葉に首を傾げたリヤの腕をくっと引っ張り、代わって前に出たのはキュリオだ。
「リヤ、下がっていてくれ」
「おい、どういうことだキュリオ」
「後で言う」
リヤの問いを制して、キュリオは仁王立ちで男と向かい合う。
「何用か」
「決まってんだろうがよ! 決闘だ!」
「ふむ、そうかね」
目の前で繰り広げられる会話に、間抜けにもあんぐりとリヤの口が開いた。
「おい! 決闘だって! みんな来いよ!」
大男の言葉を耳にした人々が騒ぎ出し、瞬く間に周囲には人の輪が出来上がる。キュリオが外套の下から細身の長刀を取り出し、鞘から抜かないまま両手でゆるりと構えた。
――すると、辺りは先ほどまでの喧騒が嘘のように、しんと静まり返った。
遠くから聞こえる笑い声や、演奏の音が微かに響く中で。澄んだ穏やかな声が「来るといい」と、告げれば、歯をむき出しにして怒りもあらわに大男が「澄ましやがって! くそが!」と、怒鳴り声をあげ腰の直刀を抜き放った。
わっ! と大きな歓声が並みとなって湧き上がる。
獣の如き猛進で斬り掛かって来る男。対するキュリオはその場を動こうとせず、鞘に収まった剣先を男にゆらりと向けるのに留まった。
「剣を抜けぇ! 舐めやがってぇ!」
「流血沙汰はさけたいのでね。遠慮する」
振り下ろされた刀身が、するりと横へ逸らされた。勢いを殺せずたたらを踏む男。キュリオは一歩たりとも動いてはいない。
「んなっ!」
刹那の間に、振り下ろされた剣の横合いに自らの剣鞘をかつりと当てて、横へと払ったのだ。鮮やかな手並みに、歓声はどっと大きくなった。はやし立てる人々の声で、耳が痺れるようだ。
「くっ、くそっ! このっ!」
――その後。
幾度も払われ、転がされ、避けられ続けても、男はしぶとくキュリオに斬り掛かったが、髪のひと筋たりとも彼の体に傷を負わせることなど出来なかった。汗だくになり息も荒く、惨めな姿を晒す男に、周囲からは罵声めいたものが浴びせられ始めた。
「ち、ちくしょおおおお!」
「もう仕舞いだ」
唾を飛ばして吠え、やぶれかぶれに剣を大きく振りかぶった男。その丸太のように逞しい腕を、剣鞘の石突で強かに突いて軌道を変える。「ぐうっ!」と、痛みによろめいた隙を突いて背後に回り込み、狙いすました振り下ろしの一撃でを食らわせた。
「ぐぁ……っ!」
どう、と倒れた大きな体はそれきり、起き上がってはこない。平坦な口調で謝るキュリオの手に、既に長刀は握られておらず、外套の影に仕舞われている。
「すまないね。無駄な血はながしたくないものだから」
そんな、決闘の場にふさわしからぬほど穏やかなキュリオの声を合図に、興奮が爆ぜたような凄まじい歓声が周囲から上がった。
倒れ伏した男にはそれ以上何も手を下さず、彼は闘いを呆然と見ていたリヤの元へと歩み寄る。
「キュリオ、お前……」
「後で言う」
「その言葉は二回目じゃないか。どういう事なんだよこれは」
「取り敢えずは、ここを抜けよう」
問い詰めようとする友の肩を、キュリオが軽く叩く。周囲は驚くほどの人だかりだ。「この輪から抜け出すのは、少しばかり難儀だがね……」と、小さく笑いながら進んでいく彼の背を、リヤは不満を隠そうともせずにしかめっ面で追う。
「さすが顔隠し! 最高だった!」
「相変わらず強いな!」
「今度試合観にいくから!
などと人々から幾度も褒め称えられ少しばかりの時間を掛けて、二人はどうにか人込みを抜け出すことができたのだった。
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