3 / 61
本編第一部「金の王と美貌の旅人」
3 月が煌々と輝く夜に
しおりを挟む
――若き王が治める、とある国。
大きな月が煌々と輝く夜。王都の一角にある酒場に、一人の旅人が足を踏み入れた。
「いらっしゃい。注文は?」
迷いのない足取りでカウンター席へ腰を下ろした旅人に、髭面の店主が訊く。
「強い酒を一杯、お願いしたい」
旅人が発したのは、穏やかな青年の声。着古した外套のフードを目深に被り顔を隠しているが、生成り色の混じる白肌と整った唇は、人目を惹き付ける魅力を放っている。
「はいよ。飲み過ぎで潰れて身ぐるみ剥がれないように気を付けな」
「余り酔わないから問題はないよ」
酒の満たされた陶器の杯を、優美な形をした手に取り軽く掲げる。
「おう、そうか。そうは見えないがなぁ」
「よく言われる」
苦笑を声に滲ませて、白濁色の酒を含んだ口元が綻ぶ。
「ふむ、これは穀物酒かな」
「いんや。国産の果物を潰して絞って、香木の樽で発酵させたやつだ」
「この香りは樽から移っているのだね。良い酒だ……」
軽く香りを楽しんだ後、杯をゆっくりと傾けていく。
「おいっ! そんなガブ飲みするもんじゃねぇぞ!」
「んっ、大丈夫だ。今度はゆっくり飲むから。もう一杯頼む」
「いや、待て待て。ちょっと様子を見てからにしろ。ほら、水、水飲め」
店主が慌てながら出した水を、青年は微笑みながら素直に飲んだ。
「ありがとう。前後不覚になるような酔い方はしないから」
「ホントか」
「ホントだ」
口を引き締めて真顔をしているらしき彼に、店主は思わず声を上げて笑った。
「妙に面白いなアンタ。仕方ねぇな、もし潰れたら面倒見てやる。で、どっから来たんだ」
「東の、海を渡ったずっと向こうの国の生まれだ」
「海の向こうか。そりゃまた、随分と遠くから来たもんだ」
――店主が旅人との会話を楽しみ始めて、小一時間ほど過ぎた頃、
もう一人の客が青年の横へ座った。
「おう、来たか。久しぶりだなリヤ。最近は家業が忙しかったのか?」
「ああ……、何かとなぁ……。のんびりと酒も飲めやしないさ」
店主の気安い問いに、色気を感じさせる気怠げな声で答えたのは、金に近い髪と空色の瞳に褐色の肌、逞しくもすらりと均整の取れた長躯の若者だった。
「煩わしいことが多くてたまらん」
精悍な顔に苦笑を浮かべる若者は、商家の子息と言った風な小奇麗な装いだ。柄に輝石の象嵌された半月刀を腰帯に挿していて、それは店内の灯りを反射してきらめいている。
「はは! 長男の宿命ってやつだな。ほらよ、お疲れさんだ」
ぼやく若者の前に、旅人と同じ陶器の杯が出された。
「リヤ、こっちは遠方からの旅人でな、面白い奴だ。しかも酒に滅法強い」
「へぇ、どれだけ飲めるんだ? 俺よりもか?」
若者は興味津々な様子で、その鮮やかな空色の瞳をのんびりと酒を楽しむ旅人の方へ向ける。
「三杯目だ。いい勝負だろうな」
「この酒をか!」
目をむく彼の横で空になった杯が店主に向けられ、お代わりの催促がされた。
「君も強いのかね」
酒を注いで貰いながら旅人がリヤの方を見ると、彼はニッと口元を吊り上げて頷いた。
「ほう、そうかね。随分とまあ、自信がありそうだ」
旅人の声は、良い飲み仲間を見つけたとでも言わんばかりに楽し気だ。リヤはその言葉を受けて満面の笑みを浮かべながら杯を手に持つと、おどけた調子でこう言った。
「飲み比べといかないか? 旅のお客人様」
「受けて立とう」
声音に笑いを滲ませた旅人の杯がリヤの杯に軽く当てられ、勝負の始まりを告げる合図となった。
大きな月が煌々と輝く夜。王都の一角にある酒場に、一人の旅人が足を踏み入れた。
「いらっしゃい。注文は?」
迷いのない足取りでカウンター席へ腰を下ろした旅人に、髭面の店主が訊く。
「強い酒を一杯、お願いしたい」
旅人が発したのは、穏やかな青年の声。着古した外套のフードを目深に被り顔を隠しているが、生成り色の混じる白肌と整った唇は、人目を惹き付ける魅力を放っている。
「はいよ。飲み過ぎで潰れて身ぐるみ剥がれないように気を付けな」
「余り酔わないから問題はないよ」
酒の満たされた陶器の杯を、優美な形をした手に取り軽く掲げる。
「おう、そうか。そうは見えないがなぁ」
「よく言われる」
苦笑を声に滲ませて、白濁色の酒を含んだ口元が綻ぶ。
「ふむ、これは穀物酒かな」
「いんや。国産の果物を潰して絞って、香木の樽で発酵させたやつだ」
「この香りは樽から移っているのだね。良い酒だ……」
軽く香りを楽しんだ後、杯をゆっくりと傾けていく。
「おいっ! そんなガブ飲みするもんじゃねぇぞ!」
「んっ、大丈夫だ。今度はゆっくり飲むから。もう一杯頼む」
「いや、待て待て。ちょっと様子を見てからにしろ。ほら、水、水飲め」
店主が慌てながら出した水を、青年は微笑みながら素直に飲んだ。
「ありがとう。前後不覚になるような酔い方はしないから」
「ホントか」
「ホントだ」
口を引き締めて真顔をしているらしき彼に、店主は思わず声を上げて笑った。
「妙に面白いなアンタ。仕方ねぇな、もし潰れたら面倒見てやる。で、どっから来たんだ」
「東の、海を渡ったずっと向こうの国の生まれだ」
「海の向こうか。そりゃまた、随分と遠くから来たもんだ」
――店主が旅人との会話を楽しみ始めて、小一時間ほど過ぎた頃、
もう一人の客が青年の横へ座った。
「おう、来たか。久しぶりだなリヤ。最近は家業が忙しかったのか?」
「ああ……、何かとなぁ……。のんびりと酒も飲めやしないさ」
店主の気安い問いに、色気を感じさせる気怠げな声で答えたのは、金に近い髪と空色の瞳に褐色の肌、逞しくもすらりと均整の取れた長躯の若者だった。
「煩わしいことが多くてたまらん」
精悍な顔に苦笑を浮かべる若者は、商家の子息と言った風な小奇麗な装いだ。柄に輝石の象嵌された半月刀を腰帯に挿していて、それは店内の灯りを反射してきらめいている。
「はは! 長男の宿命ってやつだな。ほらよ、お疲れさんだ」
ぼやく若者の前に、旅人と同じ陶器の杯が出された。
「リヤ、こっちは遠方からの旅人でな、面白い奴だ。しかも酒に滅法強い」
「へぇ、どれだけ飲めるんだ? 俺よりもか?」
若者は興味津々な様子で、その鮮やかな空色の瞳をのんびりと酒を楽しむ旅人の方へ向ける。
「三杯目だ。いい勝負だろうな」
「この酒をか!」
目をむく彼の横で空になった杯が店主に向けられ、お代わりの催促がされた。
「君も強いのかね」
酒を注いで貰いながら旅人がリヤの方を見ると、彼はニッと口元を吊り上げて頷いた。
「ほう、そうかね。随分とまあ、自信がありそうだ」
旅人の声は、良い飲み仲間を見つけたとでも言わんばかりに楽し気だ。リヤはその言葉を受けて満面の笑みを浮かべながら杯を手に持つと、おどけた調子でこう言った。
「飲み比べといかないか? 旅のお客人様」
「受けて立とう」
声音に笑いを滲ませた旅人の杯がリヤの杯に軽く当てられ、勝負の始まりを告げる合図となった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
72
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる