【完結】薬草摘みのトトセと、忘れ去られた祠の神様のお話

ゆらり

文字の大きさ
上 下
5 / 19

5 青い髪のお兄さん

しおりを挟む
 洞窟に戻ると、マナが座って俯いていた。顔を真っ赤にしている。

 腹の音が鳴ったぐらいで可愛いものだと苦笑しながらも、ゼーウェンは彼女に食事をさせるべく荷物から食料を取り出した。

 ゼーウェンが持ってきているのは干し肉とパン、それに水である。
 両方とも水分が少ない為日持ちがするものだ。

 食料は万が一の事を考えて多めに持ってきてはいるが、それでも二人分になると厳しいものがある。水もまた、グルガンに載せられる許容範囲と値段を考えると、予備としての分量はそう多く無い。

 乾燥した死の大地に近い集落では、水こそが一番高価であったからだ。マナを連れて死の大地を出るまで、食料も水も切り詰めなければ、と思う。

 ――食事配分と飛行配分を考えなければ……。

 そんな事を考えながらマナに少し多めに、自分は少し控えめに食料を振り分ける。自分は男だし、少々の無理は大丈夫だろう。

 マナのような良い育ちと思われる娘ならば、この過酷な環境では体力を落とさせてはいけないとゼーウェンは思っていた。

 干し肉を鉄串に刺し、少し火を通す。パンは二つに割って大きい方を彼女に渡した。
 硬いパンを齧っていると、マナは受け取ったパンと焼けた干し肉を暫く交互に眺めていた。干し肉を少し齧ってみてから、パンを口にしかけ――たところで止めていた。

 パンを指で揉むようにして硬さを見ている。彼女は恐らくこのような硬いパンは食べた事が無かったのだろうと思う。

 ――食べられるのだろうか。

 ゼーウェンが心配そうに見ていると、マナはおもむろに火に近づいて、パンを翳して炙り出した。パンが温められて、パン釜から取り出した時のような香ばしい匂いが漂い始める。
 マナがパンをもう一度指で揉むと、多少は柔らかくなっていたようだ。

 パンを食べ始めるマナ。興味があった為、そして、同じ事をして見せる事で親近感を彼女に抱いてもらう為に、ゼーウェンは彼女の真似をしてみる事にした。

 ――成る程。

 一口齧ってそう思う。パンも火で炙ると硬さが緩和されて確かに食べやすい。
 男一人旅では干し肉こそは火で炙っても、パンにそんな手間をかける事はなかったな、と思う。

 マナがこちらを見ていたので、笑んで見せた。これから賢神の森に帰るまで、旅をずっと共にするのだ。お互い、言葉は通じなくとも仲良くしていかねば、と思う。

 マナが少し微笑み返してくれたので、ゼーウェンはこれなら大丈夫そうだな、と安心していた。

 ゼーウェンはパンの最後の一口を食べてしまった後。干し肉を食べる前に、水をマナに渡そうとした。
コップは一つしかないので、買うまでは共有になる。だが、マナは食べかけのパンを手に持ったまま、呆けたように自分の頬を抓っている。

 謎の行動を訝しく思いながらも、ゼーウェンはコップに水を注ぐとマナに手渡す。彼女は反射的にそれを受け取って、一口飲んだ。
 しかしそれきりコップとパンを持ったまま、動かない。

 「マナ?」

 ――もしかして気分が悪いのか?

 ゼーウェンは心配になり、少し屈むようにしてマナの顔を覗き込む。
 彼女の目がみるみる内に潤み出す。マナは悲痛な声で何事かを言うなり、大粒の涙を流し始めたのだった。


***


 本当に参った、と思いながらもゼーウェンは干し肉はとりあえず後回しにして、マナの傍に座った。

 言葉の通じないゼーウェンが彼女にしてやれることは、傍に居て、泣きたいだけ泣かせてやることだけである。

 今まで森で師と二人きりの生活だったのもあって、こういう時女性に対してどうしていいか分からない。

 まだ子供だったならば、と思う。
それなら苦い薬を嫌がる村の子供の相手をした事があるから、対処のし様もあるのだが。

 それでもぐずる子供にしたように、マナの背中や頭をさすったり撫でたりしている内にようやっと眠ってくれた。
人体に及ぼす魔術を使いすぎるのもいろいろ良くない影響が出る、と言われているので眠らせるのは止めて自然に任せる事にした。

 眠ってしまった彼女を焚き火の傍に寝かせて毛布を掛けてやった。
そして食べ損なった干し肉を食べてしまうと、簡単に片付けをする。

 少し休憩した後、火を挟んでマナと反対側へ移動する。壁にあぐらをかいて姿勢を整えると、ゼーウェンは精神統一に入った。

 心術の簡単なものとはいえ、心話にはある程度精神を要する。さらにそれが遠隔地であると尚更だ。

 ――……先ずはマナの事を師に報告しないとな。試練に失敗した事については気が重いが。

 意識の段階を徐々に上げていく。
 だが、心話を可能とするある一定の段階に到達する寸前。ゼーウェンはふと何者かの視線を感じた。

 疑うような、推し量るような――そして、明確な殺意。

 ――誰だ?

 ゼーウェンはそれまで高めていた意識を戻すと今度は周囲に飛ばした。
 まるで靄がかかっているように見えない。何かの防御をしていることが分かった。そして感じる強い魔力。

 ――魔術師か!

 何者かは分からないがこちらに明確な殺意を向けてきている以上、あまり歓迎されない客である事は明白だった。

 ――賊だというだけでも厄介なのに! ましてや、今は――

 マナは静かに眠っている。

 「グルルルルル……」

 洞窟の外の暗闇から、危険を感じ取ったグルガンの唸り声が風に乗って伝わってきた。

 ――来る!

 ゼーウェンは魔力の込められた愛用の湾曲刀を手にとると洞窟を出た。
 グルガンを洞窟の入り口に来させ、大気や大地を流れる力場を探り当てると体の中に魔力を温存し始める。

 予期していた大きな羽音がしたかと思うと、グルガンより一回り大きい飛竜が現れた。
 ゼーウェンの目の前に降り立つと、その背から黒いフードを被った人物が降りてくる。
 その人物は、顔も目だけ除いてこれもまた黒い布で覆っていた。

 「わざわざお出迎えして頂いて、痛み入ります」

 深みのある声でその者が男だと分かった。

 「あんたは……」

 「多くは言いません。あなたが持ち去った『フォーンの花』を渡して頂きましょう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これはハッピーエンドだ!~モブ妖精、勇者に恋をする~

ツジウチミサト
BL
現実世界からRPGゲームの世界のモブ妖精として転生したエスは、魔王を倒して凱旋した勇者ハルトを寂しそうに見つめていた。彼には、相思相愛の姫と結婚し、仲間を初めとした人々に祝福されるというハッピーエンドが約束されている。そんな彼の幸せを、好きだからこそ見届けられない。ハルトとの思い出を胸に、エスはさよならも告げずに飛び立っていく。 ――そんな切ない妖精に教えるよ。これこそが、本当のハッピーエンドだ! ※ノリと勢いで書いた30分くらいでさくっと読めるハッピーエンドです。全3話。他サイトにも掲載しています。

空から来ましたが、僕は天使ではありません!

蕾白
BL
早島玲音(はやしま・れね)は神様側のうっかりミスで事故死したことにされてしまった。 お詫びに残った寿命の分異世界で幸せになってね、と言われ転生するも、そこはドラゴン対勇者(?)のバトル最中の戦場で……。 彼を気に入ってサポートしてくれたのはフェルセン魔法伯コンラット。彼は実は不遇の身で祖国を捨てて一念発起する仲間を求めていた。コンラットの押しに負けて同行することにしたものの、コンラットの出自や玲音が神様からのアフターサービスでもらったスキルのせいで、道中は騒動続きに。 彼の幸せ転生ライフは訪れるのか? コメディベースの冒険ファンタジーです。 玲音視点のときは「玲音」表記、コンラット視点のときは「レネ」になってますが同一人物です。 2023/11/25 コンラットからのレネ(玲音)の呼び方にブレがあったので数カ所訂正しました。申し訳ありません。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

遊び人王子と捨てられ王子が通じ合うまで

地図
BL
ある島国の王宮で孤立していた王族の青年が、遊び人で有名な大国の王子の婚約者になる話です。言葉が通じない二人が徐々に心を通わせていきます。  カガニア国の十番目の王子アレムは、亡くなった母が庶民だったことにより王宮内で孤立している。更に異母兄からは日常的に暴行を受けていた。そんな折、ネイバリー国の第三王子ウィルエルと婚約するよう大臣から言いつけられる。ウィルエルは来るもの拒まずの遊び人で、手をつけられなくなる前に男と結婚させられようとしているらしい。  不安だらけでネイバリーへ来たアレムだったが、なんと通訳はさっさと帰国してしまった。ウィルエルはぐいぐい迫ってくるが、言葉がさっぱり分からない。とにかく迷惑にならないよう生活したい、でも結婚に持ち込まなければと奮闘するアレムと、アレムが見せる様々な一面に夢中になっていくウィルエル。結婚に反対する勢力や異母兄の悪意に晒されながら、二人が言葉と心の壁を乗り越えて結ばれるまでの話です。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

処理中です...