武田信玄救出作戦

みるく

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第11話 帰還

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うっすらと目を開くと、ぼんやりとした視界に、誰かの顔が目に入る。

「父上!」
「勝頼……? ここは……」
「ようやく気付いたんですね! ここは高坂殿の城です」

その顔は勝頼……

あぁ、俺は生きて戻れたんだな……

意識がだんだんとはっきりして視界もあけていく。体を起こそうとするが、褥へと押しやられる。

「駄目です父上、動いたら悪化してしまいます」
「……そんなに酷かったのか」

外傷が深いことは自覚していたがここまでとは思ってなかった。

薬師が言うにはその当時、多数の切り傷に火傷、煙を吸ったことによる酸素欠乏で危篤状態だったとか。

もし助けられるのが遅かったら、俺は死んでいたかもしれない。

「父上が目を覚ますまで、ずっと側にいたんですよ。父上が亡くなったらどうしようかと不安で眠れなかったんです……」
「そうか……心配かけたな」

勝頼がそっと、俺の手を握る。

温かい。俺はいま、生きてるんだと改めて感じる。

「それと、皆を呼んでも良いでしょうか? 父上も、会いたいでしょうから」

俺は黙って頷き、勝頼は部屋を出た。

早く仲間あのこたちの顔が見たい。

しばらくして、皆が部屋へと入っていく。

「「「「御館様!」」」」

久しぶりに見る顔。嬉しくて泣きそうだ。

「良かった……どうなるかと思いましたよ!」
「誰もいない小屋で倒れてた時は本当に亡くなったのかと思いました……でも戻ってきてくれて良かったです……!」

皆、奇跡の再会にとても嬉しそうだ。特に喜んでいたのは、やはり勝頼だった。

そりゃそうか。

1人ずつ皆の手を繋ぎ、顔を見る。繋いだ手の温もりが、俺の胸を焦がした。

「皆、心配かけてすまなかった。そして俺を助けたことに感謝している。本当にありがとう」

その後、薬師の診察をもらった。

勝頼の言う通り、思いのほか状態は悪かったようだ。そして安静を命じられ、本城への帰還も許されなかった。

なので3週間ほど、ここで療養することに。

この期間、高坂と勝頼、真田が俺の世話をしてくれた。いつも交代で世話をしており、今日は高坂の番だという。

「高坂、これ下げてくれぬか?」
「もうよろしいのですか?」

盆の上には、食べかけの料理が並ぶ。

早く回復させるために女中がたくさん作ったそうだが、今の俺には半分しか食べきれない。

上杉にいる間、食事もほとんど摂っていなかった。胃が少食に慣れてしまったのか、それとも単に料理の量が多いのか。

「あぁ。いきなりたくさん食べても身体を壊すだけだからな」

それっぽい理由をつけて膳を下げてもらう。

「それと高坂、お前のお気に入りの場所があるらしいな。そこへ連れて行ってくれるか?」
「え、駄目ですよ! 身体に障ります!」
「良いではないか。城の外へ出るわけではあるまい。それに外の空気も吸いたいからな」

慌てて止めるのよそに、昔教えてくれた、本丸御殿にある縁側へ出る。

風が気持ちいい。清冽な空気の流れの中に体を浸しているように、爽やかな風が吹く。

「ふむ、良い眺めだな。こんな場所を独り占め出来るなんて羨ましい限りだ」
「いえ、御館様のには及びませんよ」
「ははは、それもそうか。それに……あれは?」

外を見ていたところ、城門の方が騒がしい。

「最近多いんですよねこういうの。ちょっと見てき……あっ」

そこに、どうしたことかと思案している昌景が入ってきた。

「御館様」
「何事か?」
「越後の上杉輝虎が御館様にお会いしたいと」

その瞬間、高坂の眉が吊り上がる。上杉は俺を攫った犯人がいる天敵の家。無理もないだろう。

だが総大将がわざわざ来ることなど、普通あり得ない。よほどの事があると俺は考えた。

「山県、今すぐ追い返せ。不倶戴天の敵が我々に用など無いはずだ」
「待て2人とも。追い返す必要はない。彼を今すぐ中に通せ」
「ですが……」
「武田家当主としての命令だ。よいな?」
「は、はい!」

山県は大きくため息をつき、城門へ向かった。

「なにゆえそのようなことを」
「あやつは詫びをしに来たのだ。それにこの件の真相、まだ話してなかったな。ちょうど良い機会だ。皆を広間に集めよ」
「……御意」















俺たちは広間に集められた。その顔ぶれに、輝虎がいる。

なぜ上杉と当主がここにいるのだろう。和睦したとはいえ、今回のことで敵対している。

俺を含め、何も知らないので輝虎を睨みつける。特に若殿と高坂あたりの圧力がすごい。

「なんだか敵意の視線が凄いんですけど」
「色々こじれているからな。まぁそれくらいにして、輝虎、時間の許す限りで構わん。聞かせてもらおう、この事件の真相を」

大きくため息をついた輝虎。そしてそのまま、ゆっくりと語り始めた。

まず今回の事件について、輝虎は全く関わっていないことが分かった。

俺は驚いた。真田と御館様以外、目をキョトンとしている。

でもよくよく考えたら、この人はそんな事する人じゃないか。正々堂々と、勝負して決着をつける人だ。

何も知らずに疑ってしまい、申し訳ない気持ちになった。

今回の事件の主犯は上杉景虎という、北条家からやってきた輝虎の養子。彼の目的は、父である氏康に代わって復讐をするためであった。

越後で起こっている盗難事件の犯人という名目で、御館様に苦痛を与えたのである。

もともと彼は、我々に対して快く思っていなかったらしい。三増峠の戦い以降、我々と和睦することを知り、御館様を深く恨んだことで事件に発展したという。

だがどうしてそれを輝虎と御館様が知っているのか。


実は御館様が囚われている間、輝虎と話をしていたのだ。


最初、御館様も輝虎が仕組んだものだと思い込んでいたらしい。それを輝虎自らの言葉で誤解を解き、さらには俺たちが助け出すことも予知していたのだ。


ではなぜあの場面で助けなかったのか。


それは、犯人を確保したという体裁を保つため。

その間に輝虎が賊を呼び、景虎たちを別の場所へ誘き寄せる。

見張りが手薄になった隙に助け出す、という算段だったと説明。

その賊の役目を、真田が請け負ったのである。結果として、景虎の注意を逸らすことに成功した。

これは真田と輝虎に感謝だね。

一方、動機は景虎本人が語ってくれたものだという。

御館様の冥土の土産話にするために語ったものだろうか。話した意図までは説明されなかった。

次に話してくれたのは、犯人のその後についてだ。大事なのか分からないが、一応聞いておこう。

まず主犯である景虎について。

上杉家臣たちが必死に探していたが昨日、遺体で発見された。

自身の計画が失敗し、国外への逃走中に自害したという。

本来、死んでしまった者に刑罰は与えられない。だが輝虎は今回の事を重く見ていると話した。

よって景虎の首を晒し、遺体を火刑という名で火葬することになった。

なおその骨が、北条家に送り返されることはない。

この件に激怒した氏康と氏政が既に、絶縁を宣言したからである。

他にもこの事件に関わっていた者がおり、忍びである善助と猿田彦右衛門、家臣の柳田豆太郎の3人であった。

この3人は斬首刑に処されることとなった。

そして最後。義理とはいえ、自分の息子が非道を働いたお詫びとして、大量の金銀を渡してくれた。

我々の領土にも鉱山があり、金が取れるのだが今年、来年と出費が多いのでありがたい。

さらには、刀傷と火傷が早く治るとされている越後の隠し湯を紹介するらしい。

俺には意味が分からなかったが、御館様は相当喜んでいる様子。

ならいいか……

「ちなみに晴信、どれくらいかかりそう?」
「……少なくとも3週間はここにいるつもりだ」

しばらく治療に専念するべき状態だと俺が付け加えた。

輝虎はしばらく考え、ある提案をした。

「こうなってしまったのは私の責任。当面の間、私が生活費と治療費を保証しよう」

そこに若殿が反論に出る。

「待ってください! さすがにやりすぎだと思います!」
「若殿! せっかくの提案を」
「なっお前、罠かもしれんだろう!」
「ちょっと、目の前に当主がいるのに失礼だよ!」

あっという間に家臣同士で口論となってしまった。

ここは一旦待って欲しいと輝虎に伝え、話し合うことに。

若殿や山県は、この提案に反対している。

良い話には裏がある。そう思っているのだ。

確かに甘い言葉やうまい話にはどこか欠点があり、人の弱いところに漬け込むものだ。

輝虎はそれを、利用しているのではないか。

一方で、御館様や奥近習組は賛成の様子。

数年前まで、我々は上杉と敵対関係にあった。だがもう時代は変わり、現在は和睦している。

そうなった以上、これからは関係改善をする必要がある。

それに御館様が亡くなった後、武田家われわれが窮地に陥った時に頼れる国がないと困る。

要するに、繋がりを作っておこうという考えだ。

「まぁ一理ありますけど……内藤、お前の意見まだ聞いてなかったな。どう思う?」

いきなり聞かれても困るんだけど。

双方の話を聞いてもよく分からない。正直御館様の判断で良いと思うけど。

「うーん……御館様の判断で良いかな。最終的に決めるのは俺たちじゃなくて、御館様だから」
「馬場は?」
「内藤と同じだな。それ以外言うことはない」

皆の意見を聞いた結果、輝虎の提案を受けることに決めた。ただし、とある条件を付けて。

「ーー我々と同盟を組むことを条件に、か。なるほど。つまりは、同盟無しに援助は受け取れないと。まぁそうですよね。単なる和睦だけだと不審に思う者もいますからね。承知しました。同盟の件、引き受けましょう」















3週間経ち、本城に戻る許可が出た。

馬をゆっくりと走らせ、久しぶりの城へと帰還する。

いま俺は、ドキドキしている。

なにせ、約2ヶ月ぶりの故郷だから。

「御館様、見えてきましたよ」

立派な門構え、栄えた城下町。

甲府に戻って来れたのだ。

馬を降りて預け、門の前まで歩く。

門番が出迎え、城内へ入る。

しかし不思議と誰もいない。

高坂に案内されるがまま歩いていき、広間に入る手前で立ち止まる。

一呼吸置き、襖を開く。

そこには、今まで、いや、これからも時間を共にする仲間たちが。


『兄上の帰りを待ってる人がいる』


その言葉通り、家臣一同、俺の帰りを待っていたのだ。

「「「御館様、おかえりなさいませ!」」」
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