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結末
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後日、虎丸の最終処分を決めるため家臣たちを広間に集めた。
「御館様のおなりです」
源左衛門が襖を開け、その場にいる者が頭を垂れる。御館様の指示で僕はその後ろに付いて行き、高座の隣につく。そしてそのまま座った。
「あいつ、なんでそこに……」
「立場を弁えろよ」
「そこ、私語を慎め」
鋭く声に震え、ヒソヒソ話は止んだ。空気が冷えきり、再び静まり返る。
謹慎していた虎丸の正式な処分を決める議題に移り、兵たちに引っ立てられて僕と御館様の前に座らされる。
御館様が罪状を読み上げている間、虎丸は黙ったままだが顔はこちらを向いている。無表情のそれからは何も読み取ることができない。
「ふん。聞いていれば、全てはこやつの自業自得ではないか」
「そもそも身分もない出自不明の彼がどうして処罰されない」
そうだそうだ、と野次が上がる。顔を見ると、信虎の代から仕えているかなりの重臣たちで弟君の典厩殿が当主に相応しいと思っている方ばかり。
「その通りだ。よって、虎丸を無罪にするのが妥当であろう」
一段と大きくなった声。彼が虎丸の親か。
(なるほど。重臣の息子だから手出しできないだろうという算段ですか。しかし……)
その圧力は大きいものがあり、少しずつ身が縮まってしまう。
「だまれ!」
御館様が一喝し、広間は静寂に包まれた。
「いま、身分がないとおっしゃいましたね。出自も不明だと」
静まり返った広間に次に響き渡った声は勘助殿。そのとき、しまったという顔を重臣たちはしていた。
「その理由で貶められるなら拙者も例外ではありません。出自はわかろうと、行き場失っていた所を取り立てられた源左衛門も」
「そうですね。ほとんどの筆頭家臣を愚弄することになりますよ? そして自業自得と仰っていましたがそれは違いますよ。証拠はここに、いくらでもございますから」
今度は源左衛門が一歩前に出て、僕の休養中に集めていたという切り札を出した。
「そ、そんな……」
虎丸の件だけでなく彼らがしてきたことも書類に全て書かれており、これ以上逃げられないと悟った重臣たちは視線を落とした。そして高座に座っていた御館様が虎丸の近くに寄る。
「つまらない嫉妬でこのようなことをして、ただで済むと思っているのか?」
青い顔をしたままの虎丸がいいえ滅相もございませんと云うように首を振った。
「……大変申し訳ございませんでした」
だが御館様は何も言わず高座に戻る。
「虎丸も認めたようだし、どうしてくれようか……源五郎、そなたが処罰を決めるといい」
と言われても正直なところ、決めかねている。彼らを残して無闇なことを言うとまた酷い目に遭うのではと不安なのだ。
「時に勘助、越後でも似たようなことがあったと聞く。景虎であればどのような処分をした」
「問答無用で斬り捨ててました」
僕への助け船として出してくれたその言葉に空気が重くなる。
「俺から一言よろしいでしょうか」
「構わんよ」
「……御館様、今回標的にされた源五郎殿は『御館様の寵臣』ですよね?」
「あ、あぁそうだな」
「それ即ち、御館様の命を奪うことと同義ではないでしょうか」
そこまで言えばわかるだろうと、源四郎はその場に座った。
「あ、いや、そんなつもりは……」
先ほどまで罵声を放っていた家臣たちは本当の意味で事の重大さを知る。しかし悔いてももう遅い。
ゆっくりと席を立ち、虎丸の前に立つ。そして手を振り上げてそのまま頬を打った。
「……!?」
「御館様、虎丸に解雇を命じます。主に侮辱をしていました。私が手を出してしまうほどに」
凛とした声で言い放った。
周囲はぽかんとしている。でもそれでいい。僕が出した結論なのだから。
「源五郎、そなた」
「そして虎丸の一族共々、領内への立入りを禁じて頂きたい。御館様へ歯向かおうとした者たちも、同様の処遇といたします」
「……本当にいいのか?」
「これでは足りないということですか? ならば、この広間を血で染めてもよろしいでしょうか」
刀を抜こうとしたが御館様に慌てて止められる。冗談に決まっているのに、少しおかしくなってしまった。
(どれだけの温情な処罰にしたのか、わかっているのだろうか)
処分を決められた者たちはすぐさま源左衛門殿や源四郎によって連れ去られた。
「御館様のおなりです」
源左衛門が襖を開け、その場にいる者が頭を垂れる。御館様の指示で僕はその後ろに付いて行き、高座の隣につく。そしてそのまま座った。
「あいつ、なんでそこに……」
「立場を弁えろよ」
「そこ、私語を慎め」
鋭く声に震え、ヒソヒソ話は止んだ。空気が冷えきり、再び静まり返る。
謹慎していた虎丸の正式な処分を決める議題に移り、兵たちに引っ立てられて僕と御館様の前に座らされる。
御館様が罪状を読み上げている間、虎丸は黙ったままだが顔はこちらを向いている。無表情のそれからは何も読み取ることができない。
「ふん。聞いていれば、全てはこやつの自業自得ではないか」
「そもそも身分もない出自不明の彼がどうして処罰されない」
そうだそうだ、と野次が上がる。顔を見ると、信虎の代から仕えているかなりの重臣たちで弟君の典厩殿が当主に相応しいと思っている方ばかり。
「その通りだ。よって、虎丸を無罪にするのが妥当であろう」
一段と大きくなった声。彼が虎丸の親か。
(なるほど。重臣の息子だから手出しできないだろうという算段ですか。しかし……)
その圧力は大きいものがあり、少しずつ身が縮まってしまう。
「だまれ!」
御館様が一喝し、広間は静寂に包まれた。
「いま、身分がないとおっしゃいましたね。出自も不明だと」
静まり返った広間に次に響き渡った声は勘助殿。そのとき、しまったという顔を重臣たちはしていた。
「その理由で貶められるなら拙者も例外ではありません。出自はわかろうと、行き場失っていた所を取り立てられた源左衛門も」
「そうですね。ほとんどの筆頭家臣を愚弄することになりますよ? そして自業自得と仰っていましたがそれは違いますよ。証拠はここに、いくらでもございますから」
今度は源左衛門が一歩前に出て、僕の休養中に集めていたという切り札を出した。
「そ、そんな……」
虎丸の件だけでなく彼らがしてきたことも書類に全て書かれており、これ以上逃げられないと悟った重臣たちは視線を落とした。そして高座に座っていた御館様が虎丸の近くに寄る。
「つまらない嫉妬でこのようなことをして、ただで済むと思っているのか?」
青い顔をしたままの虎丸がいいえ滅相もございませんと云うように首を振った。
「……大変申し訳ございませんでした」
だが御館様は何も言わず高座に戻る。
「虎丸も認めたようだし、どうしてくれようか……源五郎、そなたが処罰を決めるといい」
と言われても正直なところ、決めかねている。彼らを残して無闇なことを言うとまた酷い目に遭うのではと不安なのだ。
「時に勘助、越後でも似たようなことがあったと聞く。景虎であればどのような処分をした」
「問答無用で斬り捨ててました」
僕への助け船として出してくれたその言葉に空気が重くなる。
「俺から一言よろしいでしょうか」
「構わんよ」
「……御館様、今回標的にされた源五郎殿は『御館様の寵臣』ですよね?」
「あ、あぁそうだな」
「それ即ち、御館様の命を奪うことと同義ではないでしょうか」
そこまで言えばわかるだろうと、源四郎はその場に座った。
「あ、いや、そんなつもりは……」
先ほどまで罵声を放っていた家臣たちは本当の意味で事の重大さを知る。しかし悔いてももう遅い。
ゆっくりと席を立ち、虎丸の前に立つ。そして手を振り上げてそのまま頬を打った。
「……!?」
「御館様、虎丸に解雇を命じます。主に侮辱をしていました。私が手を出してしまうほどに」
凛とした声で言い放った。
周囲はぽかんとしている。でもそれでいい。僕が出した結論なのだから。
「源五郎、そなた」
「そして虎丸の一族共々、領内への立入りを禁じて頂きたい。御館様へ歯向かおうとした者たちも、同様の処遇といたします」
「……本当にいいのか?」
「これでは足りないということですか? ならば、この広間を血で染めてもよろしいでしょうか」
刀を抜こうとしたが御館様に慌てて止められる。冗談に決まっているのに、少しおかしくなってしまった。
(どれだけの温情な処罰にしたのか、わかっているのだろうか)
処分を決められた者たちはすぐさま源左衛門殿や源四郎によって連れ去られた。
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