暗闇から抜け出す日

みるく

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親友失格(源四郎視点)

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我々のような若い近習における宴会での動きは決まってお酌。今回も同じようにお酌するためにあちこち回っていたが、次の人へ行こうといたら突然後ろで大きな音がした。

(え?)

大きくて、鈍い音。振り返って足元に見えたのは、黒色の髪。

「た、大変だー!」

思わず大声を出してしまった。それのせいで家臣たちは源五郎が倒れたことに気づき、場は騒然とし始めた。

「誰か医者を!」

急いで医者が手配され、御館様の命令で次々と関係のない者たちが退出していく。
大騒ぎ、といっても多くは形的なものだ。本当に驚いている人もいたけれど。
家中の多くが源五郎を疎んでいるからいなくなったとしても悲しまないどころか喜ぶかもしれない。しかし本性を見せたら御館様が怒り出すのは間違いない。実際、立場を追われないために驚いた演技をしている人もいたくらいだ。

(棒読みだったなあいつら……というか倒れた時点で気づけっての。なんで見て見ぬふりしてんだよ)

結局残ったのは僕と御館様に倒れている源五郎、そして側近の中でも上の立場にいる内藤殿だった。

場が大騒ぎになる直前に源五郎の配膳を見ていて、食べられないと云っていたはずの鮑があった。

(これ、まさか……)

実はその前に嫌なものを見ていた。

虎丸が源五郎のほうを見て目を瞑り、唇を震わせていたことを。微かに弧を描いているのが見てわかった。

今回の食事は人手の問題もあり女中たちも作っている。基本的に祝いの席や戦場祈願の場などでは源五郎の分だけ器や具材を違うものに替えるなどしていたし、周知もしているはず。

となると考えられるのは、『虎丸と誰かが共謀して配膳を意図的に入れ替えた』か『女中がうっかり盛り付けてそれに気付かず、もしくは指摘せずに持ってきたか』だ。

じゃあなんで言わなかったのか。いや、あの場で伝えていたらどうなっていた? 

俺たちは近習として御館様に仕えている。御館様の身に何かあったら守るのは俺たち近習の役目。この世での命は軽く扱われてもおかしくない。ましてや俺たちのように真っ先に主君を守る立場にある者は。

(だがもっと他に伝える手段はあったんじゃないか?)

悔しさを滲ませている間にも医者が大広間に入ってきて容態を調べ、薬を飲ませていた。

医者の見立てによると、呼吸は弱いながらもあるが反応には応じないという。回復するまで休ませることを指示され、何かあったら呼ぶようにとのことだった。

「とりあえずは何とかなったか。しかし誰がこんな事を?」
「恐らくですが、狙われたのは源五郎だけでしょう。そして内部犯の可能性が高いです。すぐに犯人を見つけ出します」
「……源五郎の為だ。俺も協力しよう。それと源四郎、意識が戻るまで面倒を見てくれるか?」
「わ、分かりました」

この大広間でそのまま寝かせるわけにはいかないのでいったん場所を移した。

源五郎を抱えて移動した先は、甲斐国で一番大きな診療所。その奥にある療養部屋に案内された。

布団の上に寝かした源五郎の目の下には濃いくまだけでなく、頬にはぶつぶつした何かがあり赤くなっていた。

目線を下げると着替えられた服の袖から左腕が目に入る。そこから少し見えたのは、頬と同じように浮き上がる突起。しかしそれだけではない。赤い一本の線もある。

普段は滅多に付かない線。嫌な予感がして袖を捲ると、一本だけでなく数十本の線が刻まれていた。

(俺は何をやっていたんだ。一番近くで過ごしていたのにこんな事にも気付けないなんて、親友として失格ではないか。……いや違う、気付いてたんだ。でも見ないフリをしていた。源五郎が悩みを外に吐き出さないことも、誰よりも弱くて脆い、繊細な心を持っていることも全部全部、分かっていたはずなのに)

陰湿ないじめを受けていたのは知っていた。誰にも言わず、一人で苦しんでいたことも。中途半端に助けを出したりしていたけれどそれが間違いだったのか。

「ん……」
(起きた、のか?)

源五郎が、目を開いた。

「ここは……」
「永田様の診療所だ。お前、宴会の途中で倒れたんだが……覚えてないか?」

すぐには返事せず、代わりに何かを思い出すように考え込み、あ、とだけ呟いた。

「またあの人か……」
「ごめんな、今まで気付けなくて。一人で抱え込んで、こんな傷まで作ってるなんて知らないで——」

それを言った途端、源五郎の表情が固くなった。左腕に視線を一瞬だけ向けた後、再び俺のほうへ向く。

「見た、の……?」

突然の態度の変化に驚き、正直に言うしかなかった。

「悪い。視界に入っちまったから……でも見るつもりは無かったんだ」

そこから言葉が出てこなくなったのか、彼は肩を震わせていた。

「このことは絶対言わない。俺が勝手に見たのが悪いんだし、俺たちだけの秘密にして」

なんとか取り繕うとして言葉をかけたのが間違いだった。

「——ろ」
「え?」
「やめろ!!」

今まで積み上げてきた関係が、音を立てて崩れてしまうように思えた。

(え、え、ど、どうして……?)

怒りを抑えきれないくらい、彼の身体は震えていた。黒色の瞳は、見たこともないほど激しく、感情的に波打っている。

「君のことは信用してないし、友達でも何でもないさ」

その言葉に、鈍器で殴られる感覚がした。

確かにこの世界では嘘と裏切りが常かもしれない。さらに武家では家柄はある程度重視されど出世競争だってある。

特に俺たちがいる近習では御館様に気に入られればそのまま出世して重臣、なんてこともしばしば。

だからこそ、足の引っ張り合いをしたり御館様にさりげなく忖度したりして出世しようと努力しているのだ。

でも源五郎はそんなこと一切せず、実力で勝ち取ろうとした。そんな姿に惹かれたのに。

(俺のこと、そんな風に思ってたのか?)

「二度と関わりたくないし顔も見たくない。ここから出てってくれる?」

冷たい無機質な声に、怒りと悲しみが混じった。

(俺とお前と二人で苦楽を共にした日々は全部、嘘だったってことか?)

そう問い詰めたかった。

でも俺にはそんなこと出来なくて

「わかったよ」

としか言えず、そのまま診療所を出た。
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