暗闇から抜け出す日

みるく

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生きる意味は

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朝から始まったお勤めはようやく終わり、自宅へ戻った。

「おかえりなさいませ。お風呂の支度が出来ております」

水をかけられたり足を滑らせたりと、今日も散々だった。先に風呂に入り、その後夕餉を食べる。

僕の家で働いている下男はもともと躑躅ヶ崎館で働いていた。

大抵の家では下男下女を雇ったり部下を持っているが僕はそれをする余裕がないし部下もいない。なので身の回りの家事については御館様からの派遣という形で、その下男は僕の家で働いている。僕が雇っているわけではないので彼の給金は御館様持ち。

このような配慮はありがたいけれど、嫉妬に駆られた誰かさんからの矛先がまた向けられてしまう。それにいつかは自分で雇わなければならないから、将来のためにも早く出世したい。

皿の片付けを終えて下男の帰宅許可を出した。玄関先で見送り、姿が見えたくなったのを確認して自室に向かった。

(いつものように兵法の勉強でもしようか)

なけなしのお金で買った孫氏の兵法書を開いて朗読し、古今東西の軍法を学ぶ。時に陣形図も描く。家中で一番になるためなら何でもすると決めたから。どんな努力だって惜しまない。

集中が切れてふと外を見ると戌の刻が近づいてきたことに気付く。
明日は午後からだから朝には余裕があるけれど夜更かしはしない主義。すぐに本を片付け、寝茣蓙を敷いて横になった。

真っ暗の部屋の中で、自分の「素」戻れる時間。皆の前で演じている自分や、学を得ようとするのとはまた違う自分。











カタ、カタと何かが揺れる音がする。それは徐々に大きくなっていき、家全体を揺らした。

(まずい!)

急いで起き上がり、大事な物を取って外に出るも想像以上に揺れが激しく、家が倒壊してしまった。

「いたた……」

運悪く瓦礫に挟まれてしまい、動くことができない。もう少し早く気付いていればと後悔するも遅かった。

(誰か……)

おーい、と遠くから声が聞こえる。運良く源四郎がこちらに向かってきた。

「あぁ良かった。生きてたんだね」

状況を察して、瓦礫の山から脱出しようと助けてくれた。

しかし何を思ったのか、半分だけ挟まったまま手を離してしまう。

「……ごめんね」
「ど、どういうこと? 僕を助けてくれるんじゃなかったの?」

何でと聞いても黙ったまま。しかし突然、ニヤリと笑いだす。

「この時を待ってたんだ。ここで死ぬんだよ」
「あぁぁぁぁ!!」

殺される! と思い、叫び声をあげる。

しかし狂気的な笑顔を向けていた源四郎と向けられた刃はそこになく、真っ暗な部屋に寝茣蓙と自分があるだけだった。

(ゆ、夢、か……)

はぁ、はぁ、と肩で息をする。身体中が汗でベタついていて気持ち悪い。

(こんなの初めてだ。あの不気味な笑みは何だったんだ? 姿は源四郎に似ていたが、そんな事をする人じゃないと信じたい。でも……)

夢の中に出てきた男が本当に源四郎だったとしたら。

(近いうちにあいつらと同じ立場になる。そうでなかったとしても、あいつとは関わるなと云いたいのか)

再び寝茣蓙で横になろうとするも目は開き、頭は冴えたまま。これ以上眠れそうにない。

(いやだ、嫌われたくない、生きていたい、でも、捨てられる運命なら、もういっそ……)

机の隣にある引き出しの戸を開け、木彫りに使っていた小刀を手に取る。右手に刀を持ち、左腕を横切るように動かすとピリッとした痛みが走り、顔を歪めた。

月明かりが差し込んでいる部屋で、腕に浮かぶのは赤黒い液体。1本だけでも鮮明に浮かんでいた。

(これが、醜いながらも生きている証拠か)

こんな姿、御館様が見たらどう思うだろう。

(きっと、失望する。それだけではすまないこもしれない)

その思いとは反面に、スッキリしていく。

朝がやって来る残りわずかな時間で寝てしまおう。











その日以来、寝床に入っても寝付けないまま朝を迎えることが増えた。単純に睡眠時間が減ったので日中も睡魔に襲われることも多くなった。

当直がある日は寝床に呼ばれても徹底的に拒み、腕を隠して御館様の寝所の見張りをする。疑問に思われても仕方ないがあの夢のせいで『人間』という生き物が怖い。

こんな生活が数ヶ月続けば日常と化すのは当然だった。

そんなある日、次の戦に関する軍議が行われた。今回は僕も出陣することになっているから末席ながらも参加していた。しかし聴いてはいるものの、ぼんやりして頭に入ってこない。

「……ろう、源五郎!」
「え、あ、はい、なんでしょうか……?」

完全に油断してた。僕に発言が回ってくるとは思わず、ぼうっとしてしまった。皆の視線が厳しいのが見なくても分かる。

「大丈夫か? もうすぐ信濃侵攻を再開するというのに、ぼうっとしているわけにはいかないぞ」
「も、申し訳ございません」

ここ最近はほとんど寝てないからか頭が痛い。でも迷惑なんてかけられない。

(あれ、今の僕はどっちだ……?)

切り替えて集中しようにもできず、何を話しているのか理解できないまま時が過ぎていった。

軍議が終わり、皆々が退出する。その後ろ姿を捉え、源四郎に声をかけた。

「えっと、あの、辞めたいことがあるのに辞められない時、どうしたらいいでしょうか」
「……いきなりどうしたんだ?」

具体的な行動は言わず、やや遠回しに聞く。

「まぁ、俺だったら皆の手を借りる。御館様や叔父上の手を借りて、なんとか辞めようとするな」

(そっか。君はそういう人だったね。信用できる仲間が多いって素晴らしいことだよ)

人脈が多い源四郎と比べて僕は、誰も頼れない。いま目の前にいるのが信用できる人だとしても、一人で何とかしないといけないんだ。

「なにか辞めたいことでもあるのか? そういえばお前、さっきの」
「知り合いが、ですけどね。僕のことは心配しないでください。大丈夫ですから」

深入りされると判断した僕は疲れた顔で無理矢理笑顔を作り、そのまま別れて廊下を歩き、城の外に出た。

(言えるわけないでしょう。辞めたいのは僕なんですよ)

という呟きは誰にも聞かれず、空へ消えていった。
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