暗闇から抜け出す日

みるく

文字の大きさ
上 下
1 / 10

最悪は最悪のまま

しおりを挟む
「うわっ!」

夏の暑い暑い日。東曲輪から離れ、水屋の近くを歩いていたところ突然バシャと冷たい水がかけられた。

近習に昇進してから約数か月、これで3回目だ。

「誰か……あぁ保科弾正か。悪いな」
(あぁまたか)

クスクスと笑い声がさざなみのように広がる。横を見ると奥近習内では最年長の、名前は、虎丸がいる。それに三郎や天馬などもいた。

「ほーんっとにお前は、鈍臭いなぁ」

やーいやーいと、悪い歓声があがる。彼らは、早すぎる出世を成し遂げた僕がひどく気に入らないという。

ちなみに虎丸は信虎様から仕えている古参の家臣の息子、しかも長男だ。要領が良く、優秀な才を買われて仕えている。
彼は近習をまとめる立場にありながら、特別な日に行う御館様の食事の毒見役らしい。

(毒見を担ってる時点で訳ありでは?)

あとは自尊心が高すぎる故に外部者を疎む態度をとっているところ。無論、御館様の前では誉めそやしているからとても嫌な人である。

「晴信様の寵愛があるとご苦労が多いことで」
(君たちのせいでしょう)

挨拶しても無視されるのは当然のことながら、何かあるごとに『御館様の目は間違っている』だの『保科弾正』と悪口や皮肉を言ってくる。

(確かに虎丸たちの言う通り、昇進するには早すぎたし、御館様が僕を大切にしているという噂は聞いている。でも僕だって、好きで寵愛を得ているわけじゃない)

でもこれは序の口。

最近では私物を盗まれたり、捨てられることもあった。さらにはある時、苦手な酒を無理矢理飲まされ、醜態を晒されかけたこともある。

(あの時は誰かが止めてくれたから事なきを得たけれど……)
「駿河の浪人やら農民やら、最近は素性の分からない者が増えている。晴信様は何を考えているのだろうか。あんな者たち、目通りもせず捨てておけば良かったものを。ところでお前はいつ暇をもらうんだ?」

彼みたいな人は家中では比較的多く、外部者に理解がある人は少ない。一部を除いてこんな者ばかりだから、最近は無視したり距離をとるようにしている。

「暇をもらう気はありませんよ。……仕事がありますので失礼します」

言い返したところで状況は良くならないので、さっさと横を通り過ぎた。











(もし僕が武家出身だったら、こんな運命を歩まなくても済むのだろうか。それとも、御館様に仕え、大切にされていることがいけないのか。いや、そもそも僕が生きていること自体、間違いなのだろうか)

そして、考えるのをやめた。

近習の人たちは、僕を人として見ていないことには変わりないのだから。

先の事で服がびしょ濡れにされたので、急いで着替えに戻ろうと歩き出す。屋敷がある通りを小走りに駆け、曲がり角にぶつかりそうになったところで声がして顔を上げた。

「おい、またやられたのか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

最後の風林火山

本広 昌
歴史・時代
武田軍天才軍師山本勘助の死後、息子の菅助が父の意思を継いで軍師になりたいと奔走する戦国合戦絵巻。 武田信玄と武田勝頼の下で、三方ヶ原合戦、高天神城攻略戦、長篠・設楽原合戦など、天下を揺さぶる大いくさで、徳川家康と織田信長と戦う。 しかし、そんな大敵の前に立ちはだかるのは、武田最強軍団のすべてを知る無双の副将、内藤昌秀だった。 どんな仇敵よりも存在感が大きいこの味方武将に対し、2代目山本菅助の、父親ゆずりの知略は発揮されるのか!? 歴史物語の正統(自称)でありながら、パロディと風刺が盛り込まれた作品です。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

信玄を継ぐ者

東郷しのぶ
歴史・時代
 戦国時代。甲斐武田家の武将、穴山信君の物語。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

処理中です...