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エピソード1-4:グッドモーニング藪坂さん
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霧島琴葉が呼んだ藪坂という男から、俺は事情を聞くことになった。
「身の上話は良いから、要点だけな」
俺は一応、注意しておいた。
言い訳がましい年寄りの長話なぞ、保険屋や銀行の営業でもない俺が聞く義理はない。
霧島琴葉は俺に文句を言いたげな顔をしていたが、当の藪坂さんは物分りの良い人だった。
「私の娘……藪坂はるかは、一年前に行方不明になりました。中学校からの下校中にいなくなって……それっきりです」
元から顔色の悪かった藪坂さんは、話が進むごとに更に暗澹たる表情に変わっていった。
「ご存知かと思いますが……警察は事件が宇宙人関連と分かった途端に捜査を打ち切ります。以来、私は自分で娘を探しています。私と同じような被害者の人達と連絡を取りあって……霧島さんとも会いました」
藪坂さんの肩が震えていた。
「私はこの一年間、ずっと奴らを……誘拐犯を追っていました。奴らのトラックを尾行したこともあります。でも、いつもいつも、あと一歩という所で逃がしてしまって……っ! 目の前で……はるかのような子たちを見殺しにしてきたんです……!」
歯を食いしばり、呼吸も次第に荒くなっている。
「もう……分かってるんです。はるかは生きてないって……。でも、私は……あの子の一部でも取り返したい。髪の毛一本だっていい! 見つけてやりたい……! そして、はるかを殺した奴を……この手で沈めてやりたい……っ!」
藪坂さんは、ありったけの感情を込めた拳を振り上げようとして、寸前で思いとどまり、テーブルにぐっっと押し付けた。
がちがち、と音がする。
歯の噛み合う音だ。
藪坂さんの口が、興奮と緊張でガチガチと震えている。
俺には分かる。武者震いだ。
殺意と戦意を制御し馴れていないと、こうなる。
霧島琴葉は、藪坂さんの不穏な言動に動揺していた。
「あの藪坂さん……? 沈めるって……えっ?」
どうやら藪坂さんは霧島琴葉に本心を伝えないまま俺に渡りをつけたようだ。
藪坂さんはポケットから、何かの鍵を取り出した。
「私は鉱山跡の廃水処理施設に勤務していました。事件の後、退職までに作っておいたのが……この合鍵です」
「あの……それ、なんの鍵ですか?」
霧島琴葉がおそるおそる聞いた。
「鉱毒の廃水プールの鍵ですよッッッッ!」
藪坂さんが鬼気迫る表情で言い放った。
割と大きい声だったが、幸いにも店内に客はほとんどいない。
そこまで聞いて、俺は藪坂さんのことを大体理解できた。
「分かった。俺はアンタと組むよ、藪坂さん」
俺は十分に納得したのだが、霧島琴葉は理解していないようだ。
目を白黒させて、俺と藪坂さんの顔を交互に見ている。
「えっ、なんでそんな即決……?」
「俺は半端者とは組まない……が、藪坂さんの覚悟は本物だ。だから組める。それだけだ」
本物の男同士なら分かる。通じ合える。友情ゴッコもノミニケーションも必要ない。
藪坂さんの顔に隈として刻まれた痛苦の跡と、全身から発する殺意。本気の証明はこれで十分だ。
「じゃ、いつから始めます? 誘拐犯の調査」
俺が即切り出すと
「今から……やりましょうッッッ!」
藪坂さんは目を輝かせて言った。
ギラギラと燃える、憎悪と歓喜が偏光する……美しい輝きだった。
ちなみに、霧島琴葉はドン引きしていた。
藪坂さんと合同で調査を始めてから、三日が経過した。
事態は俺たちとは無関係な所で、蛇行を始めつつあった。
まず──安藤・ネット・マリー姫が死んだ。
俺に信者ファンネルを飛ばしたせいで過去に所属していた事務所時代のやらかしが掘り返され、逆に自分が炎上。
『なんでわたっ……わっタクシが叩かれなくちゃならないんですかねェ~~っ! 大体、赤井って人が出来る程度のコト! ワタクシにだって出来ますわよ~~っ!』
で、勝手に逆ギレして事件に首を突っ込んで、配信中に行方不明になった。
配信動画はカメラの映像が途切れたまま、3DCGキャラがユラユラと揺れ続けるシュールな絵を何時間か続けた後にタイムアウトしたそうだ。
その翌日、行方不明現場近くの国道で女の死体が見つかった。
死因は、頸動脈を鋭利な刃物で切り裂かれた失血死。
プライドだけは無駄に高そう、という霧島琴葉のプロファイリングは的中し、身の破滅に繋がったというわけだ。
報道では35歳の声優だったそうだが、ニュースのコメント欄では「こんな人しらない」「アニメはモブしかやってないね」などの辛辣な言葉が並んでいた。
それと──タケルとかいう顔出し配信者も死んだ。
俺に半端者扱いされてキレていたが、本当に一人で事件に突撃しやがった。
有言実行は大したものだが、実力が見合わなければタダの間抜けだ。
動画は生配信で、途中まではアーカイブで閲覧できる。
『おお~~っ! それっぽいトラック発見~~! 今から尾行しまーす!』
タケルはバイクでトラックを追跡していたが、人気のない山中のカーブで急に転倒した。
『のわっ! ちょっ……なんだ、この横風……っ!』
それが最後の肉声だった。
バイクのクラッシュ音と共に映像は途切れ、配信もやがてタイムアウトで強制終了した。
翌日、タケルはガードレールに叩きつけられ、折れ曲がった無惨な姿で発見された。
自分を主人公だと勘違いした末路ってやつだ。
最後まで自分が主人公ではないと自覚できなかったのか、あるいは死の瞬間に自分は死に役のゲストキャラだと悟ったのか、そいつは死に顔を見ないと分からないな?
──で、俺たちはというと
「霧島~~? お前、ちゃんと隠れてっか~~?」
メッセージアプリでやり取りしつつ、手分けして張り込みをしていた。
各自、自家用車に乗って誘拐犯の狙いそうな学校の下校路を鈍行でウロウロしたり、適当なスペースに駐車して見張っている。
駐車する場合、座席を倒して外から無人に見えるように偽装するんだ。
俺も右目で路上を監視しつつ、左目でスマホを見ている。
霧島琴葉から返信がきた。
──見張ってますから邪魔しないでください。
どうやら、あいつはマルチタスクが出来ないらしい。不器用な奴だ。
藪坂さんによると、誘拐犯は単独ではなく組織化されているという。
犯行にもパターンがあり
・一度誘拐が成功した地区からは撤退する
・より人口密度の低い場所に地区に移動する
・一ヶ月に四人を誘拐するノルマがある
・連続で四人誘拐した場合は以後一ヶ月間は沈黙する
といったものだ。
これらのパターンは警察も把握しているのだろうが、箝口令がかけられて外部には伝達されていない。
報道もされないから、誘拐はやりたい放題というわけだ。
「つまり誘拐グループは警察の外対応を理解して組織的にやっている。頭いいな?」
まるで人間の犯罪組織のようだ。
しかし警察が見逃しているのだから、地球人の犯行ではないんだろう。
「でも、なーんか宇宙人臭くねぇんだよなあ……」
違和感が──ある。
俺の頭のてっぺん辺りに、ビリビリと何かを感じる。
この違和感は独り言で消費すべきじゃない……と思う。
今日も誘拐犯のアタリを引かなかったら、全員で会議でもしようか──と思っていると、
藪坂さんからメッセージが届いた。
──発見
「アタリか」
俺はシートを起こしてスマホをカーナビ用のホルダーに刺した。
エンジンをかける間にも、藪坂さんからのメッセージは次々と届く。
──中型トラック。ナンバー送る
──女の子さらわれてる
──追跡します
簡潔な短文なのは、運転しながらの操作なんだろう。
──藪坂さん、運転中のスマホはやめてください。
霧島琴葉が元警官らしいメッセージで注意喚起。
「チッ、空気読めや!」
俺はイラつきながら車を発進した。
藪坂さんの移動ルートはGPSでトレースしている。
スマホに表示されるマップ上でどんどん郊外へ、山中に入っていくのが確認できた。
「いや待てよ……山ン中?」
先日のタケルの死因が頭に浮かんだ。
もし、相手が尾行に気付いていたら──
「やぶっ……!」
メッセージを送ろうとした瞬間、マップ上の藪坂さんの反応が停止していた。
「あ~~っ……!」
俺は最悪の状況を考えつつ、藪坂さんの止まった地点へ向かった。
1時間後、現場に到着した。
藪坂さんの車は、ガードレールに衝突していた。
道路上にはタイヤのスピン跡が残っている。
藪山さん本人は、ハザードを焚く車の横で立ち尽くしていた。
「怪我は?」
俺が聞くと、藪坂さんは無言で首を振った。
どんな気持ちなのかは分かる。
だから、俺も無駄口は叩かない。
「レッカー呼びましょう。保険屋かロードサービスの番号を……」
藪坂さんに呼びかけながら、俺は改めて路上のタイヤ跡を見た。
手前にはカーブはあるが、曲がれないほどの角度には見えない。
こんな所で……スピンするか?
「急に……」
藪坂さんが、ぼつりと呟いた。
「急に風が吹いたんです……。突風が……。前もそうだった……。前も……!」
風に煽られてスピンしたという。
タケルの奴も横風で転倒して死んだ。同じように人気のない夜の山道で。
俺の頭のてっぺんあたりが……妙にザワつく。
「風……ねえ?」
なんとなく、俺の足が少し動いた。
事故現場から距離を取って、カーブを見渡せるような位置まで歩く。
ちょうど、藪坂さんの車がカーブにさし当たった瞬間を捕捉できる位置まで移動して……
足元をスマホのライトで照らした。
「ふぅん……」
道路の隅に生えた苔に、真新しい足跡がついていた。
靴の形だが、靴底に凹凸のない妙な足跡だ。かといって革靴の形状でもない。
「やーっぱ、なーーんか……宇宙人臭くねぇなあ?」
俺はこめかみ辺りを、指先でトントン叩いた。
頭のてっぺん付近が、ざわざわする。
勘だけでは答は出そうで出ない。腹が痛いのにデカイのが出てこない時みたいにイライラする。
誘拐犯に辿りつくまで、推理ゴッコをするなんて……冗談じゃねえ。
●現時点での赤井通のキルスコア…宇宙人11怪獣1幽霊3妖怪8
「身の上話は良いから、要点だけな」
俺は一応、注意しておいた。
言い訳がましい年寄りの長話なぞ、保険屋や銀行の営業でもない俺が聞く義理はない。
霧島琴葉は俺に文句を言いたげな顔をしていたが、当の藪坂さんは物分りの良い人だった。
「私の娘……藪坂はるかは、一年前に行方不明になりました。中学校からの下校中にいなくなって……それっきりです」
元から顔色の悪かった藪坂さんは、話が進むごとに更に暗澹たる表情に変わっていった。
「ご存知かと思いますが……警察は事件が宇宙人関連と分かった途端に捜査を打ち切ります。以来、私は自分で娘を探しています。私と同じような被害者の人達と連絡を取りあって……霧島さんとも会いました」
藪坂さんの肩が震えていた。
「私はこの一年間、ずっと奴らを……誘拐犯を追っていました。奴らのトラックを尾行したこともあります。でも、いつもいつも、あと一歩という所で逃がしてしまって……っ! 目の前で……はるかのような子たちを見殺しにしてきたんです……!」
歯を食いしばり、呼吸も次第に荒くなっている。
「もう……分かってるんです。はるかは生きてないって……。でも、私は……あの子の一部でも取り返したい。髪の毛一本だっていい! 見つけてやりたい……! そして、はるかを殺した奴を……この手で沈めてやりたい……っ!」
藪坂さんは、ありったけの感情を込めた拳を振り上げようとして、寸前で思いとどまり、テーブルにぐっっと押し付けた。
がちがち、と音がする。
歯の噛み合う音だ。
藪坂さんの口が、興奮と緊張でガチガチと震えている。
俺には分かる。武者震いだ。
殺意と戦意を制御し馴れていないと、こうなる。
霧島琴葉は、藪坂さんの不穏な言動に動揺していた。
「あの藪坂さん……? 沈めるって……えっ?」
どうやら藪坂さんは霧島琴葉に本心を伝えないまま俺に渡りをつけたようだ。
藪坂さんはポケットから、何かの鍵を取り出した。
「私は鉱山跡の廃水処理施設に勤務していました。事件の後、退職までに作っておいたのが……この合鍵です」
「あの……それ、なんの鍵ですか?」
霧島琴葉がおそるおそる聞いた。
「鉱毒の廃水プールの鍵ですよッッッッ!」
藪坂さんが鬼気迫る表情で言い放った。
割と大きい声だったが、幸いにも店内に客はほとんどいない。
そこまで聞いて、俺は藪坂さんのことを大体理解できた。
「分かった。俺はアンタと組むよ、藪坂さん」
俺は十分に納得したのだが、霧島琴葉は理解していないようだ。
目を白黒させて、俺と藪坂さんの顔を交互に見ている。
「えっ、なんでそんな即決……?」
「俺は半端者とは組まない……が、藪坂さんの覚悟は本物だ。だから組める。それだけだ」
本物の男同士なら分かる。通じ合える。友情ゴッコもノミニケーションも必要ない。
藪坂さんの顔に隈として刻まれた痛苦の跡と、全身から発する殺意。本気の証明はこれで十分だ。
「じゃ、いつから始めます? 誘拐犯の調査」
俺が即切り出すと
「今から……やりましょうッッッ!」
藪坂さんは目を輝かせて言った。
ギラギラと燃える、憎悪と歓喜が偏光する……美しい輝きだった。
ちなみに、霧島琴葉はドン引きしていた。
藪坂さんと合同で調査を始めてから、三日が経過した。
事態は俺たちとは無関係な所で、蛇行を始めつつあった。
まず──安藤・ネット・マリー姫が死んだ。
俺に信者ファンネルを飛ばしたせいで過去に所属していた事務所時代のやらかしが掘り返され、逆に自分が炎上。
『なんでわたっ……わっタクシが叩かれなくちゃならないんですかねェ~~っ! 大体、赤井って人が出来る程度のコト! ワタクシにだって出来ますわよ~~っ!』
で、勝手に逆ギレして事件に首を突っ込んで、配信中に行方不明になった。
配信動画はカメラの映像が途切れたまま、3DCGキャラがユラユラと揺れ続けるシュールな絵を何時間か続けた後にタイムアウトしたそうだ。
その翌日、行方不明現場近くの国道で女の死体が見つかった。
死因は、頸動脈を鋭利な刃物で切り裂かれた失血死。
プライドだけは無駄に高そう、という霧島琴葉のプロファイリングは的中し、身の破滅に繋がったというわけだ。
報道では35歳の声優だったそうだが、ニュースのコメント欄では「こんな人しらない」「アニメはモブしかやってないね」などの辛辣な言葉が並んでいた。
それと──タケルとかいう顔出し配信者も死んだ。
俺に半端者扱いされてキレていたが、本当に一人で事件に突撃しやがった。
有言実行は大したものだが、実力が見合わなければタダの間抜けだ。
動画は生配信で、途中まではアーカイブで閲覧できる。
『おお~~っ! それっぽいトラック発見~~! 今から尾行しまーす!』
タケルはバイクでトラックを追跡していたが、人気のない山中のカーブで急に転倒した。
『のわっ! ちょっ……なんだ、この横風……っ!』
それが最後の肉声だった。
バイクのクラッシュ音と共に映像は途切れ、配信もやがてタイムアウトで強制終了した。
翌日、タケルはガードレールに叩きつけられ、折れ曲がった無惨な姿で発見された。
自分を主人公だと勘違いした末路ってやつだ。
最後まで自分が主人公ではないと自覚できなかったのか、あるいは死の瞬間に自分は死に役のゲストキャラだと悟ったのか、そいつは死に顔を見ないと分からないな?
──で、俺たちはというと
「霧島~~? お前、ちゃんと隠れてっか~~?」
メッセージアプリでやり取りしつつ、手分けして張り込みをしていた。
各自、自家用車に乗って誘拐犯の狙いそうな学校の下校路を鈍行でウロウロしたり、適当なスペースに駐車して見張っている。
駐車する場合、座席を倒して外から無人に見えるように偽装するんだ。
俺も右目で路上を監視しつつ、左目でスマホを見ている。
霧島琴葉から返信がきた。
──見張ってますから邪魔しないでください。
どうやら、あいつはマルチタスクが出来ないらしい。不器用な奴だ。
藪坂さんによると、誘拐犯は単独ではなく組織化されているという。
犯行にもパターンがあり
・一度誘拐が成功した地区からは撤退する
・より人口密度の低い場所に地区に移動する
・一ヶ月に四人を誘拐するノルマがある
・連続で四人誘拐した場合は以後一ヶ月間は沈黙する
といったものだ。
これらのパターンは警察も把握しているのだろうが、箝口令がかけられて外部には伝達されていない。
報道もされないから、誘拐はやりたい放題というわけだ。
「つまり誘拐グループは警察の外対応を理解して組織的にやっている。頭いいな?」
まるで人間の犯罪組織のようだ。
しかし警察が見逃しているのだから、地球人の犯行ではないんだろう。
「でも、なーんか宇宙人臭くねぇんだよなあ……」
違和感が──ある。
俺の頭のてっぺん辺りに、ビリビリと何かを感じる。
この違和感は独り言で消費すべきじゃない……と思う。
今日も誘拐犯のアタリを引かなかったら、全員で会議でもしようか──と思っていると、
藪坂さんからメッセージが届いた。
──発見
「アタリか」
俺はシートを起こしてスマホをカーナビ用のホルダーに刺した。
エンジンをかける間にも、藪坂さんからのメッセージは次々と届く。
──中型トラック。ナンバー送る
──女の子さらわれてる
──追跡します
簡潔な短文なのは、運転しながらの操作なんだろう。
──藪坂さん、運転中のスマホはやめてください。
霧島琴葉が元警官らしいメッセージで注意喚起。
「チッ、空気読めや!」
俺はイラつきながら車を発進した。
藪坂さんの移動ルートはGPSでトレースしている。
スマホに表示されるマップ上でどんどん郊外へ、山中に入っていくのが確認できた。
「いや待てよ……山ン中?」
先日のタケルの死因が頭に浮かんだ。
もし、相手が尾行に気付いていたら──
「やぶっ……!」
メッセージを送ろうとした瞬間、マップ上の藪坂さんの反応が停止していた。
「あ~~っ……!」
俺は最悪の状況を考えつつ、藪坂さんの止まった地点へ向かった。
1時間後、現場に到着した。
藪坂さんの車は、ガードレールに衝突していた。
道路上にはタイヤのスピン跡が残っている。
藪山さん本人は、ハザードを焚く車の横で立ち尽くしていた。
「怪我は?」
俺が聞くと、藪坂さんは無言で首を振った。
どんな気持ちなのかは分かる。
だから、俺も無駄口は叩かない。
「レッカー呼びましょう。保険屋かロードサービスの番号を……」
藪坂さんに呼びかけながら、俺は改めて路上のタイヤ跡を見た。
手前にはカーブはあるが、曲がれないほどの角度には見えない。
こんな所で……スピンするか?
「急に……」
藪坂さんが、ぼつりと呟いた。
「急に風が吹いたんです……。突風が……。前もそうだった……。前も……!」
風に煽られてスピンしたという。
タケルの奴も横風で転倒して死んだ。同じように人気のない夜の山道で。
俺の頭のてっぺんあたりが……妙にザワつく。
「風……ねえ?」
なんとなく、俺の足が少し動いた。
事故現場から距離を取って、カーブを見渡せるような位置まで歩く。
ちょうど、藪坂さんの車がカーブにさし当たった瞬間を捕捉できる位置まで移動して……
足元をスマホのライトで照らした。
「ふぅん……」
道路の隅に生えた苔に、真新しい足跡がついていた。
靴の形だが、靴底に凹凸のない妙な足跡だ。かといって革靴の形状でもない。
「やーっぱ、なーーんか……宇宙人臭くねぇなあ?」
俺はこめかみ辺りを、指先でトントン叩いた。
頭のてっぺん付近が、ざわざわする。
勘だけでは答は出そうで出ない。腹が痛いのにデカイのが出てこない時みたいにイライラする。
誘拐犯に辿りつくまで、推理ゴッコをするなんて……冗談じゃねえ。
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