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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと56-終局のこと-
しおりを挟む扶桑とは、日の出と日没、誕生と死、生命の輪廻を象徴する世界樹のこと。
その概念を持つ化身である瀬織の辿ってきた運命が結実したかのように、この天上にて陰陽両極を併せ持つ、今世の女神が新生した。
瀬織の周囲には、コロニウム素子が黄金の粒子となって漂っている。
「わたくし達、人造の神を形作る、この太陽の結晶は……人の願いに応えて形を変え、無限の力を引き出すもの。故に、わたくしは神として人の想念を集め、新たな鎧として結晶化させた。ま、詳しい理屈は分かりませんがね」
人が呼吸し、手足を動かすのと同じように、瀬織は自己の生命活動の一環として本能と感覚でコロニウム素子を制御できる。それだけの話だ。
神という概念の再結晶化により、周囲には濃密なエーテルが充満していた。
宇宙空間でありながら疑似的な大気が発生し、直下の地球の重力の影響で上下感覚が生じている。
低軌道上は神話に語られる天地創造の前段階、島々が生まれる以前の混沌の海に似た状態だった。
燃え上がるエーテルの海から、ウカが瀬織を見上げていた。
「人の思いで混沌の力に形を与えた……? あなたは一体、なにを……っ!」
「今のわたくしは、一人の殿方によって生まれ変わった、ただ一人のための神。彼が望むなら、わたくしは恋人になりましょう。母にも、姉にもなりましょう。そして彼が望んだのは、わたくしと共に生きること。この姿は、その願いを叶えるために作られたのです」
「うっ……まさか……」
ウカの思考に、冷たい稲妻が走った。
最初に瀬織を破壊したことも、今になって思えば最初から策にハメられていたのではないか……?
既に経年劣化で活動限界に達していた瀬織は、敢えて破壊されることで自己の存在をリセットし、新たな神として生まれ変わった。
そして今、こうしてウカの性能すら凌駕した戦闘形態をも獲得した。
なにから何まで、全てが瀬織の作戦通りなのではないか……?
「あなたが苦戦していたのも……こうするための演技だったのですか……!」
「半分は正解。大苦戦からの逆転というのは、かたるしすがありますからねぇ~~? 視聴者も大喜びですわ~~?」
「くっ……人を欺いた偽りの声援なぞ……」
「あなたが頑張り過ぎたんですわよ。わたくしの性能では、あなたを倒しきれないのは事実でした。だから逆に、ぱわーあっぷに利用させていただきましたわ♪」
瀬織の説明は、ウカに更なる絶望を与えた。
ここまで必死に戦ってきたウカの全てを、瀬織は嘲笑いながら運出に利用してきたというのだ。
愚弄である。
凄まじい愚弄である。
「ううううう~~……っっっ!」
ウカは、憤怒の形相で瀬織を見上げた。
歯を食いしばる。長い薄茶の髪が、炎の中で逆立つ。
瀬織の行為は、ウカが剣持と培ってきた戦士としての学習データへの侮辱に等しかった。
自分の中で最も尊い記憶を穢された。踏みにじられた。
ぜったいに──許しがたかった。
対する瀬織は、眼下のウカを余裕でせせら笑った。
「いい顔になりましたわねえ~? 余裕ぶっこいてた最初の頃より、今の方がずっとイキイキしてますわよ~! ほほほほほほ!」
そして冷たい殺意を込めて、扶桑刀の切っ先を向けた。
「抵抗しなければ、サクッと始末してあげますわよ?」
「ふっ、ふざけ──」
「あなた凄い人工知能なんでしょ? 今の自分の置かれた状況──分かりますわよね?」
「──ぅっ……」
反論を遮られ、ウカの喉がエーテルで詰まった。
もはや、ウカに帰る場所はない。
宇宙空間での拠点だった通天柱は破壊されている。
また、現状の装備では大気圏突入はできない。
仮に瀬織に勝ったとしても、ウカは地球の大気の中で燃え尽きるか、エネルギー切れで永遠に宇宙を漂うことになる。
完全な、詰みだった。
もはや戦略でも戦術でも完全に敗北している。
抵抗しても何の意味もない。合理的ではない。
死が訪れるのが、早いか遅いかの違いでしかない。
ウカは、炎の中で凍りついた。
その上空で、瀬織が扶桑刀に魔力をまとわせた。
「いい顔ですわぁ……絶望に染まった諦めの顔って素敵ですわ~~! あなたの、その顔が見たかった!」
瀬織、眼下に二刀を振り下ろす。
邪念の闇と、太陽の光、二極相反する魔力が長大な閃光の剣となって、ウカを両断せんと迫った。
しかし、その剣閃は寸前で弾かれた。
魔力流が歪曲され、左右に乱れ飛ぶ。
エーテルの満ちた空間に膨大な魔力が衝突し結晶化。地球の低軌道上に、赤く燃える石英の大地が形成されていく。
音を立てて隆起する、無数の赤い高熱水晶。
その疑似的な天地創造の中心で、ウカは破邪の巨刀を構えていた。
ウカは、瀬織の攻撃をマニドライブを応用した魔力レジストで防御したのだ。
「あなたの提案は……お断りします」
静かな怒りを込めて……ウカが焔の中から、瀬織を睨んだ。
「私は、あなたが気にくわない……っ! だから、あなたの言う通りになんて……してやらないっ!」
明確な殺意の込められた視線。
ウカの判断は非合理的で、まるで人間のような生の激情が込められていた。。
瀬織は殺気を感じ、違和感に眉をひそめた。
「この感覚……とてもイヤな肌触りですわ」
瀬織の表情から、余裕と侮りが消えた。
ウカから間合いを取るように、僅かに後退する。
「あなた……まるで人間のような物言い……!」
「私はもう神ではないと! 言ったのはあなたです! なら、私は……人としてあなたを倒します! 死んでも……あなたを斃すッッッ!」
神から人に零落した存在が、激情の叫びを上げた。
それは、全ての幻を打ち払う荼枳尼天の炎の咆哮。
狐の遠吠えに似た音が、周囲のエーテルに共鳴する。
結晶の大地から立ち上る炎が、長い尾を引いてウカにまとわりついて、白い装甲を灼熱の赤に塗り替えていく。
空間に満ちた魔力を利用した自己の強化、いや概念の転生ともいうべき芸当。
以前に瀬織がやった、神産みに近い現象だった。
「フフ……やりますわね、ウカさん……!」
瀬織は、割と本気で感心していた。
同時に恐怖もしていた。
「人に都合良く作られた貴方が、自ら人の枷を破るとは……思いもしませんでした。完全な予想外の展開ですわよ。しかし、自分で自分を作り変えるなど……」
「あなたが一人の少年の思いで生まれ変わったように、私にも道標となる人がいます!」
「あの剣持とかいう野蛮人か……っ!」
「私は! 剣持一尉から学んだ意地で戦う! あなたには! 死んでも負けない! 勝てなくても良い! 相打ち上等ォォォォォォッッッ!」
ウカの足元の結晶大地が砕け散り、埋もれていたデウス・エクス・マキナが出現した。
主であるウカの強化に同調するように、デウス・エクス・マキナの装甲も白から真紅に変化していた。
皮肉にも、ウカは神から零落することで瀬織に迫る力を得た。
800年前、ウカの原型となったヒトカタの頭骨は、荼枳尼天を祀る新興の密教集団によって本尊として扱われていた。
本尊は邪教的な儀式に用いられ、神は魔へと零落させられた。
しかし、瀬織は言う。
信仰に正も邪もないと。
信仰とは力でしかなく、そこに指向性を持たせるのは指導者であり、善悪の色分けなぞは観測する人間の価値観によって左右される曖昧なものでしかない。
今のウカは、自らに注ぎ込まれた人の願い、信仰を正邪の区別なく純粋なエネルギーに替え、自らの意志と意地で我がモノとしていた。
これを分かり易く言い換えれば──
「信者からの投げ銭をどう使おうが、教祖様の勝手ってワケですわねぇ!」
アイドル歴2000年の瀬織が、簡潔な言葉にした。
と同時に、大型方術を発動。
「重連合体方術! 蒼龍・飛龍陣!」
宇宙空間に投映するは、集積回路めいた意匠の二つの方術陣・蒼龍と飛龍。
魔力の伝導効率を最適化された陣形にて、無数のホーミング魔力弾が一斉射撃された。
それは空母から発艦する艦載機さながらに、自由自在に空間を飛翔してデウス・エクス・マキナへと殺到する。
メタマテリアルシールドでも防御し切れないほど、高出力飽和攻撃!
対して、ウカが取った行動は──
「前に! あいつの首を取りに! ひたすら前にッッッッ!」
突撃、だった。
ウカの背中のスラスターユニットが、内側から砕け散った。破壊ではない。より高推力を得るための脱皮である。
燃える炎の翼がメタマテリアルによる電磁フィールドを発生させ、推力を爆発的に延伸。
ウカとデウス・エクス・マキナが、結晶の大地から宇宙へと飛び立った。
跳躍、飛翔、推進、突撃。
デウス・エクス・マキナが大出力マニドライブの赤い閃光にて、方術陣を破壊。これ以上の魔力弾の放出を阻止した。
ウカは放出済ホーミング魔力弾の嵐をかき分けて、天上の太陽たる瀬織に迫る!
「こういう……覚悟の決まった人間みたいな動きは……ッッッ!」
瀬織は心底忌々しげに呻いた。
ウカが、こんな厄介な存在になるのは完全な想定外だった。
いつもいつも……人間はこちらの予想を覚悟と底力で覆してくるから!
「重連合体方術! 高雄!」
瀬織は背部装甲ユニットから、方術砲を展開して発射した。
本来、錬成に時間のかかる貫通型魔力弾をタイムラグなしで発動できる方術が高雄である。
ウカはそれすらも回避せず、突進を止めずに巨刀の刀身で受け止めた。
膨大な魔力はレジストし切れず、赤熱の刀身が魔力流と相殺する形で砕け散った。
「あなたに出来ることなら! 私にだって出来るッ!」
ウカの背後、追随するデウス・エクス・マキナが千手のメタマテリアルシールドジェネレーターを起動した。
展開されたシールドはウカの念動と魔力によって変質し、翡翠円刃のカッターとして射出された。
その数、1000!
またしても瀬織の予想を超えた応用技だった。
「ッッッ! こぉんの小娘がァァァっっっ!」
今度は瀬織が回避する番だった。
もはや油断はない。侮れば死ぬ。
メタマテリアルのカッターは全ての物質を切り裂く。しかもこの数、防御は不能だった。
背中の光輪を高速回転させ、慣性制御力場で空間を捩じるような形で戦闘機動を取る。
次々と押し寄せるメタマテリアルの円刃をかいくぐる中、ついに突撃してきたウカと至近距離で交錯。
相対速度が零になった一瞬、互いが直接攻撃に転じた。
剣と剣がぶつかり合って火刃と赤熱の彼岸花を散らし、衝撃で互いが弾け飛ぶ。
「こ・ン・のォォォォォ!」
瀬織は慣性制御で強引に姿勢制御を行い、二刀を回転運動にて振り払った。
一方ウカは本体の高スペックを最大活用し、推進用の力場を絞り込んで対抗した。
「ヴァジュラ・カトガ!」
ウカの命令で、デウス・エクス・マキナのウェポンコンテナから二本の短刀〈ヴァジュラ・カトガ〉が射出された。これは、いわゆるジャマダハル型の近接戦闘用武装であり、巨刀である〈ヴァジュラ・カルトリ〉より振りが小さく取り回しに優れていた。
ウカは〈ヴァジュラ・カトガ〉を両手に装備し、瀬織との接近戦に臨んだ。
「負けないっ! 押し切ってやるゥゥゥゥゥゥッッ!」
ウカの灼熱の二刀連打と、瀬織の二刀連撃が衝突、衝突、衝突!
全身の体捌き、姿勢制御、慣性、運動能力を乗せた──
打、突、突、突、突!
斬、撃、撃、撃、撃!
赤、黒、金の残像を引いて鎬を削って削って削り合い、エーテルの満ちる宇宙空間が魔力干渉で結晶化して燃え上がった。
「東瀬織ィ! あなたの愛は! 人類の発展より尊いと言うのですかッッッ!」
ウカ、至近距離にて恨み言を叫ぶ。
「私というシステムを破壊すれば、人類社会の発展が200年は遅れます! なのに、あなたは個人的な感情で……っっっっ!」
人造神として作られた少女は、まるで人間のような怨念と無念の愚痴を吐き出していた。
瀬織、凶暴な笑みで気炎を吐く。
「知りませんわよ! あなただって今は個人の感情で戦ってんでしょうがッッッ!」
互いの斬撃が衝突し、雷火が爆ぜた。
姿勢制御の限界を超えた衝撃を受け、瀬織とウカは反発するように弾け飛んだ。
その最中、
「重連方術砲、愛宕ッ!」
瀬織は背中の方術砲を展開し
「マハー・アグニッ!」
ウカはデウス・エクス・マキナのウェポンコンテナから重粒子砲〈マハー・アグニ〉を射出してキャッチ。
二者同時に砲撃を発射した。
加速された魔力弾と重粒子線とが衝突し、相殺と共に弾けたガンマ線がエーテルに干渉して、空間が炎で充満した。
この余波で低軌道上の無関係な人工衛星が損壊し、数十機が地上に向かって落下を始めた。
瀬織たちの戦いを撮影していたカメラも全てが機能を停止した。
尤も、ここまで人知を超えた戦いとなっては、どこまでを捉えていたかは定かではない。
小規模なガンマ線バーストじみた現象の最中、瀬織は背部装甲ユニットから遠隔操作型の電子戦用端末を放出していた。
「重連合体方術・速吸!」
多数の電子戦端末が思念誘導され、炎と電磁波に紛れてデウス・エクス・マキナの装甲に突き刺さった!
それはさながら、大魚に群がり、貪り食う小型の肉食魚のごとき様相だった。
「しまっ……!」
ウカが違和感に気付いた時、体が後ろに引っ張られるような感覚に襲われた。
有線接続されていたデウス・エクス・マキナの機動が止まり、追随が止まっていた。
瀬織によるハッキングだった。
マニドライブのレジストがあるため完全に乗っ取ることは出来ないが、強化された今の方術なら一部機能の阻害は可能だった。
ウカはデウス・エクス・マキナの大質量に引っ張られる形で、戦闘機動を強制停止させられていた。
頭上では瀬織が制動をかけて回頭。
陰陽二刀の剣に魔力を集束させ、回転運動と共にウカへと投射した。
「二極反転・爆華・転生(てんしょう)ォ!」
日照と日食、相反する力の奔流が宇宙を切り裂く。
対するウカの判断は迅速だった。
「強制分離ッ!」
有線接続を切断し、デウス・エクス・マキナを捨てることを選んだ。
ウカの離脱と同時に、光と闇の二極魔力流はデウス・エクス・マキナへと到達。対消滅を引き起こし、巨大質量を瞬時にして粉砕した。
デウス・エクス・マキナは、爆炎の華と化して結晶の大地へと沈んだ。
大型戦闘端末、喪失。
しかしウカは意に介さない。
冷たく燃えるような戦意にて、必中と必殺を狙う。
力場操作で姿勢制御を行い、最小限の動作で〈マハー・アグニ〉を両手で構えた。
「地に墜ちろ! 東瀬織ィ!」
集束された重粒子線ビームが、瀬織の背中、方術砲と姿勢制御スラスターを撃ち抜いた。
「フッ!」
瀬織、瞬時に破損した背部ユニットをパージ。
爆発するユニットを背に、扶桑刀をウカへと投擲した。
それら回転する刃が〈マハー・アグニ〉に突き刺さり、過熱状態だった砲身が爆発した。
「うっっっアァ!」
爆発に怯むウカ。
あからさまな隙!
そこに、瀬織が肉弾戦を仕掛けた。
「あなたこそ! 地べたがお似合いですわァ!」
瀬織の装甲の拳が、ウカの顔面に叩き込まれる!
「ブッッッッ!」
鈍く、無様な悲鳴。
ヘッドギアが砕け、ウカは回転しながら重力に引かれ、結晶の大地へと落下した。
姿勢制御を喪失した瀬織もまた、ウカを追うような形で不時着。低軌道上の燃える大地に、両手両膝をつくことになった。
「ぬゥ……まったく……格好がつきませんわね……!」
瀬織は、装甲と関節を軋ませて立ち上がった。
ウカの捨て身の反撃に、完全に予想を覆されていた。
「本当なら……ぱわーあっぷ形態のわたくしが、あなたを瞬殺するはずだったんですがねぇ~~?」
目を細めて、前方の爆炎を睨む。
炎の中に、立ち上がる影があった。
ボロボロの状態で、尚も立ち上がる姿に……忌々しい既視感があった。
「そういう悪足掻き……人間みたいで本ッ当、ムカつきますわ……!」
いつの時代も、瀬織は不屈の闘志持つ人間に敗れてきた。
またしても、万が一にも敗れるような予感に神経がざわつく。
デウス・エクス・マキナの残骸の中に、ウカが立っている。
ウカはウェポンコンテナの残骸から、予備の〈ヴァジュラ・カルトリ〉を回収し、起動。
炎上する炎を巨刀に集め、全霊を込めた一撃を狙っていた。
「今の私は……たった一つの命と体。確かに人間のようです、ね……」
殺気と感傷、複雑な面持ちでウカが呟いた。
「地上に私のデータが断片的に残っていても、もうそれを統括するシステムは存在しない。ウカというAIは社会に忌避され、誰からも顧みられない。私という存在は、私という個体の消滅と共に完全に終わる……」
「フ……何も残せず、時が経てば忘れ去られるなんて……人間以下じゃないですか?」
この期に及んでも瀬織はウカを挑発した。
だが、とうに死を覚悟したウカは静かに笑った。
「いいえ。たった一人……私を憶えてくれる人がいます。彼の中に、私の存在した証が残るなら……もう何の未練もありません」
「ハッ! 小娘が悟ったような物言いをするんじゃありませんわよ。お釈迦様が涅槃で甘茶沸かすってんですよ」
瀬織は吐き捨てるように言って、方術発動の念を練った。
ウカの様子に、言葉とは裏腹の感情を……共感に近いものを覚えたが、今は忘れる。
同情は戦意を曇らせる。敵に対して情けなぞ不要。
(そんなこと考えてると、景くんの所に帰れなくなっちまうんですわよ……!)
人の愛で生まれ直した神としての心情は、誰にも言わない。
結晶の大地は、重力に引かれて落下しつつあった。
ここは天地創造の真似事で生まれた、仮初のオノゴロ。宇宙に生まれた泡沫の島は、遠からず沈む運命にある。
捨て身の覚悟、死兵と化したウカに対して、瀬織は思考の片隅に生存への未練があった。
ギリギリの戦いでは、僅かな躊躇が命を奪うと知っているが──
(それでも……)
敢えて瀬織は、自身の感情に従うことにした。
「愛で生まれたこの体。ならばわたくしは、愛で戦うといたしましょう」
練り上げた魔力を以て、瀬織は掌中に方術剣を召喚した。
それは七又の枝葉に分かれた、扶桑樹を思わせる形状と黒と金と大剣。・
「この剣で、わたくしは愛する人の許に帰ります!」
瀬織の奇妙な宣戦に、ウカの表情が俄かに歪んだ。
「愛……? だと……っ!」
自分の学習していない未知の感情を語られたことへの、戸惑い、怒り、妬み、複雑に入り混じった淀みの中、ウカの意識が殺に転じる。
炎が巨刀を包み込み、放たれるは破邪の剣閃!
「燃え尽きろ! カンド・ヴァジュラ・ヴァーラーヒーーーッ!」
瀬織もまた、愛の心にて全力の方術剣を振り払った。
「重連方術神剣・東扶桑ォ!」
光と闇が螺旋状に絡み合う、集束魔力の奔流が放出された。
破邪の炎と、レジスト不能な量の方術が衝突し、拮抗する。
空間に満ちるエーテルが結晶化と共に発火、爆散し、結晶の大地が砕けていく。
「くうぅぅぅぅぅぅ……っ!」
ウカは渾身の力で巨刀を握り、足場を粉砕して踏ん張っていた。
少しでも気を抜けば、相手の魔力に押し流される。力比べの状態だった。
だが、ウカには勝機があった。
瀬織は生き残ること、あの東景という少年の許に帰るために戦うと言った。
(そんな未練……弱さのある奴なんかに……私は負けない!)
ウカは、自噴が覚悟の面で瀬織を上回っていると確信していた。
剣持と共に戦うことで学んだのだ。
そんな甘っちょろい考えで戦っているナマクラは弱者だと。
戦争はメロドラマではない。決闘は恋愛小説でもない。死合は決して流行にならない血生臭い極限のせめぎ合いだ。
「あなたは愛で地獄まで引き摺られていろ! 東瀬織ィ!」
決死の気迫を込めて、ウカは魔力を押し返す!
手応えが軽くなった。明らかにパワーで勝っている。ウカは意志の強さで瀬織を超えている!
やれる! 勝てる!
──と、思いかけて
ウカは強烈な違和感を覚えた。
あいつが、こんなバカ正直な力比べなどするだろうか……?
その違和感が晴れた時、ウカの巨剣の炎は瀬織の魔力奔流に勝利し、霧散させていた。
だが、炎の向かった先に瀬織の姿はなかった。
代わりにそこにいたのは、分離状態の〈マガツチ・アマテル〉。
黄金のサソリ型戦闘機械傀儡は低い姿勢で炎を回避し、尾に備わった方術砲をウカに向けていた。
「なッッ!」
ウカが狼狽した瞬間、背中に衝撃を感じた。
気付いた時には……ウカの胸が背中から貫かれていた。
「フ……気付くのが遅かったですわねぇ?」
制服姿の東瀬織が、右腕にだけ残した装甲の貫手で、ウカの胸を串刺しにしていた。
強靭な機動装甲とて、軽量化のため背面には装甲が施されていない。
その防御の穴を貫手が貫き、破損していた胸部前面装甲まで突き抜けていた。
「愛という、わたくしの言葉に惑わされたあなたに隙が……侮りが生じたのですよ」
「あ、あなたは……最後まで……こ、こんな卑怯ォ……っっっ!」
「言ったでしょう? これが、わたくしの戦争なのです」
瀬織は貫手をウカの体から引き抜いた。
潤滑液と内部部品が周囲に飛び散る。完全な致命傷だった。
「ウカさん、あなたは愛を知らなかった。愛とは美しいだけではない。愛する者のためならば、どんな手段も厭わない。狂おしく、汚く、醜い……それもまた愛なのです」
「わ、私の……知らない……感情を……っっっっ!」
ウカは潤滑液の血泡を吹いて、巨刀を手放した。
人のポジティブな面しか学習できなかった人造の神は……人の闇を知り尽くした邪神に敗北したのだ。
瀬織が跳躍して離脱した瞬間、〈マガツチ・アマテル〉の方術砲が発射された。
重金属粒子砲に等しい熱量がウカを飲み込み、魔力の奔流が押し流していく。
「あァ……けんもち……いちい……」
自分と世界を繋ぐ、唯一の絆となった男の名を呼びながら、ウカは地球に落ちていった。
重力に引かれ、熱に焼かれる残骸は遥か彼方に離れていく。
燃え墜ちるヒトカタのヒトヒラは砂粒に等しくなって、地球の大気の稜線に溶けて、消えてなくなった。
現時刻を以て、全ての作戦は終了。
70余年の時を費やしたウ計画は、完全に撃滅された。
「ま……喧嘩を売る相手を間違ったんですよ、あなた達は……、わたくし達のことなんて、放っておけば良かったのに。小心者……」
瀬織は誰となく敗者たちに向けて、溜息のように呟いた。
先程の戦闘に加えて地球への落下も伴い、足場となる結晶の大地の崩壊が加速度的に進行している。
亀裂と破砕が連鎖的に発生し、もはやこの場に留まるのは不可能だった。
「では、わたくしも上がるとしましょうか」
瀬織は〈マガツチ・アマテル〉を再装着し、仮初の天地開闢、最後の舞台から飛び立った。
「さようなら、ウカさん。願わくば、あなたの黄泉路に幸あらんことを……」
少し湿っぽく、哀れなもう一人の自分に別れを告げて──。
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