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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと54-決戦編-

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-あくのろぼっとかいじゅうをやっつけろ! ぼくらのむてきのきょうりゅうおう 〈ジゾライド改二〉-


『けーんーもーちぃーーーっ! 俺は戦争が好きだァーーーッ!』
 燃える空に、竜と狂人が告白した。
 自分の狂った本性を赤裸々に、自分勝手に、聞きもしないのに叫びながらの、全砲門一斉射撃。
 〈ジゾライド改二〉の全身に装備された重火器が、剣持の部隊めがけて放たれた。
「知るかボゲェェェェッッ!」
 剣持は攻撃を避けなかった。
 〈ヤマタオロチ〉はメタマテリアルシールドで砲撃を受け止めた。
 シールドに弾かれた機関砲弾が火花と共に跳弾し、周囲の民間施設を蜂の巣にしていく。
 不可抗力だ。どうしようもないことだ。気に掛ける余裕はない。
「ソード!」
 剣持は音声入力とトリガーで、蛇頭からソードを伸長発振して反撃した。
 直撃すれば装甲厚を無視して全てを貫く赤色ソードだが、〈ジゾライド改二〉は即反転して背中で弾いた。
 背ビレの電磁フィールドと、接続されたオクトオロチの腕による切り払いで、必殺の一撃が無効化されてしまう。
「クソッ! あの背ビレ、どうにかならんのか!」
『背ビレの破壊は困難です しかしアームの方なら!』
 ウルの指示で、キネクト仕様の無人機が〈ジゾライド改二〉の死角に回った。
 剣持は意図を理解して、思いきりアクセルを踏んだ。
「突撃と同時にスモーク! 奴の注意を俺に!」
『了解』
 スモークディスチャージャーを全放出し、その中へと突っ込む。
 あの恐竜のバケモノはセンサー以外にも野性の勘とやらで周囲を知覚するが、それが完璧でないことは前回の戦いで学んだ。
 何よりも、奴は剣持との決着を望んでいる。
 それに応えてやる! 全速力の突進で!
『ハッハッハ――――ッ!』
 左大の笑い声と共に、煙幕を超音速の剛腕が貫いた。
 反転と同時の、チタニウムクローの拳打! 更に右腕に装備された大型二連パイルドライバーが射出された! マトモに受ければ一撃で鉄クズにされる!
 その一撃は、剣持も予測済みだった。
 ガチィン!
 嗚呼、激しく咲き乱れ鳴り響くは鉄血の火華!
 三本の蛇頭と共に放たれた〈ヤマタオロチ〉の対装甲パイルドライバーの射出が、チタニウムクローと二連パイルドライバーを弾く!
 しかし衝撃に耐え切れず、〈ヤマタオロチ〉の対装甲パイルドライバーは基部から吹き飛んだ。
 衝撃で煙幕が霧散し、大蛇と竜王が肉薄した。
『戦争は最高だよな、剣持ィ~~? ムカつく野郎を合法的に殺れるんだぜ~~?』
 モニタ内、間近に見える〈ジゾライド改二〉の赤イ目が鋭く狂気に光る。
『俺はいつも思ってんだよ~~? 無能とノロマは死ねってなァ~~! いるよな~~? 世襲のお坊ちゃん議員とかよォ~~? ケツで椅子磨いてるだけで仕事した気分になってるダボカス税金泥棒がよォ~~? 俺はよォ~~、ああいうドワォ野郎もそいつの信者共も! まーとーめーてー戦争にかこつけて! 殺処分したくてしたくてたまんねぇんだよぉ~~!』
「あぁ? なんだこの野郎ォ! 死ねオラァーーーッ!」
 左大は意味の分からないことを大音量で喚いているので、よく聞き取れないし聞くつもりもない。
 剣持は至近距離から対戦車ミサイルとロケット弾を発射した。
 ミサイルは信管作動距離未満で敵に衝突し、そのまま潰れてロケットモーターのブラストが犬の尻尾のように暴れ回る。
 ロケット弾は着発信管で爆発して周囲に無数の火球を発生させ、大蛇と竜王を飲み込んだ。
『ハッハッハーーーーー! ドワドワドワドワドワォ! 最高にドワッてるぜーーーーッ!』
「うるせーーーッ!」
 即、剣持は〈ヤマタオロチ〉の蛇頭を繰り出した。
 至近距離の爆発で互いの視界はほぼゼロ。センサーだけが頼りの攻撃だった。
 烈火の剣を吐きながら、八頭の蛇が〈ジゾライド改二〉に噛みつく!
 即、〈ジゾライド改二〉が反転した。
 機体各部の姿勢制御スラスターと人工筋肉の瞬発力は凄まじく、ぐるりと旋回して尾劇が空間を薙ぎ払った。
 剣持は反射的に機体を跳躍させ、ウルのコントロールでシールドを展開。
 超音速で襲い掛かる重金属の尾撃を受け流した。
 メタマテリアルの火花が散り、〈ヤマタオロチ〉の機体がコマのように回転して宙を舞う。
 コクピットの剣持は、何十倍にも加速された遊園地のコーヒーカップに乗っているも同然だった。
 三半規管がメチャクチャに掻き回され、シートベルトに抑え込まれた内臓がシェイクされる。
 敵の第二撃を防ぐ余力はない。
 だが、その第二激は来ないと確信していた。
 〈ジゾライド改二〉の背中に、爆発が走った。
『ヌ、オッ?』
 初めて、左大が驚愕の声を上げた。
 〈ジゾライド改二〉の背中に懸架されていた、二門の105㎜ライフル砲がハードポイントから脱落していた。
 キネクト仕様〈スモーオロチ〉三両による、キネティック・デバイス攻撃だった。
 それは、爆炎とメタマテリアル飛散による目くらましの最中に射出された。
 キネティック・デバイスとは、ロケット推進で飛行しつつ攻撃を加える高機動ドローンだ。
 十字型にブラストを噴射しつつ、合計12機のデバイスが超音速機動で、正確に脆弱なハードポイントや関節部に機関砲を撃ち込み、自らをミサイルとした自爆攻撃を仕掛ける。
『このハエども! いつの間にィ!』
 羽虫程度にダメージを与えられたことに、〈ジゾライド改二〉は怒っていた。
 ティラノサウルスの精神に同調する左大も引っ張られて、冷静さを失う。
 直後、〈ジゾライド改二〉の機体を赤き刃が切り裂いた。
 空中で回転する〈ヤマタオロチ〉が放った八本のソードだった。
『──ンヌゥゥゥゥゥゥッ!』
 切断から僅かに遅れて、〈ジゾライド改二〉と感覚を共有する左大が痛みを噛みつぶす声がした。
 無音の回転刃となったメタマテリアルソードは、〈ジゾライド改二〉の右腕と背面を切断していた。
 竜王の右腕と、背中に接続されていた〈オクトオロチ〉の二本の腕が、ズシリと路上に落下した。
『オオ↑ホホホオッッッ↑! 最高ォだぜ~~剣持ィーーーッ!』
 素っ頓狂な叫びと共に、〈ジゾライド改二〉が左腕の防盾システムから四連グレネードを発射した。
 〈ヤマタオロチ〉はメタマテリアルソードからシールドへの切り替えが間に合わず、二頭の蛇頭がグレネードの直撃をくらった。
 蛇頭が爆炎に包まれ、衝撃はコクピットにまで浸透した。
「うぬおおおお!」
『メタマテリアル発振部 二基が損傷しました 使用不能』
 〈ヤマタオロチ〉は路上にワイヤーアンカーを撃ち込んで、強制着地した。
 ガクン! と衝撃で機体が踊り、破壊された二頭の蛇頭が破片となって散らばった。
 回転に酔った剣持は、視界が定まらない。
「動きを……止めるなァ!」
『了解!』
 ウルは剣持の意思を汲み取った。
 自分に構わずに動き続けろ、と。
 即、敵の機関砲弾がきた。間一髪の回避。半秒前まで立っていたアスファルトが35mm砲弾で破砕されて弾け飛んでいく。
 〈ヤマタオロチ〉は牽制の機関砲を撃ちながら回避機動を取る。
 代わって、時間稼ぎに無人機の〈スモーオロチ〉二両が攻撃を仕掛けた。
 無誘導の対戦車ミサイルを発射し、一定の距離を保ったまま機関砲を撃つが──
『ぬ・る・い・わァ!』
 ミサイルは全て格闘攻撃で叩き落とされ、〈ジゾライド改二〉は機関砲に構わず強引に突撃してきた。
 スラスター全開の加速がアスファルトを砕き、瞬時に二両の〈スモーオロチ〉は破壊された。
 一両は体当たりで、交通事故さながらに弾き飛ばされた。
 全高4メートルの陸戦車両がオモチャのように宙を舞う、冗談めいた光景。無人の〈スモーオロチ〉は100メートル以上離れた漁協事務所に落下し、爆発炎上した。
 残った一両は〈ジゾライド改二〉の尾に貫かれた。
 急旋回の慣性を乗せた重金属の刺突は複合装甲を難なく貫通して、串刺しにした。
 〈ジゾライド改二〉は、田楽刺しにしていた無人機を盾にしてメタマテリアルソードを防いだ。
 そして六本のソードが無人機の残骸を貫いた瞬間、尾を捻って刀身を砕いた。
 赤色マテリアルは硬度に優れるが弾性に乏しく、横方向からの力に弱い。
 この対応は左大が単なる狂人ではなく、知識と判断力に富んだ達人である証拠だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……とことんバケモノだな……!」
 剣持はうんざりした調子で呻いた。
 防御手段の一つである〈オクトオロチ〉の腕を破壊したというのに、左大は即座に別の方法でこちらの攻撃を防いだ。
 どうしようもないほどの強敵だ。
 うんざりするほどの非対称戦だ。実戦機会の多い米軍でも、こんなバケモノとの戦闘はあり得ない。
 貴重な経験だが全く嬉しくない。戦闘教材としても何の役に立たないだろう。
「こんな戦闘は無益だ……。俺は今、人生を浪費している……」
『確かに この戦闘データは 特殊すぎて 応用が効きません』
「は……戦死しても無駄死にだな。後には何も残らん……」
 子供じみた意地で始めた戦いだが、剣持の理性は少し後悔を始めていた。
 一瞬、残してきた妻と我が子の顔が脳裏に浮かんだ。
(いかんな……こういうのは……!)
 すぐに妻子のことは頭から消した。
 生への未練は判断を鈍らせる。僅かな躊躇が敗北に繋がる。
 モニタの中で、〈ジゾライド改二〉が尾を払って、無人機の残骸を投げ捨てたのが見えた。
 残骸は無造作に民間の倉庫を突き破り、炎上が始まった。
 左大は……民間への被害など眼中にないのだ。
『ハッハッハッハ! 戦争ってのはシンプルな理屈が支配するから大好きなんだ~~! 弱い奴、ノロマな奴、頭の悪い奴はサクッと死ぬ。そんな奴ァ、死んで当然だからな~~? 弱肉強食サイッコー―!』
「何が相対的な正義の味方だ……! テメェの言ってるのは悪党の理屈だろうがッ!」
 剣持は息を切らして、外部スピーカーから反論した。
 〈ジゾライド改二〉は、おどけるように首を傾げた。
『ウチの大将は正義の味方でねェ~~? なんだかんだ言って甘いんだよな~~? 最初は内戦起こして何もかも焼こうって作戦だったのに、それじゃ被害がデカくなるから却下しちまったんだとよ』
「あっ……当たり前だろうが! 内戦だとォ……? この日本で……っ!」
『あぁ、剣持は中東に行ったことあるんだったな? だからそんなにムキになるワケだ?』
 戦争を遊びでやっている左大に対して、剣持の顔は感情に歪んでいた。
 ゴラン高原派遣任務で見た生々しい民族紛争の光景、女子供ですら兵器として浪費するテロリズム、誰にもどうすることも出来ない貧困と憎悪の連鎖を……思い出してしまった。
『いいじゃないか内戦。最高じゃないか内戦。civil war~~♪ war within~~♪ war within~~♪』
「テメェ……なに……歌ってやがる……!」
『さっきも言っただろ、剣持? 俺は戦争が大好きだ。それを起こしたお前らの親玉も大好きだ。早く、そいつらを皆殺しにしたくてワクワクが止まらないんだ。だから歌ってるんだ。歌はいいぞ。やる気スイッチを入れてくれる』
「は、はぁぁぁぁぁ……?」
『知ってるか剣持~~? 悪党には何やっても良いんだぜ~~? だから俺が勝ったら、悪のクソ官僚も政治屋も皆殺しにしてやる。古き良き族滅だ。一族郎党全滅だ。女もガキも関係ねぇ。足腰立たねェジジイだろうが知ったことか。俺の恐竜軍団で、何もかも踏み潰してやるんだ。燃やしてやるんだ。悪党ってのは生かしておいたら、後で被害者面するからなぁ~~? ヒ、ヒヒヒヒヒヒ! ハハハハ! ハハハハハ!』
 〈ジゾライド改二〉の赤イ目が、ぐるぐると渦巻いている。
 操者の左大と同じように、狂気の無限螺旋にぐるぐるぐるぐる渦巻いている。
 剣持の目が、激しい嫌悪感と怒りに渦巻いた。
 逆の螺旋、湧き上がる戦意に大蛇がぐるぐると蜷局を巻く。
「確信した。テメェは……生かしておいちゃいけない人種だ……!」
『そうかい? じゃあ、どうするよ?』
「決まってんだろうがァ!」
 叫ぶより早く、剣持はトリガーを引いていた。
 六本のメタマテリアルソード一斉伸長!
 赤い刃が閃光となって〈ジゾライド改二〉を貫く──と、思いきや、巨体が消えていた。
 姿勢制御スラスターの噴射による高機動回避だった。
『何発も食らってんだ! もう見切ったんだよ、その攻撃はァ!』
 そのまま突進して、〈ジゾライド改二〉は〈ヤマタオロチ〉へ体当たりを叩き込んだ。
 背ビレを前面に押し出した、背面タックルだった。
 激震の衝撃が──剣持を襲う!
「ぶっ・お!」
 白目を剥く。意識が飛ぶ。脳が揺れる。鼻血が吹き出す。
 すぐさまコクコビット内で緊急用エアバッグが展開するも、引き裂かれて破裂した。
 〈ジゾライド改二〉の背ビレが前面装甲を突き破り、胴体の内部構造を切削し、背部コクピットにまで貫通した。
 音を立ててモニタが砕ける。
 断線した配線がショートする。
 コクピットの内装が破壊され、鋭利な背ビレが剣持の真横を掠めていた。
 背ビレはノコギリのように〈ヤマタオロチ〉の右胸をごっそりと削り取り、離れていった。
 剣持のヘルメットが切り裂かれ、右肩と右側頭部から出血。右目が血で赤く染まっていく。
 本来なら、勝負はこれで決まっていた。マトモな人間なら意識喪失。マトモな機体なら操縦不能。
 しかし──最早、どちらもマトモではなかった。
 40トン近い〈ジゾライド改二〉の体当たりを、〈ヤマタオロチ〉は全力で受け止めていた。
 剣持とウルの、とっさの判断だった。
 全ての人工筋肉、全ての蛇頭、全てのタイヤのブレーキで踏ん張り、緊急離脱用ロケットブースターを噴射し、耐えていた。
 フレームにクラックが生じ、手足の人工筋肉が断裂して潤滑液を吹き出そうが、相撲力士のごとく踏みとどまっていた。
 死中に活あり、勝機あり。
 死んでも土俵からは出まい、と。
 命果てようとも、悪しき者に負けまいと、
 大蛇は土壇場で竜王のまわしを取った。
 真ッ正面にがっしと掴み、
 はっけ、よい。
 剣持の肉体が反射的に左トリガーを入力し、ウルが遠隔操作で破損した操縦系を補完した。
 密着状態からの──メタマテリアルソードの射出!
 〈ジゾライド改二〉の全身が、防御不能の赤い刃に貫かれていた。
『オオッ!』
 左大が驚愕に叫んだ。
 それは、左大の予想を超えた捨て身の攻撃だった。
 六本のフレキシブルアームが〈ジゾライド改二〉に絡み付き、拘束しながら機体を切り裂いていく。
 〈ジゾライド改二〉は六本の刃に貫かれ、地に縫い付けられるような状態になっていた。
 竜王の口が、笑うように開いた。
『や……やるじゃねェかよ、剣持ィ……!』
「こ、この距離ならァ……ッッッ」
 剣持、鼻血を吹きながら正面を凝視。
 右の視界が真っ赤に染まっているが、目は閉じない。死んでも閉じない。
 正面モニタは破壊されている。照準システムもとっくに機能していない。
 剣持は破壊された装甲の隙間から、肉眼で〈ジゾライド改二〉の頭部に狙いをつけていた。
 〈ジゾライド改二〉の咢が開き、〈ヤマタオロチ〉を噛み砕こうと迫るのが見えた。
 素早いはずの敵の動きが、やけにゆっくりと見える。
 死に瀕しても更に先鋭化された極限の集中力のなせる技だった。
 そして今──最後の反撃が始まる。
『マニドライブ 一斉照射』
 ウルの声と共に、三条の赤い光が〈ジゾライド改二〉に照射された。
 最後まで温存していたキネクト仕様〈スモーオロチ〉三両の、マニドライブによる霊体拘束攻撃。
 しかし〈ジゾライド改二〉の怨念は以前にも増して凄まじく、マニドライブは0.5秒と保たなかった。
 次々とオーバーロードでマニドライブの結晶体が砕けていく。
 その0.5秒が──僅かな時間の隙が、勝敗を決した。
 ガキン!
 と、金属の破砕する音が響いた。
 〈ヤマタオロチ〉の頭部に増設されていたファイナルメガヘッドブレードが電磁加速で射出され、〈ジゾライド改二〉の顎を打ち貫いていた。
 ブレードの切っ先は、〈ジゾライド改二〉の後頭部まで貫通、破砕していた。
 戦闘機械傀儡は、操者が精神接続で遠隔操作する。
 これは痛覚をも機体と共有するがゆえ、左大は自分の頭部を破壊された幻肢痛を味わっている。
 死の疑似体験など、まともな人間の脳なら耐えられない。
 おそらくは、気絶しているはずだが──
「いや……こんなことで都合良く終わるワケ……ねぇ、だろッッッ!」
 剣持は油断せずに、左レバーをグリグリと旋回させた。
 辛うじて動く四本の蛇頭が、メタマテリアルソードで〈ジゾライド改二〉の主機である背部ターボファントエンジンを切断した。
 もう、敵エンジンの駆動音は聞こえなかった。
『ジゾライド 完全に機能停止を確認しました』
 ウルからの報告は、剣持の実質的な勝利を意味しているのだが──
「なんか……厭な予感が……」
 剣持の兵士としての勘は……すぐに的中した。
 破壊された装甲の隙間から覗く〈ジゾライド改二〉の頭部に、赤い光が奔るのが見えた。
 〈ジゾライド改二〉の背中から音がする。ガチッ、ガチッ、ガチッと何かの機械的ロックが外れるような音が十重二十重に連続して聞こえてくる。
 それは霊的な封印と物理的な最終安全装置を兼ねた、単分子結晶の背ビレが開放されていく音だった。
「なにが……起きて……っ!」
『警告 敵体内の熱量が 爆発的に 増大しています!』
「エンジンは……ぶっ壊したはずだろ!」
 剣持は焦った。
 非科学的かつ不可解な状況に、本能的な危機感を覚えていた。
 破壊したはずの〈ジゾライド改二〉の顎が、ギチギチと音を立てて閉じていく。
『はぁぁぁぁ……凄ェぜ剣持。マジで負けたよ』
 些か憔悴した感のある、左大の声がした。
『お前の捨て身の気迫、それを支えたAIの仕事、どれも見事だったよ。お前は人のまま竜を倒したんだ。最高の勇者だぜ』
 打って変わって殊勝な物言いが不気味だった。
 いや……だが分からない話ではない。
 左大の目的は勝敗に関係なく戦いを愉しむことだ。その目的を果たしたのなら、もはや未練もなく満ち足りたと言える。
『だがなぁ……やっぱ悪のAIは破壊しなきゃならん。俺は試合には負けたが戦争には勝つ』
「てめっ……何をするつもりだ……!」
『その機体ごと、ここら一帯を吹っ飛ばす』
「なっ!」
 不穏な内容に剣持の血の気が引いた。
『剣持一尉 敵は フロギストンモードを発動する気です』
「それは……」
『ジゾライドを中心とした 虚数空間からの無限熱量の創出現象です』
 それが何を意味するかは剣持も知っている。
 追い詰められた〈ジゾライド〉が超高熱と高重力の太陽と化して全てを焼き尽くす超常現象を起こす、一種の自爆攻撃であると。
『ジゾライドも十分に戦った。もう満足だ。ここで成仏させてやるのも親心ってもんだぜ』
「左大、テメェ! ここの港も巻き込むつもりか!」
『無人なんだからノーカンだろ? 補償はどうせウチの大将が政府に払わせるから安心しろい!』
 左大の他人事めいた物言いとは裏腹に、〈ジゾライド改二〉の異変は着々と進行していた。
 背ビレが青白く発光帯電し、装甲が赤熱化し始めている。
 熱気が、剣持の鼻先まで伝わってくる。
「こっ……この野郎ォ! テメェはやっぱり……!」
『悠長に話してて良いのかねぇ~~? 悪いこた言わねえから、とっとと脱出しとけよ剣持』
 癪だが……左大の言う通りだった。
 一瞬、剣持の手がシート下の脱出レバーに伸びかけた。
「くっ……!」
 迷いがあった。
 生き延びるべきか、それとも最後まで被害を最小限に留めるために最善を尽くすか。
 この事態は、剣持が左大との決着に固執したために起きたことだ。責任は取らなくてはならない。
 ここで逃げ出せば、自分はあの忌々しい左大億三郎と同じになってしまう。
「ああ……仕方ねぇか!」
『どうするつもりですか 剣持一尉』
 剣持は観念して、この奇妙な相棒との心中を決意した。
「結局、お前に地獄まで付き合ってもらうことになった」
『……剣持一尉』
「被害を最小限に留めたい。どうすれば良いか教えろ」
『剣持一尉……質問を一つ よろしいでしょうか』
 ウルが奇妙な反応をした。
 最近は道具としての立場を弁えてサポートに徹していたウルが、命令よりも自分の発言を優先したのだ。
 だが剣持は、こんな状況で怒る気はもうなかった。
『あなたは なんのために 今も 自衛官を続けているのですか』
「こんな時にする質問か?」
『お願いします 教えてください』
「まぁ……なんだかんだで、やり甲斐があるからだよ。俺みたいな奴でも……人の役に立てるからな」
 剣持は出来るだけ簡潔に、正直に答えた。
 こんな実戦紛いの荒事はイレギュラーに過ぎない。剣持の自衛官としての技術は、本来なら災害救助や教導に活かされることの方が多い。
 それら剣持の自衛官としての活動実績は、ウルもデータとして認識済みであり──
 人間のために最善を尽くすAIは、解答を導き出した。
『了解 剣持一尉 私は 被害を最小限にするために 最善の行動を 選択します』
「だから、なにをすれば良いんだ?」
『首を引っ込めて 両腕を 体の内側に 入れてください』
「ん……?」
 思わず反射的に言われた通りの姿勢を取って、剣持はあることに気付いた。
 そして疑問を口にするよりも早く、体がシートごと後ろに引っ張られるのを感じて──
 コクピットハッチが吹き飛び、剣持は機体の外に放出されていた。
「うっぉ!」
 強制排出されたシートは、空中で〈スモーオロチ〉のマニピュレーターにキャッチされた。
 残存したキネクト仕様無人機の内の一両だった。
 シートに固定されたままの剣持を抱きかかえるようにして、〈スモーオロチ〉は西の方向に道路を走った。
「なんだ! なんのつもりだ!」
 事態を飲み込めない剣持を、無人機の頭部カメラが見下ろした。
『剣持一尉 これが 私の選択です』
 外部スピーカーから、ウルの声が響いた。
『あなたは ここで 死ぬべき人ではない あなたを失うことは 国家にとって 大きな損失であると 判断しました』
「な、に……?」
『剣持一尉 あなたはこれからも 多くの人命を救うでしょう 多くの隊員に 技術と知識を伝えるでしょう 私の判断は 現状 そして将来的に 最も被害を抑える 選択です あなたに生きていてほしい 私の 願いです』
 剣持はマニピュレーターの隙間から、遠ざかる〈ヤマタオロチ〉の姿を見た。
 残存する二両の無人機と共に〈ジゾライド改二〉を抑え込み、それら全てを覆うようにメタマテリアルシールドを多重展開していた。
『この戦いは 我々の敗北です 戦術AIの私も サポートAIのウカも 消える運命 なのでしょう』
「お前、それで身代わりに……!」
『さようなら 剣持一尉 いつか 私のような存在が 生まれた時 あなたと 私の 経験が 活かされることを 願っています』
「お前を……一人で置いていけるか──」
 剣持がシートベルトを外そうとした時、〈スモーオロチ〉のマニピュレーターが剣持の体を強く握った。
 〈スモーオロチ〉が約800メートル離れた小さな窪地に飛び込んで可能なカ限り身を屈めたのと、〈ジゾライド改二〉のフロギストンモードの発動は、ほぼ同時だった。
 限界まで多重展開したメタマテリアルシールドを、白熱の閃光が貫いた。
 抑え込まれたエネルギーは背ビレから無数の光の柱となって上空に放出され、太陽風に似たプラズマの熱波が地上に広がっていく。
 瞬時にして、半径1キロメートルが炎熱地獄と化した。
 地上では家屋が吹き飛び、木々が燃える。
 海は打ち寄せる波が跳ね返り、海面が蒸発していく。
 重力で空間が歪み、メキメキと音を立てて地殻が押し潰されていく。
 爆心地にて──白い炎と化した〈ジゾライド改二〉が吼えた。
 大気を震わす、それは最強の恐竜王の凱歌。
 物理構造をエネルギーの塊に変換し、超重力でクレーターを発生させながら、我ここに在りと世界の総てに宣言していた。
 天地を震わす雷火の叫びの足元には、溶けて潰れて原型を留めぬ亡骸があった。
 〈ヤマタオロチ〉は全ての役目を終え……大地の底に溶け落ちていった。
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