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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと51-決戦編-
しおりを挟む「今さらやけどウチらの服! 雪ン中だとめっちゃ目立つな!」
-雇われJK忍者 アズハ-
ロケット発射場の南10キロメートルには市街地が存在する。
そこから北の小高い山の頂上には、森林公園の展望台があった。
展望台からは市街地だけでなく、ロケット発射場まで広大な平野部を見下ろせる。
つまり、戦況の確認には最適の場所なのだ。
未舗装の道路は冬季の観光には不向きだが、明らかに観光目的ではない車両が停まっていた。
電子戦システムを搭載したトラックと、96式装輪装甲車。どちらも陸自の車両だが、冬季迷彩の施されていない本州の部隊のものだ。
そして車両に隣接する形で、指揮所のテントが組まれている。
指揮所の中では、数名の自衛隊員オペレーターがパソコンから指揮管制を行っていた。
いた──というのは、過去形で構わない。
「北西部から進行していた部隊からのレスポンスがありません」
「北部湿原地帯の部隊からもレスポンスなし。広域ジャミングで詳細は不明です」
「緑海岸に揚陸した増援部隊、信号途絶。全滅と判定」
オペレーター達の報告は、淡々としていた。
彼らは訓練と聞かされて連れてこられたのだから、当然ではある。
先行配備された歩兵ドロイドの大量投入による、敵拠点の制圧作戦を想定した訓練──という設定だ。
敵戦力の詳細を伝えていないのも、そういう訓練だからと教えている。
「あの……これ、全滅ですよね? 我々の戦力……」
オペレーターの一人が、困惑気味に振り返った。
彼らの後には、一応の総指揮官が座っていた。
暗澹たる表情を両手で覆い隠して、無言で嘆く男──菰池志郎が座っていた。
「~~~……ッッッ」
「あの、菰池さん?」
「通信ゾンデからの……観測情報は……」
顔を覆う手の隙間から、菰池が声を搾り出した。
オペレーターは訝しんだ。
ただの訓練に、どうしてここまで必死になるのかと。
「通信中継用に打ち上げたゾンデからもレスポンスがありません。敵のジャミングだと思われます」
「我々のドロイド部隊は100機以上いたはずだろ……」
「状況から判断すれば全滅判定です。菰池さん、今回は指揮系統が混乱して内閣総理大臣が直接指揮を執るという想定での訓練ですよね? あたなはその代理なわけですから、戦闘終了の判断をして頂かないと」
かなり無理のある設定でゴリ押ししたせいか、流石にオペレーターの表情には不信感が表れていた。
そもそも、自衛官でもない素人の役人に命令されるなど論外である。
この厄介な素人のお客さんの相手から、早く解放されたくてたまらない。それがオペレーター達の総意だった。
「まだ……デルタムーバー部隊がいるだろう」
菰池は諦めが悪いようだ。
オペレーターは露骨に難色を示した。
「あのですね、菰池さん。敵戦力は不明で、しかも友軍のデルタムーバー部隊の内訳もハッキリしない。何もかも秘密。それで漠然とした攻撃目標を攻めろ? これはどんな訓練なんですかね。しかも味方のデルタムーバ―は表示上は急に海上から飛び出して浜辺に着地した。メチャクチャですよ。デルタムーバーはアニメのロボットじゃないんです。空なんて飛べないんです」
「今回は飛べるようにしたんだよ……!」
「あのですね、テーブルトークRPGじゃないんですから。私たちはあなたの遊びに付き合うのが仕事ではないので」
遊び──その一言が、菰池の疲弊した神経を逆なでした。
「遊びでやってるワケないだろッッッッ!」
菰池は思わず叫んでしまった。
これが70余年に渡る国家事業の存亡と、自分の進退をかけた一大決戦であるなど、オペレーター達は露ほども知らない。
訓練ではなく実戦であり、100体を超えるドロイド部隊が、総額にして100億円以上のユニットコストが10分未満で失われたなど、口が裂けても言えはしない。
オペレーター達の視線が、一斉に菰池に集中した。
困惑、不信、侮り、苛立ち……様々な負の感情が無言で圧し掛かってくるのを菰池は感じた。
「うぶっ……」
焼ける内蔵から胃液が昇ってくる。
菰池は口を抑えて、指揮所の出入口に向かった。
「私は……少し休むから……戦況の監視を続けろ……」
背中越しにオペレーター達に命じた。
彼らがどんな顔をしているか、確認する勇気はなかった。
テントを出ると、冷たい空気が服の隙間から入り込んできた。
冷え切った背筋が更に凍えて鳥肌が立った。
「まさか骸滅羅までやられたんじゃないだろうな……いやいや人間に壊せる代物じゃ……そもそも、あいつら本当に人間なのか……?」
ぶつぶつと呟きながら、菰池は現実から逃避を始めた。
「くそ……くそ……戦闘能力異常特化のバケモノどもめ……っ」
そして菰池は、無人の96式装輪装甲車によじ昇って、上部ハッチから中に入った。
要するに、閉じこもったのだ。
菰池が96式装輪装甲車の中に引き籠るのを、アズハと燐はやや離れた木陰から確認した。
「なにしとんねん、あのオッサン……?」
「う~~ん、これはアレだね? 仕事で失敗した新入社員がトイレに籠城しちゃう的な?」
燐の的確な解説に、アズハはうげぇと舌を出した。
「先生に怒られた小学生やないか……」
「心が打たれ弱いのか、もしくは限界を超えちゃった──みたいな~?」
燐は楽しげに笑いをこぼした。
人の精神が破壊されて、人生が破滅する様を想像するのがそんなにも楽しいのだろうか。
アズハの知る碓氷燐は確かに品性下劣だったが、ここまで性格が悪かったろうか……?
まるで人の変わったような相棒に、アズハは違和感を覚えた。
「なあ燐……お前、キャラ変わっとらんか?」
「それはきっと、あーしが恋してるからだよ~?」
燐はまた、見覚えのない反応をした。
我が身を抱いて、くねくねと体を捻って──何かに気付いて動きを止めた。
「改めて見るとさ、あーしらの格好って凄い目立ってない?」
燐もアズハも、いつも通りの防刃防弾仕様の制服姿だ。
どこから見ても女子高生である。
街中なら女子高生の格好と身分は誰にも怪しまれない、忍者としては最適の姿だが──
流石に雪の積もる北海道の山中では違和感があり過ぎる。
「逆効果だよね~、これ?」
「しゃーないやろ。他に防御装備ないんやから……」
「ま、バレてないのはあーしの術のおかげかな?」
燐は人差し指を立てて、虚空をかき混ぜるように回してみせた。
「穏行に認識操作の幻術を混ぜてるからね~? よほど精神力の強い人間でもないと見破れないよ」
「また意味わからんことを……」
「だ・か・ら、恋する乙女のパワーなの♪ ヒヒヒヒ……」
不気味に笑う燐を、アズハは訝しんだ。
ここ最近、違和感がある。
いつからだろうか? やけに曖昧なのにも違和感がある。
アズハの知る限り、碓氷燐は忍者としては後方支援向きだった。
はっきり言って、体力も技もアズハには遠く及ばない。
だというのに、今朝の敵斥候ドロイドの駆逐はアズハと同じかそれ以上にキレのある動きをしていた。
穏行の術にしても、ここまで敵に感知されずに接近できるのは異常といえる。
少し離れた場所には、数体の〈アルティ〉が歩哨に立っている。そのセンサーに関知されず、こうして会話も出来ている。
(なんやろな……疑問を口にしようとしたら、喉に引っかかるような……)
言おうとすると妙な気後れが生じて、自発的に言葉を引っ込めてしまう。
そんな……得体の知れない、違和感がある。
「そ・れ・じゃ……あのオッサン、始末しちゃおっかぁ?」
燐が、笑いを含みながら物騒なことを口にした。
「ちょ、待て! 南郷さんに殺しはダメ言われたやろ!」
「あっれ? それキャラ違くない? 彼、そんな甘い人じゃないんだけどぉ……」
「はあ? お前、なに言うとんねん……?」
「あぁ~……もしかして、今カノの影響とか? うっわ、妬ける~。病むわー……」
燐がぶつぶつと訳の分からないことを言っている。
いよいよアズハの違和感が頂点に達した時、小さなサーボモーターの駆動音が聞こえた。
カメラのレンズを絞るような音だった。
『魔力異常 探知』
歩哨の〈アルティ〉の合成音声が、四方から近づいてくる。
「なっ……バレてもうたやんけ……!」
「あらら、私としたことが……揺らいじゃった♪」
燐の口調と声色が、あからさまに別人のものになった。
「ン……お前、その口調──」
アズハが遂に明確な指摘をしようとした瞬間、視界が赤い光に染まった。
全ての魔性を払う、〈アルティ〉のマニドライブ照射だった。
展開していた幻術が剥ぎ取られ、燐とアズハは林の中へと跳んだ。
マニドライブは、人間に対しては殺傷効果はない。
アズハは無傷で木の枝に飛び乗ったが──
「おい、燐! お前……なんやねん、それ!」
「な、なにってぇ……? いちちちち……」
薄笑いを浮かべる燐の全身からは、得体の知れない紫の煙が立ち昇っていた。
「ハハッ! もしかしてぇ~~……私の中身もバレちゃったぁ?」
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