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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと50-決戦編-
しおりを挟む雪原に現れた、未登録機動兵器──〈骸滅羅〉。
その外観は、歪だった。
胴体部はスタンディングモードの〈20式支援戦闘装輪車〉だが、頭部には小型レールガンの砲塔が乗せられ、下半身は蜘蛛のような八本脚の多脚ユニットに換装され、両腕には結晶状の用途不明デバイスが接続されていた。
装甲には、ところどころ血管状の隆起が見られる。
更に、背中から長大な二本のケーブルが後方に伸びている。
そのケーブルは、二体の〈アルティ〉に繋がっていた。
園衛は、サーモバリック弾で生じた小さなクレーターに屈みながら〈骸滅羅〉を視認距離に捉えた。
「この気配……禍津神のコピーか」
この目に見えぬ邪気は、紛れもなく10年前に討滅した最大と敵と同じ。
園衛の目に殺気が篭った。
「人に御し切れぬバケモノと知りながら、国民の税金であんなものを作る……ますます許し難い」
アレの開発を進めた責任者への制裁を強く決意した。
亀のごとく緩慢な動きの〈骸滅羅〉は、園衛から100メートル以内に入った。
砲塔の駆動音を察知して園衛がクレーターを飛び出したのと、レールガンの弾体が土砂を貫通したのは、ほぼ同時だった。
「雷応牙っ!」
やや後方の狛犬型支援空繰〈雷応牙〉へと叫んだ。
以心伝心。
それだけで〈雷応牙〉は主の意図を汲みとり、電撃を〈骸滅羅〉へと照射した。
閃光に僅かに遅れて雷鳴が轟き、稲妻が〈骸滅羅〉の前方で四散した。
〈骸滅羅〉の両腕の結晶体が、赤い光の結界を展開しているのが見えた。
「マニドライブという奴か。アレで魔力を分解する……と」
園衛は横方向に駆けながら、敵を冷静に分析していた。
マニドライブの結界は、あらゆる超常現象を消滅させるのだという。
〈骸滅羅〉のレールガン砲塔は園衛を追わず、〈雷応牙〉へと反撃。
投射された極超音速の低質量弾体は〈雷応牙〉が展開済だった電磁シールドに弾かれて、赤い火花となって消滅した。
(攻撃を受けると反撃する。私を追うのを中断する……)
見たところ、〈骸滅羅〉の武装はレールガンのみだ。
小型とはいえ、試作段階のレールガンの筐体は重く、更に稼働用大容量コンデンサがそれに拍車をかける。
砲塔の回頭速度、本体の動きの鈍さから見て、ペイロードを超過していると考えて良いだろう。
加えて、あのレールガンはその高初速が災いし、弾体が飛翔中にプラズマ化して威力を失う。装甲目標への有効射程はせいぜい200メートルといったところか。
「綾鞍馬! 攻撃と同時に上昇!」
続いて、園衛は上空の〈綾鞍馬〉に指令を出した。
〈綾鞍馬〉は両翼のロケット弾ポッドの全装弾数38発を斉射後に、脚部マニューバスラスターで急上昇をかけた。
〈骸滅羅〉は関知したロケット弾へとレールガンを連射して迎撃したが、20発で連射が止まった。
迎撃し切れなかった残りの18発のロケット弾は〈骸滅羅〉の周囲で炸裂し、大量の火球となって爆ぜた。
「直撃……ではないな」
走りながら、園衛は爆炎の火中に目を凝らした。
赤い炎の中に、翡翠色の破片が見える。
〈骸滅羅〉は、メタマテリアルシールドを展開してロケット弾を防御していた。
メタマテリアルの電磁反応は電子機器と相性が悪い。
〈骸滅羅〉のレールガンは園衛を見失って、10秒ほど無意味に旋回していた。
(魔力攻撃には結界、物理攻撃にはシールド。一見、鉄壁の防御のようだが索敵に穴が生じる。つまり、アレは即席の欠陥機……)
園衛は、二度の攻撃で〈骸滅羅〉の素性と欠陥を見抜いた。
いかに園衛が技量と経験に優れているとはいえ、力押しで勝てるほど実戦は容易くない。
敵を知り、それに応じた戦術を用意した上で、実力で押し込む。
〈骸滅羅〉のセンサーが復調すると、園衛の方向に転回して、ゆっくりと歩行を始めた。
「フン、ロケットではなく私を追ってくるか」
園衛は敵の浅はかさを笑った。
「攻撃を受ければ反撃はする……が、基本的に私以外は眼中にないのだな」
あの大袈裟な機体を用意した某は戦略上の最優先攻撃目標として、園衛を狙っているのだ。
瀬織の読みの通り、園衛は確実に囮として機能している。
あの防御力を活かして戦線を強引に突っ切り、レールガンの射程内にロケットを捉えれば戦術的勝利を得ることは難しくなかろう。
だというのに、敵の無能な指揮官、あるいは戦争素人の誰かさんは、目先に下げられたあからさまな餌のジャイアントキルに、政治的な逆転勝利のチャンスに飛びついた。
「二兎を追う者は一兎も得ず。尤も、貴様らが追っているのは兎ではなく虎だがな?」
園衛は湿地帯から海岸へ向かった。
それに従い、〈骸滅羅〉は愚直に園衛の追跡を始めた。
広域ジャミングで無線制御ができない以上、事前に仕込まれた単純なコマンドで動いているのだろう。
「雷応牙、綾鞍馬! 私の武器を回収しておけ!」
二体の空繰に命令して、園衛は東へ走った。
海岸線までは約1キロメートル。大した距離ではない。
既に〈骸滅羅〉を大きく引き離し、レールガンの射程外にいる。
敵の駆動音で自分を追ってくるのを確認しながら、園衛は暫く走った。
走って、走って、幅20メートルの小川を飛び越え──
荒涼たる冬の海岸に到達した。
「ふぅぅぅぅ……」
一呼吸ついて、息を整える。
白い吐息の向こうに、ゆっくりと接近する〈骸滅羅〉のシルエットが見えた。
位置的に、園衛を射程内に捉えるには小川を踏破しなければならない。
あの単純な行動パターンには迂回するという選択肢もない。愚直に、まっすぐに、最短ルートを直進してくる。
「お手軽に結果を求めると、どんな結末が待っているか……教えてやろう」
園衛は──敵との間境を測る。
前方には小川、背後には白波押し寄せる浜。退路など元より頭にない。
〈骸滅羅〉が小川に入った所を狙う。
「結界陣を敷けッ!」
園衛が天に向かって叫んだ。
それに応じて、武器の回収を終えた〈綾鞍馬〉が、上空から小川に五本の刀剣を投下した。
それなりの質量を持った刀剣は、底の浅い川底に突き刺さった。
続いて、〈雷応牙〉が小川を飛び越えると同時に三本の刀剣を投下。
それらもまた、同様に川底に突き刺さった。
園衛は、三連撃の陣形を取る。
前衛として、〈雷応牙〉を配置。これが一撃目。
空に旋回する〈綾鞍馬〉が二撃目。
最後に控える園衛自身が、三撃目。
この連撃で敵の防御を剥ぎ取り、必殺とする。
改めて──園衛は〈骸滅羅〉に目を凝らした。
うっすらと、後方に随伴する二体の〈アルティ〉が見える。ケーブルで有線操作していると思しき機体だ。
(定石なら、操っている後の人形共を破壊すれば済むが……そんな単純な話ではあるまい)
なにか、とても厭な予感がする。
人に制御できない禍津神を曲がりなりにも縛っている糸を切れば、それこそ取り返しのつかない事態が起こる予感があった。
「ならば……諸共に消滅させる」
園衛は抹消の決意を以て、刀を肩に担いだ。
達人相手の剣戟ならば殺意を露わにするのも、大きな予備動作を見せるのも禁物であるが──此度の相手は意思なき機械人形ゆえ、遠慮はいらない。
ノロノロとした動きの〈骸滅羅〉が、200メートル先でレールガンの発射体制に入った。
「雷応牙、シールド展開!」
園衛の指示で、〈雷応牙〉がタテガミ状のフィールドジェネレーターから電磁シールドを発振した。
シールドは不可視だが、プラズマ化したレールガンの弾体衝突に伴って放電の火花を上げた。
〈骸滅羅〉はシールドを貫通するために、射撃を継続しつつ更に距離を詰めてくる。
レールガンの連射は20発が限界。それを撃ち切らせる。
〈骸滅羅〉の発射したレールガンは……現在5発。
「一斉射撃!」
再度の指示で、〈雷応牙〉の五式大目牙巨砲と〈綾鞍馬〉のリボルバー式グレネードランチャーが放たれた。
低初速の火砲は、レールガンにとっては容易い迎撃対象だ。瞬く間に撃ち落とされ、空中に八つの火球が爆ぜた。
レールガンの連射限界まで、あと7発。
園衛は刀―を肩に担いだまま動かない。
気を練り、機を待つ。
〈綾鞍馬〉が空のロケット弾ポッドを投下し、それを2発のレールガンが撃墜。
五式大目牙巨砲の最後の残弾2発が発射され、それもまた撃墜された。
〈骸滅羅〉が小川に入ったと同時に発射されたレールガンを受けて、〈雷応牙〉の電磁シールドがショートした。
既に距離40メートル。
レールガンの弾帯は実体を保ったまま、電磁シールドを破壊できる有効射程内だった。
もはや、生きるか死ぬか、殺るか殺られるかの土壇場のデッドライン。
濁った小川は、三途の川。
生と死の境目に入った〈骸滅羅〉へと、園衛はカッッと目を見開いた。
「い・ま・だァァァァァァッッ!」
黄金の目が輝き、練りに練った気力が解放された。
園衛が天空に跳ぶと同時に、〈雷応牙〉が電撃を放射した。
〈骸滅羅〉は魔力を霧散させるマニドライブを展開したが──電撃は小川の水面にぶつかり、一面に放電した。
その電力を、川底に刺さった八本の刀剣が吸収。
〈骸滅羅〉を中心に、八角形の結界陣が形成された。
「討魔方術! 八紘陣!」
園衛の気合と念を受けて、魔を滅する結界が発生した。
八紘陣──それは数多ある方術の中で、最も攻撃的な結界術である。
八方向から同時かつ多重に押し寄せる結界場の波で10メートル級の大型妖魔を拘束し、そのまま押し潰すことも可能な術だ。
その強力極まる力場は、〈骸滅羅〉の両腕のマニドライブと拮抗し……遂にはオーバーロードを起こして相殺、破壊に至った。
マニドライブを形成していた結晶体が砕け散る!
対魔力防御を喪失したとはいえ、〈骸滅羅〉のレールガンは健在である。
即座に仰角を直上の園衛に向けた。
「綾鞍馬ァ!」
園衛の叫びに応じて、〈綾鞍馬〉がスラスター全開で急降下。
三式破星種子島の連射を〈骸滅羅〉に浴びせ、更に錫杖で近接攻撃を加えた。
既にレールガン発射体制に入っていた〈骸滅羅〉は、迎撃ではなく防御を選んだ。
メタマテリアルシールドが展開され、射撃と打撃の全てを弾く。
その──弾け飛んだメタマテリアルの電磁反応が、レールガンの照準に狂いを生じさせた。
発射された二発の弾体は、園衛の脇を通り過ぎ、大気を引き裂いて生じた真空が頬を掠めるに留まった。
これにて──レールガン、連射不能。
「討魔刀法! 流・星ィッッ!」
園衛は、肩に担いだ刀を振り下ろした。
練りに練った闘気を乗せた、蒼き剣閃が無数の流星となって地に降り注ぐ。
それは、エネルギー弾の爆撃だった。
殺傷範囲半径100メートル。全ての物体、霊体を消し飛ばす超常の剣技であった。
蒼き怒涛が、防御を剥ぎ取られた〈骸滅羅〉の装甲を削り、小川を蒸発させ、大地を抉り、後方で優先制御していた二体の〈アルティ〉をも飲み込んでいった。
流星雨の降り注いだ跡──剥き出しの川底に立っていたのは、無惨な蜂の巣と化した〈骸滅羅〉だった。
原型は、ほぼない。
八本の足は折れ、腕部だった人工筋肉が千切れ、チタン製の骨格は断裂し、レールガン砲塔は完全に消失していた。
頭部だった部分に撃ち込まれたマ号ゼノリスの金属板が露出し、どこか苦しげに赤く点滅している。
その──最も強固であるマ号ゼノリスへと、強烈な一撃が打ち込まれた。
ガチンッッッッ!
と、分厚い金属が破断する音が響いた。
上空から降りたった、園衛による一刀重力稲妻落とし。
振り下ろされた退魔刀は強度に勝るマ号ゼノリスを真っ二つに切り裂き、折れ飛んだ。
「これが──短絡的な貴様らの結末だ」
園衛は、日本のどこかにいる愚か者たちに向けて、吐き捨てるように言った。
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