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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと48-決戦編-
しおりを挟む-それは、矛を砕く盾。歩き回る二重矛盾。
〈R.N.A.ヘビーアーマー〉-
その白い装甲の戦闘サイボーグは今、世界を俯瞰できる位置にいた。
上空500メートルに滞空するコキュートスの視覚野が外部装甲の光学カメラとリンクして、眼下の地上を脳内に映し出す。
あらゆる束縛、重力からも解き放たれた、そのサイボーグは──神話を目の当たりにしていた。
『ミッスラァ……! 素晴らしイィィィ……!』
遠き故国の言葉で、雪上の神話を称える。
雪で覆われた真っ白な大地を戦場では、黒い竜人が機械の天使たちを蹂躙していた。
長大な尾を生やした装甲の竜人は、背中の火砲で天使たちを薙ぎ払い、剛腕の一振りで殴殺する。
正しく、これは神話の再現だ。
『終末、アポカリュプシスの……絵画のようダァァァァ……!』
歓喜と快楽に人工声帯が震えた。
天使──というのは比喩ではない。
彼ら〈アルティ〉は、この国を導く新たな人造神の御使いなのだから。
ならば、それらを屠る竜人は悪魔なのだろうか。
確かに、見た目は悪魔めいている。
しかし──
『善悪なド……勝者が決めるもの、ダ。そして我々は善悪を超越した人間兵器。ソウだろウ、サザンクロス!』
プラズマスラスターの偏向を変えて、コキュートスは眼下にダイブした。
背中と両足には、増加装備であるプラズマブースターが接続されていた。
右腕には同じく新装備のプラズマランチャーを保持。
これらは故国の研究施設で開発中だったデータをウカがハッキングで奪取し、日本で実物を組み上げた。
全てはウカがコキュートスの願いを叶えるために用意してくれた。
この最終決戦用のフル装備にて、コキュートスは神話の戦場に飛び込んだ。
『ワタシ、ハ! 傍観者デハない! さァ、共に踊りはてヨウ、サザンクロス! 神話の、中、デ! ソウ! キタンダ!我々ノ! 最後ノ! 時、ガ!』
火器管制システムと同期した五感が、眼下の竜人を──ヘビーアーマーをまとった南郷十字をロックオンした。
天上から放たれる、三条の蒼炎。
プラズマランチャーは、プラズマをまとった誘導弾体を投射する小型レールガンだ。
相手が回避行動を取ろうが追尾し、確実に直撃を与える。
望遠映像の中で、プラズマ弾は全弾直撃。
巨大なヘビーアーマーは蒼い爆炎に包まれた。
そして──再び無傷で姿を現した。
背中のフレキシブルアームが自在に動かす、翡翠色の分厚いメタマテリアルシールドがプラズマを完全に遮断していた。
『フハッ! 機動性を捨てテ、防御と火力に傾けた装備、カ! シィホォウツ!』
コキュートスは歓喜した。
南郷の装備は、こちらに負けず劣らず酔狂でイカレていると。
頭の中に、痺れるようなレーダー警告音がガンガンと鳴り響く。
(Warning, warning, Radar irradiation!)
『フッ、ヒッ、ヒッ!』
コキュートスの装甲の奥の目が、白く光って狂気に見開く。
南郷のヘビーアーマーの背部ウェポンラックから自分に向かって、合計二十発の対空ミサイルが斉射されたのが、光学、赤外線、パッシブセンサーの全てで確認できた。
南郷が上空のコキュートスに向かって、対空ミサイルの一斉射撃を行った。
ヘビーアーマーは、〈タケハヤ〉に遠隔火器管制を依存している。
ロックオン対象は人間サイズの飛行サイボーグだ。前回同様にレーダー照射も追尾もほとんどアテにならない。画像認識と測距で時限信管で炸裂させる。
二十発のミサイルが怒涛のように天を遡っていく。白い噴煙の航跡が糸を引き、蒼穹に白線を縦横無尽に描く。
広範囲にバラ撒かれたミサイルは、コキュートスの飛行軌道上で次々と炸裂した。
爆風とミサイル片の効果範囲を、敵の進行方向上に“置く”ような形だ。
『ハハハ! スサマジイ、ナ! ははははははははは!』
コキュートスの狂笑が、地面から聞こえた。
さきほど破壊した〈アルティ〉の残骸のマイクから、音声通信が垂れ流しになっている。
上空のコキュートスが、スラスターのベクトルを操作して意図的にキリモミ状態に移行した。回転軌道で爆圧の衝撃波を受け流し、飛行軌道が猛烈な速度で蛇行している。
生理的に強化され、また航空機に比べて遥かに小型軽量なサイボーグの体だからこそ出来る芸当だ。
コキュートスのプラズマブースターから吐き出される蒼炎の航跡が、異様な螺旋軌道を蒼穹に描いていた。
『はははははは! ワタシにとっては、あのロケットなどDoooo! D・e・m・o!いいノダ、ヨ! サザンクロスゥ! ワガ女神トハ、そういう契約、ダ! ははは、はははははははははは!』
螺旋軌道のコキュートスから、大量のプラズマ弾とコールドニードルが放射された。
プラズマブースターに備わったプラズマカノンと、プラズマランチャーにアドオンされたニードルガンからの一斉射撃だった。
氷炎の雨がヘビーアーマーに降り注ぎ、蒼き火柱と水蒸気が雪上に立ち上った。
全てはメタマテリアルシールドで完全に防御されていた。
コールドニードルの凍結攻撃もシールド表面を凍らせただけで、ぶ厚いマテリアル層を無効化させるには遠く至らない。
「本当にウンザリなんだよ……バケモノどもが……どこまでも俺の人生につきまといやがって……!」
重装甲の中で、南郷は奥歯を噛んだ。
コキュートスにとっては、南郷との戦いと決着が人生の最終目標かつ最優先事項であり、戦術的敗北も勝利も眼中にない。
この飛行タイプサイボーグの機動性ならロケット発射場までジャミングも防空網も無視して突っ切ることも不可能ではなかろうに、敢えてそれをやろうとしない。
南郷をこの防衛ライン上に釘づけにして、互いのどちらかが燃え尽きるまで戦うのが、あの狂ったサイボーグの目的なのだから。
これはもはや、最悪のストーカーといえる。
思い返せば──もう10年も人外のバケモノと殺したり殺されたりの生活をしている。
青春を破壊され、家族も友人も幼馴染も奪われ、人間としてのマトモな人生を棒にふって、いつもいつも、どこからから湧き出てくるワケの分からない改造人間だの妖怪だの神だのサイボーグだのを殺す羽目になっている。
俺の人生を返せ、なんて誰かにボヤくつもりはない。
殺す対象のバケモノどもに八つ当たりする気もない。
ただ、ただ、ウンザリするのだ。
じっとりと泥のようにへバリつく辟易と苛立ち。
反応速度を向上させる投薬のせいなのか、胸あたりが妙にムカつく。質の悪い油物を食わされた時の不快感を何倍にもしたような……!
ここを切り抜けたからといって、都合良く明るい人生が開けるわけでもない。
過去への後悔はあっても、現在への未練も未来への希望もない。
戦斗とは、一瞬の生と死の狭間。
この一瞬には愛も憎しみも優しさも後悔も未練も絶望も希望も、一切合切は無用にして不要。
そんなことをグダグダこぢゃごちゃと考えている奴の動きは鈍い。ノロマだ。愚図だ。自殺志願者も同然だ。
トリガーをひく時は、無だ。
10年前から、南郷十字はずっと変わらない。
戦闘時はただ無念無心に、どうやって頭上のバケモノを叩き落とすか。それだけを筋肉に伝達するだけの戦闘機械と化す。
「グレネード、対空攻撃! ファイヤ!」
HUDの対空レティクル内で戦闘機動を行うコキュートスに向けて、音声入力とトリガーでグレネードを発射した。
ヘビーアーマーの長大な竜尾が展開し、内蔵されていた数十発のグレネードが上空へと一斉射される・
対人榴弾が上空100メートルの高度で炸裂し、一発につき半径15メートルの爆風と紙片を撒き散らす。
多連装の花火のごとくポンポンポン! 白く炸裂するグレネードは存外に地味で、コキュートスを追い払う程度の効果しかなかった。
だが、無誘導の対空兵器などこんなものだ。
広大な空で自由に三次元機動を行う高速の物体に対しては、散弾だろうが榴弾だろうが気休めにしかならない。元から当たるわけがないのだ。
この多連装グレネードも、コキュートスを攻撃ポジジョンから遠ざけるために撃ったに過ぎない。
『いいカオスだァ……戦場トハァ……カオスでなくては、ナ!』
コキュートスの声が遠ざかっていく。
蒼いプラズマの航跡が上昇をかけ、大きく旋回するのが見えた。
ヘビーアーマー内の南郷の耳元で、警告音が鳴った。
「敵増援……!」
500メートル先の県道に敵先頭集団を確認した。
ようやく敵の第一陣を全滅させたというのに息吐く暇もない。
望遠映像で敵が対戦車ミサイルの発射体制に入ったのに気付いて、南郷は足に力を入れてアーマーを方向転換。
大量の人工筋肉が滑らかに巨体を駆動させ、更にメタマテリアルスラスターの噴射で1トンを超える機体が、ふわりと俄かに浮きあがった。
「タケハヤ、そっちの始末はまだか!」
塹壕の外で、サポートロボットの〈タケハヤ〉は戦闘中だった。
『敵機識別 自律機動兵器 20式支援戦闘装輪車 脅威判定B+』
10年前の試作機である〈タケハヤ〉に対峙するは、数年前に配備されたばかりの陸自の正式採用型〈20式支援戦闘装輪車〉。
両者は脚部に車輪のついた半人型ロボットであることは共通しているが、オートバイに偽装変型する〈タケハヤ〉が流線型のデザインなのに対し、当初から軍用バギーに可変する〈20式支援戦闘装輪車〉は武骨な意匠となっている。
ハード面でのカタログスペック──人工筋肉のパワー、ペイロード、航続距離、稼働時間、跳躍力、走破性、処理能力、センサー性能等は、ほとんどの面で〈20式支援戦闘装輪車〉の方が上だ。
真正面からぶつかれば、〈タケハヤ〉に勝機はない。
その二体が、雪と泥を撒きながら近接格闘戦に突入した。
互いのAIは射撃戦では決め手に欠け、格闘戦での決着がベターと判断したのだ。
二体のロボットが拳を振りかぶり、超音速の正拳を繰り出す。
『インパクト』
『Impact』
生も死もない無感情な合成音声が響き──
タングステン製の打突衝角同士が数十トンの衝撃でぶつかり合い、火花散る。
鈍い金属音と震動がジン……ッッッと世界を揺らした。
単純なパワーなら〈20式支援戦闘装輪車〉に僅かに分がある。
互いに格闘戦では人間の数十倍の筋力を、発勁の応用で更に強化している。
見えない衝撃は、パワーで劣る〈タケハヤ〉の内部構造に浸透し──もう片方の腕から、カウンターとなって放たれた。
〈タケハヤ〉は右腕で受けた発勁の浸透衝撃を金属装甲を利用して左腕に伝達し、それに人工筋肉のパワーを付加して敵に跳ね返すカウンターブローによって、〈20式支援戦闘装輪車〉を打ち砕いた。
〈20式支援戦闘装輪車〉はカウンターを打ち込まれた胸部前面装甲を中心に、バラバラに砕け散った。
〈タケハヤ〉は10年に渡って、南郷と共に多種多様な人外の敵と戦い続けてきた。
蓄積された戦闘経験と、その応用においては正式採用型を遥かに上回っている。
すなわち、技量。
そのロボットらしからぬ概念により、性能で劣る〈タケハヤ〉は上位機種へのアドバンテージを有しているのだった。
地表に転がる〈20式支援戦闘装輪車〉の残骸は三両分。
残る一両は不利を悟って後退を始めたが、そこに〈タケハヤ〉のワイヤーアンカーが打ち込まれた。
逃走を阻み、強引に格闘戦に持ち込む〈タケハヤ〉。
対する〈20式支援戦闘装輪車〉は、武装コンテナからグレネードランチャーを取り出した。
『Armed change』
一直線に向かってくる〈タケハヤ〉に直撃させることは容易い──はずだった。
その、武器を持ち代える一瞬に勝負がついた。
ザシュッ……と鋭い金属切削音がした。
『敵機動兵器 撃破 完了』
〈タケハヤ〉の手首から伸びた赤色メタマテリアルの刃が、〈20式支援戦闘装輪車〉のAIユニットが搭載された頭部を貫いていた。
〈タケハヤ〉は、南郷のウェポンキャリアーも兼ねている。
彼の使う斬撃武器MMEを輸送する傍ら、バッテリーケーブルを接続して使用可能にしていた。
敵機を始末した〈タケハヤ〉は、南郷のヘビーアーマーの半径100メートル以内に移動した。
〈タケハヤ〉は動きの鈍いヘビーアーマーの近接支援と共に、遠隔操作での火器管制を行う。
火器管制はジャミング下では100メートルが限界通信範囲となる。
この人機一体の力技により、現行技術では成立しない矛盾の塊のような異形の重武装、重装甲、重筋力の巨人の辻褄を合わせていた。
「タケハヤ、新手は何機きた!」
『歩兵タイプ 30 支援装輪車 10』
「数を減らす! 弾薬の出し惜しみはするな!」
『イエッサー HE(榴弾) ADM(フレシェット弾) セット』
塹壕内にハルダウンしたヘビーアーマーのウェポンバインダーから、カールグスタフ二十発が展開。
ドットサイトに連動した〈タケハヤ〉のセンサーが敵集団をロックし、射撃準備が完了した。
「ファイヤ!」
『ファイヤ』
二十発分のバックファイヤが後方の泥を吹き飛ばし、多連装ロケットの嵐が敵集団に降り注いだ。
先刻と同じ榴弾とフレシェット弾の時間差射撃だったが、敵の数は多い。
撃破された先頭集団を盾にして、敵部隊は散開して突撃してきた。
死を恐れない機兵たちに突撃の躊躇はない。
「乱戦に持ち込んで……踏み潰す!」
『イエッサー』
南郷の指示で、ヘビーアーマーが塹壕から這いだした。
狭い塹壕内で四方八方から集中攻撃されるよりは、こちらの射線も開ける野戦に持ち込むほうが有利と判断した。
撃ち切ったカールグスタフをボトボトと投棄しながら、南郷は足で地を蹴るイメージを神経に伝達。
「ゴー!」
補助の音声入力と合わせ、神経接続されたヘビーアーマーが駆けだす。
各部のスラスターから翡翠色のブラストを吹いて強制加速し、やがて地表から30cmほど浮遊して滑走を始めた。
常温超伝導のマイスナー効果と、メタマテリアルの電磁反発を応用した走行だ。巨体ゆえに速度は時速30kmに満たないが、重装甲の人型移動要塞が戦場を巡航する威力は凄まじい。
ヘビーアーマーは敵部隊の集中砲火を全て跳ね返す。
小銃、グレネード、ロケット弾、機関砲、全てが効かない。通用しない。
火力を防御力が上回るという、現代先にあるまじき矛盾ならざる矛盾。決して身わつけず、種も残さぬ仇花のブレイクスルー。
この最強の盾、いや鎧は強力な矛──否、個人による槍衾すら備えていた。
「弾幕だ! 撃ちまくれぇぇぇぇっ!」
ヘビーアーマーのウェポンバインダーから生えた無数のサブアームが各々小銃を保持し、四方八方に弾丸をバラ撒く。
両腕の重装甲アームに内蔵された20mm機関砲が、唸りを上げて敵部隊を薙ぎ払う。
数十発のテイルグレネードが垂直発射され、榴弾の爆圧が頭上から落下する。
乱れ飛ぶ、薬莢の飛沫。
弾雨が雪原を溶かす。
撃ち砕かれた機兵たちがオイルの血飛沫、血煙を飛ばしながら、痛みも恐怖も感じずに破壊へと突き進む。
運よくヘビーアーマーの弾幕を抜けた(アルティ)は、竜尾のメタマテリアルエッジの一振りで微塵切りになって四散。
二両がかりで力比べに持ち込もうとした〈20式支援戦闘装輪車〉は、重装甲アームのネイルに握り潰され、そのまま轢殺された。
巨竜に蹂躙される機械天使たちは、さながら大海を往く巨大戦艦に挑む小型艦艇であった。
現代の地上に蘇った大艦巨砲主義に挑むは──
『はははははは! 竜に挑ムモノ! 汝もまた、竜とナル、カァァァァァ!』
旋回を終え天上から飛来する、氷結地獄の名を持つ化外のモノ。
コキュートスのプラズマカノンが、蒼炎のシャワーと化してヘビーアーマーを飲み込んだ。
しかし、やはり無傷。
ヘビーアーマーは装甲表面から白煙を上げるのみで、ダメージは一切受けていなかった。
「た・た・き、落・と・せぇっ!」
南郷の目が対空レティクルと同期して、上空のコキュートスに小銃の対空射撃をかけた。
大量の銃弾が蒼穹に消えていく。コキュートスの運動性能と三次元機動力に、火器管制システムが追随できない。
いかに無敵の大艦といえていえども、空の敵には攻撃が当たらない。
一方で、空を舞うコキュートスもヘビーアーマーの装甲を撃ち抜けない。
『ははははは! ナントいう拮抗! ワタシはキミを殺せないシ、キミもワタシを殺せないな、サザンクロス!』
「さあて……どうだろうなぁ!」
『はははははは! ははははははははははは!』
コキュートスの狂笑と、プラズマ弾の空裂音、そして銃撃音やシールドの防御音が何重にも重なって、混沌の戦場音楽を奏でていた。
ヘビーアーマーは空と陸の敵とに同時に挟まれ、同時に対処している。
積層重電磁装甲の奥で、南郷は爆音と震動に揺られながら……無心に時を待っていた。
(チャンスはくる……必ず)
何発目かの対戦車ミサイルをシールドで防御する。
ほんの数十cm先から伝わる、激烈な震動と爆音。万一、装甲を撃ち抜かれれば南郷の生身はメタルジェットに貫かれて即死だろう。
それでも、南郷には恐怖も焦りもなかった。
(チャンスがこないなら──作るだけだがな)
そしてまた、一見して無駄撃ちの対空射撃を続けた。
コキュートスは機動力で対空射撃を振り切り、遥か彼方に遠ざかって……また大きく旋回を始めたのが見えた。
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