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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと45-決戦編-

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-焔のように邪竜が哭く
ワイバーン型テクノ・ゴーレム〈ズライグ・ブルー〉-


 古来より──人間は車を飛ばそうとする悪癖がある。
 伝説や神話ではチャリオットが空を飛び、飛行機が発明された近代でも戦車を飛ばそうとして、現代でも懲りずに車を飛行させることに執着している。
 車輪のついた乗り物を飛ばそうとするのは、人間の本能、妄執、あるいは業といえよう。
 AIであるウルは、人間のこの習性にどんな解を出すのだろうか。
 こんなことなら、もっと議論しておくべきだったと、剣持弾は後悔していた。
「フゥゥゥゥゥッ! クフゥゥゥゥゥゥ……ッッ!」
 死にそうな重圧、耐G呼吸。
 コクピット内には、機体異常を知らせる警告音と風圧で機体が軋む音が充満していた。
 剣持は今、戦闘車両に乗って空を飛んでいる。
 否、正確には翔びながら落下している。
 重量を推力が上回れば便器だろうがブルドーザーだろうが飛翔できる。推力は航空力学すら捻じ伏せて大体の問題を解決する──
 のだが、緊急離脱用ロケットブースターを強引に四基も増設しても、デルタムーバーには揚力もクソもない。
 飛ぶことなど微塵も考慮されていない設計の鉄の箱が浮かぶはずもなく、ただ高速で落ちていくだけだった。
 本来は、海面に衝突するよりも早く敵飛行場に突入する作戦だった。
 過去形なのは、その作戦は既に破綻しているからだ。
『剣持一尉 投下位置が離れすぎています 推進剤は目標まで保ちません』
「そ・れ・を・な・ん・と・か・し・ろぉぉぉぉ!」
『了解』
 剣持はシートに背中を押し付けられながら、必死にウルに命じた。
 間髪置かず、別の甲高い警告音が響いた。
『警告 当機の進行ルート上に 敵機確認』
 正面モニタに敵飛行物体の画像が拡大された。先程表示された冗談じみたワイバーン型の〈ズライグ〉とかいう機体だ。相対距離がどんどん縮まっていく。
 〈ズライグ〉の翼下に懸架されたロケットランチャーに、火が見えた。
『警告 回避不能です!』
 空中での機体制御はウルに一任しているとはいえ、それはあくまで機体がひっくり返らない、失速しない等の最低限保障でしかない。
 個体燃料ロケットは一度点火したら推力調整はほぼ不可能だ。
 しかも、これは緊急離脱用装備であり、推力ベクトルを調整できる偏向ノズルなど付いていない。
 仮に回避運動を取れる上等なロケットだったとしても、ロケットをハードポイントにポン付けされているだけのデルタムーバー〈スモーオロチ〉は耐えられない。空中分解でお陀仏だ。
 すなわち、この空飛ぶ車両は是が非でも真っ直ぐにしか進めないのである。
 このままでは敵の弾幕に真正面から衝突する。
 いかに〈スモーオロチ〉の複合装甲とて直撃では保たない。
 あと五秒も経たない内に機体は火の玉と化して撃墜されるだろう。
 作戦は失敗し、剣持は死ぬ。
 その──回避不能の決死の虚空にて、剣持は無心にコントロールスティックを操作。
 スティック横の武器選択スイッチを何度もクリックして、マニュアルで機体背部フレキシブルアームを起動させた。
「1番と2番使う! 全アーム、シールド……前面展開!」
 Gを強引に押し退けての命令だった。
 命令の最中にも、既に機体は弾幕に突入していた。
 ロケット弾との相対速度差がゼロに近い。
 剣持は、不気味なほどにゆっくりとした空間を錯覚した。
 ロケット弾の弾体を視認する、0.5秒間。
 極限にまで研ぎ澄まされた神経は体感時間を引き延ばす。
 剣持の充血した両目が直撃コースのロケット弾を捉え、トリガーを抑えながら二本のコントロールスティックを回転させた。
 機体背面からせり上がった二本の蛇頭フレキシブルアームが、メタマテリアルソードで空間を薙ぎ払う。
 0.5秒の決死空間を、〈スモーオロチ〉は火の玉となって通過していた。
 六本の蛇頭がメタマテリアルのシールドを前面に円錐状に集中展開し、ロケット弾の爆発を防御。
 副次効果として空気抵抗を減衰させ、更なる加速で落下していく。
 シールド表面に機関砲弾が着弾する。
 〈ズライグ〉のガンポッドによる攻撃だった。
 必死の足掻きのような対空砲火の嵐をシールドが正面から受け止め、弾き飛ばし、ただ一直線に大蛇は落ちる。
 そして──大蛇は飛竜と衝突した。
 万有引力。全ての物体は互いに引きあう。
 見えざる糸で結びついた人の業と業、異形の機体と機体とは、こうなる運命であったかのように
 ぶつかって、弾けて、炎上した。
 20トンを超える質量体が亜音速で機体を掠め、〈ズライグ〉は背中をごっそりと削り取られた。
 断末魔の叫びと共に、飛竜は燃えて墜ちていく。
 なぜ? どうして? こうなってしまったのかと──嘆き、消えゆく炎のような掠れた悲鳴を上げながら、青き北海へと沈んだ。
 対する大蛇、〈スモーオロチ〉は健在。
 メタマテリアルシールドが衝突のダメージから機体を守っていた。
 剣持は、頭の後で爆発音と金属のひしゃげる音が遠ざかっていくのを聞いた。
「どぉっ……どうなったぁっ!」
『敵機撃墜 しかし 墜落時に輸送船と接触した模様 輸送船に損害あり』
 偶然か、それとも敵の執念か、沈む間際に輸送艦に機体を引っ掛けてダメージを与えたのだろう。
 剣持に味方を気にかけている余裕はなかった。
 また、別の警報がコクピット内に響いた。
『推進剤残量ゼロ』
 まだ、機体は海の上だ。
 GPSマップでは陸地は1キロメートルも先にある。
「どうするんだっ……!」
『滑空で距離を稼ぎます 機体制御は お任せあれ』
 不意に、剣持は軽い浮遊感を覚えた。
 ウルの制御で〈スモーオロチ〉とロードブースター〈カグツチ〉との計八本の脚部が展開し、気休め程度の空気抵抗に乗ったのだ。
 剣持はGに耐えながら、モニタ脇の高度表示に目をやった。
「フゥーッ、クッ……フゥー―ッ……」
 高度100、90、80……もうほとんど海面スレスレだ。
 〈スモーオロチ〉の巨体が気流を割いて、海面を圧迫している。
 その水面効果による揚力をウルは計算し、更に距離を稼ぐ。
『ブースター 強制排除』
 空になったロケットブースターをパージすることで軽量化。
 それでも、既に機体脚部先端が海面に接触しつつあった。
 剣持の視界に、白い砂浜が見えた。
 雪で覆われた北海道の浜は、まだ何百メートルも先に見えたが、高速での慣性飛行は瞬く間に距離を縮める。
 景色は流れ、青い海は荒涼たる冬の浜辺に移り変わった。
『制動をかけます 耐ショック用意』
「ムッ……」
 剣持は歯を食いしばった。
 〈スモーオロチ〉の肩部と腰部に増設された使い捨てのスラスターが翡翠色のプラストを、ブワッと一瞬だけ吹き出した。
 メタマテリアルの仮想平面形成を利用したスラスターだ。中空にメタマテリアルの薄い壁を形成して作用点を生み出し、最低限の推進剤で高い推力を得ることが出来る。
 続いて、機体後部からパラシュートを放出。
 機体速度が一気に減速し、〈スモーオロチ〉は浜辺を滑走した。
 雪と砂を大量に巻き上げて、八本脚のタイヤがブレーキをかける。
 このまま500メートルも走れば機体は安全に停止する──と思われた矢先、剣持の目に異物が留まった。
 大戦中に作られたトーチカ跡の上に、人影がある。
 男か女か、大人か子供か分からないが、白いコートを着た人間が倒れている。
 轢き殺しはしないだろうが、このままでは巻き上げた砂で生き埋めにする恐れがあった。
「ええい! こんな時にぃぃぃぃぃぃっ!」
 剣持はとっさに機体をのマニュアルで操作。
 こんな時だろうが人命尊重である。一般市民の安全を守るのが自衛隊員の仕事だ。
 〈スモーオロチ〉を横滑りさせ、ブレーキングドリフトをかけた。これで砂の巻き上がる方向を変える。
 機体はトーチカ跡を通り過ぎ、100メートル先で停止した。
 剣持はモニタの端に映る人影を流し見して安全を確認すると、すぐに機体のチェックに移った。
「コンディションチェック。問題ないか?」
『機体コンディション オールグリーン です』
「それは結構。すぐに移動する」
『先程の一般市民 身元確認は──』
「どうでもいい! 作戦に移行する!」
 あの白いコートの人影が地元民なのか観光客かそれとも自殺志願者なのか、気にかけている余裕はなかった。
 寝ているのか気絶しているも定かではないが、救助している暇はない。
『了解』
 ウルは反論もせず、淡々と機体のパラシュートを強制排除し、剣持のサポートに入った。
『現在位置は ロケット発射場から 南3キロメートル』
「友軍の配置は?」
『不完全です 当機のみが突出しています』
 モニタに味方部隊の識別が表示されて、剣持は思わず顔を覆った。
「完全に……出鼻を挫かれた」
 散々な有様だった。
 敵陣近くに座礁させる形で強制接岸の予定だった輸送船は損傷し、未だ後方の海上。
 輸送機の1機は被弾して大きく西にコースを逸れた。ドロイド部隊を投下しているようだが合流は遅れる。
 陸上輸送されるはずの主戦力は、まだ目的地に到着すらしていない。
 敵が遥かに上手なのに加えて、こちらの戦争下手も不利に拍車をかけている。
 〈スモーオロチ〉は、浜辺を警戒しつつ最寄りの県道を目指した。浜に対戦車地雷が埋まっている可能性もある。
 異動の最中、通信が入った。
『こちらコキュートス。苦労しているようだナ、ケンモチ……?』
 死体のような声で、サイボーグが囁いた。
「こちら剣持。あんたはどうする気だ? 勝手に戦争やりに日本まで来たんだったな?」
 剣持の声には皮肉がこもっていた。
 コキュートスの来歴はウカから聞いていた。
 自分の欲望のために殺人を楽しみ、挙句の果てに自分が死ぬために日本で戦闘を起こそうなどという狂人は、味方だろうが嫌悪感しか抱かない。
 通信の向こうで、また不気味な息遣いが聞こえた。
『ハァァァァァ……ソウ。ワタシは勝手にヤル……。だ、が、キミに協力するというのも嘘ではない、ヨ』
「何をしてくれる?」
『陽動、ダ。戦力集結までの時間を稼いでやろウ』
「殊勝なことを言う……」
『イヤイヤァ……単なル、利害の一致、ダ』
 コキュートスの背後から、モーターの駆動する機械音が聞こえた。
『デハ、スカイダイビングを楽しむと……シヨウ』
 そこで通信は切れた。
 コキュートスは健在だった別の輸送機に少数のドロイド部隊と同乗している。
 その識別反応が剣持機より西側で展開したのが確認できた。
 洋上から直接飛行場に突入するのは対空攻撃に晒される危険性があるからか、あるいはコキュートス自身の目的のためか──。
 どちらにせよ、あのサイボーグに戦術的な連携は期待できない。
 そしてコキュートス達の識別反応が……消えた。
「ん……?」
 識別反応だけではない。GPSマップ自体がエラーを吐いて固まっていた。
『敵の 広域ジャミングです 通信不能』
「ま、こうなるわな……」
 予想されていた事態だった。
 だが電子戦部隊の支援を受けられない剣持たちに、成す術はなかった。
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