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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと44-決戦編-
しおりを挟む-邪竜傀儡、北海の空に飛ぶ。
ワイバーン型テクノ・ゴーレム〈ズライグ・ブルー〉-
ロケット発射場から直線距離にして3キロメートルほど南の浜辺には、朽ちかけたトーチカ群がある。
太平洋戦争末期に米軍の上陸に備えて建設されたもので、土台は傾き、長年に渡る波風の浸蝕で風化するのを待つだけの廃墟だ。
雪の積もったトーチカの上に、真っ白なコートを着た少女が座っていた。
コートは雪上迷彩の白である。
座禅のような姿で座し、フードの下で目を閉じて精神集中を行っている。
地中海の血流が流れる褐色の頬は、雪景色には目立つ。
少女の名は、カチナ。
宮元家の虜囚であり、今は臨時の雇われ兵であった。
「メ~ディ~テ~ショ~ン……」
囁き、念じ、唱える。
口に出すことで、自我の認識を強める。
「我、ここにあり……。我、ここにあらず……」
いま、カチナの精神は二つに分割されている。
精神の片割れを転写することで、呪術機動兵器を遠隔操作しているのだ。
思念とは電波のようなもの。
トーチカの中に隠れるより、高く開けた場所で念じた方が通信状態も良い。
「見える……見えるぞい。船が……ノロノロ動いとるわい」
カチナのもう一つの目──四脚のワイバーン型テクノ・ゴーレムの光学カメラが、眼下の洋上に攻撃目標を捉えた。
ここから10キロメートルほど南の洋上に、そのテクノ・ゴーレムは滞空していた。
翌長15メートル、全高4.7メートルの巨体は、航空力学をほとんど考慮していない。
青い洋上迷彩で再塗装された機体が、両翼のプロップローターを回転させて、約100メートル上空に浮かんでいる。
〈ズライグ・ブルー〉とでも言うべきか。
機体頭部の光学カメラが、ターゲットの民間船を拡大した。
全長30メートル程度の小型輸送船だ。
「ふぅん? この国の陸軍が民間船をチャーターして使っとるって話だったな? 沈めても構わんが、沈めない方が報酬は高いのじゃ~」
カチナは、そういう契約を結んでいた。
魂が人ならざる飛竜であるカチナは、鹵獲兵器である〈ズライグ・ブルー〉の操縦に最も適している。
多額の借金を抱えている現状、こういった仕事を振られるのは願ってもない好機だった。
「まずは威嚇射撃……と」
〈ズライグ・ブルー〉が高度を下げつつ、主翼に懸架されたガンポッドを掃射した。
20mm機関砲弾が輸送船の行く手を塞ぐように、無数の水柱を上げた。
陸自のチャーター船とはいえ、民間輸送船に乗っているのは一般の船員だ。
船は蛇行を始め、突然の射撃音、ローター音、そして視認距離に現れた異形の飛行物体に明らかに動揺しているのが見て取れた。
「次は停船命令、と。あー、あー……マイクのテスト」
カチナはボイスチェンジャーつき小型マイクを口に寄せて、何度か発声練習。
そして〈ズライグ・ブルー〉の外部スピーカーから音声を出力した。
『そこの船、ただちに停船しろ。停船の後、船員は全員降りろ。これから船のエンジンを破壊する』
少女の声では威圧感がないので、SF映画の悪役めいた声に変換している。
輸送船のブリッジで船長が無線のマイクを手に何か必死で叫んでいるのが見えたが、無線の内容など聞こえないし知ったことではなかった。
『全員、5分以内に降りろ』
もう一度、警告の射撃を至近距離に浴びせてやった。
『5分後にエンジンに直撃させる。お前らの都合なぞ知らんわ』
久々の上から目線、弱者を蹂躙する快楽。
カチナの口元に思わず笑みが浮かんだ。
「あぁ~……たまらんのう。やはり我は人間どもを苛めるのが──」
言葉の途中で、前頭葉に静電気が走った。
「ヌッ! 上にっ! 敵!」
機体の火器管制システムと連動した知覚が、対空レーダーの反射を神経に伝達してきた。
更に上空、それもまだ10キロメートル以上南方に航空機が三機。
敵の輸送機がくる、という情報もカチナは知っていた。
「こっちも獲物じゃ……。我の借金返済のカモになってもらうのじゃ……。うひひひひ」
勝利の栄光、大金獲得を夢想し、カチナは涎を垂れ流した。
精神を集中して、機体の火器管制システムをフィーリングで思念操作する。
「武器選択ぅ……対空ミサイル……レーダー連動、赤外線、レーザーセンサー……ろっく、おん、じゃ!」
カチナが独り言を呟く。
頭の中に、敵輸送機の赤外線画像がおぼろげに投映された。
最も赤く見える敵機エンジン部に狙いをつけて──
「ふぁいや!」
ミサイル発射を強く念じた。
〈ズライグ・ブルー〉胴体脇に懸架されたランチャーが展開し、短距離SAMが二発発射された。
陸自の車載短SAMを流用した代物だ。
本来なら航空機への装備は想定されていない武装だが、ハードポイントと火器管制システムに互換性があったので曲りなりにも装備可能だった。
空裂音と噴煙が青い天上に伸びていく。加速したミサイル本体はもう目視できない。
数十秒後──
南の海上から花火に似た小さな爆発音が聞こえてきた。
「ン……やったか?」
再び赤外線画像を確認すると、輸送機の一機がエンジンから火を吹いて、西に向かって離脱していくのが見えた。
「これも撃墜しちゃイカンらしいからのぉ? 日本国民の血税がどうのこうのと……。難しい注文しよってからに。ムフフフ」
こんな器用な芸当が出来るのは自分くらいだろう、と根拠もなく自負する。
対空ミサイルの残弾は二発。
〈ズライグ・ブルー〉の他の武装では航空機相手の対空戦闘は出来ない。
「せめて、あと一機くらい……いただきますのじゃ!」
再度のミサイル発射。
今度は目標を一機に絞った。二兎を追う者はなんとやら。この身が人食い飛竜だった頃の経験でも良く理解している。
爆発音が二つ聞こえた。
勝利を確信したカチナだったが、邪な笑みはすぐに困惑に変わった。
「なっ? なんかが……突っ込んでくるじゃとぉ!」
思わず姿勢を崩して雪の上に倒れかけた。
レーダー上で、輸送機から排出された何かが急加速で〈ズライグ・ブルー〉に突っ込んでくるのが表示されていた。
こちらのレーダー照射もお構いなしにロケット弾並の速度で、戦車並の巨体の何かが来る!
「なんだ! なんなのじゃあ! こんなモンの相手なぞ──」
焦ったカチナはエンジン出力を上げて上昇をかけた。
敵の撃ち出した何かは、こちらより高い位置から斜め下に真っ直ぐに向かってくる。
ならば、上昇をかけて飛び越えてやれば良い。
そう思った矢先、右翼ティルトローターの回転数が変わらないことに気付いた。
「なっ! 整備不良! こんな時にぃっ!」
この機体は部品の工作精度が怪しいとは事前に聞かされていたが、失態は他人のせいにしたがるのが人の性だ。魂が飛竜とて、今のカチナは精神も肉体に引っ張られている。
二基のエンジンが同調を取れず、〈ズライグ・ブルー〉の機体が大きく傾いた。
「こ、ん、のぉぉぉぉぉぉ……ッッ!」
カチナは脂汗を浮かべて機体を持ちなおそうとした。
機体の光学カメラが、蒼空を飛翔する物体を捉えた。火器管制システムが自動で映像を拡大して、視覚野に送ってくる。
信じられないものを──見た。
車輪のついた大型の陸戦機動兵器が──デルタムーバーとかいう、人間の作った地を這う機械のバケモノが、飛んでいる。
大型のロケットブースーター四基から赤いブラスト光を滝のように吐き出して、亜音速で迫ってくる。
「あ~っ、頭おかしいのかぁっ! 人間はぁぁぁぁぁぁぁ!」
混乱する。
目的を一つに絞れない。
自機に突っ込んでくる、あの狂気の物体を避けるのか。
それとも迎撃するのか。
避けるのが無理なら、せめて眼下の輸送船だけでも沈めておく手もある。
もう手加減も待つ余裕もない。沈める気でロケット弾とガンポッドを撃ち込むしかない。
二兎どころではない。
兎の群れを追いかけながら、進行方向に大蛇が口を開けて待ち構えているような状況……!
一体、どれを選べば最善なのか。
損を最小限に出来るのか。最も得をするのか。
一秒間の銭勘定の最中、時の運はカチナを見放しつつあった。
「うっ!」
ガクン、と機体が傾いた。
釣られてカチナの首もガクン、と傾いた。
機体下部に衝撃があった。エンジントラブルではない。
輸送船の甲板上からの攻撃だった。
船の積み荷が──人間サイズの戦闘ドロイド〈アルティ〉が起動して、船外からグレネードランチャーを撃ち込んできたのだ。
5分という猶予、そして意識が空に向き過ぎたのが仇になった。
グレネードランチャーは対空兵器ではないが、ふわふわと浮いているだけの〈ズライグ・ブルー〉など、ただの大きい的でしかない。
挟撃の中、ついに天から大蛇の牙が迫ってきた。
敵機との距離、500メートル。
相手は亜音速の飛翔体。激突まで瞬間すらない。
「こ・な・く・そーーーーッッッ!」
狂乱の叫びと共に、カチナは決断──
天の青と海の青の狭間にて。飛竜と大蛇とが激突した。
それは、翡翠色の火花奔る、瞬獄の刻──。
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