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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと43-決戦編-
しおりを挟む剣持弾が菰池志郎と初めて顔を合わせたのは、作戦前日のことだ。
「あぁ……きみが剣持一尉か……」
作戦前の準備で慌ただしい習志野駐屯地に、菰池はやって来た。
菰池は、顔色の悪い男だった。
常に胃のあたりを抑えていて、剣持は弱々しい印象を抱いた。
「どうも……はじめまして」
剣持は軽い会釈をして、短い付き合いになるでしょうが──と続けそうになったのを抑えた。
菰池がごくり、と唾を飲んだ。
俄かに胃液の臭いがした。
「あー、ええと、一応……私が、今のウ計画の……最高責任者という形でだね……」
「はあ……」
国家的陰謀の最高責任者という割には小人物過ぎる。
要するに、敗色濃厚で上の人間から責任を擦り付けられたか、上の人間が辞任か死ぬかしたので繰り上げで責任者にされたのだろう。
(そんなにイヤな仕事なら逃げちまえば良いだろうに)
剣持は醒めた表情で菰池を眺めていた。
事実、重責に耐えられなかった菰池の上司や同僚たちの多くは様々な方法で逃げ出した後だった。
菰池がウ計画という沈みゆく船に尚もしがみついている理由は、なんとなく想像がつく。
「たたたっ……頼むよ、剣持一尉……。こ、これが失敗したらららら……こ、国家安寧の……日本の未来が……なに、なに、なにもかも台無しに……」
菰池がまた、胃液臭い息を吐いた。
つまるところ、菰池は自分の進退をウ計画に賭けてしまったのだ。
他の責任者が退場した今の状況で勝ちを得られれば、あらゆる権益は菰池の総取りだ。
逆に負ければウ計画もろともに人生の破滅。積み重ねてきた官僚としてのキャリア、学歴、人生設計の全てが破綻する。
(つまりは逆転狙いで大穴の万馬券に全財産をブチ込んだバカだな……)
剣持は腹の中で呆れた。
「ふ、ふううう……っ」
胸を抑える菰池の手が発作的にガタガタと震えた。
肝が据わっていない証拠だ。
(バクチ馴れしてない……いや、やったこともないバクチに手を出したクチか)
剣持は、冷ややかな目で菰池を見下ろしていた。
おそらく、今までギャンブルなどやったこともないのだろう。
賭博に限ったことではない。商取引や投資の経験者なら、バクチめいた駆け引きの恐ろしは知るところであり、引き際は弁えている。
しかし、菰池はただの役人だ。引き際だのが分かるわけがない。
彼は……あまりにも危険な賭けに手を出したビギナーなのだ。
かといって馴れないことは止めておきましょう、なんて良心の助言をする気はなかった。
そんな義理はないし、仮に言っても相手の張り詰めた神経と、無駄に高い官僚としてのプライドを刺激して面倒が増えるだけだ。
ただ、内心あきれ果てる。
こんな馬鹿げた戦争に付き合う自分も、相当な愚物であると。
そして──作戦当日。
『剣持一尉 あなたは なぜ 逃げなかったのですか』
剣持はデルタムーバーのコクピットで、サポートAIウルに問われていた。
窮屈なシートにガッチリとシートベルトで固定され、輸送機の振動に揺られながらの、奇妙な対話だった。
『我々の置かれた状況は 極めて不利です 剣持一尉 あなたは 我々を見捨てて 駐屯地に残り 原隊復帰することも 可能でした』
「そうだな。もうお前らに付き合う義務はないしな」
剣持はモニタのタッチパネルを操作して、作戦概要のファイルを展開した。
「デルタムーバーを輸送できるC-2は一機しか手配できなかった。他はドロイド輸送用のC-130が二機。海自には協力拒否されて揚陸艦は手配できず。デルタムーバーは陸路、およびPFI事業で設立された陸自の天下り企業の民間船で輸送。北部方面隊は協力要請にノーコメント。つまり黙殺」
『他の部隊からの支援は 絶望的です 成功確率は──』
「言わんで良い。数字にされると気が滅入る。つまりは敵陣地に裸で突っ込む特攻作戦だ。それも一発逆転狙いの決戦? ハッ、この作戦立てた奴は歴史のお勉強が足りんと見える」
剣持は皮肉たっぷりに笑った。
「しかも? 最高指揮官があの菰池ってオッサンときた。戦争素人のお役人様がトチ狂って現場まで出張ってきて、いざとなったら俺から指揮権を剥奪すると抜かす。お笑いだ。酷いジョークだ」
この期に及んで指揮系統が統一されていないという絶望。
無能な参謀の立案した愚かな作戦のお手本そのものである。九割九分失敗。参加部隊は全滅必至。戦略面で負けが込んだ軍隊のやるヤケクソのバクチだ。
いま剣持の機体を輸送しているC-2にしても、撃墜覚悟での強行着陸などさせられない。
パイロットは以前の剣持のように、通常任務だと嘘を吹き込まれて仕事をしているだけだ。わけも分からず実戦に叩き込まれて、任務達成のために死ねと言われても無理な話だろう。
暫しの沈黙の後、ウルの声が再びスピーカーから流れた。
『その通りです 作戦成功確率は 極めて低い しかし 私は 人の願いに応えるのが 存在意義なのです 剣持一尉……』
「分かってるさ。お前はただの便利な道具だ。お前に無理強いをした人間がアホなだけさ。そう……人類にとっては、お前は過ぎた道具なんだろうな」
『私は 人に作られた モノです 創造者が 自分の作った 道具を使えない というのは 矛盾では ないでしょうか』
「人間なんて、使う道具が変わっただけで中身は原始時代から進歩がない生き物だからな。そんなもんだよ」
剣持は子をあしらう親のような口調で、人に造られた神の悩みを受け流した。
淡々とタッチパネルを操作して、輸送機の現在位置を確認する。
「現在、当機は青森県沖太平洋上を飛行中。で、俺はどうするんだっけか?」
敢えて皮肉っぽい口調で、分かりきった答をウルに問う。
『当機は 目標地点4km手前の洋上で 空中投下 増設されたロケットブースターに点火し 攻撃目標の ロケット発射場に 強行突入します』
「ムチャクチャな特攻作戦立てやがって……」
『申し訳ありません しかし これが最も 成功確率の高い 作戦です』
前回の戦いの後、〈スモーオロチ〉とロードブースター〈カグツチ〉には改装が施された。
限られた時間と資材で、敵の作戦と〈ジゾライド改二〉に勝利し得る装備を追加したのだ。
その一つが、本来なら戦場からの緊急離脱に用いる大型のロケットブースーターの追加装備である。
「俺は飛行機乗りじゃないし、宇宙飛行士になる夢もないんだがね?」
『耐G呼吸の 復習が 必要でしょうか』
「腹で息するんだろ? フーーっと吸って、クッ……と吐く」
『はい フーーっと 吸って クッ と吐きます 大量に酸素を取り込み ブラックアウトを予防します』
辟易しつつも、妊婦になったような気分で息をする。
通常二本のブースターを四本に増加し、ウルによる機体制御で〈スモーオロチ〉を強引に飛翔させるという作戦を立案したのはウルであり、剣持もそれを渋々承諾したのだった。
『ロケットブースターを噴射し フレアを散布しつつ 敵対空兵器を振り切って ロケット弾を発射 これが攻撃目標に着弾すれば 作戦は成功です』
「当たらなかったら?」
『パラシュートと逆噴射により 強制減速を行いつつ ロケット発射場に強行着陸 管制塔の制圧 もしくは目標への直接攻撃により ロケットの発射を 阻止します』
「はっ! ロケット特攻だの強行着陸の肉弾戦だの、前の戦争の再現ドラマやってんじゃねぇんだぞ!」
そんな時代錯誤で反吐が出るほどバカげた作戦に自分が付き合うのだから、乾いた笑いしか出ない。
これが上官からの命令だったなら、そいつをボコボコにしてロケット弾にくくりつけて真っ先に敵に撃ち込んでやるだろう。
「なんで俺が逃げずに、こんな作戦に参加したのか……言わなくちゃダメか?」
『後学のため ご教授 願います』
「俺が……負けず嫌いのバカ野郎だからだよ! あの恐竜のバケモノに負けたままトンズラしたら、死ぬまで未練が残るからな!」
『そんなことで──』
「お前は人間の……なんだ、こういう面についても学ぶべきだったな。色々と……理屈じゃないんだわ」
剣持はヘルメットの上から照れ隠しに頭を掻いた。
そして少し考えて……言葉を選んだ。
「未練を残したまま、燻りながら生きていくのは……死ぬより辛いんだよな。俺は色々と未練だらけの人間だからよ……せめて一つくらいは成し遂げないと、この世に恨みが残っちまう」
『それが……あなたの』
ウルが何か言葉を続けようとした矢先、コクピット内に警報が響いた。
〈スモーオロチ〉の頭部センサーが敵レーダー波の照射を感知したのだ。
『警告 敵SAM探知 ロックオンされています!』
「海上でか! 機長にフレア放出を指示しろ!」
『リモートで 私が実行します フレア放出』
ウルがC-2輸送機の制御を奪って対空ミサイル防御用のフレアを放出した。
『機体の操縦を一部掌握 回避運動を 行います』
格納庫に搭載されたままの〈スモーオロチ〉では機外の状況は見えない。
神経に障る甲高いロックオン警報は鳴り続けていた。
「ぐっ……」
機体が右旋回するGを感じた。
突然のミサイル警報に、勝手に機体のコントロールが奪われたのだから、機長は今ごろ混乱しているはずだ。悪いとは思う。
やがて機体が水平に戻ると、警告音が止んだ。
「回避したのか?」
『はい しかし C-130Hが被弾 一機がコースを外れました』
C-130一機につき30体の〈アルティ〉を搭載している。
これは総戦力の1/4にあたる。
「ちょっと待て、今は海上を飛行中だぞ。敵はどこから撃ってる?」
『敵機を 海上に発見 重武装の飛行タイプです』
「なに?」
『友軍の輸送船が 攻撃されています』
ウルの不穏な報告を剣持が飲み込むより早く、またしても敵ミサイルの警報音が響いた。
「またか!」
『敵SAM接近 回避困難』
「なら、どうする!」
剣持が輸送機の機長に通信を繋いだのと、ウルが最善の手段を選んだのは、ほぼ同時だった。
C-2輸送機の後部ハッチがゆっくりと開き、太陽の光と猛烈な風が格納庫に吹き込んできた。
「機長、巻き込んですまなかった! 当機はこれより緊急降下を行う!」
『なっ! 何を言ってるんですか剣持一尉! ここは海上ですよ! それに、これは訓練――』
「降下シーケンスはこちらのAIがリモートで行う! 君らは何も考えずに離脱しろ!」
後部ハッチが完全に開いた。
C-2の機体が斜めに傾き、〈スモーオロチ〉を載せたパレットが重力に引かれて滑り落ちていく。
『投下と同時に パレットを切り離し ブースターに点火します カウントダウンは 省略します』
「敵ミサイルは?」
『対処します 武装変更 MMS ロックオンと同時に トリガーを』
モニタ上の選択武装が〈MMS〉に切り替わり、機体背面に接続されたロードブースターから蛇頭が鎌首をもたげた。
間髪置かず、パレットが格納庫から空中に放出された。
暗闇の格納庫から一転──蒼穹と大海の狭間に大蛇が浮かぶ。
厚い装甲に覆われた骨太の機体には、複数の追加装備があった。
本体頭部に増設されたヘッドブレード、そしてロードブースターに備わった八つの蛇頭には〈MMS〉──すなわち、メタマテリアルソード。
機体を乗せていたパレットが分離し、四発の大型ロケットブースターに点火。
全備重量20トンを超える陸上用機動兵器を、大推力が強引に飛翔させる!
「クッッッッッ……フゥゥゥゥゥゥ……ッッ!」
肺腑が潰れる圧迫感の中、剣持の耳にピッという電子音が聞こえた。
ウルがオートで敵ミサイルをロックオンした音だった。
目を剥いて、剣持はトリガーを引いた。
全身の皮が遥か後方に無限に引き延ばされていく錯覚を感じながら、剣持は背後で敵ミサイルが爆散する音を聞いた。
〈スモーオロチ〉の背中からせり上がった二本の蛇頭が、長大なメタマテリアルの剣閃で空間ごと敵ミサイルを薙ぎ払ったのだ。
刀身長100メートル以上に伸長した緑色マテリアルの刃を引き摺るようにして、〈スモーオロチ〉は加速し、遥か前方へと重力に引かれて落ちていく。
それは自らを砲弾とした特攻作戦。
成功確率は──考えたくもない。
「クッッッッ……ウボォェェェェェ……」
肉体にかかる
Gが
重い。
シートに押し付けられる背骨。ジェットコースターを何倍にもしたような負荷が肺と心臓に圧し掛かる。
何も考えたくないというのに、ウルは無慈悲に淡々と
『警告 敵機動兵器 危険範囲内に探知』
厭な現実を告げて、異形の敵機動兵器のデータをモニタに表示した。
アルファベット表記の敵機名称は良く見えない。
だが、四本脚のドラゴンだかワイバーンのような形をした敵機の画像データは……波打つ網膜にくっきりと焼き付いた。
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