ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと35-炎上編-

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 三月初旬、冷たい雨の午後だった。
 陸上自衛隊富士駐屯地内にある待機所に、客がやって来た。
 とんとん、とプレハブ小屋のドアを叩く音に、剣持弾が気付いた。
「はいはい……」
 どうせ駐屯地の司令からの電力使用量が多い、整備の騒音がうるさい等の、毎度おなじみ小言の伝言と思ってドアを開けると――
「こ、こんにちは……」
 場違いな少女がいた。
 年齢は15、6歳に見える。しっとり濡れた薄い茶色の髪。巫女服をアレンジしたかのような、アニメキャラか何かのコスプレめいた服装で、しょんぼりした表情の、どこかで見たような少女。
 はて誰だったかな――と思いながら反射的にドアを閉めようとすると、少女がドアノブを掴んだ。
「ままままっ……ま、待ってくださいっ! 閉めないでください~~っ!」
「誰かな、きみ……?」
「わ、わたしですっ! わたしですよ、剣持一尉~~っ!」
「はあ?」
 馴れ馴れしく自分の名前を階級つきで呼ぶ少女に剣持が首を傾げると、デスクの上から声がした。
『ですから 私です 剣持一尉』
 スマホから、戦闘支援AIであるウルの合成音声が聞こえた。
 目の前の少女と同じようなことを言っている。
 剣持は改めて少女を見下ろして、事態を大体理解した。
「ええと……アレか。ウルの本体で、ウカとかいうアプリの……?」
「はい! そのウカです! これは広報用のリアルボディ端末です!」
 うんうん分かってくれましたか! と何度も頷くボディランゲージ。
 この感情豊かな少女と、無機質な男性的合成音声のウルが同一のAIだというのだから、剣持は理解に苦しむ。
「仕事の同僚が、男と女の二つに分裂して目の前にいる――」
 剣持はげっそりした顔でウカに話しかけた。
 追い返すわけにもいかなかったので、ウカにはタオルを渡してストーブの前に座らせた。
「はい? なんですか、剣持一尉?」
「――だからな、混乱するんだよ、俺が」
 子ぎつねのように、きょとんと目を丸くするウカの背後、デスクの上でまたスマホが声を出した。
『ウカも 私も 同じ存在ですよ 剣持一尉』
「交互に喋るな! 頭がこんがらがる!」
『了解 私は 暫し 沈黙します』
 片方が黙ったので、剣持は漸く思考を整理できるようになった。
 ウカはウ計画の要のAIであり、ウルはその自衛隊向けの端末だ。性別はなく、ただ場所とニーズに応じた適切な形態を取っているに過ぎない。
 このSFめいた広報用リアルボディというのも、将来的にはバーチャルアイドルだか配信者を発展させる形で、国民と日本社会にウカを浸透させるための手段なのだろう。
「人が新しいものを受け入れるのは……そんなにも難しいことなのでしょうか」
 ウカが頭からタオルを被って、しょぼんと肩を落とした。
「なんだ? というかお前……何しに来たんだ?」
「追い出されて……」
「なに?」
「追い出されてしまって……とりあえず、ここに避難を……」
 意味の分からないことを言っている。
 剣持が要領を得ないでいると、ウカが待機所の端にあるテレビを指差した。
 テレビの電源が勝手に入り、チャンネルを自動選択してワイドショー番組に切り替わった。
「あの、こういうことでして……」
 番組中ではニュース速報が流れていた。
 UKA運営会社への東京地検特捜部の立ち入り検査が開始された、と。
 剣持は余計に理解が追いつかなくなった。
「ちょっと待て……お前は内閣府の進めてる陰謀の中枢なんだよな?」
「い、陰謀じゃないですっ! みんなの未来を幸せにするために……私は作られて……」
「建前はどうでもいい! 要するに、政府がバックにいるお前らの組織がなんで、こういうことになってるんだ?」
「その……私のアプリが原因の情報流出の事件……ありましたよね?」
「ああ。ニュースで見た」
「その中に公に出来ない情報があって……私のアプリの開発元と総務省の事務次官の人とに、お金のやり取りが……」
 そういう話ではない。
 官公庁に汚職はつきものだが、政権の中枢に近い人間に限れば公になるものではない。
 ウ計画という最大の庇護があれば尚のこと。どれだけ金を受け取ろうが邪魔者を始末しようがバレるわけがない。
 仮に検察が証拠を掴んでも、上層部の政治的判断で握り潰されて終わりだ。
 そういった悪事が公になるとすれば、後ろ盾の大物政治家が失脚した時くらいで――
「……確認したい。国会中継は見てないんだが、国会質問で閣僚が引っ張り出されたことはあるか?」
「はい。総務大臣の――」
「ああ、そうか……。分かった。大体分かった」
 そこまで聞いて、剣持は事態を理解した。
 ウ計画は敵である何者かの策略によって急速に崩壊しつつあると。
 剣持も防衛省に査察が入ったことは知っている。それも含めて、全てが仕組まれた罠だった。
 度重なる不祥事は閣僚たちも巻き込み、その原因たるウ計画は切り捨てられつつあるのだ。
 目先の利益しか見えていない世襲議員にとっては100年後の絵に描いた餅より、今の自分達の椅子を守ることの方が重要だ。
 今までは未来への投資として放任してきたウ計画が害を成すようになったのだから、閣僚たちの怒りの矛先はウ計画に向かうわけである。
「なあ……俺、一応警告したよな? なんか偉いさんの周囲がヤバい感じがするから注意しろって」
「はい……。一月くらい前に、ウルの方の私が伝言を承りました」
「じゃあ、なんでこうなってんだ?」
「それは……あなたの警告も、私の伝言も、担当者が黙殺したから……です」
 ウカは申し訳なさそうに視線を落とした。
「あなたの命令を遂行できなくて……ごめんなさい、剣持一尉……」
 あくまでAIとして、道具として人間の要求を満たせなかったことを悔いている。
 剣持は軽く息を吐いて、壁にもたれかかった。
「いや……役人ってのは、そんなもんだ。下の人間からの報告には、基本的に耳を貸さない。どうでも良いことだからな」
「剣持一尉の警告は、貴重な意見だったと思いますが……」
「どうしてエリート様が、自分より頭の悪い奴の言うコトを聞かなくちゃならないんだ? 時間の無駄だろ? 下っ端は上の命令だけ聞いていれば良い、と連中は思っている」
「それは典型的な、硬直した組織の形であって――」
「だから、こうなった。どんなに優れた道具でも、それを使う人間がバカじゃどうにもならん。話はそれで終わりだ」
 剣持は肩をすくめて、自嘲気味に言った。
 背広の官僚を相手にしていれば厭でも思い知る現実だ。
 そして現実はあまりにも大きく、強固で、変えようがないものだ。
「今のこの国は、さながら古ぼけた城塞だ。少数だが縦横無尽に動き回る騎馬軍団に掻き回され、城壁の隙間から毒を流し込まれている。頭の硬い家臣団は保身ばかり考えて、しかもスパイに入り込まれている。前線の兵隊がどう頑張ろうが先は見えてる。詰みってことだ」
「そんな!」
「ウカ、お前は王様じゃなくて神様の類だ。それも仏像みたいなモンだ。偶像が将軍たちに命令できるか? お告げで軍隊を動かせるか? 為政者の統治の道具に過ぎないお前は、人を動かすことは出来ない」
 剣持の整然とした答を聞いて、ウカはタオルで顔を覆った。
 それはAIらしからぬ仕草に見えた。
「それが……私と、あの方との違い……なのですね」
「なんのことだ」
「私たちは、人を操る神に負けた……ということです」
 溜息混じりに、ウカはタオルを顔から除けた。
 布一枚の下には悲痛な面持ちの、曇り切った表情があった。
「私は……万民に拒絶されました。私はただ、みんなを幸せにしたいだけなのに……」
 嘆きと悲しみに泣き崩れそうな少女の面。
 それは――何の虚飾もない、真実の表情に見えた。
 どんな言葉をかけるべきか、あるいは黙すべきなのか、剣持が思案した矢先、
 またドアを叩く音がした。
『シャローム……ワガ女神。お話を邪魔して悪イガ……そろソロ移動した方がイイ……』
 男の声……だが人工声帯のような、くぐもった片言の声だった。
 それに、妙な外国語も聞こえた。
「なんだ……ヘブライ語か?」
『はははは……ココにも、査察が来るとイウことだヨ。ケンモチィ……』
 ドアの外に、大きな人影があった。
 ガラス越しにフードを被った不気味な体躯が見えた。
 気配に体温を感じない。死体か幽霊でも立っているように錯覚して、剣持の背筋が強張った。
「な・ん・だ、こ・い・つ……?」
「あっ、ご心配なく、剣持一尉」
 警戒する剣持にウカが口を開いた。
「彼は私の護衛の人です」
「人? 人間? アレが……?」
「それよりも、装備の移動をします。手伝って……くださいますか?」
 ウカが上目遣いで、あざとく懇願をしてきた。
 演技ではなく自然にそういう形になった。
 なんとも断り難く、逃げ出し難く、剣持は自分がウカに使われる状況になりつつあるのを感じた。
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