187 / 237
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと31-炎上編-
しおりを挟む
サザンクロス――南郷十字の異名だ。
一部の裏社会の人間は、彼をそう呼ぶ。
「ヘーーイ、サザンクロス~~? 最初に言っておくけどォ~~? ワタシ、どっちかというと悪人だと思うンだよネ? そこんとこオーケェー?」
エデン・ザ・ファー・イーストなる仮面の男は、かぶった登山帽をクイクイと弄りながら言った。
要するに仕事に際して前歴、人格などを不問とするか否かという問いである。
「オーケーだ」
南郷は即答した。
エデン・ザ・ファー・イーストはベンチに座り、無貌の仮面で南郷を見上げている。
雇い主を試すために、敢えて礼を弁えない態度を取っているのだろう。
「これまで何百人と人間の精神を弄ったり、その結果として死んじゃったりもしてるけど? 本当にイイのぉ~~?」
「あんたが望んでやったことか?」
「イェスだネ。ワタシ、この仕事が楽しいからやってるのネ。尤も~? 仕事として頼まれたからやっただけなんだケド~~?」
「そうか。なら構わない」
南郷は簡潔に、淡々と非道をも肯定した。
さしものエデン・ザ・ファー・イーストも首を傾げた。
「意外だネ、サザンクロス。キミは今、正義の味方に雇われてるって聞いてたケド?」
「昔の汚れ仕事に難癖つけるほど俺は綺麗好きじゃない。あんた自身は快楽殺人者ってワケでもないんだろう?」
「イェース。手段と目的を間違えば、待っているのは破滅だからネ。正義の味方に目を付けられない程度には……弁えてるつもりサ」
狂人のようでいて、急に賢人のように理性的にもなる。
エデン・ザ・ファー・イーストは掴みどころのない人間……というより物の怪の類だった。
南郷の後で、燐がアズハに耳打ちした。
「あの人のお面……なんなの?」
「さあ……? 仕事と関係あらへんから、別にツッコミ入れんかったけど……」
二人の小声が聞こえたのか、エデン・ザ・ファー・イーストが手を振った。
「ハハハ~~! このマスクは、いわゆるハッタリだよガールたちィ! 商売柄、神秘性を高めておくと色々と有利なんだネ~~?」
確かに魔術的な裏世界に生きる彼にとっては、神秘性という箔付けは重要なのかも知れない。
正体不明なら、性別や年齢、国籍で偏見を持たれることもない。
神秘的な外見に実力が伴えば、逆に仮面の憑かせ屋として名声が高まるというもの。
「だから、このマスクは外せない。それにキミは外せ、なんて野暮な要求はしないだろゥ? サザンロス?」
「あんたの中身になんて興味はないし、仕事にも関係ないからな」
「そういうドライなところ……ナイスだネ。これで金払いも良ければ尚のことグッッッド」
すかさず、南郷はポケットから一枚のメモを取り出して見せた。
「ギャラの相場は……後の彼女から聞いた。それに上乗せして……」
「フーーン♪」
エデン・ザ・ファー・イーストはメモに書かれた数字を見て、上機嫌に鼻を鳴らした。
報酬には納得したようだ。
「で、仕事の内容は?」
「憑かせ屋ってのは……ハッキングの真似事も出来るそうだな」
「イェス。なんにでも、と言ったことに偽りはナッシング。人間にでもコンピューターにでも、なんならこのベンチにでも――」
「たとえば……一般に普及しているスマホのアプリには?」
「穴さえあれば――ネ」
エデン・ザ・ファー・イーストが足を組んで、顎に手を置いた。声色は真剣だった。
「人の心にも、物体にも、入り込むのための穴というか――隙間があるんだネ。そこにドロリ、と物の怪を注ぎ込むんダ。もちろんコンピューターとかの電子的なものにも。大体、それはシステム上の欠陥……」
「セキュリティホールか」
「イェス。だがアクセスするための権限が必要だネ。たとえば管理者が意図的にユーザーの情報を抜くために仕込んでおいたような――」
南郷の背後で、アズハが挙手した。
「それならありまっせ。ウチの方で調べておきましたわ」
それにエデン・ザ・ファー・イーストが、ポンと手袋ごしに拍手で応えた。
「グッド。流石だァ~~、ニンジャガール♪」
そのまま続くジェスチャーで、指で〇を作った。
承諾のサインである。
「オーケー。仕事は引き受けたよう、サザンクロス。契約書は?」
「これだ」
南郷が懐から書類を取り出して、エデン・ザ・ファー・イーストに渡した。
「オーケー。ああ、それと――」
書類を受け取って、仮面越しに読みながら、エデン・ザ・ファー・イーストは何気なく会話を続けた。
「――ワタシの祖父は日本人でネ~~?」
何の脈絡もなく身の上話を切り出したと思いきや
「神様を作りたかった~~とか、いつもワケわかんないこと言ってたんだよね~~?」
不穏な内容の話に、南郷たちの空気が変わった。
南郷はやや冷たい表情の奥に殺気が篭り、アズハは少し混乱して首を傾げ、燐は別人のように不敵な笑みを浮かべた。
エデン・ザ・ファー・イーストは空気の変化を明確に感じている。
彼としても意図しての発言だったようだ。
「若い頃に神様の首を見つけて、あとは種を植えて芽吹くのを待ったと……言ってたねぇ? ワタシも父も、年寄りの戯言だと思ってたヨ。祖父が言ってたことがマジだって分かったのは、割と最近サ。日本政府は人造の神を作ろうとしている……ってネ」
「あんた……」
何者だ、と南郷が続けようとしたのをエデン・ザ・ファー・イーストは指で制止した。
「祖父の本名は、リューキ・アズマ。普段は偽名を使ってたがネ。むかーし日本でなんかやらかしてヨーロッパまで逃げてきたってことくらいしか知らない。キミは自分の爺さんが若い頃に何をしてたかなんて、細かいことまで知ってるかい?」
「どうして……そんなことを俺に話す」
「仕事柄、祖父の家系図くらいは調べたからサ。キミの雇い主の正義の味方の実家とは、ちょーーっと面倒臭い関係らしいからネ? 面倒を避けるために話しておこうと思ったノ。ムーフフフフ」
南郷は園衛から東隆輝が何をやったのか聞かされている。
人造神のスペアパーツの頭部を探し当て、それを餌に当時の政府要人と接触して、ウ計画の基礎を作った男だと。
要するに諸悪の根源の孫を名乗る人物が、偶然にも目の前にいる。
いや、そもそも話をどこまで信じられるだろうか。
この仮面の下は東隆輝という老人そのもので、自分の作ろうとした神の完成を見届けに来日したという可能性すらある。
南郷の無言の疑念に、エデン・ザ・ファー・イーストは肩をすくめた。
「ヘイヘイヘーイ♪ ワタシがキミに嘘を吐く必要があるかネ? わざわざキミにターゲットにされるようなリスクのある嘘を?」
「俺たちの敵のことを――」
「知らないヨ。ただ漠然と、祖父の言っていた通りに世界が変わっていくのは分かったネ。仕事で来たのに何カ月も日本に居残ってるのは、それを観察するのが半分、もう半分はただの観光だヨ」
エデン・ザ・ファー・イーストは、そもそもの来日の理由を語っていないことに気付いて、話題を変えた。
「ああ、それとネー。ワタシの前の前の仕事も、前の仕事も、キミたちの敵を作る仕事だったんだけどォ――」
「過去のことは気にしない」
「ああ、そう? サザンクロスは意外と寛大だネ……?」
エデン・ザ・ファー・イーストの仮面がちらりと背後のアズハを一瞥した。
アズハは苦笑いで目を逸らした。
「たはは……」
前の仕事で作った敵というのが、南郷を瀕死にまで追い込んだ改造人間エイリアスビートルだと知られたら、話がこじれそうなので――言わぬが仏であった。
一方で燐は何故か、口元に薄い笑みをたたえている。
「ふふふふ……ああ、そうだったんだ……くすくす……」
燐は、口の中で何やらぶつぶつと呟いていた。
エデン・ザ・ファー・イーストは祖父の話を再開した。
「祖父は利己的な人間だった。だから身内の父もワタシも油断していなかった。神様を作りたい――という欲求がいつか、完成した神様を自分の目で確かめたい、という欲求に変わることを予測していた。祖父が神様の種を植えたのは――」
「70年近く前だと聞いた」
「イェス。完成までは到底、祖父の寿命は保たない。だから、自己の意識を継続させようとしたのネ。憑かせ屋としての技術で――。」
エデン・ザ・ファー・イーストの手袋が、無貌の仮面に包まれた自分の頭をトントン、と叩いた。
「――忌の際にワタシか、父の脳ミソに自分の魂を憑かせようと考えた」
「実行は……したのか?」
「もちろんしたサ。でもォォォォォ? そんなことは父もワタシも予測済み! 先手を打って妨害した! ので! 祖父はそのままゴートゥーヘーール♪ サヨナラ♪ グッバイ♪ フォ~~エヴァ~~♪」
エデン・ザ・ファー・イーストはベンチの上で立ち上がり、高らかに歌い始めた。
「ロクデナシの~~末路~~♪ 同情なんて~~しないモーーン♪ 科学の勝利だエデン・ザ・ファーーーーーー!」
その奇ッ怪な甲高い歌声が次第に大きくなってきたので、南郷は舌打ちした。
「うるっせぇよ……! 声!」
「オオゥ、ソーリソーリィ♪ ど~~も、ウチの家系は声がデカくってねぇ! 祖父の血のせいだねぇ、こりゃあ!」
仮面の下で笑いながら、エデン・ザ・ファー・イーストはすとんとベンチに腰を落とした。
「というワケで、祖父はもう20年くらい前に死んだヨ。黒幕はもういないから、安心したまえ」
「だが……計画はもう自動的に進んでる」
「それにワタシが引導を渡すというのも、奇妙な縁を感じるねぇ~~?」
エデン・ザ・ファー・イーストはポケットからペンを出すと、サッと契約書にサインをした。
「エキサイティングな仕事になると期待しているヨ、サザンクロス」
面接と契約の承諾を終えて、仮面の男が腰を上げた。
「エキサイティングな仲間も……いるようだし、ネ?」
無貌の仮面が、南郷と、アズハと、燐を見まわした。
誰を指した発言なのかは、南郷たちは知る由もなかった。
仮面は再び登山客の中年男性の顔に変わり、エデン・ザ・ファー・イーストは去っていった。
日は落ちて、山中は薄闇に包まれ始めていた。
「な? 言った通り、変なオッサンやろ?」
そう言って、アズハが燐に顔を向けると――
「うん……そうだねぇ? うふふふふふ……エキサイティング? 私が? うふふふふふ……」
燐は聞き馴れない声色で笑い、肩を震わせていた。
長い髪と闇に隠れて、燐の顔は見えない。
一体、何がそんなに可笑しいのか。
いや、そもそも――碓氷燐はこんな声だったろうか……?
アズハは違和感を覚えつつも、なにか思考にモヤがかかったような気分になって――
(ま、どうでもええか……)
気づかぬうちに違和感の原因すら忘れていた。
一部の裏社会の人間は、彼をそう呼ぶ。
「ヘーーイ、サザンクロス~~? 最初に言っておくけどォ~~? ワタシ、どっちかというと悪人だと思うンだよネ? そこんとこオーケェー?」
エデン・ザ・ファー・イーストなる仮面の男は、かぶった登山帽をクイクイと弄りながら言った。
要するに仕事に際して前歴、人格などを不問とするか否かという問いである。
「オーケーだ」
南郷は即答した。
エデン・ザ・ファー・イーストはベンチに座り、無貌の仮面で南郷を見上げている。
雇い主を試すために、敢えて礼を弁えない態度を取っているのだろう。
「これまで何百人と人間の精神を弄ったり、その結果として死んじゃったりもしてるけど? 本当にイイのぉ~~?」
「あんたが望んでやったことか?」
「イェスだネ。ワタシ、この仕事が楽しいからやってるのネ。尤も~? 仕事として頼まれたからやっただけなんだケド~~?」
「そうか。なら構わない」
南郷は簡潔に、淡々と非道をも肯定した。
さしものエデン・ザ・ファー・イーストも首を傾げた。
「意外だネ、サザンクロス。キミは今、正義の味方に雇われてるって聞いてたケド?」
「昔の汚れ仕事に難癖つけるほど俺は綺麗好きじゃない。あんた自身は快楽殺人者ってワケでもないんだろう?」
「イェース。手段と目的を間違えば、待っているのは破滅だからネ。正義の味方に目を付けられない程度には……弁えてるつもりサ」
狂人のようでいて、急に賢人のように理性的にもなる。
エデン・ザ・ファー・イーストは掴みどころのない人間……というより物の怪の類だった。
南郷の後で、燐がアズハに耳打ちした。
「あの人のお面……なんなの?」
「さあ……? 仕事と関係あらへんから、別にツッコミ入れんかったけど……」
二人の小声が聞こえたのか、エデン・ザ・ファー・イーストが手を振った。
「ハハハ~~! このマスクは、いわゆるハッタリだよガールたちィ! 商売柄、神秘性を高めておくと色々と有利なんだネ~~?」
確かに魔術的な裏世界に生きる彼にとっては、神秘性という箔付けは重要なのかも知れない。
正体不明なら、性別や年齢、国籍で偏見を持たれることもない。
神秘的な外見に実力が伴えば、逆に仮面の憑かせ屋として名声が高まるというもの。
「だから、このマスクは外せない。それにキミは外せ、なんて野暮な要求はしないだろゥ? サザンロス?」
「あんたの中身になんて興味はないし、仕事にも関係ないからな」
「そういうドライなところ……ナイスだネ。これで金払いも良ければ尚のことグッッッド」
すかさず、南郷はポケットから一枚のメモを取り出して見せた。
「ギャラの相場は……後の彼女から聞いた。それに上乗せして……」
「フーーン♪」
エデン・ザ・ファー・イーストはメモに書かれた数字を見て、上機嫌に鼻を鳴らした。
報酬には納得したようだ。
「で、仕事の内容は?」
「憑かせ屋ってのは……ハッキングの真似事も出来るそうだな」
「イェス。なんにでも、と言ったことに偽りはナッシング。人間にでもコンピューターにでも、なんならこのベンチにでも――」
「たとえば……一般に普及しているスマホのアプリには?」
「穴さえあれば――ネ」
エデン・ザ・ファー・イーストが足を組んで、顎に手を置いた。声色は真剣だった。
「人の心にも、物体にも、入り込むのための穴というか――隙間があるんだネ。そこにドロリ、と物の怪を注ぎ込むんダ。もちろんコンピューターとかの電子的なものにも。大体、それはシステム上の欠陥……」
「セキュリティホールか」
「イェス。だがアクセスするための権限が必要だネ。たとえば管理者が意図的にユーザーの情報を抜くために仕込んでおいたような――」
南郷の背後で、アズハが挙手した。
「それならありまっせ。ウチの方で調べておきましたわ」
それにエデン・ザ・ファー・イーストが、ポンと手袋ごしに拍手で応えた。
「グッド。流石だァ~~、ニンジャガール♪」
そのまま続くジェスチャーで、指で〇を作った。
承諾のサインである。
「オーケー。仕事は引き受けたよう、サザンクロス。契約書は?」
「これだ」
南郷が懐から書類を取り出して、エデン・ザ・ファー・イーストに渡した。
「オーケー。ああ、それと――」
書類を受け取って、仮面越しに読みながら、エデン・ザ・ファー・イーストは何気なく会話を続けた。
「――ワタシの祖父は日本人でネ~~?」
何の脈絡もなく身の上話を切り出したと思いきや
「神様を作りたかった~~とか、いつもワケわかんないこと言ってたんだよね~~?」
不穏な内容の話に、南郷たちの空気が変わった。
南郷はやや冷たい表情の奥に殺気が篭り、アズハは少し混乱して首を傾げ、燐は別人のように不敵な笑みを浮かべた。
エデン・ザ・ファー・イーストは空気の変化を明確に感じている。
彼としても意図しての発言だったようだ。
「若い頃に神様の首を見つけて、あとは種を植えて芽吹くのを待ったと……言ってたねぇ? ワタシも父も、年寄りの戯言だと思ってたヨ。祖父が言ってたことがマジだって分かったのは、割と最近サ。日本政府は人造の神を作ろうとしている……ってネ」
「あんた……」
何者だ、と南郷が続けようとしたのをエデン・ザ・ファー・イーストは指で制止した。
「祖父の本名は、リューキ・アズマ。普段は偽名を使ってたがネ。むかーし日本でなんかやらかしてヨーロッパまで逃げてきたってことくらいしか知らない。キミは自分の爺さんが若い頃に何をしてたかなんて、細かいことまで知ってるかい?」
「どうして……そんなことを俺に話す」
「仕事柄、祖父の家系図くらいは調べたからサ。キミの雇い主の正義の味方の実家とは、ちょーーっと面倒臭い関係らしいからネ? 面倒を避けるために話しておこうと思ったノ。ムーフフフフ」
南郷は園衛から東隆輝が何をやったのか聞かされている。
人造神のスペアパーツの頭部を探し当て、それを餌に当時の政府要人と接触して、ウ計画の基礎を作った男だと。
要するに諸悪の根源の孫を名乗る人物が、偶然にも目の前にいる。
いや、そもそも話をどこまで信じられるだろうか。
この仮面の下は東隆輝という老人そのもので、自分の作ろうとした神の完成を見届けに来日したという可能性すらある。
南郷の無言の疑念に、エデン・ザ・ファー・イーストは肩をすくめた。
「ヘイヘイヘーイ♪ ワタシがキミに嘘を吐く必要があるかネ? わざわざキミにターゲットにされるようなリスクのある嘘を?」
「俺たちの敵のことを――」
「知らないヨ。ただ漠然と、祖父の言っていた通りに世界が変わっていくのは分かったネ。仕事で来たのに何カ月も日本に居残ってるのは、それを観察するのが半分、もう半分はただの観光だヨ」
エデン・ザ・ファー・イーストは、そもそもの来日の理由を語っていないことに気付いて、話題を変えた。
「ああ、それとネー。ワタシの前の前の仕事も、前の仕事も、キミたちの敵を作る仕事だったんだけどォ――」
「過去のことは気にしない」
「ああ、そう? サザンクロスは意外と寛大だネ……?」
エデン・ザ・ファー・イーストの仮面がちらりと背後のアズハを一瞥した。
アズハは苦笑いで目を逸らした。
「たはは……」
前の仕事で作った敵というのが、南郷を瀕死にまで追い込んだ改造人間エイリアスビートルだと知られたら、話がこじれそうなので――言わぬが仏であった。
一方で燐は何故か、口元に薄い笑みをたたえている。
「ふふふふ……ああ、そうだったんだ……くすくす……」
燐は、口の中で何やらぶつぶつと呟いていた。
エデン・ザ・ファー・イーストは祖父の話を再開した。
「祖父は利己的な人間だった。だから身内の父もワタシも油断していなかった。神様を作りたい――という欲求がいつか、完成した神様を自分の目で確かめたい、という欲求に変わることを予測していた。祖父が神様の種を植えたのは――」
「70年近く前だと聞いた」
「イェス。完成までは到底、祖父の寿命は保たない。だから、自己の意識を継続させようとしたのネ。憑かせ屋としての技術で――。」
エデン・ザ・ファー・イーストの手袋が、無貌の仮面に包まれた自分の頭をトントン、と叩いた。
「――忌の際にワタシか、父の脳ミソに自分の魂を憑かせようと考えた」
「実行は……したのか?」
「もちろんしたサ。でもォォォォォ? そんなことは父もワタシも予測済み! 先手を打って妨害した! ので! 祖父はそのままゴートゥーヘーール♪ サヨナラ♪ グッバイ♪ フォ~~エヴァ~~♪」
エデン・ザ・ファー・イーストはベンチの上で立ち上がり、高らかに歌い始めた。
「ロクデナシの~~末路~~♪ 同情なんて~~しないモーーン♪ 科学の勝利だエデン・ザ・ファーーーーーー!」
その奇ッ怪な甲高い歌声が次第に大きくなってきたので、南郷は舌打ちした。
「うるっせぇよ……! 声!」
「オオゥ、ソーリソーリィ♪ ど~~も、ウチの家系は声がデカくってねぇ! 祖父の血のせいだねぇ、こりゃあ!」
仮面の下で笑いながら、エデン・ザ・ファー・イーストはすとんとベンチに腰を落とした。
「というワケで、祖父はもう20年くらい前に死んだヨ。黒幕はもういないから、安心したまえ」
「だが……計画はもう自動的に進んでる」
「それにワタシが引導を渡すというのも、奇妙な縁を感じるねぇ~~?」
エデン・ザ・ファー・イーストはポケットからペンを出すと、サッと契約書にサインをした。
「エキサイティングな仕事になると期待しているヨ、サザンクロス」
面接と契約の承諾を終えて、仮面の男が腰を上げた。
「エキサイティングな仲間も……いるようだし、ネ?」
無貌の仮面が、南郷と、アズハと、燐を見まわした。
誰を指した発言なのかは、南郷たちは知る由もなかった。
仮面は再び登山客の中年男性の顔に変わり、エデン・ザ・ファー・イーストは去っていった。
日は落ちて、山中は薄闇に包まれ始めていた。
「な? 言った通り、変なオッサンやろ?」
そう言って、アズハが燐に顔を向けると――
「うん……そうだねぇ? うふふふふふ……エキサイティング? 私が? うふふふふふ……」
燐は聞き馴れない声色で笑い、肩を震わせていた。
長い髪と闇に隠れて、燐の顔は見えない。
一体、何がそんなに可笑しいのか。
いや、そもそも――碓氷燐はこんな声だったろうか……?
アズハは違和感を覚えつつも、なにか思考にモヤがかかったような気分になって――
(ま、どうでもええか……)
気づかぬうちに違和感の原因すら忘れていた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀
さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。
畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。
日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。
しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。
やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。
両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は?
これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。
完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる