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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと30-炎上編-

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 あくる日、北関東某所にある何の変哲もない山中の遊歩道――
 些か場に不釣り合いな、派手な見た目の女子高生が二人。
 アズハと碓氷燐だった。
 遊歩道の看板にはキャンプ場併設の公園の案内が書かれているが、平日の夕方なので人気はない。
 秘密の面接をするには適当な場所といえる。
 アズハたち工作要員の増員が必要だった。
 慢性的オーバーワークを解消するために実働要員、つまり忍者の勧誘が望ましかったのだが――
「ごみーん、断られちった♪」
 燐が失敗を告げた。
 アズハ、沈黙。
 空気が凍りつく。
「うう……ゴメンナサイ……」
 流石に空気を読んで、燐は頭を下げた。
「ま、こうなるとは思っとったけどな……」
 アズハは肩をすくめて溜息を吐いた。
 勧誘対象の忍者、川路翔子は由緒も道統も正しき善なる忍の身の上であり、アズハたち邪忍とは相性が悪いのだ。
「翔子は正義だなんだと融通の効かんやっちゃ。説得にもテクが必要やで。で、お前はなんて説明したんや?」
「わ、悪い奴と戦うっていうのは……説明したよ? 重要なトコは秘密のまま……」
「だから、どないな説明やねん?」
「あ、あーしらがウカちゃんをブッ潰すために炎上させたー……って」
 川路翔子の勧誘に失敗した理由が分かった。
 アズハは眉間を抑えて「カーッ……」と唸った。
「翔子は確か、動画配信でウカとコラボしたことがあったな?」
「うん……。だから『お前らのせいで私まで巻き込まれたんだーっ!』って怒っちゃって」
 燐は、ばつが悪そうに俯いた。
 翔子に対しての罪悪感ではなく、勧誘失敗が自分の口下手のせいだと思ってのことだろう。
 アズハはスマホで翔子の配信チャンネルを開いてみた。
 更新は1週間前で止まっており、コメント欄が動画とは無関係のことで荒れている。
『翔子ちゃんがパクリ野郎と友達だったなんて見損ないました……ファン辞めます』
『なーにが正義のニンジャだよ。カルトに協力してんじゃねーか』
『このコメントもすぐ削除するんだろ? 頭ディストビアか?』
 口汚く罵るアンチコメントと、それに対して反論するファンのコメントとが乱闘を繰り広げている。
 見事に炎上が飛び火してしまった。
 これでは翔子の勧誘は燐には荷が重すぎる。瀬織なみの計略と話術がなければ説き伏せられないだろう。
 作戦成功のとんだ弊害である。
「ま、翔子の勧誘は保留やな」
 アズハは溜息混じりにスマホをスリープさせた。
「んー……アズっちの方はどうなのさ?」
 燐が疑念の目を向けてきた。
 まさかアズハも新人の勧誘に失敗していないだろうな、と。
「ウチの方は、一応は面接のオッケー貰ったで? 向こうさん、南郷さんに会うだけ会ってみるってな」
「マジで? どんな人呼んだの?」
「それは……もうすぐ分かるで」
 アズハとしても説明に困る人物なので、実際に目にするのが手っ取り早い。
 少し歩くと――遊歩道の途中で南郷と合流した。
 南郷の右腕には、新しい義手が接合されていた。
「あっ、おにーさ~~ん♪」
 燐は南郷を見るや、にっこりと笑って急接近。
 至近距離で、へばりつくように南郷の周囲をぐるぐると回った。
「新しい腕だよ~~♪ って、簡単にくっつくとかさ~~、頭にアンコつまったヒーローみてー! ぎゃひひひひひ!」
「簡単じゃない……。俺はプラモデルじゃねぇんだぞ……」
「え~~? じゃあ可動フィギュア? たまんない感じ? ね? ね?」
 燐は南郷の右腕をつねったりつついたり、じゃれついては南郷に追い払われていた。
 更に隙あらば腕を組もうと、ぴったりと南郷の背中に張り付く。
「ねぇ~~、おにーさぁん……。あーしのあげた薬、ちゃーんと飲んでるゥ……?」
「飲んでるから……ひっつくな!」
「きゃーっ! ぼーりょくはんたーい♪ ぎゃひひひひひ♪」
 燐は子猫のようにまとわりついては、南郷に振り払われる。
 一見、仲良く戯れているだけに見えるが――アズハは微かな違和感を覚えた。
(燐の奴、ここまで馴れ馴れしかったか……?)
 燐が南郷に特別な感情を抱いているのは知っている。
 だが、それは胸の内に秘めた思いだ。
 悪しき忍として生きたことの気後れ、乙女の恥じらい、拒絶への恐れ、様々な感情の下に隠しているはずだ。
 こんなにも直接に、しかも南郷に本当の感情を晒すような少女だったろうか、碓氷燐は――?
 燐は遊歩道を歩きながら、尚も南郷の周りをうろちょろと飛び回っていた。
 夕焼けと木陰の狭間で、燐の長い髪が銀色に煌めいていた。
「ン……? 燐、その髪……なんか変わったか?」
「あー、これぇ? 銀のメッシュをちょーーっと強めにしたのぉ~~♪」
 燐は以前から長い黒髪の節々にメッシュを入れている。
 確かに、その銀の色合いが俄かに強まっていた。
「なして、急にそんな……?」
「え~~? 髪くらい気分で弄るよ~~? それにィ……」
 一瞬、燐の横顔が見えた。
「おにーさんって、こういうのォ……好きっぽいし~~?」
 冷たく、妖艶に笑う燐は、アズハの知らない顔だった。
 ぞくり、とアズハの背筋に冷や汗が浮かんだ。
「なっ……おい、燐!」
 アズハが気付いた時には、燐は南郷と揉み合いながら十歩以上も先に進んでいた。
 違和感の原因を確かめようとアズハが速足で後を追うと、いつの間にか目的地に辿りついていた。
 やや開けた山の中腹の休憩所。
 簡素なベンチだけが設置されている。
 そこに、登山客と思しき中年男性が座っていた。
「どうも、こんにちは~~?」
 男性は、アズハたちに親しげに挨拶をしたと思いきや
「いや~~? 日本だと……朝でも昼でも夜でもぉぉぉぉ? お仕事のアイサツはぁ! おはようございますぅゥゥゥゥ! でしたっけぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
 声をだんだんと張り上げて、ベンチから立ち上がった。
 異様な光景だが、南郷は取り乱さない。
 燐を腕にまとわりつかせたまま、南郷は男性を見据えた。
「あんたが……憑かせ屋か?」
「そうダネ? 日本でウロウロしてたら、アズハちゃんからお仕事紹介されちゃったから、試しに来てミマシタ~~!」
「その顔で、外国人?」
「いやいや、こォォォれは仮の顔ォォォォ!」
 男性がぐっと顔を突き出して、掌で顔面をこすった。
 アズハは、怪談で似たような話を知っている。
 夜道で通行人がムジナに化かされる話だ。
 時刻は逢魔が時。怪異に遭遇するには丁度いい。
 そして実際、男性の顔面は怪談と同じように一変した。
「じゃじゃ~~ん! ワッタッシは! こぉんな顔ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 顔は真っ白な無貌。目も鼻も口も存在しない、のっぺらぼうの――仮面だった。
 別にこの男は怪異ではない。仮面に偽物の顔を投映する機能があるだけだ。
「グッモーニン、サザンクロス! ワ・タ・シはぁぁぁぁぁぁぁ!」
 声がでかい。
 田舎の山間にじぃーんとやまびこになって反響し、南郷は顔をしかめた。
 これでは人気のない場所を選んだ意味がなくなる。
「あんた……声!」
「おぉっと、ソォォォリィィィ……」
 自己紹介の途中で大声を指摘され、無貌の男は一呼吸置いて、トーンを落として名乗りを再開した。
「ワタシは、エデン・ザ・ファーイースト。そこそこ名の知れた憑かせ屋。あらゆるモノにモノノケを憑かせるのが仕事の……ロクでもない人間サ」
 楽しげに、自虐的に、エデン・ザ・ファーイーストは南郷にくるりと一礼、
 こうして奇妙な男との、奇妙な面接が始まった。
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