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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと26-炎上編-

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 どうして――クローリクさんと景くんが、わたくしの隠れ家にきたのかというのは、クローリクさん自らがペチャクチャと説明してくださいました。
「お前が家の都合で田舎に帰ってしまってから、東くんは元気がなかった! だから、私が元気づけようと課外活動に誘ったのだ」
 田舎に帰った云々というのは、わたくしが活動限界を迎えた時の適当な言い訳でございました。
 急な都合で実家の飛騨に帰ったという設定で、学校の皆さんを納得させてくださいと園衛様にお願いしていたものです
「東くんは随分と落ち込んでいたからな……放っておくわけにはいかなかった。上級生として、選ばれしエリートとして、困っている人を助けるのは当然のことだ」
 なるほど、それは素晴らしい気遣いでございます。
 わたくし亡き後は、せめてクローリクさんが景くんの慰めになってくれれば……と過去に思ったのも事実でありますから、それは良しとしましょう。
「深夜の冬山でUFO撮影! 謎の怪人サザンクロスの足跡を追うためにお台場の廃墟に潜入! ニンジャは本当に実在するのか! 確かめるべく現役女子高生忍者の配信者に突撃取材! 色んなことに誘ったのだが……全て断られた。家まで迎えに行ったのにッ!」
 それは流石にありがた迷惑でございます。
 わたくしが死んだと思って落ち込んでいた景くんの家に、クローリクさんが無遠慮に押しかけていんたーほんピンポンピンポン押しまくって、クソ迷惑な工務店の営業もしくは宗教の勧誘のごとく玄関先で叫んでいた光景が目に浮かびます。
「だが今回! ついに勧誘に成功したッ! 最近、山の廃墟に幽霊が出ると噂になっていたからな! しかもその幽霊、夜中ではなく昼から夕方に出るというんだ! レアものだろう、コレは!」
 その幽霊とは、わたくしのことでしょう。
 こんな田舎の隠れ家でも隠遁し切れないのが現代社会の怖さでございます。
 景くんをちらりと見やると、ばつが悪そうに頬を掻いておりました。
 隠れ家については景くんにも教えておりませんでしたが、幽霊の噂を聞いてわたくしだと察しつつも、断り切れずに結局クローリクさんに引き摺られて来てしまった――という所でしょう。
「――で、来てみたらお前がいたッ! 実家に帰ったんじゃなかったのかッ!」
 ビシィ! と、クローリクさんがわたくしを指差しました。
 神に指を向けるとは、なんたる不敬。
 この礼儀を知らぬ小娘にはただただ呆れるのみ。
 しかしながら、見つかってしまった以上は言い訳が必要です。
「わたくしがここに隠れ住む理由を――察せぬほど、クローリクさんは愚鈍でございましたか?」
 敢えて、挑発するような物言いをしてみせます。
「むっ……?」
「わたくしは実家の事情で学校を離れざるを得ませんでした。その上、こうして隠遁を強いられている。この状況を見て……分かりませんか?」
 薄く笑って謎をかけるは神の遊び。
 クローリクさんは、まんまと術中にはまってくれました。
「お家騒動……か?」
 首をひっこめて、遠慮がちに呟くクローリクさんは――望み通りの回答をいたしました。
「はい。実家の相続が存外に揉めておりまして。園衛様に仲介をお願いしたのです。わたくし、面倒から距離を置くために、こうして暫く隠者となっているのです」
 なんとも説得力のある設定が決まりました。
 クローリクさんのように想像力の豊かな方は、断片的な情報を与えることで勝手に設定を作ってそれを事実と誤認してしまうのです。
 曲がりなりにもクローリクさん自身が導き出した回答ですから、これを撤回することは困難となります。
 いわば言霊の呪縛。
 人が自ら生み出した精気の神への信仰ともいえます。
「なるほど。お前も大変だな……」
 クローリクさんが憐れみの視線を送ってくるのが、ちょっとキツいですわね……。
 この方に同情されるとかゾッとしません。
「ですので、今日のところはお引き取りを――」
「しかし、こんな山奥じゃお前も世間の流れから取り残されるぞッ!」
 遮って、クローリクさんがすまほをグイッと近づけてきました。
 傀儡に出来ると思いきや制御を受け付けなくなる……これが人間の恐ろしいところです。
「なんですか……」
「見ろ見ろ、スマホを見ろニュースを見ろ。そして時事を知れ。世界は面白いぞ」
 すまほの画面には、確かに面白い世界が広がっておりました。
「ほほほ……これはこれは」
 思わず笑みがこぼれます。
 燃えているのです。
 人の作った仮初の世界が、宇宙が、黒い炎で炎上しているのです。
 つらつらと無秩序に、頭の悪い見出しの記事が乱舞しております。
 〈【消すと増えます】 バーチャル配信者ウカちゃんにパクリ疑惑?〉
 〈【消すと増えます】自衛隊vsメカ恐竜動画【頭ディストピア運営】〉
 〈【悲報】シュリンクス開発者が明かす真実「このアプリはスパイウェアやぞ」〉
 〈【悲報】ウカちゃん、カルト宗教のマスコットだった【信者発狂】〉
 わたくしが用意していた種火が、ぶわっと火燃え広がっております。
 左大さんのやらかしもそれに油を注いでいるのは……偶然ではないでしょうね。
「SNSやまとめブログがどこもこの有様だ。最初は運営にすぐ削除されていたが、今じゃそれも追いつかん。削除されたら記事や動画が10倍に増える。半日と経たずにコレだ」
 クローリクさんもこの炎上騒ぎに加担しているのか、それとも傍観して一喜一憂しているのでしょうか。
 どちらにしても、わたくしの術中でございます――と思いきや
「なにか――大きな意思とか、力の流れを感じないか?」
 ちょっと、意外な視点をお持ちのようです。
「と、言いますと?」
「こんなスキャンダルが同時に飛び出したのが偶然で片付くか? これがマスコミのニュースなら意図的な編成と言えるが、どれもこれも元を辿ればブログや掲示板の書き込み、SNS発の匿名の告発だ。単なる個人の書き込みなら話題にもならず埋もれるか、すぐに火消しされる。しかし、だ――」
「このように炎上するのは不可解だと?」
「不可解ではないさ。インフルエンサーが話題を牽引しているからな」
 クローリクさんがすまほを操作して、件のいんふるナントカのあかうんとを表示しました。
「あらぁ……」
 わたくし、思わず感心で息が漏れました。
 表示されたあかうんと名は〈Theory〉。
 つまりは、このわたくし東瀬織の偽装あかうんと。
「その……いんふるナントカという流行り病のような方がぁ……なんなんですかぁ?」
 わくしはスッとぼけつつ、すいっ……と、さりげなく位置を移動。
 景くんの背後にへばりつくように立ちます。
 クローリクさん顔をしかめつつも、話を続けます。
「このアカウント、お天気予報専門だったが暫く修行といって休止状態だった」
 わたくしが死んでいた間のことですね。
 こんなこともあろうかと、事前にそういう呟きを書き込んで神秘性を高めておりました。
「だが、修行から帰ってきた途端に天気予報以外にも意味深なことを呟き始めた」
「へぇ~~? たとえば?」
 わたくしは腰を屈めて、景くんのほっぺにぴたりと顔を密着させます。
 景くんたら「うひっ……」と小さく悲鳴を上げましたけど嫌がっておりませんね。無抵抗に、わたくしのなすがままに、すーりすり。
 景くんのぷにぷにつるつるほっぺ、すーりすり♪
「お前、私の話を聞いてるのかッ!」
 クローリクさんが顔を真っ赤にして叫んでおります。
 わたくしの愛情たっぷり相思相愛すきんしっぷが羨ましいのでしょうか。
「ちゃあんと聞いてますわぁ? さ、お話を続けてくださいな♪」
「くッ……この淫魔め……ッ!」
 少し苛立ちが滲む声でクローリクさんの講釈が続きます。
「Theoryとかいうこのアカウント、天気予報以外に予言めいたことを書き始めた。思わせぶりな画像と一緒に『皆さんが普段から使っているものに意外な危険が潜んでいるかも』とか『風の流れが良くありません』とかな」
 前者の呟きにはすまほの画像、後者の呟きには風力発電の風車の画像が添付されています。
 ま、わたくしが付けた画像なんですけど。
「ほほほ……さような戯言、まともな人が耳を貸すとは思えませんが?」
「無名のアカウントならな。だが、こいつはフォロワー数十万のインフルエンサーだ。加えて、信者みたいな奴らはマトモじゃない。教祖の言うことを勝手に深読みして教義にしてしまう」
「フフ、深読み……ですかあ? 陰謀論者のあなたがそれを言いますか?」
「オカルトとカルトを一緒にするな。傍観者の一線を引けぬほど私は愚か者ではない」
 キリリと真顔でそんなこと言っちゃいますか……。
 こういう明確な線を引いて、そこから先に踏み込んでくれない人間は苦手なのです。
 わたくしの真横で、景くんが顔を動かしました。
「オカルトとカルトって……違うの?」
「言葉の響きは似ていますけどねえ」
 わたくは顔を密着させたまま、解説してあげます。
「神秘的なものを娯楽として楽しむ人と、神秘に傾倒してマジになっちゃう人とは全くの別物でございます。この世界には隠された神秘があって、それに自分達だけが気付いている――という優越感、特別感というのは人を容易く狂わせるのです」
 クローリクさんがうんと相槌を打って、わたくしに続けます。
「その通りだ。人のそういう心を利用するのがカルトというやつだ。過去の歴史を学べば、それがどんな過ちをもたらしたか知ることが出来る」
「古きを知り、先人の過ちに学ぶことが肝要。だから学校の授業で歴史の科目があるのです。尤も――」
 わたくの口が、思わず愉悦に歪みます。
「――歴史を知らぬオバカはいつの世も多いのです。故に詐欺、流行り神の類は消えることはありません。オバカさんは永久にカモられる弱き者。今世では情報弱者という適当な名前もありますね。人間とは歴史に学ばぬ愚かな生き物……くくっ」
「れ、歴史くらい教えてあげたら良いんじゃ……?」
 景くんが少し怯えていますね。
 まるで蛇に巻き付かれた子ネズミのようです。
 しかし、わたくしは愉しい気持ちを抑えられません♪
「景くぅん……真なる愚者とは人の声に耳を貸さないのですよ」
「だから……騙されてるんだーって教えてあげれば良いじゃん……?」
「それが通じないのですよ。彼らの信じる偽りの世界、それはもはや信仰なのです。信仰を否定されたら烈火のごとく怒るのみ。『お前たちこそ我々を惑わす悪魔だ』とね」
「う、うそでしょ……?」
「ならば、これからしかと目に焼き付けて、人の愚かしさを学んでくださいな。昨日までの隣人が邪教に染まり、家族すら憎悪し、富も命も投げ捨てるほどに信仰に狂っていく様を……ヒヒッ」
 ああ、思わず物凄い顔をして笑ってしまいました。
 わたくしの邪な気配を察知したのか、クローリクさんがバッと手を伸ばして景くんを掴みました。
「いい加減にしろッ! さっきから物騒なことばかりッ!」
 小賢しくも景くんをわたくしから引き離して、自分の方に抱き寄せるではないですか。
「お前のような邪悪から後輩を守るのも、選ばれし者の務めだッ!」
「ほほほ……かわいらしい護法童子ですこと」
 所詮は口だけが達者な小娘のすること。
 寛大なるわたくしは笑って許してあげるのです。
「で、お話は続けますか、終わりますか、クローリクさん?」
 わたくしの言葉を挑戦と受け取ったのか、クローリクさんが睨み返してきました。
「このTheoryとかいうアカウントの信者どもが、勝手に憶測を拡大させて炎上に結び付けてる! この発言は実はああだった、こうだったとな! それが何十万人も、海外にもいるから、どんどん飛び火している!」
「それは信者さんが勝手にやったことであって、せおりーさんがやったことではないでしょう?」
「心外だというなら信者どもを止めれば良い! だが、こいつは全くのノーコメント! それどころか、平然と予言を続けている!」
「まいぺーすな方なのでは?」
「ハッ! なら少なくとも信者が言っているような善人ではないだろうな! 自分の発言で何が起きようと知ったことではない、最低最悪の独善者。あるいは人を弄び、世の中を掻きまわして楽しむサイコ野郎だ!」
 うん、正解です。
 クローリクさんの言っていることは完全に合っています。
 この方、なかなか油断なりません。
 放置していれば、いつか真実に辿りついてしまうかも知れませんね。
「つまり、クローリクさんは、このあかうんとが悪意を持って炎上を仕組んでいると?」
「そんな単純な話じゃあるまい。このTheoryにしたって、真の黒幕の指先に過ぎないだろう」
「ウカとかいうあぷりを炎上させて、誰に得があるんですか?」
「普通ならライバル企業……という所だが、ウカは日本の各種インフラに食い込みつつある。それを快く思わない、旧い体制の組織、利権構造……」
 あー……ヤバいですわね。
 間違った答に誘導するつもりが、だんだんと正解に近づきつつあります。
 どうやってクローリクさんの方向を眩ませるか思案した矢先
「恐らく……悪の秘密結社!」
 トンチキな方向に勝手に話が脱線していきました。
「はあ……?」
「秘密結社・暁のイルミナ! 陰謀の黒幕としては古来からの定番ネタだが、こいつらが日本の省庁と深く結びついていたという証拠もある! ほら、このサイトに――」
 どうやら、薬が効きすぎたようです。
 クローリクさんが参照しているのは、情報撹乱と政府叩きのためにカチナさん達に頼んで仕込んでおいたうぇぶさいとでございます。
 そこは嘘と真を織り交ぜているのですが、陰謀論好きのクローリクさんには絶好の遊び場のようで、すっかり熱中しております。
「凄いぞこのリーク情報なんて! なんと、あの怪人サザンクロスは日本政府内のいち派閥が作ったサイボーグ兵士で――」
 目を輝かせて、クローリクさん楽しそうですわね~?
 景くんとぴったり密着して、スマホを見せているのは些か癪に障りますが……。
「見ろ東くん! これが暁のイルミナの改造人間の写真だ!」
「なんで大昔のUFO写真みたいに白黒で画質悪いんですかこれ……。日付は10年前だし……デジカメで撮影したんじゃ……?」
「ジャミングだ! 電磁波だ! プラズマのせいだッ!」
 ともあれ――舞台装置の歯車が動き始めましたわ。
 全てを無に帰す機械仕掛けの神が、70余年の公演を終わらせる時が来たのです。
「さあ観客の皆さんも……舞台に上がって踊りましょう♪」
 冬の庭園、暮れゆく西の空へと、わたくしは一人静かに歌います。
 落日の夜に、国の燃える狂宴……さぞ美しく映えることでしょう。
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