上 下
179 / 237
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと25-炎上編-

しおりを挟む
 わたくしは、東瀬織。
 わたくしが、この国を三ヶ月で破壊すると宣言してから一月が経過しました。
 民草とは、国家の血で肉であり脂でございます。
 国家を一つの生物とすれば、民草が肥えるほど巨大かつ醜悪な怪物と化すのでございましょう。
 際限なく悪性の腫瘍のごとく肉が膨れ上がり、皮膚からは脂肪が吹き出す、衆愚という名の病んだ怪物。
 それは、ちょっとした火の粉で燃え上がり、火だるまと化すのです。
 火種の仕込みは――大体終わっております。
 そして、こちらの戦力も準備が整いつつあります。
 しかし、強き人ほど傀儡にはなってくれないものです。
「うっふふふふ……」
 わたくし、思わず震えながら笑ってしまいましたわ。
 頬を引きつらせながら。
 ここは、いつもと同じ山間の庭園。日が傾き始めた夕刻の頃。
 ギリギリ電波が繋がったすまほ画面には、とんでもない報道が映っておりました。
 〈自衛隊の違法出動による民間工場損壊〉
 〈戦闘行為があったと目撃談多数〉
 〈巨大な機械の恐竜と戦っていた〉
 などなど、正気を疑うような見出しがズラリと並んでおります。
 そして、それらの見出しを辿ったにゅーすさいとの本文は全て〈NOT FOUND〉もしくは〈このページは存在しません〉――全てが掲載から1時間以内に削除されております。
 この事件、起こした方に心当たりがあり過ぎます……。
「あのぉ……ええんですか、これ?」
 工作担当のアズハさんがドン引きしております。
 アズハさんの地道な仕込みを全てに無に帰しかねない大事なので、不安なのも分かる話です。
 かくいう、わたくしも――
「ほほほ……これは予想外でしたわ♪」
 冷や汗が浮かぶほどに。
 左大さんがここまで大っぴらに行動するなんて。一般市民に全て暴露するような立ち回りをするなんて。
 いや本当、マジで予想しておりませんでした。
「ええっ?」
 アズハさんが更に顔を青くしております。
 左大さんの軽率な行動で、作戦そのものが破綻するではないかと危惧するのは分かる話です。
「恐竜……わたくし達、神魔の類には理解しがたきモノ。わたくし達より遥か以前に存在した太古の竜など、全てが想定外でございますわ。いわば劇薬。それは敵にとっても、味方にとっても毒に成り得る……」
「あの、つまり……あの左大って人は制御不能ってことですか?」
「わたくしに容易く御されるような人間では戦力たりえませんわ。それに、あの方……場当たり的なようで、兵法に通じていると見えます」
 それは左大さんの野卑で短絡的な言動からは想像し難いことでしょう。
「恐らく、左大さんは敢えて姿を晒すことで敵を誘き寄せ、これを撃退した。敵の動かせる戦力が少数であると……読んでいたからです」
「敵は日の丸親方なんでしょう? 戦力はいくらでも湧いてくるんじゃ?」
「そう簡単な話ではないんですね。最初に交戦した自衛隊もですけど、訓練名目でしか部隊を動かせなかった。彼らは法の鎖で縛られた不自由な番犬。ウ計画とて万能の錦の御旗ではない、ということです」
「せやかて、ニュースになるほど目立つ必要あるんですか?」
「それこそ……左大さんの真の目的でございましょう」
 影に隠れて暗闘する忍び者であるアズハさんが理解できないのは仕方ありません。
 わたくしは、すまほの画面をとんとん、と指で小突いてみせました。
「陽の兵法でございますよ。自らを種火として、敵中に火を放つ。最大のかく乱工作です」
「多くの人の目に留まることで情報の隠蔽を不可能にする……ってことですか?」
「口封じ……というのは意外と難しいものでして、買収、監禁、暗殺の類は目撃者が少数でなければ使えない。たとえ独裁者が箝口令を敷き、目撃者たちを根切りにしようとしても、人の口に戸は立てられません。今の時代ならば、なおのこと」
「スマホで動画や写真が撮影されて、あっという間にSNSにアップされてまいますからね」
「ここで慌てて圧力をかけて記事や投稿を削除すると、逆効果になります。かといって放置すると、どんどん延焼する。すなわち――」
「こうなったらもう情報の隠蔽は不可能で、詰み……っちゅうことですか」
 こくり、とわたくは頷きます。
「火を消すには、言い訳が必要です。できるだけ辻褄の合う設定を考えて、有象無象の大衆の関心から遠ざける。しかし、それは油を注ぐ者がいない時にしか通用しませんわ」
「なるほど。せやから、ウチらが油と火薬を用意して――」
 不意に、アズハさんが言葉の途中で視界から消えました。
 音もなく跳躍して、木の影に隠れて気配を消す忍び技でございます。
 どうして、そんなことをする必要があるのか――というのは、わたくしも即座に理解できました。
 がさっ……と落ち葉を踏みしめる音がして、二人分の気配が庭園に入ってくるのを感じました。
「あーーーーーっ!」
 そして場違いで、耳障りで、うるさい小娘の叫びが庭園にじぃーーんと響き渡ります。
 ああ、聞きたくもない声。
 ああ、会いたくもない女。
 誰かは顔を向けなくても分かります。
 わたくしは、うんざりして顔を覆いました。
「なんで、あなたがここに来るんですかねぇ……クローリクさん」
 指の隙間から、小娘の……クローリク・タジマの顔がチラチラ見えますね。
 宮本学院の制服を着た、あの鬱陶しい銀髪の小娘が、わたくしを指差して……
「灯台下暗し! 幽霊の正体みたり、だ! 東瀬織ッ!」
 ああ、なにかワケの分からないことを叫んでおります。
 それと、もう一人。
 遠慮がちにクローリクさんの後に隠れている気配は、わたくしの良く知る男の子でございますね。
「き、きちゃった……瀬織」
 東景くんが、申し訳なさそうに、でも少し嬉しそうな顔で俯いているのは、とてもいじらしく、愛らしく……ああ、クローリクさんの無礼もこれでチャラにしてあげようかと思うほどでした。
 しかして、わたくしの静かで孤独な潜伏期間は終わりを迎えてしまったのです。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...