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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと20

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「おっひさ~十字~♪ 私が十字に殺されてから十年ぶりだっけ~? キャハハハハ!」
南郷十字の昔の女〈辰野佳澄/竜の魔女ドラゴンカース〉





 アズハと燐が問題の別荘地に着いたのは、午後10時を過ぎた頃だった。

 都内から栃木県北部までは新幹線を使えばショートカットできるが、機密上好ましくないため、可能な限り急いでもこれが限界だった。

 二人は装備と着替えの入ったスポーツバッグを背負い、現地の高校のジャージ姿で人気のない夜の県道を右往左往していた。

「おい、燐! ホンマにこの辺なんやろうな!」

 アズハは焦っていた。

 敵にアプリケーションを掌握されているため、スマホのナビは使えない。

 頼りになるのは昔ながらの地図と、何度も現地に来ている燐の記憶なのだが、なぜか目的地に辿りつけないのだ。

「あっれぇ……おかしいなあ……? なんで見つからないのぉ……?」

 燐の焦燥はアズハ以上だった。

 信頼と恋慕を寄せている南郷の身に危険が迫っているというのに、すぐ近くまで来ているはずなのに、隠れ家に行くための坂道が見つからない。

 燐は仮にも忍の者だ。夜で視界が悪くても道筋を忘れるわけがない。長い坂道の先の丘にぽつんと別荘が建つ、あんな特徴的な立地を。

「わっけわっかんね……なにこれェ……?」

 燐は長い髪を掻きむしり、地団駄を踏んだ。

 一方、アズハはもう少し冷静だった。

 いくら燐が浅慮とはいえ道を忘れるほどマヌケではあるまい。

 星明りの強い田舎の空は広く、見上げても別荘らしい丘はどこにもない。

「狐かムジナに化かされたような状況……つまり、これは幻術やな」

 あるはずのものを、ないように見せかける目くらましの術。

 それは原始的な幻惑術、現代的な光学迷彩、更に妖術の類まで多岐に渡る。

「へっ? だだだだっ、誰が幻術なんて使うの?」

 燐は更に混乱した。

 別荘から人を遠ざけるために幻術を使う者に心当たりはない。仮に敵に隠れ家を察知されたのなら、そんな回りくどい手は使わずに直接攻撃されているはずだ。

「わからん! ともかく、このテの幻術なら突破する方法は一つ! 精神集中!」

「え~~? あーし、あれ苦手ェ……」

「四の五の言わずにやるでぇっ!」

 アズハはぐずる燐を黙らせるように一喝。

 呼吸を整え、両手を組んで印を結んだ。

「はぁーーっ……闘気ッ!」

 空気が張り詰め、凍結したと錯覚するほどの緊張が走った。

 自己の精神を研ぎ澄まし、五感への外的干渉を遮断することで幻術を脱する忍の技術の一つだ。

「うぅ~~……と、とぉきぃ……!」

 続いて燐も悶々と印を結び、辛うじて精神集中に成功。

 二人の視界に、唐突に坂道が出現した。

 映画のフィルムを繋ぎ合わせたように、パッと背景が切り替わる。

「やっぱ幻術やったか……。しかも、かなりの高等妖術やで……。こんなん忍術の教科書の中でしか知らんわ……」

「よ、よーじゅつってぇ……? だ、だれが?」

「行けば分かる!」

 アズハは一気に坂を駆け上がった。

 隠れ家の別荘には、明かりが点いている。何か言い争っているような声も聞こえる。

『……さんは……どうしてっ!……私のことなんかァァァァ……っ!』

 女のヒステリックな叫び声が聞こえた。

 この声には覚えがある。

「右大鏡花……?」

 アズハも一度だけ顔を合わせたことがある。

 冷静な大人の女かと思いきや、急に南郷のことを「兄さん」と呼んで執着して燐と言い合いになっていた。

 あの時から関わり合いは避けたい雰囲気があったが、ここまで情緒不安定な印象は感じなかった。

『ギィーーーーッッッ!』

 隠れ家の中から、もはや言語ですらない女の金切り声が聞こえた。

 少し遅れて、燐が追いついてきた。

「はぁ、はぁ……。あ、うっ……っ?」

 燐は息を切らしながら、口を抑えて後ずさる。

「ぅぅ……な、なに、ここぉ……!」

 青ざめ、恐怖の表情を浮かべる燐。

 確かに尋常ではない雰囲気だが、そこまで怯える理由がアズハには分からなかった。

「な、なんやねん?」

「あ、アズっち……わかんないの? この家……す、すっごいヤバいのに憑りつかれてる……っ」

「はぁ? 知らんわっ!」

 アズハは意味の分からないことを口走る燐を切り捨て、玄関のドアに手をかけた。

 ガチガチと音を立てて何回か引いてみるがロックされていて開かない。分厚い金属製の金をかけた作りで蹴破るのも不可能。かといって愛刀で切断するのもカドが立つであろうから――

「直で行くで……」

 アズハは声のする方向、明かりの点いた一階の窓を睨んだ。

 相棒の考えを察して、燐が青ざめた。

「えっ、マジで……?」

「ドアより窓の方が修理代安いから……なっ!」

 アズハはスポーツバッグから変幻忍者刀・次蕾夜を取り出した。

 そして生垣を飛び越え、抜刀一閃!

「そいやっ!」

 メタマテリアルで形成された翡翠色の刀身が煌めき、防弾仕様の窓ガラスを切断。

 開いた侵入口からアズハと憐は室内に飛び込んだ。

 眼前に広がる光景は――修羅の土壇場。

「なっ……?」

 アズハは愕然とした。

 大人の女性らしく整えられていたであろう室内は、千切れたシーツや壊れた小物が散乱し、部屋の主と思われる女が、右大鏡花が

 短刀を振り回していた。

「きぃぃぃぃっ……死ねっ……死んでっ! 兄さん死んでぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 目を見開き、派を食いしばり、髪を振り乱す、能面の般若のごとき形相だった。

 対峙するのは南郷十字。

 彼は片腕をなくしているとはいえ、百戦錬磨の手練れである。容易く短刀の間合いを見切り、素人の斬撃を避けていた。

 しかし……なんとも現実離れした光景だった。

「昔の昼ドラかいな……」

 冗談で済ませたい所だが、冗談とはいかない。

 一体、何がどうしてこうなったのか。

 アズハを押し退けて、燐が飛び出した。

「お、おにーさぁんっ!」

 盾になる勢いで前に出た燐を、南郷が左手で制止する。

「くるな……」

「えっ……なんでっ?」

「俺はあいつと話をしている」

「話って……そんな状況じゃないっしょ!」

「良いから黙って見ていろ……!」

 南郷の声には気迫があった。

 死線を幾度となく越えてきた男の放つ、決死の覚悟と圧力があった。

 気圧され、アズハと燐はその場に固まる。二人とて素人の小娘ではない。南郷が自分で何かの決着をつける気なのだと理解して、ごくりと息を呑んだ。

 南郷が、狂乱する鏡花を睨んだ。

「そろそろ出てこい。いつまで鏡花の奥に隠れている気だ」

「なに言ってるの兄さん……私は私! 私を見てよ!」

「お前は鏡花だが鏡花じゃない。俺が気付いてないとでも思ったのか?」

「は、はぁぁぁぁぁぁ?」

「もう鏡花の体を乗っ取るには十分なくらい力は溜まってるんだろう? 佳澄ちゃん……!」

 南郷が、聞き馴れない名前を口にした。

 この場にはいない人間の名だ。

 その瞬間、鏡花が停止した。彼女の肉体と精神の活動が停まって、代わりに別の存在が表に浮かび上がってきた。

「あは……アハハハハハ! あーあ、な~~んだバレてたんだぁ~~♪」

 ふざけたように笑い始めたのは右大鏡花であって鏡花ではない。

 鏡花の声帯を使っているが、声色が別人だった。

 鏡花の顔を使っているが、表情の作り方が別人だった。

 人間とは、中身が替わるだけでここまで人相が変わる。

「さっすが十字~~♪ 勘が良すぎ♪ もしかして、毒のこともバレてた?」

「ああ。体調の変化で分かった。途中から口をつけてない」

「やーだー、もっ、空気読んでよ~~? せっかくサスペンス&サイコスリラーな演出しようと思ってたのにィ♪」

 肩を震わせ邪悪に笑う鏡花の中の存在は、やけに馴れ馴れしく南郷と話していた。

 それは再会に悦ぶ少女であり、他者の破滅に愉悦する魔女。

「そ、私は辰野佳澄。竜の魔女ドラゴンカース……とも呼ばれてたけど? キャハハハハハ!」

 辰野佳澄と名乗ったそれは一瞬、アズハたちに視線を向けた。

 妖気だの怨念だのには鈍感なアズハですら、背筋に冷たいものが走った。

「ぐっ……」

 燐の言っていた「ヤバいもの」の正体を漸く理解できた。

「チッ……確かにヤバいなアレ……」

「ね……あ、あれって誰なの……?」

 燐は怯えていた。

 霊的なプレッシャーに加え、事情も知らないのだから無理はない。

 その点、アズハは僅かながら情報を持っているだけマシだった。

「辰野佳澄……南郷さんの幼馴染で……敵だった人や」

「えっ……どゆこと?」

「イカレた組織に改造されて魔女にされたんや。10年前の戦いで、南郷さんはあの人を助けようとしたけど、どうにもならんで……殺すしかなかったと聞いとる」

 壮絶な南郷の過去を聞かされ、燐は押し黙る。

 それ以上に、凄まじい妖気の重圧が精神に圧し掛かってくる。重力で空間が歪み、時間の流れすら変えるほどの妖力。

 忍者の精神集中を以てしても立っているのが精一杯だった。

「つ、つーか……この状態で……なんでおにーさんは平気なワケ?」

 燐の額には脂汗が滲む。

 アズハもまた、呼吸が荒かった。

「たぶん……南郷さんは普通にウチら以上の精神力があるからやな……」

「精神攻撃無効……ってこと?」

「ガチの鋼メンタルなんやろな……」

「SAN値、無限かよ……」

 精神干渉には、それ以上の精神力をぶつければ勝てる――というのが理屈であるが、こんな悪魔的な魔女の妖気の中で平然としているのは桁違いと言わざるを得ない。

 しかし、どうして死んだはずの魔女が右大鏡花に乗り移っているのか。

 困惑する外野の空気を読んだのか、佳澄が肩をすくめた。

「この子がたまたま、私の欠片に……十字のマフラーに触れてしまった。普通ならそれだけじゃ感染なんてしないんだけど、この子は都合良く霊媒体質だったからァ……こうしてアッサリと中に入れたの」

 まるでサスペンスドラマで追い詰められた犯人のネタバラシのように、佳澄自身もそれを自覚して、歌うように解説を続けた。

「じわじわじわじわ心と体を私に適合させていったのぉ……♪ でもね、それはこの子が私を受け入れる心の隙間があったから♪ それは劣等感であり、喪失感であり、憎しみであり、愛であり……分かるでしょ十字?」

「そうだな……」

「この子の心をズタズタに引き裂いたのも、優しく癒したのも、こうしてまた粉々に砕いたのも、みぃーんなあなた。あなたのせい……♪ ヒャハハハハ!」

 仰け反り、嘲り、銀髪の魔女が笑う。

 小首をころりと傾げて、三日月の赤い瞳が南郷を見つめた。

「私がこうして現世に還ってきた理由……十字なら分かるよね?」

「そうだな……」

「そう……あなたとずっと一緒にいたいから。それは、この鏡花って子の願いでもあるの♪」

 狂おしき愛の告白は、毒々しい妖気に満ちていた。

 それは嘘偽りのない本心。死して尚も南郷を縛り続ける魔女の呪いが、いまこうして形成して黄泉返ってきたのが愛の証明。

 南郷は憐れみのような、悄然とした面持ちで佇んでいた。

「それは本当に……鏡花の願いか?」

「だと思うけど?」

「違ったら?」

「ん~~? その時は、この体は諦めるわ。私みたいな魔物って、外からはドアを開けられないの。家の中の人間が自分からドアを開けてくれないと……ね?」

 佳澄は、意外にもアッサリと退散する旨を口にした。

 人の価値観では俄かには信用できないが、彼女は既に人ではなく生者でもない。魔には魔の理屈がある、ということだろう。

「鏡花と話をさせろ」

「良いけどォ? 説得とか、十字のガラじゃないと思うけど?」

「俺だって……少しは変わったよ」

「ああ、そう? 私と違って?」

 魔女は少し寂しげな、人間臭い顔をすると、また鏡花の体の時間が停まった。

 そして、右大鏡花の心が帰ってきた。

「はぁっ……あ……わ、私は……?」

 肉体を乗っ取られていた自覚がないのか、やや混乱している。

 未だ夢と現の狭間にいる女に向かって、南郷が語りかけた。

「鏡花……お前は何がしたいんだ」

「な、なにって……?」

「俺を殺したいのか、俺を自分のものにしたいのか」

「わ、私は……南郷さんに……兄さんに……本当の兄さんになってほしくて……」

「どうして、そう思った」

 南郷は淡々と問う。

 責めることも叱ることもしない。ただ、あるがままに鏡花の本心を受け止める気でいた。

 鏡花の心は、既に丸裸だ。

 感情が爆発し、魔女に外皮を剥がされて、奥の奥の芯が外気に露出している。

「だって……だって南郷さん……私のお姉ちゃんも、義兄さんも……殺しちゃったじゃないですか……」

 鏡花の姉も義兄も、過去の戦いで南郷に倒されている。

 姉は病を克服するために改造処置を受け、やがて人間性を喪失して人食いの怪物となった。

 義兄は妻の復讐のために究極の改造人間となり、南郷との死闘の果てに討滅された。

 だが、どんな理由があろうと南郷が鏡花の家族を殺したことに変わりはない。

 心の奥に埋まっていた小さな憎しみの種は、魔女によって芽吹いた。

 冷たい外気に触れた本心が凍えて、鏡花は震える我が身を抱く。

「私の家族を……奪ったんだから……代わりに……家族になってくれたって……良いじゃないですか……」

「そうか……」

 南郷は納得のいく答を得た。

 心の穴を埋めようとするのは人のサガ。

 鏡花はそれを、家族の仇である男を以て埋めようとした。

 南郷は鏡花にとっては仇であると同時に、尊敬する年上の男……義兄である右大高次に近い存在だ。

 確かに家族の代替品として適当なのだろう。

「鏡花、お前は俺をどう思っている」

 そして再び、南郷は問う。

「憎いか」

「にっ……憎い……憎いよぉ……っっ!」

 搾り出した鏡花の本心。

 南郷はそれを否定しない。受け入れる。

「俺は……別にお前になら殺されても良い」

「えっ……?」

「戦い続けるってのは、恨みを買い続けるってことだ。覚悟はある。だからお前の義兄さんに……右大高次に殺されてやっても良かった。実力で俺を上回ったのなら、いくらでも殺せば良い。俺はこのザマだ。魔女の力を借りれば……お前にだって殺せるだろうよ」

 南郷は手を広げて、一歩前に出た。

 語ったのは全て本心だ。

 長い戦いと憎悪と諦観と絶望と、そして救済の果てに辿りついた南郷なりの悟りの境地だった。

 無防備の状態だった。わざと隙を作るカウンター狙いの体制でもない。

 鏡花が全力で短刀を突き出せば、それで終わる。

 極めて危険な状態だということは、見に徹していた燐にも分かった。

「ちょっ! それは……っ!」

 看過できず割って入ろうとした燐の肩を、アズハが掴んだ。

 アズハは無言で首を横に振って、燐を制止した。

 行くべきではない……と。

 あれは死をかけて憎しみに決着を着けんとする男の戦いだ。第三者が立ち入れる世界ではない。

 アズハと燐が注視する中、南郷は更に鏡花との距離を詰めていく。

「憎しみを終わらせるには、こうするしかない。それは園衛さんも分かってくれる。だが俺を殺したなら……責任を果たせ」

「えっ……責任……?」

「俺が果たせなかった役目を果たせ。お前が俺の代わりに戦うんだ」

「そっ、そんなの……っ」

「逃げられんぞ……この呪いからは」

 南郷は無理難題を投げつけたようにも見えるが……それは実際、言霊の呪いなのだ。

 背負っている重責を擦り付けられて、それを無責任に忘れられるほど鏡花は愚かではない。魔女に肉体を乗っ取られても、鏡花の煩悶はノイズとなって消えることなく魔女との同調を阻む。

 自己の重力に耐え切れず揺らぐ鏡花の眼前に、南郷が立った。

「俺を殺せないなら……お前の本当の願いはなんだ」

「ず、ずっと……わたしの……家族に……っ」

「ずっと……は無理だな。俺もお前も、もうこの家にはいられない。兄妹ごっこは終わりだ。俺たちのいるべき所に……帰る時間だ」

「じゃあ……ダメって……こと……?」

「ダメとは言わん。たまになら……構わないさ」

 南郷は少し固めのハーフボイルドな妥協案を示した。

 諦めがちに、仕方なしに、それほど悪い顔はせず、この程度なら良いだろうと。

「半月に一回くらいなら……時間を作ってやれる……」

「そ、それはちょっと……少なすぎっていうか……」

「じゃあ……一週間に一回で……良いか?」

「あの……本当に……いいん……ですか?」

「お前の怨念がそれで晴れるなら……安いもんさ」

 南郷の提案は、鏡花の心の隙間を埋めるに足るものだった。

 憑き物が落ちたように鏡花の表情が晴れやかに変わって、再び辰野佳澄の人格が表に出てきた。

「はぁ~~……この程度で満足しちゃうとか……この子、チョロ……ッ!」

 佳澄は残念そうな顔をして、大きな溜息を吐いた。

「でも、週刊わたしのお兄ちゃん……っていうのは悪くない妥協案かもね? 自分の人生の1/7を生贄に捧げるってことだもの。悪魔との契約条件としては、いい線いってる」

「魔女のお墨付きか」

「成長したね、十字。腕力じゃなくて交渉と契約で私を負かすなんて」

 魔女は少しだけ……人間臭く微笑んだ。

「私を引っ張り出して、この子の心を丸裸に剥いて、私の除霊と鏡花ちゃんのカウンセリングも同時にやるつもりだったんだね。だから、今まで全部受け入れてたんだ。毒入りのまずいご飯も……」

 佳澄は南郷の戦術と忍耐を呆れがちに賞賛した。

 この勝利を得るために敢えて苦痛を受け続けた覚悟と、大人になった幼馴染の度量の深さを感じて……

 寂しそうに、嬉しそうに、佳澄は少女の顔で息を吐いた。

「じゃ……私はまたマフラーの中に帰るわ。久しぶりに話せて……楽しかったよ」

「ああ……さよならだな」

 南郷に未練はないようだった。

 彼にしてみれば死人が何かの間違いで墓から出てきただけのこと。辰野佳澄は優しく苦い、セピア色の思い出だった。

 しかし、佳澄は執着があるから今もこうして怨霊になっているわけで――

「ふふっ……案外、またすぐに会えるかもねぇ?」

 魔女の赤い瞳が一瞬、燐の目線と交錯した。

「うん……っ?」

 燐は目から背中にかけて、ぬるりとした異物感を覚えた。

(いま、何かが入ってきたような……?)

 立ち眩んだのも束の間、魔女の気配は消えていた。

 鏡花は意識を失い、南郷にその身を預けている。

「ところで……なんでお前らが来てるんだ?」

 南郷が今更の疑問を口にした。

 確かに、南郷から見ればアズハ達が都合良く騒ぎに駆けつける理由がない。

 結局、東瀬織の言った通り南郷が自分で解決してしまったので、全くの無駄足だったわけで……。

「あー……それはちょっと、一言では説明し切れん事情がありましてぇ……」

 アズハは気おくれして、思わず目を逸らしてしまった。

 南郷は特に気にもしていないようで、鏡花を抱えて部屋を出ていった。

「こいつを寝かしたら、話を聞く。あと……靴は脱いで」

 今更になって、土足を指摘された。

 加えて窓を破壊したこと、自分たちが何の役にも立たなかったことがアズハと燐の罪悪感を増幅させて、二人は申し訳ない気持ちで部屋を掃除することになった。

 自発的に、である。

 それから窓に応急処置を施して、その日は隠れ家に泊まることになった。

 翌朝、目が覚めた鏡花と顔を合わせると昨夜の件を否が応にも思い出して……隠れ家を引き払うまで、ずっと気まずい空気で過ごした。

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