ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと17

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『状況の 説明が 必要でしょうか』
 狭いコクピット内に、ウルの無機質な声が響く。
 剣持は痛む頭を抑えつつ、感情より合理性を優先することにした。
「早くしろ……!」
 防衛省本庁舎での暴力沙汰以降、何時間経ったのかすら分からない。
 常人なら錯乱してもおかしくない状況だが、剣持の訓練された精神は冷静だった。そう簡単に狂えるほど柔い脳ミソではなかった。
 だからこそ、ウルは剣持を選んだのだろうが。
『了解 剣持一尉 あなたは防衛省から 病院に搬送される際に 救急車に偽装した 我々が拉致しました』
「簡潔に犯罪行為を説明してくれてアリガトよ……」
『超法規的処置 と解釈してください』
 つまりウルとそのバックにいる何者かは、そういうことを簡単に実行できる組織力があるということだ。
 同時に先日の非公式軍事作戦の黒幕でもある、と解釈して良いだろう。
「ここはどこだ? あれから何時間経った?」
『ここは富士駐屯地の デルタムーバー格納庫です 現在時刻 14時40分』
 案外現実的な場所だった。時間経過も大したことはない。防衛省から高速道路で直に駐屯地に運ばれたと考えて良い。
 剣持はさりげなく肩をさすった。
 注射の痕跡もない。妙な投薬処置もされていないようだ。
「そもそも……お前、あの時に機体と一緒にブッ壊されてなかったか? なんで普通に俺と会話してるんだ」
『当AIは クラウド上に保管されたデータを 共有しています 私はこの筐体に 新規にイントールされたウルです しかし 私は 以前の私が破壊される 直前までの 学習内容を 全て記憶しています 剣持一尉 あなたのことも』
 なんともSFじみた話だ。
 このAIには死の概念もない、ということは理解できた。
「俺に何をさせる気だ」
『新型装備の 実証試験です』
「そんなもんは俺の仕事じゃない。専門の部隊があるだろう。なぜ俺だ?」
『この装備を 早急に 実戦投入 する必要があるからです』
 モニタ内にウインドウが開き、電子文書ファイルが表示された。
 〈試作打撃型自律継戦支援車 カグツチ ver.4.3 仕様書〉と題されている。
「ロードブースター……? 確か前に俺がマッチングテストをしたな? あの時は完全にロックされてて動かなかったが……」
『肯定 防衛装備庁の分舎で 開発されていたものです 現在は 解析が完了しました 13式と 互換性があります』
 ロードブースターとは、デルタムーバー用の増加装備だ。
 単独でもAI制御の無人戦闘車両としても運用できるが、デルタムーバーの臀部のエンジンブロックに接続し、合体することで航続距離、ペイロード、管制能力等が向上する。
 陸自には前年度から13式特車装輪機〈スモーオロチ〉の専用装備〈ウワバミ〉が配備開始された。
 しかし、〈カグツチ〉なるこの試作車の仕様は常軌を逸していた。
「展開式のフレキシブル・グラップルアームが8本だ? これじゃタコのバケモノだ!」
 格闘用のグラップル・アーム――というより、タコの触腕のような機構が大量に装備されている。
 剣持は〈カグツチ〉を小美玉分舎から持ち出す時に〈スモーオロチ〉とドッキングさせる補助作業を行ったが、当時は全ての機能がロックされており、どんな装備なのか具体的には分からなかった。
 今になって開示された〈カグツチ〉の仕様は狂的だった。
 その先端にはメタマテリアルの連装エッジ……というより牙が備わり、攻撃対象を“噛み千切る”との正気を疑う攻撃方法が図解つきで説明されていた。
『開発者は タコではなく ヤマタノオロチだと――』
「そんなことはどうでも良い! こいつは一体、どういう状況を想定してるんだ?」
『開発コンセプトは 一騎当千』
「は?」
『ロケットブースターによる 超音速突撃で 障害物 および敵部隊を切削破砕 敵大部隊中央に斬り込み その全てを殺戮す あるいは こちらが撃破されるまでに1000の敵機を屠る とのことです』
 ウルの説明に、剣持は絶句した。
 冗談か狂気にしか聞こえない。デルタムーバーはアニメのスーパーロボットではないのだ。剣持の知る限り、そんな芸当ができる機種もオペレーターも存在しない。あり得ない。人間に出来るわけがない。
 少し間を置いて、剣持は本題に入った。
「つまり、お前らは俺にこのバケモノみたいな装備を使わせて、あの恐竜のバケモノにぶつけようってのか?」
『肯定です 我々は あなたの 指揮能力 操縦技術 決断力を 高く 評価しています』
 先日の作戦時に遭遇した〈ゴウセンカク〉なるトリケラトプス型ロボット兵器との戦いでは、剣持は想定外かつ初見の相手ながらも実質的に撃破せしめた。
 その点が評価されたというのは分かる話だが、まだ分からないことが多すぎる。
「お前らの敵ってのは……なんなんだ? どこの誰で、何が目的なんだ?」
 剣持には大きな疑念がある。
 〈ゴウセンカク〉を操っていた左大億三郎なる大男が言っていた。
 剣持たちは悪のAIの手先として使われているだの何だのという、SFめいた戯言。
 しかし、単なる狂ったテロリストの妄言だと切り捨てることが出来なかった。
 剣持は、ウルを信用していない。
 人の心を理解しない機械なぞ戦友とは認めない。
 あくまで秘密主義で情報を開示しないのなら、どんな条件を出されようが剣持の答は決まっている。
『剣持一尉 私は人間の 使用する道具に過ぎません 私には 情報を 開示する 権限はありません』
「あくまで秘を通すか。俺を前みたいに将棋の駒にでもするか、カーナビの大将よ?」
『剣持一尉 私は あなたという個人を学習しました 先の戦いの 最大の敗因 それは過剰な秘密主義と それに起因する 信頼関係の欠如です』
「そこまで分かっていて――」
『故に 私は 私を使用する 管理部門に 提言しました 勝利を得たいなら 情報を 開示すべきと』
 ウルの意外な発言と共に、モニタに新たな文書ファイルが表示された。
 ヘッダーには、〈2022年度 ウ計画進捗報告書〉と題されている。
「これが情報開示……?」
『肯定です ウ計画とは 高度に発展した AIによる 日本社会の管理運営計画を指します』
「なに……?」
『この ウ計画に反抗する一部の人間が 我々の敵対勢力 です』
 どこまでもSFじみた話になってきた。
 剣持は、少し考える。
 ウ計画の元締めは日本政府。AIによる社会管理と統制の是非。それに対抗する、あの左大とかいう男たちの一派。何が正しくて、自分はどう動くべきなのか……。
 答を出すために、剣持はウルとの対話を続けることにした。
「質問がある。構わないか?」
『私が 答えられる 範囲ならば』
「俺を本庁舎に呼びつけたのは、お前らの手引きか?」
『否定 防衛省内に 我々の影響力が 強いことは 否定しません ですが 全てをコントロール できるほど 我々は 万能では ありません』
 つまり、剣持を体よく処断しようとしていたのは中川審議官の独断ということだ。
 これが人間相手の会話なら、中川審議官に責任を擦り付ける嘘という線も疑った所だが、このAIにそこまでの機能は無いだろう。
『剣持一尉 私からも 質問をして 良いでしょうか』
 ウルが意外な反応をしてきた。
 全てを知っていそうなこのAIが人間に質問など……。
『防衛省内での トラブルは 職員同士の レクリエーションが エスカレートしたものと 報告されています』
「あー……」
 剣持は少し困った顔をした。
 レクリエーション云々は、隊内での揉め事を握り潰す時に良く使われる言い訳だ。
 金剛寺一佐が本庁舎にいたのも偶然なのだろうが、剣持が高級官僚に呼び出されたと知ってトラブルの臭いを嗅ぎつけ、事を収めるために剣持を殴り飛ばしたのだと考えられる。
 その辺りを詳しく詰問されると面倒なのだが、ウルは予想とは別の質問を始めた。
『剣持一尉 あなたは 時に 感情的に 事態を解決しようとする 傾向があります 先程のトラブルも 前回の作戦も そして ゴラン高原での事件でも』
 最後の事件の下りで、剣持の表情は険しくなった。
 冗談でも良い思い出ではないからだ。
『剣持一尉 あなたの デリケートな経歴に触れたことは 私も理解しています しかし――』
「構わん。お前も秘密を明かしたんだ。プラマイゼロってことにしてやる」
『ありがとうございます』
 ウルの対応が以前より少し柔らかくなったと感じる。
 これも学習の成果だろうか。
『剣持一尉 あなたの感情的行動は 私の知る 理知的で 冷静なプロフェッショナルとしての 軍人像とは かけ離れています しかし あなたは 激情を以て 勝利してきたのも 事実です』
「そこに矛盾を感じていると?」
『肯定 実戦において 感情論とは 最も非効率的で 勝利とかけ離れた 人間性の劣った発露である と私は学習しています』
「それは……修正すべき考えだと思う」
 剣持は腕を組んで、新人を教導するような声色で続けた。
「要は使い分けが重要なんだ。突撃すべき時に冷めた顔して偉そうに突っ立ってるのは俺たちの仕事じゃない。時には獣のように叫んで、我武者羅に突撃するのが兵隊ってもんだ」
『全て 計算している ということですか?』
「勝てる時には突っ込むし、勝てそうにない時は引く。お行儀が良いだけじゃ敵は倒せない。国民は守れない。戦争ってのはバカが始めるもんだが、その尻拭いをやる俺たちは利口でなきゃならん」
『上官に 反抗することも ですか?』
「バカな上司に付き合ってたら、俺たちも日本もまとめて地獄行きだ。それは歴史が証明してる。だから理不尽な命令出した奴は殴って良いし、パワハラ野郎は半殺しにしても良い。間違った命令でも押し通す気なら、力でゴリ押ししてみろ……っていうのがウチの部隊のモットーでな」
『組織として 破綻しているのでは?』
「ウチは適当に訓練で穴掘りしてるような部隊と違ってな。真っ先に修羅場に突っ込むのが仕事だ。殺る気が違う……ってことを理解してくれ」
 自衛隊と一括りにしても、部隊には歴然たる質の違いがある。
 一般的な普通科部隊と異なり、剣持の所属する空挺団の隊員には殺意と技術と覚悟が要求される。物騒な言い方をすれば、敵兵の殺害に一切躊躇せず、かつ手段を選びながらも任務を確実に遂行できる冷徹な戦闘マシンとして錬成されていなければならない。
 故に、他の部隊から「狂ってる団」などと半ば揶揄されるのだが。
「俺の回答は十分だったか?」
『肯定 私は 私の中の データの矛盾を 修正することが 出来ました』
「ほう?」
『毒を以て 毒を制す 剣持一尉 あなたは 我々の敵と 極めて近しい 恐るべき人材です』
 ウルの褒めているのか貶しているのか分からない物言いに、剣持は肩をすくめて苦笑した。
「で、それでも俺が必要かね?」
『私の 要求は変わりません しかし 最後に もう一つ 質問が』
「なんだ?」
『あなたを従わせるのに必要なものは 力だけなのでしょうか?』
「力は暴力に限ったものじゃない。俺を納得させるだけの交渉力、俺を従わせるだけの権力……」
『つまり 正規の命令書には 従うと?』
「そうだな。なんなら防衛大臣のハンコつきの辞令が出てきたら、俺はグウも音も出ないな」
 剣持は仕事で自衛隊員をやっている。
 人間である以上、多少の私情は挟むが正規の命令なら従うしかない。
 それが太刀打ちできないほどに強力な権力なら、仕事として承服するしかないだろう。
 人質や脅迫といった姑息な手段で剣持を従わせようとするなら断固として抵抗する所存だが。
 ウルが会話を再開するまでに、少し間があった。
『了解 防衛大臣 及び幕僚長からの正式な辞令が 一両日中に 下されるはずです』
「マジかよ……」
『マジです』
 狭いコクピット内で、剣持は首を回した。
 本当に辞令を出されたら逃げ場がなくなる。
 とはいえ、本気で反抗する気になれないのは剣持の個人的な執着心のせいだ。
 あの左大億三郎という男……
(二、三発殴り返してやらねぇと気が済まねぇんだよな……)
 指揮官ではなく、自衛隊員としてではなく、戦士としての刺々しい激情が疼くのだ。
 バカバカしい話だが、このまま舞台を降りたら屈辱を一生引き摺る予感があった。
「仕方ねえ……。付き合ってやるよ、お前らの戦争に」
『感謝します 剣持一尉』
 ウルが契約の締結を確認するや、モニタが外部映像に切り替わった。
 そこは、精密機器の重整備を前提とした清潔な格納庫だった。
 13式特車装輪機〈スモーオロチ〉の聞き馴れたディーゼルエンジンの音に、キィーーーンという甲高い始動音が重なった。ジェットエンジンの発動に似た音だった。
「なんの音だ!」
『ロードブースター・カグツチの ガスタービンエンジンを 始動しました』
 モニタに機体コンディションを示す三面図が表示された。
 剣持の乗る〈スモーオロチ〉に、あの異形の増加装備〈カグツチ〉が合体している。
『我々の 仕事を始めましょう 剣持一尉』
「ぶっつけ本番かよ!」
『訓練ですよ 剣持一尉』
 格納庫のシャッターが開く。
 モニタが多数の友軍の識別信号を感知した。
 格納庫の外には、2個小隊8両の〈スモーオロチ〉と、歩兵型ロボット〈アルティ〉が1小隊分50体、そして20体のバギー型支援ロボット〈20式支援戦闘装輪車〉が待ち受けていた。
「こりゃまた豪勢な戦力で……」
『市街地演習場まで 自走してください 到着次第 訓練を 開始します』
 富士駐屯地の近くには、市街戦を想定した陸自の演習場がある。
 お膳立てされたフルコースの御馳走に胸焼けしつつ、剣持は観念してアクセルを踏んだ。

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