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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと16
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陸上自衛隊員、剣持弾が事故調査会への出頭を命じられたのは、年明けの仕事始めの日だった。
年始に非公式の軍事作戦で負傷してから、剣持は部下と共に口封じも兼ねて自衛隊病院に入院という形で軟禁されていた。
剣持自身は搭乗機が破壊されたものの軽傷であり、擦り傷や打撲にガーゼを張る程度で済んでいた。
それが唐突に市ヶ谷の防衛省本庁舎に呼び出され、会議室に閉じ込められた。
薄暗い室内に入れられた時に、剣持はドアがロックされた音を聞いた。
(つまり俺は会議が終わるまで何があっても出られない、と……)
己の置かれた状況を冷静に観察する。ある種の職業病とも言えた。
要するに、この調査会は聴取や報告の場というより、剣持を吊し上げる処刑場と解釈すべきだろう。
ブラインドが下りたままの会議室。
だだっ広い部屋の中央にはパイプ椅子。座れと命令されていないので、剣持は立ったままだ。
調査会の担当官は3人。全員がスーツ姿の背広組だった。
1人は知っている顔だった。官房審議官の中川和彦。かなりの高級官僚だ。
そういったお偉方が関わっている非公式の軍事作戦に、剣持は訳も分からず参加させられ、作戦に失敗した。
(それで俺に責任擦りつけようってか?)
剣持は唾を吐きたい気分だった。
「座りたまえ、剣持一尉」
中川の威圧的な命令に、剣持は平静を装った。
「了解」
返事をして、着席する。
いよいよ馬鹿げた処刑ショーが始まるわけだ。
担当官たちは形式的に作戦についての質問をしてきたので、剣持は機械的にそれに答えた。
こういう茶番に巻き込まれたのは一度や二度ではない。
剣持はコブつきの自衛官だ。
過去のトラブルで出世コースは絶たれたものの、世間に口外されては困ることを知り過ぎているので免職にはならない。自主退職も迫られることもない、飼い殺しのような扱いだった。
そういう厄介者を非公式の軍事作戦に使ったのは、あわよくば剣持を戦死という形で始末したい上層部の思惑が透けて見える。
だが運悪く剣持は生き残ってしまったので、こうして弾劾にかけて処分したいというわけだ。
「剣持一尉。デルタムーバー4両、及び搭載された最新機材の損失。これらはキミの指揮能力の不足に因るものではないかね?」
担当管の一人がお決まりの台詞を吐いたので
「は……」
剣持は思わず嘆息した。
連中はシナリオ通りに台詞を吐いているだけだ。
この悲劇のシナリオの結末は、剣持の左遷という形で幕を閉じるのだろう。
仮にも高給取りの習志野空挺団から、どこかの山奥のレーダーサイトにでも飛ばされるか、あるいは資料館か広報の管理事務でも回されるか。
「キミたち空挺団の隊員は常に想定外の事態に対応すべく訓練されているはずだ。想定外の敵勢力と遭遇した場合の対処として、不適切な点はあったと思わないかね?」
別の担当官がまた台本通りの叱責をした。
無茶振りである。
が、剣持は言い訳をする気はなかった。
自分は訓練と偽った軍事作戦に巻き込まれた被害者だ。それでも最善を尽くした。そもそも事前に情報を開示しなかった上層部に問題がある云々と弁解しても、剣持を陥れる結末の決まったシナリオに変更はあるまい。
「何か弁解はあるかね、剣持一尉」
中川審議官の冷たい声が、会議室に響いた。
防音の会議室は何が起きても外に声は漏れない。
いわば治外法権の密室。
超法規的軍事活動の責任問題を自衛隊法を無視して、いち自衛官個人の罷免に利用することも許される防衛官僚の魔空である。
この会議室では、防衛官僚の権力=戦闘力は3倍に上昇する。
「聞いているのかね、剣持一尉」
中川審議官の威圧的な声が、会議室に響いた。
剣持は何も言わない。
「剣持一尉、これは事故調査会だ! 事故の当事者たるキミが黙っていては何も分からないだろう!」
中川審議官の声に苛立ちが滲み始めた。
理由は分かる。
剣持が無言で笑っているからだ。
「剣持一等陸尉! キミは自分の立場を理解しているのか!」
もちろん十分に理解している。
剣持は非常に危うい立場かつ、ただの自衛官であるから、戦闘力の面において中川審議官たちに大きく劣っている。
中川審議官たちのプレッシャーは巨大であり、その体躯もまたぐんぐんと巨大化。今や会議室の天井にまで達しようとしている!
小人同然の剣持が押し潰されるのも時間の問題だが――
(最高に燃えちゃうんだよねぇ~、こういうのさ……!)
危機的状況だからこそ、剣持は逆境に燃え上がる。
すくっ……と剣持は椅子から立ち上がった。
「なっ……なんだぁっ……?」
中川審議官が、剣持の予想外の行動に怯んだ。
立てという命令は出していない。自衛隊員に上官からの命令無視などあってはならないし。あり得ないことだ。得てして組織の駒というものは、そう調教されているものだ。
剣持が、すたすたと中川審議官たちに向かって歩いていく。
狂暴な、うすら笑いを浮かべて。
しかし修羅場の香りすら知らぬ背広官僚に、その微笑の意味が理解できるはずもなく。
「席に戻りたまえ! 剣持いち――」
効きもしない命令を吐きかけた担当官の脳天に、剣持の高速の手刀が振り下ろされた。
権力の魔法を解くは、肉弾の一撃。頭蓋めりこむ手刀一閃、剣持チョップがトドメ刺す。
骨肉がぶつかる、鈍い音が響いた。
「へ……?」
我が身に何が起きたかを理解することもなく、担当官の一人は白目を剥いて倒れた。
「ひぃえっ! な、なにをしてるんだ貴様へーーーーッッッ!」
もう一人の担当官が、喉をガラガラ鳴らしながら叫んだ。
席を立って逃げようとしたその背広の襟首を、剣持が掴んだ。
「あれれ~~? 自分のやってること理解してねーのかな、このボクちゃんはよォ?」
「おおおおおっ、ききききっ、貴様こそ自分が何やっとんのか理解してるのかァーーーーッ!」
「してるに決まってんだろ。ここは防音会議室。何をやっても良い場所さ? だからここを処刑場に選んだんだろ、アンタら自身がさ?」
剣持の正拳が担当官の顔面にめり込んだ。
「ぶ、ぶひょぉぉぉぉ……」
担当官の戦闘力は0となり、意識のコクピットである頭部損壊で撃破された。
残るは、中川審議官ただ一人。
しかし流石に高級官僚である。それなりに肝が据わっている。
中川審議官は冷や汗浮かべ、椅子から立ち上がる隙を伺いつつ、剣持を睨んだ。
「反論に窮しての暴力行為……傷害事件だぞ剣持!」
「はぁ? 公に出来ない軍事作戦のこと会議してる時点で、あんたら非合法だろ? つまり、この会議だか弾劾裁判だがしらねークソ茶番自体が非公式。俺もあんたらもここには存在しない人間だ。存在しない人間が、存在しない作戦について会議して、そこでパワハラかまして反撃されました? なんて誰に言い訳するんですかね、中川審議か~~ん?」
「きっ……貴様ァ……!」
「俺を簡単にパワハラで潰せるシャバい自衛隊員だと思ってた? それは、ちょーーっと空挺団ナメてないかな~、背広組のボクちゃんよぉ~~?」
剣持が中川審議官へと、にじり寄る。
その体躯は権力の魔空を超越し、純粋なる国家的暴力装置を具現するかのごとく巨大化していく。
一歩進むごとに1メートル、剣持は巨大なる武神となっていく。
会議室の魔空にそそりたつ巨神を、中川審議官は幻視した。
「ハイパー空挺団員……!」
中川審議官の目はぐるぐると渦巻いている。
正気を失いかけていた。
「自衛隊とは抑止力であるが……暴力を暴力で捻じ伏せるための組織でもある。その最もたるのが空挺団……! 剣持ィ……貴様を捻じ伏せるには力(パゥワァー)が足りなかったというワケか……!」
「空挺団は力こそが全て。力とは腕力、権力、知力、経済力、そして判断力! アンタらはその何一つとして満たしていなかった。俺を屈服させる力の何一つとして持っていなかった」
「シビリアンコントロールというものを知らんのか貴様ァ!」
「ンなもん、国会通してない軍事行動してる時点で説得力がないわァ!」
剣持と中川審議官、両社から理論武装の闘気が噴出!
魔空において巨大なるやオーラとオーラがぶつかり合い、サイキック・パルスが爆ぜる!
剣持はなまじの自衛隊員ではない。PKO活動での指揮官経験もある。
自衛隊の海外活動は「何をやってはいけないか」というローカルルール、時事的お気持ち表明、国際法、自衛隊法もろもろに縛られた、いわばシューティングゲームの超ハードモード的な環境!
そこで鍛えられた剣持の理論武装力の闘気は、中川審議官を怯ませるほどだった。
「うぬぁぁぁぁぁ……たかが制服組の下等自衛官ごときがァァァーー……な・め・る・なーーーーッ!」
中川審議官、立つ。
そして気合と共に背広の外部装甲をパージした。爆ぜる! 高級繊維!
アーマーパージの噴煙の中から、上半身裸となった中川審議官の第二形態が出現した。
その姿、あまりにも巨大!
「FOOOOOOOOMUUUUUU……。まさか、出世争い以外でこの姿になるとは思わなかったわ
……」
増大した権力のオーラが魔空内で中川審議官の機体サイズを増大させ、今や天井を突き破らんほどの大魔獣と化していた。
中央省庁とはエリートの権力と欲望がぶつかり合う生存競争の極限バトルフィールドである。
今の中川審議官の姿は、そこで生き残るために適応した魔獣形態といえよう。
「剣持ィィィィ……! テメーごときヒラのクソザコ下等自衛官はァ! この私の小指の先で潰せるハナクソってことを思い知らせてくれるわぁ~~~ッ!」
「どうやって?」
「私は選ばれた高級官僚だぞ? 上級国民様だぞ? あ? 分かってんのか? テメーにゃワイフと可愛い可愛い幼稚園児の娘さんがいたよなァ~~? そいつらに圧力かけて合法的にぷち☆ぷち☆っと、宅配便の梱包材みてぇーに社会的に潰すなんざぁ簡ンンン単ンンンンなんどぅぇ――」
中川審議官は、一線を越えた。
剣持の怒りの境界線を、己の死線を越えてしまった。
ノーモーションで、剣持の拳が中川審議官・魔獣形態の顔面に突き刺さっていた。
「男と男の真ッ向勝負に! 家族のこと持ち出してんじゃあねぇぞシャバ僧がぁぁぁぁぁ!」
「ほぶぅおぇぇぇぇぇッッッッッ!」
中川審議官は悲鳴を上げながら会議室の壁まで吹き飛ばされた。
権力の魔法は解けた、
幻の魔獣形態は解除され。背広姿の弱弱しい姿で中川審議官は鼻血を噴き出していた。
「ぶひょぉぉぉぉぉ……だれか……だれでもいいいい! こ、こいつをぉぉぉぉ……この暴力クソ下等自衛官をごろじでぐでぇぇぇぇぇぇぇ……」
「あのさぁ、中川審議官。そもそも俺を潰そうとしてたのアンタらじゃん? なんで負けそうになったら被害者面してんすか?」
「こ、これは責任追及の調査会であってぇ……」
「アンタらの立てた意味不明な作戦で意味不明なロボット怪獣と戦わされて、俺の部下は三人も意識不明の重体だ。死ななきゃ自分らの責任ノーカンだとでも思ってんのか?」
「だ、だからって……暴力はいけないっ!」
「あれれ~~? 世間知らずのボクちゃんは知らなかったかな~? 言葉の暴力には拳の暴力で反撃して良いんだぜ? 憶えとこうな、パワハラクソ野郎」
剣持がトドメの一撃を叩き込もうとした瞬間!
外から会議室のドアが蹴破られた!
会議室の外から、屈強な制服自衛官が突進してきたッ!
「け・ン・も・ちィィィィーーーーッ!」
見覚えのある顔、聞き覚えのある声!
剣持の所属する第一装輪機大隊の隊長、金剛寺雪之穣一等陸佐! 通称スノー・ジョー大佐だった!
剣持にスノー・ジョー大佐の剛腕が殴りかかる!
対して! クロス・カウンターを狙う剣持!
「金剛寺一佐ァーーーーッッ!」
この突然の急襲に剣持が即応できたのは、常に想定外の事態に対応すべく錬成されてきた空挺団員だからこそといえよう。
しかし、かすり傷とはいえ剣持は負傷していた。
その僅かなパラメーターの低下が、勝敗を分けた!
カウンターのタイミングを見誤った剣持の顔面に、スノー・ジョー大佐の剛拳が叩き込まれていた。
「ぶはっ……」
剣持の敗北だった。
自らを上回る腕力によって、剣持の反抗劇は終幕した。
中川審議官には、スノー・ジョー大佐は救いの神に見えたことだろう。
「おおおっ! よ、良くやったぞ下等自衛官! さ、さ、早くこの暴力クソダボ野郎を警務隊に引き渡してくれぇい!」
だが、すがりつく中川審議官に対してスノー・ジョー大佐は――
「権力も腕力もないザコがァ! だ・れ・に! 命令しとるんじゃあーーーーッッ!」
フライパンのような平手打ちを食らわせ、一撃で気絶させた。
死屍累々の会議室。破壊されたドア。立ち尽くすスノー・ジョー大佐。
剣持は薄れゆく意識の中、異常なる密室に外から人が集まり始めたのを感じた。
そして――
「あぁ……ぐぅ……」
妙な息苦しさと圧迫感を覚えて、剣持が目を覚ましたのは
「な、なんだ……ここはァ?」
デルタムーバーのコクピットだった。
戦闘服に着替えさせられ、体はシートベルトに固定されている。
体に染みついたディーゼルエンジンの駆動音と震動を感じる。コンソールにも電源が入っている。
まるで幻覚の中に飛ばされたような現実感のなさを吹き飛ばすように、コクピット内のスピーカーが鳴った。
『お久しぶりです 剣持一尉』
無感情なAIの合成音声――あの忌まわしい作戦で生死を共にした戦闘サポートAI〈ウル〉の声だった。
年始に非公式の軍事作戦で負傷してから、剣持は部下と共に口封じも兼ねて自衛隊病院に入院という形で軟禁されていた。
剣持自身は搭乗機が破壊されたものの軽傷であり、擦り傷や打撲にガーゼを張る程度で済んでいた。
それが唐突に市ヶ谷の防衛省本庁舎に呼び出され、会議室に閉じ込められた。
薄暗い室内に入れられた時に、剣持はドアがロックされた音を聞いた。
(つまり俺は会議が終わるまで何があっても出られない、と……)
己の置かれた状況を冷静に観察する。ある種の職業病とも言えた。
要するに、この調査会は聴取や報告の場というより、剣持を吊し上げる処刑場と解釈すべきだろう。
ブラインドが下りたままの会議室。
だだっ広い部屋の中央にはパイプ椅子。座れと命令されていないので、剣持は立ったままだ。
調査会の担当官は3人。全員がスーツ姿の背広組だった。
1人は知っている顔だった。官房審議官の中川和彦。かなりの高級官僚だ。
そういったお偉方が関わっている非公式の軍事作戦に、剣持は訳も分からず参加させられ、作戦に失敗した。
(それで俺に責任擦りつけようってか?)
剣持は唾を吐きたい気分だった。
「座りたまえ、剣持一尉」
中川の威圧的な命令に、剣持は平静を装った。
「了解」
返事をして、着席する。
いよいよ馬鹿げた処刑ショーが始まるわけだ。
担当官たちは形式的に作戦についての質問をしてきたので、剣持は機械的にそれに答えた。
こういう茶番に巻き込まれたのは一度や二度ではない。
剣持はコブつきの自衛官だ。
過去のトラブルで出世コースは絶たれたものの、世間に口外されては困ることを知り過ぎているので免職にはならない。自主退職も迫られることもない、飼い殺しのような扱いだった。
そういう厄介者を非公式の軍事作戦に使ったのは、あわよくば剣持を戦死という形で始末したい上層部の思惑が透けて見える。
だが運悪く剣持は生き残ってしまったので、こうして弾劾にかけて処分したいというわけだ。
「剣持一尉。デルタムーバー4両、及び搭載された最新機材の損失。これらはキミの指揮能力の不足に因るものではないかね?」
担当管の一人がお決まりの台詞を吐いたので
「は……」
剣持は思わず嘆息した。
連中はシナリオ通りに台詞を吐いているだけだ。
この悲劇のシナリオの結末は、剣持の左遷という形で幕を閉じるのだろう。
仮にも高給取りの習志野空挺団から、どこかの山奥のレーダーサイトにでも飛ばされるか、あるいは資料館か広報の管理事務でも回されるか。
「キミたち空挺団の隊員は常に想定外の事態に対応すべく訓練されているはずだ。想定外の敵勢力と遭遇した場合の対処として、不適切な点はあったと思わないかね?」
別の担当官がまた台本通りの叱責をした。
無茶振りである。
が、剣持は言い訳をする気はなかった。
自分は訓練と偽った軍事作戦に巻き込まれた被害者だ。それでも最善を尽くした。そもそも事前に情報を開示しなかった上層部に問題がある云々と弁解しても、剣持を陥れる結末の決まったシナリオに変更はあるまい。
「何か弁解はあるかね、剣持一尉」
中川審議官の冷たい声が、会議室に響いた。
防音の会議室は何が起きても外に声は漏れない。
いわば治外法権の密室。
超法規的軍事活動の責任問題を自衛隊法を無視して、いち自衛官個人の罷免に利用することも許される防衛官僚の魔空である。
この会議室では、防衛官僚の権力=戦闘力は3倍に上昇する。
「聞いているのかね、剣持一尉」
中川審議官の威圧的な声が、会議室に響いた。
剣持は何も言わない。
「剣持一尉、これは事故調査会だ! 事故の当事者たるキミが黙っていては何も分からないだろう!」
中川審議官の声に苛立ちが滲み始めた。
理由は分かる。
剣持が無言で笑っているからだ。
「剣持一等陸尉! キミは自分の立場を理解しているのか!」
もちろん十分に理解している。
剣持は非常に危うい立場かつ、ただの自衛官であるから、戦闘力の面において中川審議官たちに大きく劣っている。
中川審議官たちのプレッシャーは巨大であり、その体躯もまたぐんぐんと巨大化。今や会議室の天井にまで達しようとしている!
小人同然の剣持が押し潰されるのも時間の問題だが――
(最高に燃えちゃうんだよねぇ~、こういうのさ……!)
危機的状況だからこそ、剣持は逆境に燃え上がる。
すくっ……と剣持は椅子から立ち上がった。
「なっ……なんだぁっ……?」
中川審議官が、剣持の予想外の行動に怯んだ。
立てという命令は出していない。自衛隊員に上官からの命令無視などあってはならないし。あり得ないことだ。得てして組織の駒というものは、そう調教されているものだ。
剣持が、すたすたと中川審議官たちに向かって歩いていく。
狂暴な、うすら笑いを浮かべて。
しかし修羅場の香りすら知らぬ背広官僚に、その微笑の意味が理解できるはずもなく。
「席に戻りたまえ! 剣持いち――」
効きもしない命令を吐きかけた担当官の脳天に、剣持の高速の手刀が振り下ろされた。
権力の魔法を解くは、肉弾の一撃。頭蓋めりこむ手刀一閃、剣持チョップがトドメ刺す。
骨肉がぶつかる、鈍い音が響いた。
「へ……?」
我が身に何が起きたかを理解することもなく、担当官の一人は白目を剥いて倒れた。
「ひぃえっ! な、なにをしてるんだ貴様へーーーーッッッ!」
もう一人の担当官が、喉をガラガラ鳴らしながら叫んだ。
席を立って逃げようとしたその背広の襟首を、剣持が掴んだ。
「あれれ~~? 自分のやってること理解してねーのかな、このボクちゃんはよォ?」
「おおおおおっ、ききききっ、貴様こそ自分が何やっとんのか理解してるのかァーーーーッ!」
「してるに決まってんだろ。ここは防音会議室。何をやっても良い場所さ? だからここを処刑場に選んだんだろ、アンタら自身がさ?」
剣持の正拳が担当官の顔面にめり込んだ。
「ぶ、ぶひょぉぉぉぉ……」
担当官の戦闘力は0となり、意識のコクピットである頭部損壊で撃破された。
残るは、中川審議官ただ一人。
しかし流石に高級官僚である。それなりに肝が据わっている。
中川審議官は冷や汗浮かべ、椅子から立ち上がる隙を伺いつつ、剣持を睨んだ。
「反論に窮しての暴力行為……傷害事件だぞ剣持!」
「はぁ? 公に出来ない軍事作戦のこと会議してる時点で、あんたら非合法だろ? つまり、この会議だか弾劾裁判だがしらねークソ茶番自体が非公式。俺もあんたらもここには存在しない人間だ。存在しない人間が、存在しない作戦について会議して、そこでパワハラかまして反撃されました? なんて誰に言い訳するんですかね、中川審議か~~ん?」
「きっ……貴様ァ……!」
「俺を簡単にパワハラで潰せるシャバい自衛隊員だと思ってた? それは、ちょーーっと空挺団ナメてないかな~、背広組のボクちゃんよぉ~~?」
剣持が中川審議官へと、にじり寄る。
その体躯は権力の魔空を超越し、純粋なる国家的暴力装置を具現するかのごとく巨大化していく。
一歩進むごとに1メートル、剣持は巨大なる武神となっていく。
会議室の魔空にそそりたつ巨神を、中川審議官は幻視した。
「ハイパー空挺団員……!」
中川審議官の目はぐるぐると渦巻いている。
正気を失いかけていた。
「自衛隊とは抑止力であるが……暴力を暴力で捻じ伏せるための組織でもある。その最もたるのが空挺団……! 剣持ィ……貴様を捻じ伏せるには力(パゥワァー)が足りなかったというワケか……!」
「空挺団は力こそが全て。力とは腕力、権力、知力、経済力、そして判断力! アンタらはその何一つとして満たしていなかった。俺を屈服させる力の何一つとして持っていなかった」
「シビリアンコントロールというものを知らんのか貴様ァ!」
「ンなもん、国会通してない軍事行動してる時点で説得力がないわァ!」
剣持と中川審議官、両社から理論武装の闘気が噴出!
魔空において巨大なるやオーラとオーラがぶつかり合い、サイキック・パルスが爆ぜる!
剣持はなまじの自衛隊員ではない。PKO活動での指揮官経験もある。
自衛隊の海外活動は「何をやってはいけないか」というローカルルール、時事的お気持ち表明、国際法、自衛隊法もろもろに縛られた、いわばシューティングゲームの超ハードモード的な環境!
そこで鍛えられた剣持の理論武装力の闘気は、中川審議官を怯ませるほどだった。
「うぬぁぁぁぁぁ……たかが制服組の下等自衛官ごときがァァァーー……な・め・る・なーーーーッ!」
中川審議官、立つ。
そして気合と共に背広の外部装甲をパージした。爆ぜる! 高級繊維!
アーマーパージの噴煙の中から、上半身裸となった中川審議官の第二形態が出現した。
その姿、あまりにも巨大!
「FOOOOOOOOMUUUUUU……。まさか、出世争い以外でこの姿になるとは思わなかったわ
……」
増大した権力のオーラが魔空内で中川審議官の機体サイズを増大させ、今や天井を突き破らんほどの大魔獣と化していた。
中央省庁とはエリートの権力と欲望がぶつかり合う生存競争の極限バトルフィールドである。
今の中川審議官の姿は、そこで生き残るために適応した魔獣形態といえよう。
「剣持ィィィィ……! テメーごときヒラのクソザコ下等自衛官はァ! この私の小指の先で潰せるハナクソってことを思い知らせてくれるわぁ~~~ッ!」
「どうやって?」
「私は選ばれた高級官僚だぞ? 上級国民様だぞ? あ? 分かってんのか? テメーにゃワイフと可愛い可愛い幼稚園児の娘さんがいたよなァ~~? そいつらに圧力かけて合法的にぷち☆ぷち☆っと、宅配便の梱包材みてぇーに社会的に潰すなんざぁ簡ンンン単ンンンンなんどぅぇ――」
中川審議官は、一線を越えた。
剣持の怒りの境界線を、己の死線を越えてしまった。
ノーモーションで、剣持の拳が中川審議官・魔獣形態の顔面に突き刺さっていた。
「男と男の真ッ向勝負に! 家族のこと持ち出してんじゃあねぇぞシャバ僧がぁぁぁぁぁ!」
「ほぶぅおぇぇぇぇぇッッッッッ!」
中川審議官は悲鳴を上げながら会議室の壁まで吹き飛ばされた。
権力の魔法は解けた、
幻の魔獣形態は解除され。背広姿の弱弱しい姿で中川審議官は鼻血を噴き出していた。
「ぶひょぉぉぉぉぉ……だれか……だれでもいいいい! こ、こいつをぉぉぉぉ……この暴力クソ下等自衛官をごろじでぐでぇぇぇぇぇぇぇ……」
「あのさぁ、中川審議官。そもそも俺を潰そうとしてたのアンタらじゃん? なんで負けそうになったら被害者面してんすか?」
「こ、これは責任追及の調査会であってぇ……」
「アンタらの立てた意味不明な作戦で意味不明なロボット怪獣と戦わされて、俺の部下は三人も意識不明の重体だ。死ななきゃ自分らの責任ノーカンだとでも思ってんのか?」
「だ、だからって……暴力はいけないっ!」
「あれれ~~? 世間知らずのボクちゃんは知らなかったかな~? 言葉の暴力には拳の暴力で反撃して良いんだぜ? 憶えとこうな、パワハラクソ野郎」
剣持がトドメの一撃を叩き込もうとした瞬間!
外から会議室のドアが蹴破られた!
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見覚えのある顔、聞き覚えのある声!
剣持の所属する第一装輪機大隊の隊長、金剛寺雪之穣一等陸佐! 通称スノー・ジョー大佐だった!
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対して! クロス・カウンターを狙う剣持!
「金剛寺一佐ァーーーーッッ!」
この突然の急襲に剣持が即応できたのは、常に想定外の事態に対応すべく錬成されてきた空挺団員だからこそといえよう。
しかし、かすり傷とはいえ剣持は負傷していた。
その僅かなパラメーターの低下が、勝敗を分けた!
カウンターのタイミングを見誤った剣持の顔面に、スノー・ジョー大佐の剛拳が叩き込まれていた。
「ぶはっ……」
剣持の敗北だった。
自らを上回る腕力によって、剣持の反抗劇は終幕した。
中川審議官には、スノー・ジョー大佐は救いの神に見えたことだろう。
「おおおっ! よ、良くやったぞ下等自衛官! さ、さ、早くこの暴力クソダボ野郎を警務隊に引き渡してくれぇい!」
だが、すがりつく中川審議官に対してスノー・ジョー大佐は――
「権力も腕力もないザコがァ! だ・れ・に! 命令しとるんじゃあーーーーッッ!」
フライパンのような平手打ちを食らわせ、一撃で気絶させた。
死屍累々の会議室。破壊されたドア。立ち尽くすスノー・ジョー大佐。
剣持は薄れゆく意識の中、異常なる密室に外から人が集まり始めたのを感じた。
そして――
「あぁ……ぐぅ……」
妙な息苦しさと圧迫感を覚えて、剣持が目を覚ましたのは
「な、なんだ……ここはァ?」
デルタムーバーのコクピットだった。
戦闘服に着替えさせられ、体はシートベルトに固定されている。
体に染みついたディーゼルエンジンの駆動音と震動を感じる。コンソールにも電源が入っている。
まるで幻覚の中に飛ばされたような現実感のなさを吹き飛ばすように、コクピット内のスピーカーが鳴った。
『お久しぶりです 剣持一尉』
無感情なAIの合成音声――あの忌まわしい作戦で生死を共にした戦闘サポートAI〈ウル〉の声だった。
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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