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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと8
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奥上剛。
男性、1910年生まれ。
宗教法人〈みくらの解〉初代代表。
1998年、病没。
要約すれば、なんとも簡潔な経歴でございます。
この方、いわゆる新興宗教の教祖なのですが、あまり設定は盛られておりません。
〈みくらの解〉なる宗教団体のほーむぺぇじを覗いても、
この教祖様は弘法大師の正当な血脈に連なる真言密教の継承者云々と記載されている程度で、別に本人が神様と名乗ったわけでもなく、奇跡を起こしたわけでもないそうです。
御蔵というのは仏教用語の一つですが〈みくらの解〉の由来は、仏教の異端とされた御蔵法門なる教団と思われます。
〈みくらの解〉が御蔵法門の流れを汲む組織なのか、単に名前だけ拝借したのかは今となっては定かではありませんし、本筋にも関係のないことでございます。
この方には、息子が一人おりました。
奥上覚矢。
男性、1934年生まれ。
科学技術に大きな関心を持ち、その才能は日本の宇宙開発の父と呼ばれた糸魚川英二の目に留まり、高校卒業と共に上京、東塔大学工学部に推薦入学。
めきめきと頭角を表し、博士号を取得。後に東塔大学工学部教授に就任。
米国の国家航空宇宙諮問委員会から誘いをかけられるも「アメリカに行ったら寿司もソバも食えねぇべ!」と一蹴。
その後、米ソ両方から引き抜き工作や籠絡、あまつさえ実力行使の脅迫や拉致未遂などを受け続けるものの、それら全てを実力で鉄拳粉砕。
ソ連に拉致された時は誘拐先のシベリア秘密都市を爆破壊滅させて脱出。
米国に拉致された時は空母の乗組員半数を素手で殴り倒し、艦載機を奪って脱出など、冒険映画さながらの武勇伝は数知れず。
別名〈史上最強の科学者〉として、国内外に勇名を馳せる。
家族構成は妻と息子が二人。
息子の一人は、幼少時から付き合いのあった隣の家の米国人家族の幼馴染と結婚。
この米国人一家も色々とイワクつきで……と、まあそんなことはどうでも良いのです。
確かに、奥上教授は面白い人生を送った方のようです。
宗教一色だったお父上とは縁を切っており、最後まで和解することはなかったそうです。
この奥上教授も、2016年に病没しております。
しかし、お父上の没後に遺産相続で些か揉めた形跡がありますね。
「ふぅん……」
分厚い紙の資料をめくって、思わずため息が零れました。
ここは、園衛様の屋敷から少し離れた山間の庭園。
わたくし、東瀬織が使っている隠れ家の一つでございます。
元は観光施設として使われていたものを、宮元家の関連企業が購入して、使い道もなく放置されています。
寒空の下、枯葉の積もった東屋に腰掛け、傍らの資料に目を通しながら……色々と考えを巡らせております。
「奥上教授は遺産相続を放棄……。まあ、お父上のインチキ臭い商売に今さら巻き込まれるのはイヤだったのでしょう。この時に遺産の目録が制作されているはずです、ね……?」
資料をめくってみますが、遺産目録は見当たりません。
「ふぅん……手落ちでございますね、アズハさん?」
資料を集めた細作の名を呼ぶと、柱の影から音もなく当人が現れました。
アズハさんは冬でもお構いなしに金髪に日焼け肌の女子高生忍者さんでございます。
「遺産リスト……そこまで調べなアカンですか?」
「使えそうなネタがどこに隠れているか分かりませんからねぇ」
「使うて……何にですか?」
「言う必要、ありますか?」
冷たい言い方ですが、仕方のないことでございます。
末端の人間が全てを知る必要はありません。
組織とは、個別の部品の集まりに過ぎません。必要とあらば切り捨てることもあります。
機密の重要性は、忍であるアズハさんも良く知るところでしょう。
「そうですね……。ウチとしたことが、クライアント相手に口が過ぎましたわ」
しかしながら、こういう冷たい扱いが叛意に繋がるというのも、わたくしは経験上心得ております。
ゆえに
「短期間でここまで情報を集めてくださったのは、中々大したものですわ。南郷さんが選んだだけのことはあります」
少し飴を与えておくものです。
お世辞と分かっていも、アズハさんは照れ笑いを浮かべております。
「まぁ~~、やり甲斐はありますからねぇ。でも、どうしてわざわざ紙にプリントアウトしとるんですか? データはそのままタブレットか何かで閲覧すればええとちゃいます?」
「電子情報というのは確かにお手軽ですが、手軽すぎて盗難も容易いのです。電子機器にしても、どこから外に繋がるか分かりませんからね」
ここは隠れ家とはいえ、敵にバレない確証はありません。
携帯電話の電波すら妖しい山中の立地を選んだのも、情報の無線送信を警戒しているからです。
アズハさん達には、他にも色々と忙しく仕事を依頼しております。
「内通者の件、うまくやれたようですね」
「はい。リストアップされた役人の家に忍びこんで、盗聴器とマイクをセット。不満のある上司をハメて失脚させて、信用を得て、こちら側に引き込む……陰険なやり方ですねぇ?」
「失脚させる方法に関しては指定しておりませんが?」
「ええ、まあ。良くやる方法でハメましたからね」
「具体的には?」
「忍法、痴漢冤罪。社会的地位の高い人間の関係者をピックアップして、ターゲットと同じ電車に乗せるように調整。あとはウチと燐が体を張って、触ったり触られたりして存在しない痴漢をでっち上げる。人間の錯覚や被害妄想を利用した現代忍術ですわ」
なるほど、確かに陰湿ですわね。
しかし、標的になった官僚上司は大体ろくでもない人間ですから、因果応報というものでしょう。
アズハさん的には手慣れた術のようですが、どこか表情に迷いが見えます。
「ふぅん……? アズハさん、罪悪感がありますか?」
「うっ……」
図星みたいです。
分かる話です。
アズハさんは邪忍業から抜けて、正義の道に戻りたいと願っている。
冤罪擦り付けは、確かに正道とは言えない行為ですね。
「アズハさん、この程度のことはさしたる問題ではございません。正攻法を選べるほど我々に余裕はありません。大義のために清濁併せ呑む覚悟なくば、勝利なぞ望むべくもありませんわよ」
「そう……ですね、ハイ」
「わたくし達は混沌たる者の寄り合いですが、その指向性は……善に向いております。ご心配なく」
そう――指向性は重要でございます。
たとえば、わたくしのような魔の存在、相沢さんのような狂った科学者は、放置すれば悪へと進んでいたこでしょう。
南郷さんは放っておけばどこかで野垂れ死んでいたでしょうし、アズハさんと燐さんがこちら側に与することもありませんでした。
奇縁で繋がり、わたくし達を善き方向に導いてくださるのが他ならぬ宮元園衛様なのですが――
アズハさんの前では名前を出さない方が良いでしょう。
「時にアズハさん。今日は相方の……碓氷燐さんの姿が見えないようですが?」
さりげなく話題を変えます。
それに、上司としては細作たちの動向は把握しておかねばなりません。
「ああ、燐ですか? 燐は今日、南郷さんの見舞いに行っとります」
「はあ、お見舞い……」
別に妙なことではありません。
燐さんにとって南郷さんは直接の雇い主ですし、治療のために薬を届ける役目もあるでしょう。
ですが、人間関係というのは一言で完結するほど単純ではありません。
「すこぉし……厭な予感がしますわねぇ」
「へ?」
アズハさんが首を傾げております。
この様子だと人と人、女と男と女の関係を察するには、もう少し人生経験が必要かも知れませんわね。
男性、1910年生まれ。
宗教法人〈みくらの解〉初代代表。
1998年、病没。
要約すれば、なんとも簡潔な経歴でございます。
この方、いわゆる新興宗教の教祖なのですが、あまり設定は盛られておりません。
〈みくらの解〉なる宗教団体のほーむぺぇじを覗いても、
この教祖様は弘法大師の正当な血脈に連なる真言密教の継承者云々と記載されている程度で、別に本人が神様と名乗ったわけでもなく、奇跡を起こしたわけでもないそうです。
御蔵というのは仏教用語の一つですが〈みくらの解〉の由来は、仏教の異端とされた御蔵法門なる教団と思われます。
〈みくらの解〉が御蔵法門の流れを汲む組織なのか、単に名前だけ拝借したのかは今となっては定かではありませんし、本筋にも関係のないことでございます。
この方には、息子が一人おりました。
奥上覚矢。
男性、1934年生まれ。
科学技術に大きな関心を持ち、その才能は日本の宇宙開発の父と呼ばれた糸魚川英二の目に留まり、高校卒業と共に上京、東塔大学工学部に推薦入学。
めきめきと頭角を表し、博士号を取得。後に東塔大学工学部教授に就任。
米国の国家航空宇宙諮問委員会から誘いをかけられるも「アメリカに行ったら寿司もソバも食えねぇべ!」と一蹴。
その後、米ソ両方から引き抜き工作や籠絡、あまつさえ実力行使の脅迫や拉致未遂などを受け続けるものの、それら全てを実力で鉄拳粉砕。
ソ連に拉致された時は誘拐先のシベリア秘密都市を爆破壊滅させて脱出。
米国に拉致された時は空母の乗組員半数を素手で殴り倒し、艦載機を奪って脱出など、冒険映画さながらの武勇伝は数知れず。
別名〈史上最強の科学者〉として、国内外に勇名を馳せる。
家族構成は妻と息子が二人。
息子の一人は、幼少時から付き合いのあった隣の家の米国人家族の幼馴染と結婚。
この米国人一家も色々とイワクつきで……と、まあそんなことはどうでも良いのです。
確かに、奥上教授は面白い人生を送った方のようです。
宗教一色だったお父上とは縁を切っており、最後まで和解することはなかったそうです。
この奥上教授も、2016年に病没しております。
しかし、お父上の没後に遺産相続で些か揉めた形跡がありますね。
「ふぅん……」
分厚い紙の資料をめくって、思わずため息が零れました。
ここは、園衛様の屋敷から少し離れた山間の庭園。
わたくし、東瀬織が使っている隠れ家の一つでございます。
元は観光施設として使われていたものを、宮元家の関連企業が購入して、使い道もなく放置されています。
寒空の下、枯葉の積もった東屋に腰掛け、傍らの資料に目を通しながら……色々と考えを巡らせております。
「奥上教授は遺産相続を放棄……。まあ、お父上のインチキ臭い商売に今さら巻き込まれるのはイヤだったのでしょう。この時に遺産の目録が制作されているはずです、ね……?」
資料をめくってみますが、遺産目録は見当たりません。
「ふぅん……手落ちでございますね、アズハさん?」
資料を集めた細作の名を呼ぶと、柱の影から音もなく当人が現れました。
アズハさんは冬でもお構いなしに金髪に日焼け肌の女子高生忍者さんでございます。
「遺産リスト……そこまで調べなアカンですか?」
「使えそうなネタがどこに隠れているか分かりませんからねぇ」
「使うて……何にですか?」
「言う必要、ありますか?」
冷たい言い方ですが、仕方のないことでございます。
末端の人間が全てを知る必要はありません。
組織とは、個別の部品の集まりに過ぎません。必要とあらば切り捨てることもあります。
機密の重要性は、忍であるアズハさんも良く知るところでしょう。
「そうですね……。ウチとしたことが、クライアント相手に口が過ぎましたわ」
しかしながら、こういう冷たい扱いが叛意に繋がるというのも、わたくしは経験上心得ております。
ゆえに
「短期間でここまで情報を集めてくださったのは、中々大したものですわ。南郷さんが選んだだけのことはあります」
少し飴を与えておくものです。
お世辞と分かっていも、アズハさんは照れ笑いを浮かべております。
「まぁ~~、やり甲斐はありますからねぇ。でも、どうしてわざわざ紙にプリントアウトしとるんですか? データはそのままタブレットか何かで閲覧すればええとちゃいます?」
「電子情報というのは確かにお手軽ですが、手軽すぎて盗難も容易いのです。電子機器にしても、どこから外に繋がるか分かりませんからね」
ここは隠れ家とはいえ、敵にバレない確証はありません。
携帯電話の電波すら妖しい山中の立地を選んだのも、情報の無線送信を警戒しているからです。
アズハさん達には、他にも色々と忙しく仕事を依頼しております。
「内通者の件、うまくやれたようですね」
「はい。リストアップされた役人の家に忍びこんで、盗聴器とマイクをセット。不満のある上司をハメて失脚させて、信用を得て、こちら側に引き込む……陰険なやり方ですねぇ?」
「失脚させる方法に関しては指定しておりませんが?」
「ええ、まあ。良くやる方法でハメましたからね」
「具体的には?」
「忍法、痴漢冤罪。社会的地位の高い人間の関係者をピックアップして、ターゲットと同じ電車に乗せるように調整。あとはウチと燐が体を張って、触ったり触られたりして存在しない痴漢をでっち上げる。人間の錯覚や被害妄想を利用した現代忍術ですわ」
なるほど、確かに陰湿ですわね。
しかし、標的になった官僚上司は大体ろくでもない人間ですから、因果応報というものでしょう。
アズハさん的には手慣れた術のようですが、どこか表情に迷いが見えます。
「ふぅん……? アズハさん、罪悪感がありますか?」
「うっ……」
図星みたいです。
分かる話です。
アズハさんは邪忍業から抜けて、正義の道に戻りたいと願っている。
冤罪擦り付けは、確かに正道とは言えない行為ですね。
「アズハさん、この程度のことはさしたる問題ではございません。正攻法を選べるほど我々に余裕はありません。大義のために清濁併せ呑む覚悟なくば、勝利なぞ望むべくもありませんわよ」
「そう……ですね、ハイ」
「わたくし達は混沌たる者の寄り合いですが、その指向性は……善に向いております。ご心配なく」
そう――指向性は重要でございます。
たとえば、わたくしのような魔の存在、相沢さんのような狂った科学者は、放置すれば悪へと進んでいたこでしょう。
南郷さんは放っておけばどこかで野垂れ死んでいたでしょうし、アズハさんと燐さんがこちら側に与することもありませんでした。
奇縁で繋がり、わたくし達を善き方向に導いてくださるのが他ならぬ宮元園衛様なのですが――
アズハさんの前では名前を出さない方が良いでしょう。
「時にアズハさん。今日は相方の……碓氷燐さんの姿が見えないようですが?」
さりげなく話題を変えます。
それに、上司としては細作たちの動向は把握しておかねばなりません。
「ああ、燐ですか? 燐は今日、南郷さんの見舞いに行っとります」
「はあ、お見舞い……」
別に妙なことではありません。
燐さんにとって南郷さんは直接の雇い主ですし、治療のために薬を届ける役目もあるでしょう。
ですが、人間関係というのは一言で完結するほど単純ではありません。
「すこぉし……厭な予感がしますわねぇ」
「へ?」
アズハさんが首を傾げております。
この様子だと人と人、女と男と女の関係を察するには、もう少し人生経験が必要かも知れませんわね。
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