ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと7

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 わたくしは、東瀬織。
 言葉遣いは古めかしいと自覚しておりますが、今世の知識は概ね理解しております。
 たとえば、今もこうして、人の知識の結晶が目の前にあるわけですが――
「なんなんですか、これ」
 わたくしは、他人の口を借りて尋ねてみました。
 ここは、大電力と工作機械を使っても易々とはバレない特殊な立地の隠れ家。
 わたくしは氷川朱音さんの肉体を憑代として、意味の分からない物体について、尋ねてみました。
 機械の駆動音が外から響く倉庫の中には、異形の黒い人型機械の上半身が吊り下げられています。
 それはさながら、解体された動物の血抜きのような光景でした。
「んあー……説明しても、分かるかな~~?」
 牛に似た鳴き声を出したのは、小汚い中年男性。
 名前は、相沢満留。
 髪はボサボサ、油でテカっています。少し臭いです。お風呂は三日に一回といったところでしょうか。
 見た目はともかく、この相沢さんは国家公務員でありながら政府を裏切り、わたくし達に協力してくださる貴重な技術者でございます。
 しかしながら、相沢さんの口調には「こんな小娘に科学的な専門知識とか分かるのォ~~?」的な侮りを大きく感じます。
 それは仕方のないことですね。分かります。
 わたくしが憑代にしている朱音さんは、ガチの中学二年生なので、実際説明されても理解できないでしょう。
「上司に説明をするのは当然のことでは?」
「上司? ハッ! キミがぁ?」
 相変わらず、ムカつく声で鳴く男でございます。
 しかしながら、わたくしは怒りません。
 侮られているのは朱音さんであって、わたくしではないからです。
 今風にいえば〈あばたー〉という奴ですね。
「わたくしは、園衛様の代理人でございます。加えて、この体と口はただの借り物ですゆえ」
「ほ~~ん? ええと、キミの本体は? 平安時代から蘇った宇宙人なんだっけ?」
「宇宙人ではありませんわ」
「古代怪獣だっけ?」
「怪獣でもありませんわ」
 ほほほ……ブッ殺しますわよ。
 漫才やってんじゃねぇのでございますわよ。
 わたくし本人がその場にいたら殺気を込めて冷たく睨んでいたでしょうが、わたくしが憑依中の朱音さんは虚ろな目をしていることでしょう。
 ともかく、平静にくだらない会話をやり過ごしていると
「じゃ~、コレの説明しよっか」
 ようやく相沢さんが本題に入ってくれました。
「コレはR.N.A.アーマーの本来の姿……超重装神経接続式外部筋力増加装甲! 人間を兵器に改造する外付けのハードウェアだよ」
 ややこしい単語をよくも噛まずにスラスラと言えるものです。
 やけに物騒な内容を、とても嬉しそうに話す相沢さんの目はぐるぐると渦巻いています。
 ほほほ……イカレていますわね。
 件の増加装甲とやらは、上半身だけでも成人男性の背丈ほどもあります。
 下半身と合体したら、常人の2倍近い身長になるのではないでしょうか。
 全身がブ厚い装甲で覆われ、両肩には武装の懸架装置、腕はやたらと長く、五指には攻撃的な爪が生えております。
 そして右胸の装甲に……なにやら妙な縦文字が描かれていますね。
「七殺火……?」
 なんとも物騒で意味不明な漢字三文字。
 わたくしが首を傾げると、また相沢さんが嬉しそうな声で鳴きました。
「うひひ……そう! 七殺火イ!」
「暴走族の当て字か何かですか?」
「特攻精神という意味ではイエスだね。その三文字は、絶対なる殺意を込めてマーキングした! 天地をひっくり返して目につく全てを殺して殺して殺しまくる! 我は我が子に命ず、 城を破り、ことごとくを殺せ! と!」
「なんですか、それは……?」
 どん引きです。
 狂った笑顔に、どん引きです。
「元ネタは、張献忠という頭のイカレた虐殺者の建てた碑文でね。知らない?」
「さあ……わたくしが生きていた頃より、後の時代の大陸の方のことですし……」
 さしものわたくしも、稼働時期より後世の狂人、しかも大陸の方となれば知る由もありません。
 大体、頭がイカレているのは相沢さんもどっこいなのでは……?
「七殺火! わが子よ、万物を焼き尽くす炎となれ! それが! この装甲兵器を設計した人と、現物を完成させた私の願いなのさ!」
「呪い……なのでは?」
「かもね~? だけど、今度の敵は機械の神様だろう? バケモノにはバケモノ! 怪獣には怪獣! 呪いの鎧VS機械神! ワーオ! ベストマッチのベストバウトじゃんっ!」
 ワーオじゃねぇですわよ。
 何も言えません。
 この方、やっぱり狂ってますわね。
 閉口します。
 神であるわたくしは人の英知は理解できても、人の欲望は度し難く、狂気は理解しかねます。
「私はね~~、給料貰って人殺しの武器を作るのは大好きなんだけど~~? やっぱり人間以上のバケモノぶっ殺せるなら、それこそ技術者冥利に尽きるんだよね~~? これで私は? 子供の頃から憧れてたスーパーロボットアニメの博士と同じ土俵に立てるんだよ♪ あー、早く地球を狙う侵略者どもをガンガン☆ヅんづん☆ブッ殺してぇ~~……」
「一応、確認しますが戦う相手……宇宙人じゃ……ありませんよね?」
「えっ? 宇宙人も狂ったAIも怪獣も妖怪も忍者もサイボーグも、みんな似たようなモンじゃん?」
「いや、流石に忍者は違うんじゃないんですかね……」
 わたくしのツッコミを無視して、相沢さんの解説は続きます。
「七殺火の全身は積層型重電磁反応装甲に覆われていて、うまく使えば戦車の主砲弾も逸らせる! 加えて、コロニウム素子由来のメタマテリアルを使用した電磁推進の使用時に発生する。仮想質量作用点を応用した防御フィールドを展開可能! これは指向性エネルギー兵器、及び小銃弾程度の質量攻撃に対して有効!」
「つまり……重装甲に加えて防御結界持ちで、ガチガチに硬いと?」
「イエス! 意外と理解が早いね!」
 相沢さんが親指を立ててニッコリ。
 やっぱり、わたくしのことバカにしてますわね……。
「しかし、これだけの装甲だと重いのでは? まともに動けるんですの?」
「人工筋肉山盛りで自立と歩行は可能だよ?」
「そんな筋肉ダルマで戦闘機動ができるのか、というのを聞いております」
 堅牢すぎる装甲は重量過多に繋がり、その重量を支えるために筋肉量は増え、またそれらを稼働させる動力も大型のものが必要とされ、その動力を動かす燃料も増大する。
 そういった悪循環に陥るのが世の道理でございます。
 此度の戦に、机上の空論、狂人の与太、絵に描いた餅、伊達酔狂の類は不要なのです。
 確実に使える戦力でなければ、こんなものに時間と物質と予算を注ぎ込む意味などありません。
「ムフフフ」
 ああ、また相沢さんが牛のように鳴いています。
 しかも誇らしげに。よくぞ聞いてくれました、とばかりに。
 厭ですね~。でぃすいず気持ち悪いですね~。
「確かに! このままだとコイツは腕一本ロクに動かせない! 象みたいにノロノロした動きしか出来ないだろうね!」
「実戦で、それでは粗大ゴミですわね?」
「イエス! コンセプトに技術が追いついていない! だ・か・ら! そこに更に別の技術を投入して克服! したッッッッ!」
 言うと、相沢さんは机から科学誌を取り上げて見せました。
「新世代電磁推進の実用化ッ! これまで一向に成果を上げられなかった宇宙空間での電磁推進技術! その失敗作と死屍累々を乗り越えて、我が国の東塔大学! 奥上研究室が完成させたのが! コロニウム素子を応用した作用点力場の――」
「あの、手短に。簡潔に」
「おーぅ……要するに、宇宙用の小型スラスターを応用した姿勢制御で、強引に手足を加速、可動させるんだ」
「凄く手短に説明してくださってありがとうございます」
 最初からそう言えってんですよ。
 つまり、手足の先端に推進器をつけて、高速で振り回すことで敏捷性を得る力技での問題解決ですわね。
「ちなみに……これって、人が着る鎧なんですわよね?」
「うん。南郷くんに装着してもらうよ」
 やっぱり、この方イカレてますわ。
 南郷さんに少し同情してしまいます。
 しかし――先程、どこかで聞き覚えのある名前が出てきたような……?
「奥上……研究室、と仰いましたか?」
「うん。奥上研究室」
「それは一体、どんな?」
「東塔大学には奥上先生という偉い教授がいてね~。その方の名前を取った宇宙開発に関する研究室なんだ」
「奥上……先生?」
「そう、奥上先生。私は他校の生徒だったけど、学生時代に何回も講義に忍びこんだな~。面白い人だったよ? お葬式には、国内外たくさん参列者がきてたね~~……」
 相沢さんは珍しく狂気も薄く、しみじみと思い出を語っておりました。
 わたくし、この奥上という名前にどうにも引っかかりを感じてしまい、朱音さんの体との接続を切ってから、内偵資料を確認してみました。
 そして見つけました。
 奥上という同性の人物が、此度の敵であるウ計画の発端に深く関わっていた――と。
 ゆえに科学と呪い、相反する水と油の二つに分かたれた奥上家の盛衰と、生臭い話も――おのずと知ってしまうのでした。
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