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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと2
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宮元カチナは、野菜加工場で働いている。
正確には、働かされている。
カチナは肉体年齢的には14歳程度だ。褐色の肌と赤茶の瞳は、どう見ても外国人である。
国籍も日本人でないことだけは確かだ。この肉体の記憶にも無いので詳しくは知らないが。
これが一般的に違法就労にあたる、というのはカチナも認識している。
西川ファームなる農場に付随する加工場で、毎日毎日野菜を洗ったり切ったり、漬物にしたり業務用の巨大鍋に放り込んだりしている。
法外な借金返済のために、異国から来た同胞たちと共に労働の日々である。
酷い。
なんて酷い扱いなのだろう。
日本人は非道すぎる。
カチナ達は、ほんの少し暴れただけだ。
ほんの少しテクノ・ゴーレムという魔術的機動兵器を日本国内に持ち込んだり、
ほんの少し対戦車ミサイルやロケット弾を撃ちまくっただけだ。
それで周囲の建物が壊れた責任を負わされたのだが、そもそもカチナ達はあまり壊していない。
「ほとんど、あの恐竜のバケモノがやったんじゃろうがぁ~~ッッッ!」
働かされる前の面談で、カチナは精一杯の抗議をした。
カチナは涙目だった。
港を徹底的に破壊したり、超重力の太陽と化して海底を抉ったりしたのも、全てあの直立二足歩行の恐竜だか怪獣だか良く分からん機動兵器の仕業だ。
「カチナ、悪くないモン!」
抗議の相手は、カチナ達に数十億円の借金を背負わせた女――宮元園衛だった。
応接室の背の低いテーブルを挟んで対峙している。
「この期に及んで言い訳か。面白い奴だな、お前」
園衛の、冷たい言の葉の刺突がカチナを貫通した。
反論できなかった。
言葉の裏には「悪党の加害者の分際で被害者面をするな」という鋭い正論が隠されている。
そして、そこまで私に言わせるな――という釘でもあった。
巨大なるプレッシャーだった。
背筋が凍って喉が潰れた。
「あうあうあう……」
この女にだけは、逆らってはいけない。
刃向ったら殺される。
確実に、魂の一片まで残さず消滅させられる。
竜種としての本能が、人間の大脳皮質を恐怖で満たしていた。
(今世の人間はなんなんじゃ~~! なんで竜である我がビビらなきゃならんのじゃ~~っ!)
カチナの魂は、ウェールズの山中で生きた黒竜のものだ。
過去に二度も人間に敗れ、先日また人間の操る機械仕掛けの恐竜のバケモノに完敗した今となっては、もう人間に逆らう気など微塵も起きなかった。
そして現在――正月休みの終わった日本の1月。
カチナは工場で野菜を切っていた。
西川ファームという農場に付随する野菜加工場である。
ヘアバンドで髪をまとめ、ゴム手袋とエプロンをつけて、仲間たちやパートのオバちゃん達と一緒に仕事をしている。
時給980円。
昼休みは1時間。昼食は農場内の食堂で食えば一食無料。ごはんと野菜はお代わり自由。
食堂の料理が飽きたのなら、徒歩10分、自転車で5分のコンビニ〈サイコーマート〉で弁当を買えばいい。
この〈サイコーマート〉なるコンビニ、カチナの知る中では日本最高の弁当クオリティなのだ。
仲間や他の収監者たちも好んで利用している店で、一番人気は店内調理の出来立て状態で保温されているカツ丼であった。
仕事は17時で上がりになる。残業は滅多にない。
仕事が終わると収容所もとい寮に戻る仲間もいるし、そのまま酒を飲みに行く収監者もいる。
県内から出なければ、外出は自由だった。
そもそも借金返済の労務作業といっても野良仕事もあるわけで、逃げようと思えばいつでも逃げられる。
脱走が起きないのは、逃げても無駄だからだ。
収監者たちは、ここに入る時に一枚の紙人形を渡される。
日本の呪術を用いた一種の式神らしい。
これは素肌から一定時間放すか、県境の境界たる河を渡ると警報が伝わる仕組みで、逃亡すると捕まえにやってくるのだ。
あの、宮元園衛が。
捕縛時に抵抗すると足腰が立たなくまるまでボコボコにされて、室内作業に回される。
事実、カチナの同僚にはずっと足を引き摺っている中年外国人とか、片腕が動かない老人などがいる。
彼らに話を聞くと、身の上を語ってくれた。
「俺は5年前に来日して、ちょっと子供を生贄にしただけなんだ……10人攫って、3人殺しただけなんだ……」
その男は、東欧出身の黒魔術師なのだそうだ。
「そしたら儀式の途中であの女がやってきて、鉄パイプで内臓破裂するまで殴られて……俺はボロボロの状態で、攫った子供の家族の前に引き摺り出されたんだ。それで、あの女はなんて言ったと思う?」
想像もつかないので、カチナは首を横に振った。
「『皆さんの好きなようにしてください』と……ハンマーを子供の家族に差し出したんだ。それで俺は頭蓋骨割られて、顔面変型するまで殴られて……このザマだよ」
男の顔は半分が酷く歪んでいた。
なるほど、非道い奴だ……。
半殺しにされた後遺症なのか、魔術はもう使えないのだそうだ。
男は無保険の治療費と被害者遺族への賠償金を課せられて、今も返済中なのだという。
別のある男は東南アジア系で、足が不自由なようだった。
「俺は無神論者どもに……天罰を思い知らせたかったんだ」
聞けば、男は毒ガステロを企てていたそうだ。
東京のど真ん中で致死性のガスを大量に撒いて、10万人くらい無差別に殺す予定だったらしい。
「なのに……空港で目が合っただけで『お前は悪党の臭いがする』とか因縁つけられて、ここに連れてこられたんだ。まだ一人も殺せてなかったのに……」
なるほど、非道い奴だ……。
「だから逃げたんだ。都内の同胞の家に転がり込んで、なんとか帰国するつもりだったのに……。あいつが……追ってきて……」
男の声は震えていた。
結果はお察しである
このように、宮元園衛は法で裁けぬ類の悪を勝手に裁いている。
コワイ。
トテモコワイ。
コワイので、カチナは大人しく働く方が利口だと判断した。
収容所もとい寮には、大浴場がある。
浴場は男女別々。
一日の汗をここで流すのだ。
カチナはイギリスの知識しかないので、大浴場というシステムには困惑した。
そもそも竜だった頃には風呂に入ったこともなく、長い人生もとい竜生で初めての入浴で
「あぶぅおぇっ!」
最初は変な声を上げてしまった。
体の洗い方は、見よう見まねで覚えた。
(人間の体はよくわからんのじゃ……)
特に股間の奥の方の洗い方が……と、まあそれは置いておく。
夕食は、もっぱら食堂で食べる。
相変わらず一食無料。野菜とごはんはお代わり自由。メニューは変わり映えせず、やたらと揚げ物が多いことだけが不満だった。
なので、アンケートに要望を書いた。
「普通の肉が悔いたいのじゃ……と」
つたない日本語で書いて、食堂の入り口のアンケート箱に投函。
寮の部屋は基本的に相部屋だが、カチナは特例として個室を与えられていた。
園衛いわく
「お前は一応まとめ役だし、女の子だからな。立場というものがあろう」
とのことで、配慮があっての処置だった。
確かに、イギリスからやってきた一族のトップが今のカチナなのだ。
本来なら人間の頭領がいたのだが、先の戦闘で死んでしまったので、彼らの面倒を看てやれるのは、信仰対象の飛竜の魂が宿ったカチナしかいないのだ。
頭領もとい神様が、下々と同室では面目が立たないのである。
「だが我は感謝せんぞ~?」
宮元園衛に恩義云々は筋違いだ。
看守と囚人は決して友達にはなれない。
毎夜、カチナは消灯時間までテレビを見たり、スマホを弄って現代の世俗に接している。
スマホは入所時に配布される。
通信費は天引きだが、利用プランの範囲内なら特に問題はない。
「我はゲームなどせんからな~? 課金もせんのじゃ~。リーズナブルなのじゃ~~」
自画自賛しつつ、大手SNS〈シュリンクス〉で情報を貪る。
収監者の中にはスマホゲームへの課金で給料を使い果たす者もいるらしい。
「我はお利口じゃからの~~! 無駄遣いはせんのじゃ~~」
なお、借金は無利子であった。
そして夜10時に消灯、就寝してカチナの一日が終わる。
尤も、素直に寝る日もあれば、寝落ちするまでスマホをポチポチしている日もある。
そんな虜囚の生活を続けていた1月の上旬――
「カチナちゃ~ん、事務の人が呼んでるわよ~~?」
「ほぇ?」
唐突なパートのオバちゃんの声がした昼休みのこと。
カチナは食事中に呼びだされた。
「せっかくの昼休みになんじゃいな、もう……」
数少ない自由時間を台無しにされるのは良い気分ではなかった。
かといって逆らう道理も権利もないので、カチナは渋々事務室に向かった。
その入り口に、見知った顔が待っていた。
「お久しぶりですねぇ、カチナさん?」
嫣然と笑う、学生服の黒い少女――東瀬織。
この女が、カチナを呼びつけたのだった。
二人は、人気のない会議室に移動した。
「あのぉ~……昼休み終わっちゃうんだがのう……?」
「問題ありませんわ。話は通してありますので」
カチナの知る限り、瀬織は園衛の配下であるから、傘下の農場にも融通が利くのだろう。
つまり――
「あの女の命令か?」
園衛の命で、瀬織は動いているのだと読んだ。
だから改まって何の用があるというのか。しかも、人目を避けている。
粛清するつもりなら昼間にやる必要はない。
ならば、相手の意図は自ずと読めてくる。
「我に秘密の相談でも……したいのか?」
カチナは警戒しつつ、瀬織の様子を伺った。
瀬織は椅子に座ると足を組んで、妖しく笑って小首を傾げた。
「はい。とっても悪いコトの……相談です」
薄暗い会議室で妖艶に佇む制服の少女――どこか浮世離れした雰囲気がある。
事実、瀬織は人間ではない。
カチナに近い魔の存在だ。
故に、カチナも共感できる面があるし、後暗い要件であることも予想済みだった。
「はぁ……なんじゃ? 汚れ仕事でも頼みたいのか?」
「まあ汚れ仕事といえば、確かにそうですねえ?」
「殺しか? 脅しか? 密売? それとも人攫いか?」
「いえ~~……そういうのじゃ、ないんですよ」
瀬織は唇をなぞりながら、視線をそらした。
それ以外の汚れ仕事など、カチナには想像がつかなかった。
「じゃあ、なんじゃい! 内容とギャラ次第で請けちゃるぞ!」
圧し掛かる膨大な借金を軽くして、少しでも一族の負担を減らせるのなら――
「我はなんでも! やっちゃるぞ! 金次第で!」
トン、とカチナは自分の小さな胸を叩いた。
「ん? 今ぁ……なんでもすると?」
「あっ……」
薄闇の中で笑う瀬織を見て、カチナはしまったと思った。
悪魔との契約で軽はずみな約束をすべきではない。言質は呪いの枷である。
「あっ……今のナシで」
「ほほほほ……まあ、わたくしの説明を聞いてくださいな」
瀬織が軽く流してくれたのは幸いだった。
カチナは胸をなでおろし、適当な椅子に座った。
仕事の説明が始まると思いきや、瀬織は制服のポケットからスマホを取り出した。
「時にカチナさん。人間同士を憎み合わせ、争いを起こすなら、何が一番カンタンだと思いますかあ?」
妙な質問をしてきた。
謎かけの真意は計りかねるが、カチナは少し考えた。
「んー……金かの?」
「違いますわね」
「じゃあ……食い物か?」
「それも違いますね。生活はある程度満たされて、食べ物にも困らない、今の日本のような社会で争いを起こすんですよ~」
難しい質問だった。
カチナの生きてきた中世~近世において、人は常に飢え、富と権力を求めて殺し合っていた。
とても下らない理由で簡単に人が死ぬ社会を見てきた竜にとって、現代社会の人間を扇動する方法など考えつかなかった。
「生活に困らず、平民もそれなりの学があって、どんな情報もスマホ一つでお手軽に手に入る……そんな国で内乱など起こるのか?」
「やれますわよ? 意外と簡単に」
瀬織はスマホの画面を弄りながら言った。
「こうしている間にも、人は愚かしくも争い続けているのですぅ……」
「何を理由にじゃ?」
「ケンカの理由は――信仰です♪」
予想外の単語が出てきた。
「信仰て……。我の見たところ、この国の人間はそんな熱心に神を拝んどるようには……」
「神様といっても、教会やお寺にいるとは限りません」
言うと、瀬織はスマホの画面を見せてきた。
画面に表示されているのは、どこかのネット掲示板のスレッドらしかった。
住人同士が口汚く罵り合い、お互いに攻撃の根拠となる画像を貼り付けているのは分かる。
だが、内容が良く分からない。
妙な名詞が飛び交い、暗号分のようにさえ見えた。
「なんじゃコレは?」
「お互いの信じる偶像同士を戦い合わせる――宗教戦争♪ です♪」
件のスレッドのタイトルは〈バーチャル配信者ウカちゃんアンチスレpart541〉。
それはカチナにとって、数千年を生きた黒竜にとって、全く未知の戦場だった。
「はぁ……?」
「小さな火種に油を注ぐゥ……そういう仕事を頼みたいんですのよぉ……?」
薄闇の中で邪気が嗤い、愚かしく醜悪な破壊工作の説明が……始まった。
正確には、働かされている。
カチナは肉体年齢的には14歳程度だ。褐色の肌と赤茶の瞳は、どう見ても外国人である。
国籍も日本人でないことだけは確かだ。この肉体の記憶にも無いので詳しくは知らないが。
これが一般的に違法就労にあたる、というのはカチナも認識している。
西川ファームなる農場に付随する加工場で、毎日毎日野菜を洗ったり切ったり、漬物にしたり業務用の巨大鍋に放り込んだりしている。
法外な借金返済のために、異国から来た同胞たちと共に労働の日々である。
酷い。
なんて酷い扱いなのだろう。
日本人は非道すぎる。
カチナ達は、ほんの少し暴れただけだ。
ほんの少しテクノ・ゴーレムという魔術的機動兵器を日本国内に持ち込んだり、
ほんの少し対戦車ミサイルやロケット弾を撃ちまくっただけだ。
それで周囲の建物が壊れた責任を負わされたのだが、そもそもカチナ達はあまり壊していない。
「ほとんど、あの恐竜のバケモノがやったんじゃろうがぁ~~ッッッ!」
働かされる前の面談で、カチナは精一杯の抗議をした。
カチナは涙目だった。
港を徹底的に破壊したり、超重力の太陽と化して海底を抉ったりしたのも、全てあの直立二足歩行の恐竜だか怪獣だか良く分からん機動兵器の仕業だ。
「カチナ、悪くないモン!」
抗議の相手は、カチナ達に数十億円の借金を背負わせた女――宮元園衛だった。
応接室の背の低いテーブルを挟んで対峙している。
「この期に及んで言い訳か。面白い奴だな、お前」
園衛の、冷たい言の葉の刺突がカチナを貫通した。
反論できなかった。
言葉の裏には「悪党の加害者の分際で被害者面をするな」という鋭い正論が隠されている。
そして、そこまで私に言わせるな――という釘でもあった。
巨大なるプレッシャーだった。
背筋が凍って喉が潰れた。
「あうあうあう……」
この女にだけは、逆らってはいけない。
刃向ったら殺される。
確実に、魂の一片まで残さず消滅させられる。
竜種としての本能が、人間の大脳皮質を恐怖で満たしていた。
(今世の人間はなんなんじゃ~~! なんで竜である我がビビらなきゃならんのじゃ~~っ!)
カチナの魂は、ウェールズの山中で生きた黒竜のものだ。
過去に二度も人間に敗れ、先日また人間の操る機械仕掛けの恐竜のバケモノに完敗した今となっては、もう人間に逆らう気など微塵も起きなかった。
そして現在――正月休みの終わった日本の1月。
カチナは工場で野菜を切っていた。
西川ファームという農場に付随する野菜加工場である。
ヘアバンドで髪をまとめ、ゴム手袋とエプロンをつけて、仲間たちやパートのオバちゃん達と一緒に仕事をしている。
時給980円。
昼休みは1時間。昼食は農場内の食堂で食えば一食無料。ごはんと野菜はお代わり自由。
食堂の料理が飽きたのなら、徒歩10分、自転車で5分のコンビニ〈サイコーマート〉で弁当を買えばいい。
この〈サイコーマート〉なるコンビニ、カチナの知る中では日本最高の弁当クオリティなのだ。
仲間や他の収監者たちも好んで利用している店で、一番人気は店内調理の出来立て状態で保温されているカツ丼であった。
仕事は17時で上がりになる。残業は滅多にない。
仕事が終わると収容所もとい寮に戻る仲間もいるし、そのまま酒を飲みに行く収監者もいる。
県内から出なければ、外出は自由だった。
そもそも借金返済の労務作業といっても野良仕事もあるわけで、逃げようと思えばいつでも逃げられる。
脱走が起きないのは、逃げても無駄だからだ。
収監者たちは、ここに入る時に一枚の紙人形を渡される。
日本の呪術を用いた一種の式神らしい。
これは素肌から一定時間放すか、県境の境界たる河を渡ると警報が伝わる仕組みで、逃亡すると捕まえにやってくるのだ。
あの、宮元園衛が。
捕縛時に抵抗すると足腰が立たなくまるまでボコボコにされて、室内作業に回される。
事実、カチナの同僚にはずっと足を引き摺っている中年外国人とか、片腕が動かない老人などがいる。
彼らに話を聞くと、身の上を語ってくれた。
「俺は5年前に来日して、ちょっと子供を生贄にしただけなんだ……10人攫って、3人殺しただけなんだ……」
その男は、東欧出身の黒魔術師なのだそうだ。
「そしたら儀式の途中であの女がやってきて、鉄パイプで内臓破裂するまで殴られて……俺はボロボロの状態で、攫った子供の家族の前に引き摺り出されたんだ。それで、あの女はなんて言ったと思う?」
想像もつかないので、カチナは首を横に振った。
「『皆さんの好きなようにしてください』と……ハンマーを子供の家族に差し出したんだ。それで俺は頭蓋骨割られて、顔面変型するまで殴られて……このザマだよ」
男の顔は半分が酷く歪んでいた。
なるほど、非道い奴だ……。
半殺しにされた後遺症なのか、魔術はもう使えないのだそうだ。
男は無保険の治療費と被害者遺族への賠償金を課せられて、今も返済中なのだという。
別のある男は東南アジア系で、足が不自由なようだった。
「俺は無神論者どもに……天罰を思い知らせたかったんだ」
聞けば、男は毒ガステロを企てていたそうだ。
東京のど真ん中で致死性のガスを大量に撒いて、10万人くらい無差別に殺す予定だったらしい。
「なのに……空港で目が合っただけで『お前は悪党の臭いがする』とか因縁つけられて、ここに連れてこられたんだ。まだ一人も殺せてなかったのに……」
なるほど、非道い奴だ……。
「だから逃げたんだ。都内の同胞の家に転がり込んで、なんとか帰国するつもりだったのに……。あいつが……追ってきて……」
男の声は震えていた。
結果はお察しである
このように、宮元園衛は法で裁けぬ類の悪を勝手に裁いている。
コワイ。
トテモコワイ。
コワイので、カチナは大人しく働く方が利口だと判断した。
収容所もとい寮には、大浴場がある。
浴場は男女別々。
一日の汗をここで流すのだ。
カチナはイギリスの知識しかないので、大浴場というシステムには困惑した。
そもそも竜だった頃には風呂に入ったこともなく、長い人生もとい竜生で初めての入浴で
「あぶぅおぇっ!」
最初は変な声を上げてしまった。
体の洗い方は、見よう見まねで覚えた。
(人間の体はよくわからんのじゃ……)
特に股間の奥の方の洗い方が……と、まあそれは置いておく。
夕食は、もっぱら食堂で食べる。
相変わらず一食無料。野菜とごはんはお代わり自由。メニューは変わり映えせず、やたらと揚げ物が多いことだけが不満だった。
なので、アンケートに要望を書いた。
「普通の肉が悔いたいのじゃ……と」
つたない日本語で書いて、食堂の入り口のアンケート箱に投函。
寮の部屋は基本的に相部屋だが、カチナは特例として個室を与えられていた。
園衛いわく
「お前は一応まとめ役だし、女の子だからな。立場というものがあろう」
とのことで、配慮があっての処置だった。
確かに、イギリスからやってきた一族のトップが今のカチナなのだ。
本来なら人間の頭領がいたのだが、先の戦闘で死んでしまったので、彼らの面倒を看てやれるのは、信仰対象の飛竜の魂が宿ったカチナしかいないのだ。
頭領もとい神様が、下々と同室では面目が立たないのである。
「だが我は感謝せんぞ~?」
宮元園衛に恩義云々は筋違いだ。
看守と囚人は決して友達にはなれない。
毎夜、カチナは消灯時間までテレビを見たり、スマホを弄って現代の世俗に接している。
スマホは入所時に配布される。
通信費は天引きだが、利用プランの範囲内なら特に問題はない。
「我はゲームなどせんからな~? 課金もせんのじゃ~。リーズナブルなのじゃ~~」
自画自賛しつつ、大手SNS〈シュリンクス〉で情報を貪る。
収監者の中にはスマホゲームへの課金で給料を使い果たす者もいるらしい。
「我はお利口じゃからの~~! 無駄遣いはせんのじゃ~~」
なお、借金は無利子であった。
そして夜10時に消灯、就寝してカチナの一日が終わる。
尤も、素直に寝る日もあれば、寝落ちするまでスマホをポチポチしている日もある。
そんな虜囚の生活を続けていた1月の上旬――
「カチナちゃ~ん、事務の人が呼んでるわよ~~?」
「ほぇ?」
唐突なパートのオバちゃんの声がした昼休みのこと。
カチナは食事中に呼びだされた。
「せっかくの昼休みになんじゃいな、もう……」
数少ない自由時間を台無しにされるのは良い気分ではなかった。
かといって逆らう道理も権利もないので、カチナは渋々事務室に向かった。
その入り口に、見知った顔が待っていた。
「お久しぶりですねぇ、カチナさん?」
嫣然と笑う、学生服の黒い少女――東瀬織。
この女が、カチナを呼びつけたのだった。
二人は、人気のない会議室に移動した。
「あのぉ~……昼休み終わっちゃうんだがのう……?」
「問題ありませんわ。話は通してありますので」
カチナの知る限り、瀬織は園衛の配下であるから、傘下の農場にも融通が利くのだろう。
つまり――
「あの女の命令か?」
園衛の命で、瀬織は動いているのだと読んだ。
だから改まって何の用があるというのか。しかも、人目を避けている。
粛清するつもりなら昼間にやる必要はない。
ならば、相手の意図は自ずと読めてくる。
「我に秘密の相談でも……したいのか?」
カチナは警戒しつつ、瀬織の様子を伺った。
瀬織は椅子に座ると足を組んで、妖しく笑って小首を傾げた。
「はい。とっても悪いコトの……相談です」
薄暗い会議室で妖艶に佇む制服の少女――どこか浮世離れした雰囲気がある。
事実、瀬織は人間ではない。
カチナに近い魔の存在だ。
故に、カチナも共感できる面があるし、後暗い要件であることも予想済みだった。
「はぁ……なんじゃ? 汚れ仕事でも頼みたいのか?」
「まあ汚れ仕事といえば、確かにそうですねえ?」
「殺しか? 脅しか? 密売? それとも人攫いか?」
「いえ~~……そういうのじゃ、ないんですよ」
瀬織は唇をなぞりながら、視線をそらした。
それ以外の汚れ仕事など、カチナには想像がつかなかった。
「じゃあ、なんじゃい! 内容とギャラ次第で請けちゃるぞ!」
圧し掛かる膨大な借金を軽くして、少しでも一族の負担を減らせるのなら――
「我はなんでも! やっちゃるぞ! 金次第で!」
トン、とカチナは自分の小さな胸を叩いた。
「ん? 今ぁ……なんでもすると?」
「あっ……」
薄闇の中で笑う瀬織を見て、カチナはしまったと思った。
悪魔との契約で軽はずみな約束をすべきではない。言質は呪いの枷である。
「あっ……今のナシで」
「ほほほほ……まあ、わたくしの説明を聞いてくださいな」
瀬織が軽く流してくれたのは幸いだった。
カチナは胸をなでおろし、適当な椅子に座った。
仕事の説明が始まると思いきや、瀬織は制服のポケットからスマホを取り出した。
「時にカチナさん。人間同士を憎み合わせ、争いを起こすなら、何が一番カンタンだと思いますかあ?」
妙な質問をしてきた。
謎かけの真意は計りかねるが、カチナは少し考えた。
「んー……金かの?」
「違いますわね」
「じゃあ……食い物か?」
「それも違いますね。生活はある程度満たされて、食べ物にも困らない、今の日本のような社会で争いを起こすんですよ~」
難しい質問だった。
カチナの生きてきた中世~近世において、人は常に飢え、富と権力を求めて殺し合っていた。
とても下らない理由で簡単に人が死ぬ社会を見てきた竜にとって、現代社会の人間を扇動する方法など考えつかなかった。
「生活に困らず、平民もそれなりの学があって、どんな情報もスマホ一つでお手軽に手に入る……そんな国で内乱など起こるのか?」
「やれますわよ? 意外と簡単に」
瀬織はスマホの画面を弄りながら言った。
「こうしている間にも、人は愚かしくも争い続けているのですぅ……」
「何を理由にじゃ?」
「ケンカの理由は――信仰です♪」
予想外の単語が出てきた。
「信仰て……。我の見たところ、この国の人間はそんな熱心に神を拝んどるようには……」
「神様といっても、教会やお寺にいるとは限りません」
言うと、瀬織はスマホの画面を見せてきた。
画面に表示されているのは、どこかのネット掲示板のスレッドらしかった。
住人同士が口汚く罵り合い、お互いに攻撃の根拠となる画像を貼り付けているのは分かる。
だが、内容が良く分からない。
妙な名詞が飛び交い、暗号分のようにさえ見えた。
「なんじゃコレは?」
「お互いの信じる偶像同士を戦い合わせる――宗教戦争♪ です♪」
件のスレッドのタイトルは〈バーチャル配信者ウカちゃんアンチスレpart541〉。
それはカチナにとって、数千年を生きた黒竜にとって、全く未知の戦場だった。
「はぁ……?」
「小さな火種に油を注ぐゥ……そういう仕事を頼みたいんですのよぉ……?」
薄闇の中で邪気が嗤い、愚かしく醜悪な破壊工作の説明が……始まった。
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そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
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20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
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彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
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「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀
さんかく ひかる
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22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。
畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。
日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。
しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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