ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと1

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-人の心と国を破壊し続け1000年-
-暗黒の女神の真価が発揮される-


 わたくし、という存在を定義するとして、最も適当な名詞は――神でしょうか?
 そう、わたくしは神様でした。
 ずぅっと昔、人間が定住し始めた場所の近くの森の中で、一番大きくて、一番立派な木が元々のわたくしでした。
 人間は勝手にわたくしを拝み始めて、勝手にわたくしに名前と役割を与えて、勝手に神様とかいう概念に祀り上げたのです。
 人間が求める役割を、わたくしは出来る範囲でこなして参りました。
 やがて、わたくしが木からヒトのカタちに作り変えられてからも、それは変わりませんでした。
 そして今日――こうして人に寄り添い、人と共に生きていても、矢張りわたくしの有り様は変わらないのです。
 わたくしは、東瀬織。
 かつて神だった人形。
 愛しき人が求めるなら、わたくしは恋人になりましょう。
 姉にもなりましょう。
 母にもなりましょう。
 そして、再び神と成るのも吝かではなし。

 わたくしとしては、厄介事とは距離を置いて安穏と日々を暮らせれば良かったのですが、
 人の生、人の世とは往々にしてままならぬもの。
 大和の末裔の皆様は、新しい神様を立てて、わたくしを殺すつもりで参りました。
 わたくしに関わらないのなら勝手にどんな神様を拝んでいようが知ったことではなかったのですが、こうなった以上はいたしかたなし。
 喧嘩を売られた以上は、死んでいただくしかありません。
 今の政府の誰かさん達と、自らを新しい神とうそぶくウカとかいう小娘も、全て死んでいただきます。
 国崩しでございます。
 80年近くかけてせっせと建て直してきた、この国。
 70年あまりかけてせっせ、せっせと積んできた賢しい小物たちの夢。
 一切合切、崩してさしあげましょう。
 アァ、とても楽しみですわねぇ~?

 というわけで、わたくしが第一に提案した方法は――
「内戦でございます♪」
 わたくしが、とても物騒な単語をにこやかに呟くと、園衛様の表情は曇って固まっておりました。
 応接室の机は正邪の境界線。
 こちら側のわたくしとは正反対に、向こう側の園衛様は正義の化身でございます。
 日の元の国を戦火に、それも隣人と隣人が憎み合い、互いに殺し合う内乱の業火に叩き落とすなぞ言語道断でありましょう。
 平和ボケした今世の日の元でも、確実に内戦状態に持っていく自信がわたくしにはあります。
 内戦で全ての膿を吐き出して、傷口を焼いて消毒して、出血と傷痕を伴う完璧な浄化と再生を行うのです。
 無関係な人間も相当犠牲になると思いますけど?
 まあ――この第一案はダメ元で言ってみたんですわよ。
 当然、園衛様には即座に却下されました。
 園衛様は、いくつか条件を提示されました。
 一つ、一般市民の犠牲者は極力出さないこと。
 二つ、そもそも人死には最小限に留めること。
 三つ、国家転覆まで事を発展させるな。
 以上でございます。
 要するに天下取りではなく、あくまで現政権に根を張った病巣の切除に務めろとのこと。
 フフフ、甘いですわねぇ~?
 でも、ある意味で一つの社会は崩壊すると思いますわよ?
 次に提案した第二案、こちらが本命でした。
 今より三ヶ月――つまり、わたくしの愛する景くんが中学三年生に進級するまでに、全ての決着をつけるという短期決戦計画です。
 こちらは、園衛様に承認して頂けました。
 わたくしが今次作戦の総指揮を執るわけですが、暫くは表立って動けません。
 敵はわたくしが復活したというのは漠然と知っていても、足取りは掴めない。
 国家に対する反乱行為に関しても、表向き園衛様は関知せず、配下の人間の暴走という建前になっております。
 わたくしは地下に潜りつつ、伝言役を使って少数の手勢に指示を出す形になります。
 こちらの戦力について、整理しておきましょう。
 南郷十字さん――ただの人間です。
 しかし、対人に関しては最強戦力です。
 彼がなにゆえに国家への反逆を良しとするのかというと、それは不信感でございますね。
 南郷さんは国家に恋人も家族も仲間も、自分の人生すらも破壊されたわけで、国家に対して怒りと憎悪こそあれども、信用も忠誠心も全くございません。
 万民に幸福をもたらすと吹聴するウ計画なぞ、南郷さんにとっては信用に値しない詐欺で悪党の寝言なのでございます。
 故に、彼は一命全霊を以て反逆するのです。
 まあ――こんな政府不信の怪物を生み出してしまったのは、ひとえに個人を軽んじた体制側の“自己責任”というやつでございますわね。
 南郷さんは、負傷して隠れ家で療養中でございます。
 右腕の義手を喪失した上に、胸に風穴が空く重傷なのだとか。
 一応、わたくしが指揮を執る旨を、使者を介して伝えたのですが――
「黙れバケモノ……」
 いきなり差別です。
 返ってきたのは、にべもない答でした。
「ゴホッ……偉そうに俺に命令するな……バケモノの……分際で……!」
 かなり具合が悪そうでしたが、刺すような殺気と気迫を感じました。
 ホホホホ……これだから差別主義者とは関わりたくないんですわよね~。
 南郷さんにとっては改造人間も神様も人間以外の存在は、おしなべて気色の悪いバケモノなのだそうです。
 バケモノのくせに人間の皮を被って人間のフリをしているのが許せないのだそうですよ?
 感情面では交わることはありませんでしたが、幸いにして作戦上は私情を挟む人ではありません。
 南郷さんが必要になるのは作戦の最終局面ですので、それまでに治療が済むことを祈っておきましょう。
 第二の戦力は、南郷さんの雇った細作間者の二名。
 アズハさんと、碓氷憐さんです。
 このお二方は隠行に長けているので、人目を避けて直接面会できました。
「生憎やけど、ウチらは人殺しはNGやで?」
 アズハさんは奇態なことを仰りました。
「あら? 暗殺が生業なのでは?」
 わたくしが質問すると、アズハさんは頬を掻きながら、気恥ずかしそうに
「あー……少なくとも、お兄さんに……南郷さんに雇われとる内はそういう契約に……なっとんねん」
 どこか言い訳じみた説明をされました。
 なるほど、それが南郷さんの仁義なのでしょう。
 正道を往く園衛様と違って、南郷さんは日影の側に立つことが出来る。
 園衛様の善性に共感しているとはいえ、彼の性質は混沌に近い。
 だからこそ、アズハさん達を味方に引き込めた。
 園衛様が太陽だとしたら、南郷さんは星。
 夜に彷徨う迷い子たちの、ささやかな道標。儚くとも尊い、唯一の希望なのでしょう。
「つーわけで、あーしらは潜入とかならオッケーよ~?」
 もう一人の憐さんは、なんとも軽薄でお下品な感じですが……。
 この方、少し複雑な感情を抱えているようです。
 まあ、お仕事に差し支えなければ構いません。
 お二方には工作活動の実働を行って頂きますが、園衛様には暫く黙っておきましょう。
 あの方とは折り合いが悪いでしょうから……。
 第三の戦力は、左大億三郎さんです。
 目的のために手段を選ばぬ人です。混沌の権化です。
 この方が戦う理由は、自分の人生を楽しむため。あわよくば華々しく散る死に場所を得るため。
 本音を言うと、南郷さんと同じくらい関わりたくないんですよね……。
 しかし現状、恐竜型戦闘機械傀儡を扱えるのはこの方だけです。
 敵が自衛隊の機動兵器を投入してくる以上、アテにするほかありません。
 ですが、色々と問題があるようで。
「使える機体が! ねぇッッッ!」
 開口一番、使者に結論を言ってくれました。
 こんなこともあろうかと予見して左大さんのお爺様が日本中に残された秘匿施設には、必要な物資と恐竜型戦闘機械傀儡が保管されているそうです。
 その一つで発見した機体を先日、実戦投入したのですが機体は損傷。
 再稼働は無理とのことでした。
「格納庫にはパーツも設備もあるが、重整備は出来ん! 電力不足だ!」
 整備用の工作機械を大量に稼働させるには相応の電力が必要で、それは自家発電では賄えない。
 かといって外部電力を引くと、そこから敵に所在がバレてしまう。
 恐竜型戦闘機械傀儡は普通に出撃させるだけでも、数百万円単位の費用がかかるそうです。
 分解整備ともなると、数千万円単位でお金が飛んでいくとか。
 全て廃棄処分になったのも致し方なしの金食い虫でございますね~。
「チマチマ手作業で整備してたら永遠に終わらん。だから、新しい機体を探しに行った方が早ェのさ」
 左大さんは、既に出立の準備に入っていました。
 どうやら、別の隠し格納庫にアテがあるようです。
「じゃあな! 見つかったら連絡するぜ!」
 それっきり左大さんは行方を眩ませました。
 使者が持ち帰ったのは〈改二・戦闘機械傀儡計画〉と題された、この上なく物騒な機体の仕様書でした。
 左大さんと恐竜が必要なのも最終局面なので、それまでに間に合えば良いのです。
 恐竜とは、わたくしのような神様には理解し難い存在です。
 神も人も生まれる遥か以前に地上を支配していた竜。その怨霊を定着させた戦闘機械傀儡は、確かに神を滅ぼす切り札になり得るかも知れません。
 そして、園衛様。
 戦力としては南郷さんと同じくらいアテになる方ですが、戦略的な総大将ですので暫くは自重して頂きます。
 敵の監視を引きつけておくのが、当面の園衛様の御役目です。
 戦闘力に関しては、皆様方に比べるとわたくしは一歩も二歩も劣っております。
 鍛え抜いた人間の腕力と決断力の前には、人外の存在など塵も同然なのです。
 しかし、人類全てが叡智と勇姿と覚悟を備えているわけではありません。
 人間とは愚かな生き物なのです。
 今世を見て、わたくしは確信しました。
 2000年の歳月を経ても、人間は何も変わっていない。
 人間とは、自ら知性と可能性を放棄する愚かしき霊長のこと。
 ゆえに、わずか三月で滅ぼせるのです。
 さあ――ヒトカタの傀儡回しの舞台を開くといたしましょう。
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