ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと47

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 小美玉分舎から発進した、各種物資を載せたトラックはどこに行ったのかというと――
 実は早々に茨城空港近くの廃倉庫に身を隠していた。
 陸自の部隊は最初から来もしない獲物を追って、逆に自分達が罠にはまって刈り取られてしまった、というわけだ。
 南郷と左大が追手を全滅させてから、トラックは悠々と一般道を走りぬけていった。
 道路上のNシステムに撮影されるのを避けるため、辺鄙な道ばかりを通って、栃木県西部の山中に到着した。
 うらびれた森林公園の駐車場。
 そこが、第一のチェックポイントだった。
 車内には、男が二人。
 小美玉分舎の重役、相沢と坐光寺が乗っていた。
「今度の敵はAIだってねえ~。しかも、そいつは我々の生活にとっくに浸透していて、廃除のしようがないと。フフフフ、まるでSFだね?」
 それは国家権力に支えられた強大な敵だというのに、相沢は楽しげだった。
「常識的に考えれば、我々に勝ち目などない。園衛様や南郷くんがいくら強くても、我々の戦力はあまりにも些少で、政治的な後ろ盾もない。孤立無援も同然。しかし――」
「我々はいつだって、負けそうな方についてしまう~……ですよねぇ?」
 助手席の坐光寺が肩をすくめて嗤った。
 邪な笑みだった。
「我々の性分としては、どぉ~~も勝ち組には縁が無い。権威に背き、流行りモノには興味を持てず、いつまでも古いモノに拘り愛を注ぎ続ける変わり者。良く言えばストイックな求道者。だが世間一般では我々をこう呼ぶ。ロートル、偏屈、厄介者……。結果、時代に取り残されて負け組になる」
「拘りを捨てた人生など面白くもないよ。実にクソくらえだ。キミもそう思うから、小美玉に来たんだろう坐光寺くん?」
「ムーフフフ。その通りですヨ、所長」
 坐光寺は両手をポンと叩き合わせて、シートに深くもたれかかった。
「所長、我々の世代だと、パソコンやスマホにポンポンと新しいアプリをイントールするのに抵抗がありますよね? 信頼性の低い新しいソフトウェアは必ずバグを抱えているし、出所の怪しいソフトを『便利だから』『みんなが使ってるから』とホイホイ使い始めるのはアホの所業だった。何が仕込まれているかも分からないのに」
「ま、確かに今の若い子が『自分の個人情報なんて大したことがない』と思ってバックドア上等でアプリを入れるのはジェネレーションギャップを感じるね。それこそ、私らが古い人間であるという証明なのかも知れないけどね」
「んんー……私が思うに、どこかの誰かが意図的に愚民化を進めているようにも感じますがね。民衆が情報弱者であった方が都合がいい、誰かが……」
「それが今回の敵?」
「いえ。自分達のアプリケーションを使わせたい全ての企業がですよ。警戒心ばかりの小賢しいユーザーばかりでは、アプリが普及しない。だから自然と、そういう世論に誘導されてきた……とは考えられません?」
「なぁに、また陰謀?」
「いえ、ですから自然と形成された市場の空気、潮流といいますかぁ……」
 坐光寺が言いかけた所で、運転席側の窓がとんとん、と軽く叩かれた。
 会話を中断して窓から下を覗くと、コート姿の女性が外に立っていた。
 園衛の秘書の、右大鏡花だった。
「お疲れ様です」
 窓越しに聞こえたのは、抑揚のない事務的な挨拶だった。
 車高の高いトレーラーでは窓を開けるだけでは鏡花と会話するのに支障がある。
 相沢は運転席のドアを開けた。
「夜分にどうも。ここがチェックポイントだよね?」
「はい」
 年始の粉雪と、鏡花の冷たい声が車内に入ってくる。
「で、終点はどこかな?」
「こちらに、お願いします」
 言うと、鏡花はプリントアウトされた地図を相沢に手渡した。
 機密保持のため、物資を届ける終点はここまで知らされていなかった。
 丁度その時、公園の駐車場に別のトレーラーが進入してきた。
 重機運搬用の大型トレーラーだった。
 露天式の荷台には何か巨大な物体が積載されているようだが、ブルーシートがかけられていて中身は良く見えない。
 ほどなくトレーラーは適当な場所に駐車して、運転者が窓から手招きをするのが見えた。
「では、私はこれで」
 鏡花は事務的な会釈をして、新しいトレーラーの方に歩いていった。
 一連の振る舞いといい、なんともクールで聡明怜悧な、機械のように完璧な女性に見えたのだが――
「いやああああああっ!」
 別人のような鏡花の悲鳴が聞こえて
「兄さんっ! 兄さぁんっ!」
 耳を疑うような声も聞こえてきて、なにか怪談じみてきたので、とりあえず相沢は運転席のドアを閉めた。

 真冬の駐車場に、女の叫びが木霊する。
「いやぁぁぁぁぁ! 兄さぁんっっっ!」
 右大鏡花は血相を変えて、兄と呼んだ男のもとへ駆け寄った。
 そこには、両脇を二人の制服少女に支えられた南郷十字がいた。
 状態は半死人。しかも右腕が吹き飛んでいる。
 確かに焦る気持ちも分かるのだが――
「へっ? 兄さん?」
 聞き慣れない単語に右側を支えるアズハが困惑。
「えっ……妹さん?」
 事情の呑み込めない左側の憐が首を傾げた。
 鏡花は二人の邪忍少女など眼中になく、南郷の胸に縋り付いた。
「兄さんっ!  しっかりしてください! 兄さぁんっ!」
 対する南郷は、息を切らして「うぅ……」と呻き、瞼を半開きにしていた。
 鏡花に反論もできず、この意味不明な状況に突っ込みを入れる余裕もない。
 人事不詳の状態だった。
「南郷さんに妹……? おったかなぁ……?」
 アズハは南郷の血縁関係に関しては、以前の仕事でも資料を貰っていない。
 園衛の妹の宮元空理恵が、義理の妹のような間柄なのは知っているが、ここまで大きな妹分はいただろうか……? 南郷より少し年下のようだが、どう見ても成人している大人の女性だ。
(ていうか、この姉さん……宮元のババァの秘書だったような……?)
 アズハがどうツッコミを入れるか思案していると、憐が脇から身を乗り出した。
「あのぉ……お姉さんは、おにーさんと、どういう関係でぇ――」
 お兄さん――鏡花はその呼び方が気に障ったのか、あるいは何かの対抗心を燃やしたのか、キッと厳しい表情をして顔を上げて
「私は! この人の! 精・神・的・妹ですっ!」
 意味の分からないことを断言した。
「は?」
「は?」
 アズハと憐は一瞬、硬直した。
 これは、ギャグなのだろうか。場を和ませるボケなだろうか。
 いや実際に頭惚けてるのかコイツ――と、冷静になるアズハ。
 一方、憐はムスッとした表情で鏡花に食ってかかった。
「はぁ? なにソレ! 意味わかんねーし! つか、おにーさんから離れろよっ! 怪我人なんだけど!」
「ああ、そうですか! ここまで送ってくださってどうも! 後は精神的妹である、わ・た・し・が! 兄さんを引き取りますので!」
「だから意味わっかんねーーよっ! 自称妹で成立すんならさ、あーしだって精神的妹だし! おにーさん渡さねーし!」
 場にそぐわない、低次元な口喧嘩が開始された。
「おーおー、モテモテだねえ。10年遅れでやってきたラブコメだねぇ、南郷くん?」
 左大はトレーラーの運転席から愉快げに状況を観戦していた。
 この男にとって世界の全ては自分の人生を彩るショーに過ぎないのだろう。止める気などサラサラない。
 アズハは流石に見かねて、憐と鏡花の言い争いに割り込むことにした。
「あのな、アンタら!」
 取り合いの景品にされている当人が死にかけているのに、こんなことをしている場合ではないだろうと、怒鳴りつけるつもりだった。
 南郷自身が、口を開くまでは。
「ぐぁぁ……鏡花……」
 苦しげな、ようやく搾り出したような声。
 精神的兄に呼ばれて、鏡花がピタリと固まった。
「はっ、はい?」
「そ……園絵さんに……連絡を……」
「は、はい……? 園衛様なら、アナログ回線で通話できますが……?」
「頼む……話を……したい」
 それは末期の願いのようで、ある種の鬼気すら感じさせた。
 鏡花も憐も異論を挟むことは出来なかった。
 南郷は、駐車場の端の電話ボックスに入った。
 屋根と足元には、粉雪が積もり始めている。気密性も保温性もクソもない、心細い個室だった。
 外では、アズハ達が不安げに見守っている。
 南郷は電話機にもたれかかるような姿で、借りた百円玉を投入した。
 義手の右腕を失っているので、左手だけで番号を入力し、受話器を手繰り寄せた。
 数回のコールの後、電話が繋がった。
『もしもし』
 園衛の声だった。
 当然ながら警戒している。
「俺ですよ……園衛さん」
『南郷くん! 大丈夫か!』
 受話器の向こうで、園衛が俄かに取り乱した。
 なまじの女ではない。戦闘経験に富み、人の生死も厭というほど見てきたのが宮元園衛である。
 電話越しの南郷の呼吸の乱れで、傷の深さを察したのだ。
 南郷に、まともに受け答えする余裕はなかった。
「はぁ、はぁ……援軍が来た……戦う決心がついたと……判断して……いいんだな」
 手短に、途切れ途切れに、要点だけを聞く。
 南郷の意図を理解して、園衛の声が緊張に張り詰めた。
『ああ……。勝機のない戦いには馴れている。また若いの頃のように……無茶をすれば良いだけさ』
「なら……俺も最後まで……付き合いましょう」
『キミと一緒なら……地獄でも怖くないな』
「生きてまた……会いましょう」
 南郷は受話器を戻した。
 がちゃり、と受話器の重みが金属製のフックにかかって、一切の通話が終わった。
「ぁぁ……こ、ここまで……かな」
 南郷は電話ボックスのガラスにもたれかかった。
 もう立っていられなかった。意識を保てなかった。
 重力に引かれて、体がずり落ちていく。
「ちょっ……アカンでコレ!」
「兄さんっ!」
「おっ、おにーさん!」
 混濁する意識の中で、三人の女の声が混ざり合って、視界は暗転。
 モニタの電源を切るように、南郷十字の意識は暗闇に落ちた。
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