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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと41

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 おめでとう新年、
 ようこそ狂った世界へ。
 いま、小美玉の里山は非常識の極北と化していた。
 ゴルフ場の敷地内で、全長10メートル超のトリケラトプス型機動兵器と、陸上自衛隊のデルタムーバー3両が戦闘を繰り広げているのだ。
 ここは――狂気と炎熱の鉄火場だった。
『ヒャハーーハッハッ―――ッ! 国民の血税! 1両10億円! それが一瞬で大爆死ィ! これぞ人生諸行無常ォ! たーーーーのしぃぃぃーーーーなぁぁーーーーッ!』
 トリケラトプスのバケモノが叫んでいる。
 厳密には、トリケラトプス型戦闘機械傀儡〈ゴウセンカク〉の外部スピーカーから、遠隔操作している操主の声が出力されているのだ。
 〈ゴウセンカク〉の回転するドリルホーンが、35mm機関砲の直撃を難なく弾いた。
 パチィン! と雷が弾けるような音と共に、火花が走って闇の中を不可視の砲弾が跳弾していった。
「チッ! 弾かれる! 効いてないのか!」
 回避運動のアクセルを踏みつつ、剣持がボヤいた。
『敵戦闘機械傀儡の 近接攻撃レンジは 半径30メートル その範囲内に入れば こちらは 一撃で破壊されます』
「冗談だろう! 間合いが広すぎるぞ!」
『敵の瞬発力は 当機を 遥かに凌駕しています』
 サポートAIウルの伝える敵機動兵器のデータは完全な想定外だった。非対称戦の極みといえる。
 あのトリケラトプスのドリルは、〈スモーオロチ〉の装甲を紙細工のように易々と切削する。それが見た目以上の異常すぎる攻撃範囲だというのだから、冗談ではない。
 そしてモニタ内で暴れ狂う〈ゴウセンカク〉の背中の砲身が、こちらに向いたことに気付いた。
 同時に、ウルのガイダンスがコクピットに響いた。
『警告 105mm砲です 直撃すれば 撃破されます』
「分かってるっ!」
 1秒前まで剣持の〈スモーオロチ〉が存在した空間を、105㎜砲弾が通過。
 APFSDSのタングステン弾芯が後方のゴルフ場施設に突き刺さり、鉄筋コンクリートの壁を破砕した。
 いかに〈スモーオロチ〉が重装甲とはいえ、装輪装甲車の範疇である。対戦車を想定した徹甲弾の直撃には新型の複合装甲とて耐えられない。
 動いていれば砲撃には当たりはしないと踏んだ剣持だったが、厭な予感がした。
『敵機動兵器の射撃武装は 105mmライフル砲と 75mm榴弾砲 です』
「75mmィ?」
 ほとんど聞いたこともない骨董品に、思わず剣持は聞き返した。
 陸自では40年以上前に用途廃止で完全退役になった武装だ。剣持が入隊するはるか以前の遺物である。駐屯地の展示品でしか見たことがない。
 単なる榴弾砲なら、移動目標に当てることは想定されていないはずだが――とてつもなく、厭な予感がした。
「砲弾の弾種は!」
『範囲攻撃用の榴散弾です 特殊な時限信管を採用し 炸裂タイミングをランダムに――』
 ウルが言っている間にも、〈ゴウセンカク〉の背中の砲が旋回。
 小隊の別の〈スモーオロチ〉を狙ったのを確認した。
「田口ィ! 狙われてるぞ!」
 通信越しに叫ぶが、ノイズまみれで不通だった。
「おい、繋がらないぞ!」
『戦闘機械傀儡による ゴーストジャミングです』
 意味の分からない単語が出てきたので無視。何らかの強力な電波妨害ということだけは理解し、剣持はとっさに手動で外部スピーカーを解放した。
「田口機! 敵の武装はショットガンだ! ノックバック狙いの時限信管!」
 ゴルフ場全体に響くような最大ボリュームでの直接音声通信だった。
 アナログすぎる手法だが、ジャミング下では最も有効である。
 指示を受けて、田口三尉の乗る〈スモーオロチ〉がとっさに林の中にバックステップで飛び込んだ。
 さすがは陸自きっての精鋭部隊である。榴散弾というアナクロな砲弾による攻撃を瞬時に理解して、その散布界の外に脱出したのだ。
 装甲車両としては重心が高く、軽量なデルタムーバーにはノックバックや転倒を目的とした衝撃力が有効であり、将来的にその類の妨害兵器が実装される可能性がある――と、米軍との合同演習で講習を受けたことがある。
 榴弾砲から放たれた榴散弾は空中で断続的に炸裂し、パチパチと存外に地味な音を発した。
 爆風の範囲内にいれば姿勢を崩され、その隙にドリルの餌食になっていただろう。
『ホぅ? 避けたかァ!』
 〈ゴウセンカク〉の操主が、やけに嬉しそうな声を出した。
『はははははははは! そうそう、そうでなくっちゃあ歯ごたえがねぇわなァ! 国民の税金と期待かけられてる精鋭部隊なんだからよォ! 噛ませじゃあ、いけねェよなァ! ヒャーーーっハハハハ!』
 まるでチンピラのような口調だが、侮り難い相手であると剣持は見抜いた。
 〈ゴウセンカク〉は走り回りながら、小隊の攻撃を全て捌いている。
 機関砲の射撃に対して常に正面をキープし、ドリルと重装甲シールドフリルで完全に防御していた。
 更に、それだけではない。
 随伴歩兵の〈アルティ〉を見つけるや、さりげなく優先的に踏み潰し、蹴散らし、行動不能に追い込んでいる。
 この戦局で、〈アルティ〉が脅威になると理解しているのだ。
(奴め……明らかに軽MATの攻撃を警戒している)
 歩兵戦力による、死角からの対戦車火力による攻撃――。
 人間の兵士なら至近距離からの攻撃は自殺行為も同然だが、ドロイド兵器の〈アルティ〉なら人名の損失もない。
 それは同時、あの〈ゴウセンカク〉なる怪物が現有火力で十分に撃破し得る、現実的な機動兵器であることを意味している。
「AI、小隊各機に積まれているのは、お前の同型だったな?」
 剣持はウルに尋ねた。
『肯定 我々は 全てが 私と 同じです』
「つまり、通信が遮断されても俺と同様のサポートを同時に行っている、と考えて良いんだな?」
『肯定 同一の戦場においては 我々は未分化のまま 同一の思考を行います』
 要するに、いちいち剣持がスピーカー越しに叫ばずとも、各〈スモーオロチ〉に搭載されたサポートAIによって、的確な連携は可能というわけだ。
 口頭での指示は敵に筒抜けという大きなリスクがある。奇襲作戦には使えない。
 剣持は牽制の機関砲を撃ちつつ、芝生の上を高速で機体を滑走させた。
「AI、奴の装甲は軽MATで貫通可能か?」
『トップアタックにより 致命的ダメージが可能です しかし 現状での使用は 推奨できません』
「奴のジャミング、そこまで強力か……」
『肯定 赤外線画像誘導は ゴーストジャミング下では ほぼ機能しません』
 対戦車ミサイルである軽MAT自体は、今回の演習用に各〈スモーオロチ〉が最低2発分をハードポイントに懸架している。
 剣持機はロードブースターに計6発を装備しているが、誘導できなければ意味がない。
 更に、ウルは悪い内容を続けた。
『ゴウセンカクは 極めて強力な 電磁シールドを装備しています これにより 半径20メートル以内に侵入した 誘導兵器は 電子機器を破壊されます 直進不能 あるいは不発』
「つまり誘導に成功しても直撃は不可能か。いや――」
 剣持は目を僅かに横に逸らして思案した。
 踏み潰された〈アルティ〉の中には、まだ行動可能な機体があるかも知れない。
 それを使えば、勝機はある。
「AI、損傷したドロイドの中で使えるものは?」
『中破状態のものが 1機』
「軽MATの使用は可能な状態か?」
『右脚部 左腕損壊 移動能力はマイナス80%以下に低下していますが 射撃は 可能です』
「了解した。そいつと接触。直接コマンドを入力する。各機には遅滞戦闘を発光信号で伝達せよ」
『イエッサー』
 AIの操作により、腰部のライトを点滅させて発光信号で時間稼ぎの命令を出した。
 続いて、剣持はスモークディスチャージャーを放出。
 煙幕に紛れて、擱座している〈アルティ〉へと接触した。
 〈スモーオロチ〉の手首から、精密作業用マニピュレーターが展開。接続端子を〈アルティ〉のハブに挿入して、命令を直接入力する。
「軽MATを携行し、ゴルフ場のクラブハウスの屋上に移動させろ。我々が敵機動兵器を誘導する。誘導完了時にドロイドごと落下させ、敵機動兵器に肉薄状態で軽MATを発射させる」
『イエッサー コマンドを 入力 します』
 ウルによってコマンド作製、及び入力は一瞬で完了した。
 剣持機のロードブースターから軽MATのランチャーが1基パージされて、芝生の上にボトリ、と無造作に落ちた。
 擱座していた〈アルティ〉が、不気味に動き出した。
 片腕と片足を失った状態で、軽MATを掴み、もぞもぞと匍匐前進での移動を開始した。
『アルティ 移動開始 5分後に クラブハウス 2階テラスに 到達します』
「了解。5分キッカリに、奴の誘導を完了する」
『極めて 困難な ミッションです』
「訓練……なんだろう?」
 溜息なじり、剣持は皮肉を吐いた。
 とっくに建前と事実の区別はついている。これは公には出来ない、なんらかの軍事作戦なのだと。
『肯定です これは あくまで特殊状況を想定した 訓練です』
「はいはい、状況了解。こっちは仕事だからなあ? 訓練も、仕事だからなぁ!」
 生きるか死ぬかの局面でシラを切り続ける命なき相棒を、剣持は心底軽蔑していた。
 死の恐怖、自衛官一人の人生の重みを理解しないAIなど、所詮はただの機械だ。
 こんなのものをしたり顔で現場に押し付けてくる上層部にも反吐が出る!
(これを作ったクソ野郎に会ったら、顔面が変形するまでボコにしてやる……!)
 そして痛みを教えてやるのだ。
 死に至る恐怖を、徹底的に教導してやるのだ。
 やり場のない怒りと憎しみを腹の奥に抱えながら、剣持は機体を転回させた。
 ロードブースターと合わせて8輪状態となった機体が、インホイールモーターの甲高い駆動音を轟かせる。
「牽制で構わん! グレネード投射! 弾幕を張れ!」
『イエッサー てき弾 範囲投射 開始』
 剣持機の背面ロードブースターに集中装備された、4基の40mmグレネードランチャーが時間差射撃で〈ゴウセンカク〉を包み込むようにHEAT-MP弾をバラ撒いた。
 パンパンパンパン! と小型花火に似た発砲音と共に、〈ゴウセンカク〉の周囲に無数の火球が発生した。
 この程度は目くらましにしかならない。
 だが、それで十分だ。
 弾幕に気を取られた〈ゴウセンカク〉の側面を取った僚機が、機関砲を撃ち込む。
『オオゥ!』
 敵操主が素っ頓狂な声を上げた。
 機関砲は重装甲に跳弾し、コンコンコン! と金属的な打撃音鳴らした。
『はははははは! やるやるゥ! 楽しいぜぇ!』
 敵は、三方からの射撃を巧みに防御している。
 剣持と部下たちは、敵操主に気取られぬように〈ゴウセンカク〉をクラブハウスに誘導していた。
 しかし気になるのは、敵操主の居所である。
「敵オペレーターの位置特定は可能か?」
『ゴーストジャミングにより 対人センサーが機能不全です 探知困難』
「敵は遠隔操縦なのか、それとも有視界操縦なのか」
『過去のデータと同一なら 戦闘機械傀儡とのシンクロ値を上げるため 有視界操作の可能性が 高いです』
「チッ……この状況では、そいつを見つけるのは難しいか……!」
 そこまで見越して、敵操主は〈アルティ〉を優先的に破壊したのだろう。
 ドロイドによる対人掃討の芽を真っ先に潰したというわけだ。
 今は、敵の誘導に集中するしかない。
 3両の〈スモーオロチ〉は〈ゴウセンカク〉の近接攻撃レンジ外、敵の踏み込み速度も考慮して約50メートルの距離を空けて射撃を継続していた。
 〈ゴウセンカク〉の背中の主砲と副砲は装弾数が少なく、主たる攻撃手段は頭部のドリルホーンであった。
 敵はドリルホーンをこちらに当てるために距離を詰めんとするが、剣持たちはジリジリと後退しつつ一定間隔を保つ。
 こうすることで、5分後にはクラブハウスの下まで誘導する作戦なのだが――
『ん~~? な~~んか臭うなぁ~~?』
 残り3分を切ったところで、敵の操者に気取られた。
 〈ゴウセンカク〉が足を止めた。
 誘導射撃には、その場で首を振って対応。難なく装甲とドリルで弾かれていた。
「チッ……消極的攻撃では無理か」
 剣持はレバーを握り、アクセルを思いきり踏んだ。
 作戦に変則的柔軟勢を加えるのである。番狂わせを行うのである。
 すなわち、全速前進。
 指揮官自らの、突撃である。
『警告 剣持一尉 射撃ポジションから逸脱しています!』
 また。ウルがなめた口を叩いてきている。
 剣持は加速Gに胸を圧迫されながら、渦巻く瞳でモニタの中の〈ゴウセンカク〉を凝視していた。
「うるさいんだよ……カーナビの分際でぇ!」
『エマージェンシー! 敵 近接攻撃レンジ内です!』
「だから? どうしたって?」
 剣持は凶暴に笑いながら、コンソール上でプラカバーに覆われたボタンを押し込んだ。
 それは緊急用のボタンだった。
 平時から使用厳禁に指定される、緊急離脱用のボタン。
 ロードブースターに内蔵された、緊急離脱用ロケットブースターの点火ボタンだった。
 本来なら爆発的加速と跳躍力で機体ごと戦場を脱出するための装備を、剣持は突撃用の加速力へと転用した。
 〈スモーオロチ〉の背面でロケットの鮮やかなブラスト光が爆ぜた。
 文字通りの爆発。殺人的加速とGが笑う剣持を圧殺し、鼻血が噴出!
 モニタの中の〈ゴウセンカク〉がこちらにドリルを向けるより早く、肉薄――否、衝突していた。
 鋼鉄の轟音が、夜に響いた。
 一瞬で時速300キロメートル超にまで強制加速された〈スモーオロチ〉自身が、質量弾となって〈ゴウセンカク〉の横っ腹に激突。
 〈スモーオロチ〉の胸部前面装甲が吹き飛び、さしもの〈ゴウセンカク〉も横倒しになった。
 正しく、巨人vs恐竜の相撲!
 異種格闘非正規スモーバトルッッッッッ!
 大相撲を超えた超相撲が、現実に展開されていた!
『ドワォ!』
 操手の奇声を響かせて、〈ゴウセンカク〉が倒れた。
 対する剣持は――コクピットの中で、鼻血の飛沫を上げていた。
「ブフッ……!」
 目と鼻から血飛沫が飛び、モニタが血まみれになる。
 剣持、邪魔だとばかりにモニタを拭い、無我夢中で機関砲のトリガーを引く!
「オラッ! 死ねッ死ねッ!」
 血反吐を吐き、半狂乱になって機関砲を転倒した〈ゴウセンカク〉の底面に撃ち込む。
 戦車同様に底面には、ほとんど装甲が施されていない。機関砲弾は装甲を貫通し、機械のトリケラトプスが悲痛な悲鳴を上げた。
『剣持一尉 あなたの行動は 常軌を逸しています』
 無感情ながら叱責するようなウルの声。
 剣持は凝固しかけた血混じりの唾を吐いた。
「学習しとけカーナビィ……教科書通りの戦争じゃ、バケモノ相手にゃ勝てねぇんだよ……」
『こういった 非対称戦は あなたも初めてのはずです 理性的な判断では ありません!』
「なら、感情的判断を教導してやる!」
 機関砲が弾切れの警告音を発していた。
 剣持は構わず機関砲を懸架したまま。右腕部で〈ゴウセンカク〉の腹を殴った。
 砲身が折れ、衝撃に耐え切れずにハードポイントから機関砲が脱落。
 続けて左拳、またしても右拳のボディプローを撃ち込んで、ジワジワと〈ゴウセンカク〉の巨体をクラブハウスへと押し込んでいく。
『け、剣持隊長……』
『我々は……ど、どうすれば……』
 僚機が外部スピーカーで声を発した。
 上官の奇行に部下たちも戸惑っていた。各機のAiも判断を下せないでいる。
「お前らァ! 突っ立ってないで手伝わんかッッッ!」
 新入りの隊員を指導するように、剣持は声を張り上げた。
 軟弱な今の民間企業ならパワハラだなんだと喚かれそうな一喝だが、そんなことは知ったことではなかった。
 剣持の叫びに我を取り戻したのか。部下の〈スモーオロチ〉がワイヤーアンカーを〈ゴウセンカク〉に撃ち込んだ。
 装甲に引っかかったワイヤーを引き、クラブハウスへと強制的に移動させる。
 さながら、古代人類が巨大哺乳類を狩猟していた頃の再現であった。
 更に、剣持はロードブースターの武装を選択。誘導不能警告の出ている軽MAT残弾全5発を、〈ゴウセンカク〉の腹めがけて一斉射した。
「オール・ファイア!」
 駄目押しの音声入力も追加して、トリガーを引く!
 ほぼ肉薄状態、対戦車ミサイルの至近弾。弾頭の成型炸薬は正常に発火せず、強引に推進力で叩きつけられて圧壊。潰れたミサイルの弾体は推進剤の発火で爆発を起こした。
 メタルジェットが四方八方に飛散し、装甲板を喪失した〈スモーオロチ〉の胸部にまで浸透。
 コクピットにまで達した小さなメタルジェットを、剣持は首を捻じって回避した。
 神業、というより偶然の幸運だった。
 剣持の顔のすぐ横、コクピットシートには焦げ臭い穴が空いていた。
『エマージェンシー! 剣持一尉! あなたの攻撃は 当機にも危険を及ぼしています!』
「知るかボケェ!」
 腐った姑のようなウルの悲鳴を無視して、剣持はレバー操作と共にアクセルを踏んだ。
 それは、対象を蹴飛ばす特殊なモーションコマンドであった。
 〈ゴウセンカク〉は蹴飛ばされ、芝生を滑ってクラブハウスの壁に衝突。
 衝撃でクラブハウスの窓ガラスが砕け、それを合図にしたかのように二階から〈アルティ〉が身を投げた。
 対竜投身零距離攻撃――。
 対戦車ミサイルを抱えたドロイドの特攻が爆ぜ、〈ゴウセンカク〉の背中が吹き飛んだ。
 榴弾の残弾が誘爆したのだ。
 クラブハウスを巻き込んで、機械の恐竜を炎が包む。
 死にゆく竜は、叫んでいた。
 雄牛に似た重低音の鳴き声が、嘆きのように世界を震わせていた。
「や……やったかぁ……?」
 剣持は半信半疑の呻き声を漏らした。
 血まみれの赤い視界が、炎で更に赤く染まっている。
 ロケットによる急加速で機体各部が悲鳴を上げている。パフォーマンス低下と故障を告げる耳障りな警告音が鳴りっぱなしだ。
 勝ったのか、負けたのか、良く分からない。
 判然としない。
 こんな相手と戦ったのは初めてなのだ。訓練を受けたこともなく、資料で見たこともない。
 あの恐竜のバケモノは、本当に死んだのか?
 実戦とは存外に呆気ないものだ。自分が当事者でも気が付けばいつのまにか終わっている。ゴラン高原で自爆攻撃と奇襲ょ受けた時も……そうだった。
 しかし――今日の戦いは、まだ続いているような気がした。
『は、は、はははははははははは!』
 燃える恐竜の亡骸から、またあの男の声がした。
 どこかでこの戦場を見ている操手の男が、心底楽しそうに笑っている。
「な、なにが可笑しい……!」
 負けたというのに、なぜ笑うのか。
 意味が分からず、剣持は独り言のように問うた。
 その声が届いたわけではない。
『いやぁ~~最高だぜ、アンタら。やっぱザコ戦闘員でもなけりゃあ、噛ませ犬でもねーわなぁ? 初見でゴウセンカクをここまで追い込むたぁ、賞賛に値するぜ』
 一方的に、どこの誰とも知らない敵の男は続けた。
『だから、アンタらを称えて、今から本気の本気でいくぜ』
「な、に……?」
『おげでぇ……十分にあったまってきたァ……』
 今まで手加減していたとでもいうのか? ウォーミングアップが済んだとでもいうのか?
 〈ゴウセンカク〉なる機動兵器は大破炎上中だが、剣持は得体の知れない凄味のようなものを相手の男に感じた。
 ハッタリなどではない。
 確実に、何かが起きると直感した。
『エマージェンシー! 敵 メディケーンモードの兆候 あり』
「メディ……なんだと?」
 またしても、ウルが意味の分からない単語を出してきた。
「分かるように説明しろ!」
『一種の 超常現象です 戦闘機械傀儡の 物理構造が変質します 現状の装備では 対処不能』
「だから、どういう――」
『ゴウセンカクは 嵐 そのものに 変化します』
 ウルの説明は、全く意味が分からなかった。
 だが剣持は、その意味を自らの目で理解することになった。
 目の前に横たわる〈ゴウセンカク〉機体が、音を立てて捻じれていくのが見えた。
 金属がひしゃげ、変形する気味の悪い音を立てながら、炎と共に、いや空間ごと全てが捻じれて、全てが巨大な螺旋状の暴風となって――弾け、飛んだ。
「うおおおおおおおお!」
 弾けた装甲が礫となって剣持機に衝突する。
 AIがオートで姿勢制御をかけ、オートでワイヤーアンカーを地面に打ち込んだ。
 気が付けば、剣持たちは暴風圏内にいた。
 ただの一瞬で、世界が一変していた。
 ごうごうと大気が唸りを上げ、木々が風圧で折れ曲がり、暴風で機体浮き上がる、季節外れの台風の只中にいた。
「なっ……何が起きたァ!」
 コクピットの中が上下左右にメチャクチャに揺れる。
 装甲一枚隔てた外では凄まじい風圧が、重量20トン超の機体を易々と弄んでいた。
『外部気圧 風速ともに上昇中 風速100メートル 120メートル130メートル 更に上昇中です!』
 ウルが、聞いたこともないような数値を告げている。
 剣持機はロードブースターの重量とワイヤーアンカーで辛うじて接地しているが、僚機は耐えられなかった。
『あああああ! 隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
 部下の〈スモーオロチ〉が悲鳴と共に宙を舞った。
 陸戦兵器が強烈な風に煽られ、空中に吹き上げられるという狂った現実。信じがたい現実。まるで子供の頃に見た特撮映画の1シーンだ。
 剣持は気が狂いそうだった。
 外は更なる狂喜の暴風域と化していく。
 クラブハウスの外壁が剥がれ、ゴルフ場の木々が、池の水が、全てが空高くさらわれていく。
 もはや反重力世界と化した暴風域の中心、剣持機の目の前には――目に見えない、何かがいる。
 剣持はそれに気づいた時、この戦闘で初めての恐怖を感じた。
「うぅっ……!」
 高気圧の、いや重力の塊ともいうべき何かが、見えない恐竜が、トリケラトプスが、剣持を狙っている。
 凄まじい旋回気圧の、台風のエネルギーを極限まで凝縮したドリルホーンを駆動させて、剣持の〈スモーオロチ〉に狙いを定めている。
『エマージェンシー エマージェンシー! 現状装備では対処不能! 撤退してください!』
「こっ、こんな所に連れてきて、いまさら勝手なことをォーーー!」
『撤退してください!』
 どこにどうやって逃げろというのか!
 剣持に逃げ場なし。
 この狂気の土壇場に、退路なし。
 見えない〈ゴウセンカク〉が、雄叫びを上げた。
『エナジョン・ストリィィィィィィィィムッッッッ!』
 操手の男の叫びが咆哮に重なって、ドリルホーンから稲妻をまとった竜巻が放たれた。
 凶暴なる二本の電磁竜巻は剣持機を飲み込み、ワイヤーアンカーを引きちぎって空高く舞い上げた!
 サージ電流の奔流の中で、剣持機のコクピットの電源と電子機器が全てダウンする。
 暗闇に包まれるコクピット。
『イジェ……クション』
 ウルの最後のガイダンスと同時に、剣持は反射的にシート下部の脱出レバーを引いていた。
 頂点高度まで吹き飛んだ機体が、今度はマイナスの風圧に巻き込まれて落下していく。逆時計回りの螺旋を描いて落ちる〈スモーオロチ〉目がけて、嵐そのものに変化した〈ゴウセンカク〉が二本のドリルホーンを叩きつけた。
『ファイナルケラトクラッシュ!』
 操手の男の叫びと共に繰り出されたのは、台風二個分のエネルギーを凝縮した螺旋エネルギーの打撃だった。
 地を抉り、津波を起こし、大気を塗り替えるほどの運動エネルギーを叩きつけられて、〈スモーオロチ〉はガラスのように砕け散った。
 加重圧により装甲の金属、人工筋肉の炭素、全てが結晶化して、微塵となって割れ果てたのだった。
 小美玉市に送り込まれた陸自の空挺デルタムーバー2個小隊は、現時刻を以て全滅した。
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